馬鹿二人 Two Idiots
その日、結局一行はイングリッドの申し出を受け、修道院に泊まる事にした。簡素ではあるが、心のこもった美味しい夕食を静かに語り合いながら口にする。
ライルはジュリエッタに戦の話などをしているようだ。ジュリエッタは相づちを打ちながら一心に聞き入っている様子である。ホークスはフローラを笑わせている。よほどホークスの話が面白かったのか、フローラは大笑いをしないように、口元に手を当てて必死で押さえているようだ。女性達だけで生活しているため、彼らとの会話は彼女達にとって新鮮で、興味津々といった風だ。
しかし、アリアの皿は全く片づかない。彼女は、ほとんど何も手をつけていなかった。やはり、昼間の事がこたえているのであろう。このように元気のないアリアを初めて目にした一同であった。そんな様子のアリアに、先に食事を終えたライルが近づいてくる。
「アリア。元気ねえみてえだな」
そう声を掛けられても彼女は無言で、視線を落としている。
「まあ、無理もねえか。でも、アリアは、アリアだぜ。俺達にとっちゃよ。優しい女の子さ。何も変わらねえよ」
そう告げるライルに、アリアはようやく顔を上げた。彼は明るくにっこりとして、アリアの肩に軽く手をかけると、そっと離れてゆく。ティナも食事を終え、ライルに続いてアリアに近づいてきた。
「そうそう。ライルの言う通り。アリアは、私のかわいいアリアなんだからっ」
ティナはそう言って、イスに座るアリアの後ろからその髪をくしゃくしゃと撫でる。ティナがわざと少し乱暴にかき回すものだから、アリアの蜂蜜色の髪の毛が飛びはねてしまう。
「も、もうっ、ティナさん。やめて下さい」
思わず髪を押さえてアリアが後ろを振り返った瞬間、ティナは狙い澄ましてアリアの頬にそっとキスをしてしまう。目を丸くするアリア。
「うんっ、やっぱりおいしい。なかなかのデザートですなあ。ふふっ、ご馳走様、アリア。先に部屋に行ってるからね~」
そう告げて、明るく手を振ってティナは出てゆく。
「んもうっ、ティナさんったら……」
少し顔を赤らめて見送るアリアであった。
それを見て、ホークスが何やら鼻息を荒げているようだが。
「んじゃあ、俺様もアリアの嬢ちゃんのデザートをば……」
ホークスがアリアに近づいて、口をタコのように突きだして迫る。ギリアムがしかめっ面をして、そんなホークスの襟首を後ろから掴んで、ぐいと自分に引き寄せた。
「たわけ者。お前のデザートなぞ、ワシのヒゲで十分だ。ほれっ」
そう言って、だらしないホークスの口に自慢のアゴヒゲを無理矢理押しつけた。
「ぶほっ。うげえええっ! は、吐くっ! おえええっ!」
たまらず、じたばたともがくホークス。心底嫌がっている(気持ちはわかるが)。
「やめんか、こらっ。失礼なやつだ。今からおぬしに、男の髭というものの魅力を存分に語ってやる。きっとおぬしも髭を生やしたくなるぞ。ほれっ、来い」
「ううううっ……俺は髭なんて興味ねえぞ、クソオヤジっ!」
「初めはそう言う者もいる。まあ、ワシが特別に教授してやる。ためになるぞ」
「ご、拷問って言わねえか、それって……」
問答無用でホークスはギリアムに襟首を掴まれて、両足をズルズルと床に引きずりながら退場してゆく。修道女達はクスクス笑ってしまった。元気の無かったアリアも、思わず苦笑してしまった。
最後にノエルがアリアに声をかける。
「相変わらずですねえ。あの人達は」
「ええ、本当に」
小さく溜息をつくノエルに、苦笑しながら同意するアリアだった。
「あなたもそうなんですよ、アリアさん。私にとって、あなたは、あなたなのです。それはあなたが、あなた自身に対しても言える事なのではないでしょうか? たとえあなたがどのような道を選んだとしても、私達があなたの友人である事に、変わりなどあるはずがないのですよ」
穏やかに、そう告げるノエル。しかし、その生真面目な冷静な顔は全く変わってはいない。そういう癖から、彼は他人から何かと冷たい人間だと思われがちだが、その下に彼の本当の心が隠されている。温かな優しい心を冷静な顔の下に秘めている男である。
「……はい。ありがとうございます、ノエル様」
アリアはにっこりと微笑むと、皆に遅れて細々とであるが、ようやく食事を口にし始めた。それを見て魔術師も、静かに微笑みながら立ち去ってゆく。
アリアを囲む彼らの、そんな一部始終を静かに見守っていたイングリッドは、アリアがこの人達に出会えて本当に良かったと、胸の内でしみじみと感じていた。
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さてさて、そんな一日が過ぎた修道院の夜更け。
