出生の秘密 Birth Secret
涙ながらに語るセバスの言葉をまとめると、次のようになる。
この町の北の方角、ゆっくりと歩いて半日ほど離れた地方の一帯を、昔から治めている領主がバルディア家である。伝統ある貴族の家だ。セバスの主、アリアの父親である前当主のアルロッゾは、位の高い貴族の次女と結婚した。しかしそれは、政治的な意味合いの強かった結婚だった。
妻となった正妻は、夫婦としての最低限の務めは果たしたものの、二人の間には冷たい感情が常に存在していた。どうやら正妻は、自分の家より位の低いこのバルディア家に嫁いだ事を快くは思っていなかったらしい。彼女の妹が、もっと位の高い家に嫁いだ事も影響していた。プライドがあるのだ。事あるごとに、その事を持ち出しては夫を困らせる。
アルロッゾは、そんな正妻を愛するよう日々努力はしていたのだが、その報われない努力に疲れ、どうしても心が離れていってしまう。そんな時、何かと彼の心に温かな支えを与えてくれたのが、優しい心根を持った働き者の侍女、マリエルだった。お互い、やがて心惹かれ合うようになってしまう。
忍んだ恋に落ち……そうしてやがて、彼女は女の子を産む。それがアリアだった。
それが耳に入った正妻は激怒した。彼女には許すことなどできない事だった。平民出身の女に子供が、しかも正妻の自分にはまだ子供が授かっていないというのに。夫の背信行為も許す事はできなかったが、彼女はそれ以上にこのマリエルを激しく憎んだ。嫉妬と憎悪が彼女の心に荒れ狂う。追っ手を差し向けて、彼女と赤子を殺すように命じた。
セバスの知らせを受けて、マリエルは赤子のアリアを連れて一足先に逃げ出していた。そうしてこの町へ辿り着き、赤子のアリアを修道院へ託したのだ。さらにマリエルは、追っ手を引きつけて逃げのびる。追っ手の目を、愛しい我が子から逸らすために。赤子に似せた布の塊を抱いて、彼女は逃げた。しかし、やがてそれも追いつかれてしまう。断崖の縁に追いつめられたマリエル。その遙か下には急流が流れている。追っ手は、彼女が為す術もなくそこに辿り着いたのだと思っていた。
しかし、それも全てマリエルの計算通りであった。セバスの知らせを受けてから、彼女は心を決めていたのだ。
赤子に似せた着ぐるみを胸に抱きしめ、マリエルはその断崖から身を投じたのだった。
驚く追っ手達は、断崖の下を捜索する。下に流れる急流によって、マリエルの無惨な遺体はかなり下流で見つかった。赤子は見あたらなかった。しかし、この高さから墜ちては命などないはずだ。小さな赤子の身体など、粉みじんになって川に押し流されてしまったに違いない。そのように報告を受けた正妻は、結果に満足した。ぞっとするような冷たい美しい笑みを満面に浮かべて。自分を裏切った夫に対する風当たりは、以前にも増して激しくなったのは言うまでもないが。
その後、結局正妻は子供を授かる事なく病死してしまう。マリエルとアリアの身に起きた悲劇に心苛まれ、もう再婚する気力もないアルロッゾは、跡継ぎとしてアランという貴族の三男坊を養子に迎えた。
悲劇が起きてから十年にもなろうかというある日、セバスはマリエルの両親から手紙を受け取った。それはマリエル直筆の手紙で、歳月が経ってかなり色褪せていた。赤子を抱いたマリエルが、両親に託した手紙で、十年後にセバスに必ず届けてくれるように頼まれたのだという。不思議そうに手紙を開けたセバスであったが、その内容を見て彼の瞳が驚きに見開く。
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『セバス様。マリエルでございます。あなた様の知らせがあればこそ、アリアを守る機会が私に与えられました。大変感謝致しております。この手紙をあなたが読んで下さっている時、私はもうこの世にはいないでしょう。ただ一つの心残りは、私達に心を痛めているに違いないアルロッゾ様の事です。この事を伝えてくださいませ。
アリアはある修道院に預ける事にしました。私の願いが神様に聞き入れられたのならば、今もアリアは生きている事でしょう。私は母親として、アリアに何もしてやる事ができませんでした。この子と、もっと一緒にいたかった。でも、これが私に与えられた罰なのでしょう。妻を持つアルロッゾ様を、不義の道へ陥れてしまったのですから。
愛しいアリアに、神の祝福が共にありますように』
