毒矢 A Poison Arrow
男達の作業が終わり、彼らが一息ついた頃、院長にお遣いを頼まれ、アリアはシャリーを連れて町へ出かけることになった。二人では何かと心細いだろうという事で、ライルとホークスは、二人について行ってくれるように院長に頼まれた。昨夜の夜這い騒動の事もあり、二人はおとなしくそれを受け入れた。
アリアとシャリーが、手をつないで前を歩く。ライルとホークスはその後ろからちょっと離れてついてきている。
「はあっ……今日はもう、風呂に入って泥のように眠りてえとこだったんだけどよう」
両手を頭の後ろで組んで歩きながら、相変わらずホークスがボヤいている。
「しょうがねえだろ。今はちょっと逆らえねえぞ」
ライルがたしなめる。
「う~ん、女の怒りは怖ええからなあ。ほとぼりが冷めるまで、仕方ねえか」
「そういう事だな。ふうっ……」
女性には頭が上がらない凄腕の剣士と、一流の盗賊なのだった。
二人がボヤき合っていた時、アリアとシャリーは雑貨屋の店先に並ぶおもちゃを見て楽しんでいた。シャリーが布製の人形の一つを手にとって、うわあと目を輝かせながら頭を撫でてやっている。それをアリアがにっこりと見守っていた。
どこかアリアに似たその人形を、シャリーがアリアの顔と比べてみようと掲げた時、道の前の裏路地から、男が一人、いきなり飛び出してきた。アリアは背を向けていたので気づかない。シャリーは気づいた。その男は手にしたボウガンで素早くアリアに狙いを定める。
「(……!)」
あれは、矢が飛び出してくる道具だ。お父さんとお母さんを殺した男達も、確かあれと同じようなものを使っていた。
思わずシャリーは、アリアを思いっきり横へ突き飛ばしていた。
「きゃっ!?」
アリアの小さな悲鳴があがる。彼女はシャリーのほうを振り向くが、目にした光景に驚いて目を見張った。
シャリーの小さな左肩に矢が一本、痛々しく突き立っていたのだった。
矢を放った男は、舌打ちをしてくるりと背を向け、駆け去ってゆく。
「シャリーっ!?」
くずおれるシャリーを抱き留めるアリア。この一瞬で、何が起こったのか全くわからなかった。一部始終を離れた後ろから目撃したライルとホークスがバッと駆け寄ってきた。アリアの腕の中に横たわるシャリーの身体は、不自然なほど小刻みに痙攣していた。
「……毒だ」
ホークスが一目で見抜いた。ライルが駆け去る男を追いかけようとすると、ホークスの鋭い声が飛んだ。彼はぞっとするほど、険しい表情をしている。
「あいつは俺に任せろっ! 絶対に逃がさねえ。旦那はシャリーを修道院へ運んでくれっ! この子を死なせるなっ!」
返事も待たずに、ホークスは怪しい人影を追いかけてたちまち消えていった。
ギリリと歯を食いしばると、ライルはシャリーを抱きかかえ、アリアと共に修道院へ疾風のごとく走ってゆく。矢が深く肩に突き刺さった少女の苦しげな様子を目にするにつけ、ライルの心の奥底から、果てしない怒りが沸き上がる。
「(なんで、この子がこんな思いをしないといけないんだっ! 神様よ、これもあんたの仕業なのか!? あんたの思し召しってやつなのか!? だとしたら、俺は絶対、あんたを許さねえぜ!)」
怒りと悲しみに身を任せ、二人は通りを駆け抜けていった。
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シャリーに毒矢を突き立てた曲者は、息を切らせて曲がりくねった路地裏を走っていた。もうひとまずは大丈夫だろうという所で、追っ手の様子を伺おうとくるりと振り返る。その瞬間。
「動くな」
いつの間にか、音もなく完全に気配を絶ったホークスが、影のごとくその男の背後に忍び寄り、逆手に持った短剣を男の喉にピタリと突きつけていた。矢を放ったこの曲者も、こうした仕事をこなしている以上、常人と比較すればかなり勘の鋭い男なのだが、このような状況に陥るまでホークスの気配に全く気づかなかった。
男は直感する……
この背後にいる者の力量は、自分を遙かに越えている。
「誰に頼まれた? あれはアリアを狙ったんだろう?」
ホークスの瞳が、鋭く冷たく光る。まさに、あれはアリアを狙ったとしか思えない。その短剣を男の喉にさらにぐっと突きつける。少し、血が滲む。しかし、男は言う。
「し、知らない」
「そうか」
いきなりホークスは、その男の右耳を短剣で撥ね飛ばした。
裏路地に血まみれの耳が転がる。
思わず叫びをあげようとする男の口を、ホークスの手が布切れを押しつけて、ぐいと塞ぐ。そして男の前に回ると、そのまま壁にピタリと押しつけた。ホークスは全く感情のこもらない、冷たい言葉を投げつける。
「悪りいが、俺はアリアの嬢ちゃんほど優しくはねえんでな。でもお前、まだついてるぜ。もしライルの旦那に捕まってたら、問答無用で首が吹っ飛んでるところだ。ギリアムのおっさんがいたら、剛爆斧で胴体真っ二つか、脳天から股まで唐竹割りだ。ティナだったら、お前さんは跡形もなく消し炭になってるな。間違いなく」
ホークスの眼光が、さらに鋭さを増してくる。炎も凍り付くような眼差しだ。
「俺はまだあいつらより慈悲深いほうだ。お前の両耳を削ぎ、両目を潰して、両の腕の筋を断ち切って、指が動かなくなるまで口を割らずに耐えたなら、お前さんを逃がしてやるぜ……」
男は恐怖に目を見開きながら、ホークスを見上げる。
ホークスの目はぞっとするほど冷酷そのものだ。
本気だ。
眉一つ動かさず、この男は言葉通りの事を淡々としてのけるだろう。
普段の賑やかにおどけているホークスの姿からは想像がつかないのだが、彼は盗賊として、こうした冷酷な一面も併せ持っている。闇に満ちた裏の世界は、生半可な甘さで生き抜けるものではないのだ。男の背筋と顔に冷たい汗が流れる。
結局、男はすぐに口を割った。この男を証拠にするため、ホークスは男を縛り上げた。死なない程度には止血だけしてやり、声を出せないように猿ぐつわをかませ、絶対に他の人間に見つからないように工夫して、身動きできない男をとりあえず転がしておく。
ホークスは風のように走り去っていった。