こっそりと起き出した男が二人いた。ライルとホークスである。ニヤリとホークスがライルに視線を寄こす。ライルもうなずく。言葉にせずとも、この男達には通じ合う事柄なのであった。高いびきをかいて寝ているギリアムと、静かに眠っているノエルを起こさないように気をつけながら、コソコソと二人は部屋を後にする。
そして……
「(旦那……音、立てるなよ)」
「(大丈夫だ。お前こそ、鍵を開ける時に気をつけろ)」
「(俺様を誰だと思ってやがる。こんなちんけな鍵なんざ……ま、こんなもんよ)」
さすがに盗賊ホークス。狙いの部屋の鍵を音もなく完璧に解除した。
「(おお、さすがだぜ、ホークス! やっぱ、一流の腕前だぜ、お前はよ)」
「(何、旦那だってこれくらいは開けられるんだろう?)」
「(まあな。でも、ここは失敗は絶対に許されねえところだしよ)」
ここは修道女達が寝ている寝所の前である。
何が二人の目的なのか、大体察しがつくのであるが……
「(俺は、フローラっていう女を狙う。来てくれと言わんばかりの目だったからな。旦那は誰だ?)」
「(俺はジュリエッタだ。彼女の視線が痛かったぜ)」
「(よし……幸運を祈るぜ、旦那)」
「(うしっ、行くぜ……)」
男二人がドアをそっと開き、女性達の寝所へ踏み込んだ瞬間、明かりが怪しげな男二人を照らし出した。
客人用の別室に一緒に居るはずのティナとアリアが、怖い顔をして二人を睨みつけている。
ティナが怒りに顔を赤らめながら、二人に迫る。
「どうせ、こんなとこだろうと思ってた。あんた達の考えそうな事は、全っ部、お見通しっ!」
その声に寝所の修道女達も、男二人の姿を室内に見つけ、きゃ~きゃ~と悲鳴が沸き起こる。
アリアもかなり怒っている。
(というか、今までの中で最大に怒っている気が……)
「ホークス様……ライルっ! 私は今、とても恥ずかしいですっ!! 私に恥をかかせないでくださいっ! ……出てゆくのですっ! こんな汚らわしい人達は、この修道院の中に入れる訳にはいきませんっ! 開いている礼拝堂に入る事も許しませんっ! 外で寝なさいっ」
「う……結構、寒いんだけどよ……」
「嬢ちゃん、悪かった。せめて玄関くらいで……」
言いかける不埒な男どもを、アリアが問答無用で蹴飛ばしてゆく。とてもとても、普段のアリアの様子からは想像できない光景であった。ティナは拳を振り上げかけたのだが、アリアの凄まじい怒りの剣幕に、思わず譲ってしまった。普段は温厚なアリアだけに、ティナはその様子に少々圧倒されてしまった。眠そうな顔をして起き出してしまったシャリーも、アリアの様子に目を丸くしている。
「出てけっ! ホークス様のスケベっ! ライルの馬鹿あっ!!!!」
激しい剣幕で、男二人がたちまち外へ叩き出された。
「男って、馬鹿よねえ……あの二人は、特に」
「本当にそうです。全く……」
怒りが収まらないティナとアリアであった。
目を覚ました修道女達は、クスクスと笑い合っている。その騒ぎを聞きつけたイングリッドが起き出し、その寝所へつかつかと入ってきた。
「みんな、何をしているのですっ! 騒がしいですよ」
たちまちシンとなってしまった。さすがである。
ティナが申し訳なさそうに進み出る。
「すみません、イングリッドさん。実は、こういう訳で……」
事情を聞いて、納得したイングリッドであった。何やら、にっこりと微笑む。
「そういう方達には、罰を与えなくてはいけませんね」
アリアが顔を赤らめて俯いている。
「院長様。とびきりきついのをお願い致します。私、恥ずかしくて仕方ありません」
「わかったわ。あの人達にぴったりの罰があります。ちょうど男手が少し欲しいところでしたし。これも主のお導きかもしれません」
再び、にっこり微笑むイングリッドであった。
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夜這い騒ぎが静まり、皆がまた安らかな眠りにつく頃、ライルとホークスは修道院の軒下で、お互いに背中を預けながら、身を寄せ合って寒さに震えていた。
「ちくしょう。なんで俺様が、こんなむさ苦しい旦那と一緒に……本当なら、今頃フローラと、身体が熱くなるくらいによう……」
不埒なホークスがボヤいている。
「寒いんだからしょうがねえだろ、ホークス。おい、もっと背中ぴったりつけろよ」
そう言うライルに、ホークスがピクリと眉をつり上げる。
「念のため言っとくがな、旦那。俺はそっちの方には興味ねえぜ。俺はノーマルだ」
「アホかっ! 俺だってそうだ!」
叫ぶライルに、ホークスはすかさず告げる。
「怒った顔も素敵よ、あなた……」
気持ちの悪いしなをつくって囁く。げんなりするライル。
「冗談でも止めてくれ。ますます悲しい気分になってきた」
「俺もだ。……ダメだ。寒くてジョークに切れがねえ。ううっ、さみいよ~」
「へ、へくしょいっ!」
寒さに震えながら、仕方なく身を寄せ合っている馬鹿二人だった。