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慌ててその事を主人に告げるセバスであった。罪悪感に身を苛まれ、年以上に老けこんでしまっていたアルロッゾに、久しぶりに笑顔が浮かぶ。同時にその笑顔は、マリエルの心を想って、深い悲哀にも満ちていたが。アルロッゾは直ぐさまセバスに命じて、アリアの捜索に向かわせたのだった。『何年かかっても、必ず捜し出してくれ』と。
一度セバスは、この尼僧院にもアリアの消息を尋ねた事があったのだが、誰もが知らないと答えたので、他の各地の修道院、さらには念を入れて田舎の小さな教会に至るまでも、アリアの消息を尋ねてさすらっていたという。
ここに、セバスの悲運があった。マリエルはまず実家の両親に手紙を渡してから、アリアを尼僧院へ預けた。その間、二週間ほどの時間のズレがあった。マリエルの両親は、手紙を預かってから十年と理解し、悲しい運命を辿った我が子を想って、その日からきっかり十年後の同じ日にセバスに手紙を渡した。
直ぐさま出発したセバスは、比較的近い場所にあったこの修道院を早々と訪れた。しかし、修道院のほうではアリアが礼拝所に捨てられていた日、アリアの誕生日から数えて十年後と理解しており、セバスが最初に尋ねた際には、秘密を守る期日までまだ一週間ほど残されていた。そこで修道院では『知らない』とセバスに答えたのだ。
ほんのわずか、セバスが遅れて訪れていれば、アリアの人生は大きく変わっていたことだろう。ライル達に、今のような形で出会う事もなかったに違いない。人の世では、時折こうしたような話を聞く。それが偶然なのか、運命なのかは、誰にもわからないが。
そして長旅に疲れ果て、もう過去に訪れた事がある事も確信できない程、記憶の彼方になっていたこの尼僧院の扉を、再びセバスは叩く事になる。
そうして先日、応対した院長のイングリッドから、ようやくの事でアリアがこの修道院にいた事を聞き出したセバスであった。しかしその時、アリアは既に旅立っていた。とにかく、待っているアルロッゾにその事を知らせようとセバスはバルディア家に飛ぶように戻る。
その知らせを、アルロッゾはベッドで横たわったまま聞いた。正妻がわずらったのと同じ病が、彼の身体を侵していたのだ。色白い主人の顔に、うれしそうな表情が浮かび、顔に少し血色が戻ってくるのを目にしたセバスは、思わず涙した。
アルロッゾは、そんな忠実なセバスの労をねぎらう。『お前にしかできない事だと思っていた。本当によくやってくれた。ありがとう、ありがとう』と。
主人のその言葉を聞いて新たな涙が溢れ、長年の苦労が吹き飛ぶ思いのするセバスであった。
しかし、そんなアルロッゾも先日その病で亡くなり、養子のアランがバルディア家を引き継いで現当主となった。セバスは主人が亡くなる間際、アリアの事をくれぐれも頼むと言われて、いつかあの尼僧院にアリアお嬢様が立ち寄る事があるはずだと、ずっと待ち続けていたのだった。
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セバスの告げる事実に、一同シンと押し黙る。
明かされたアリアの出生の秘密。我が子を守るために自ら命を投げ出した母親。アリアをずっと捜し続けた父親とセバス。それを今告げられたアリアの胸の内を思って、誰もが沈黙を守っていた。
「アリア様。どうかこのセバスめとバルディア家に来て頂けませんか? 皆、アリアお嬢様を心待ちにしております」
願い出るセバスだったが、アリアは彼に視線を合わさず、うつむいてしまう。
「あの……お話は理解致しました。でも……でもセバス様、少しだけ私に考える時間を下さいませんか? どうしたらいいのか、私は、私は……」
突然一度に告げられ、迷うアリアであった。無理もない。まだ、十八歳の女の子なのだ。これ程の事を一度に飲み込んで、直ぐさま心を決められるものではない。
そんな様子のアリアの心を理解して、セバスはうなずく。
「もっともな事です、アリア様。無理もございません。私めはいつまでも待っております。八年間お嬢様を捜し続けたセバスです。どうという事もございません。私はこの町に宿をとっております。『銀の子馬亭』でお待ちしております。アリア様のお気が向かれましたら、いつでもお声を掛けて下さいませ。……では」
慇懃にアリアに礼をし、他の一同にも深々と頭を下げて、セバスは部屋を後にした。




