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変な釣り人 Angler

波止場に到着した一行。

ようやく『揺れる木の箱』から解放されたギリアムの顔に、血色が戻ってきた。


「うむっ! やはり、地面はこうでなくてはならん。揺れるなど、もってのほかだ」


愛しそうに何度も地を踏みしめるギリアムに、他の者達は苦笑をかみ殺している。



 潮の香がむせかえるようだ。小さな港は多くの船が錨を降ろし、太い綱を岸にかけ、ずらりと並んだ小船が波に揺られて緩やかにバラバラと上下している。ウミネコが独特の鳴き声をして飛び交い、カラスがこぼれ落ちた小魚を狙ってあちこちキョロキョロしている。


 ここに住み着いているらしい野良猫達が、もう陽のかげりつつある港内で、残された日溜まりを見つけて居座り、のんびりと毛繕いしている。人が近づいても逃げようともしない。時折魚を盗む事があるが、田舎の小さな港では、人々もそんな猫達を大目に見てやっているようだ。


 ティナとアリアが、シャリーを連れてそんな猫の一匹に触ろうとする。どてっと寝ていた三毛猫はめんどくさそうに顔を上げたが、一応彼女達に答えてニャーと口を開いてやった。シャリーがうれしそうに、そんな猫の頭を撫でてやる。心地良いらしく、猫は喉をゴロゴロと鳴らして両目を糸のように細めている。ティナとアリアも、ゆっくりと猫の体を撫でてやると、喉を鳴らしたまま、もう眠りそうにうっとりとする野良猫であった。



釣り人が一人、夕暮れになろうとする港で釣り糸を垂れていた。


 あんまり清潔そうでないくたびれた服を着た三十歳前後といった男で、むさ苦しい無精髭がぐるりと顔の周囲をまわって、短く刈った髪の毛とその髭がつながってしまっている。安そうな紙巻きタバコを、顔をしかめながら不味そうに吸い、一心に海面のウキの動きを見詰めている。


 アリアはこの港からは自分の修道院のある町へ行った事がなかったので、道を尋ねようと、その釣り人に声をかける。


「あの、」

「しっ……俺は今、とても忙しいんだ。話しかけるな。真剣勝負の真っ最中なんだ」


 一言も言い切る前にいきなりそう言われて、アリアは戸惑った。でも、どう見てものんびりと釣り糸を垂れているようにしか見えない。釣れている訳でも無さそうなのだ。男の側にあるバケツには、海水が満たされているだけで、小魚一匹たりとも入っていない。ホークスがそれを見て肩をすくめる。


「なんだよ、ちょっと道を聞きてえだけだ。忙しい訳じゃねえだろう? 全然釣れてねえんだしよ」


 そんな言葉に、その釣り人はいたく気分を害したらしい。不味そうなタバコをまだ吸いきらない前に、足元に転がっている吸い殻の山へと揉み消した。



「馬鹿者。俺は魚を釣るのが目的でこうしてるんじゃねえ。ただ純粋に、釣りというものを楽しむために、生きた小エビを苦労して捕まえ、それに針をつけて糸を垂れているのだ。忙しいんだ。聞きたい事があるなら、後にしろ」



よくわからない理屈をこねる変な男であった。ティナが眉をひそめる。


「それって、魚を釣ってるって言うんじゃあ……」

「うるさい。魚が逃げる。失せろ。俺が狙ってるのは大物なんだ。繊細な奴なんだ」


言いかけるティナを遮り、変な男はきっぱりとそう言い放つ。



 一行はあきらめた。他の者に聞いたほうが良さそうだ。しかし、一同が皆そう思った時、いきなりその男の竿が弓なりにしなった。男が叫ぶ。


「きたっ!! やっときやがったっ! もう逃がさねえ。おしっ、勝負だっ!!」


 一同が固唾を飲んで見守る中、男は魚と格闘している。男の言葉通り、かなりの大物らしい。竿がもう半月のようにしなっている。その魚をなだめすかし、逃げる魚の動きに合わせて男は自ら左右に体を移動させる。しばらくして、魚も少し弱ってきたようだ。


「よし、ここだっ!!」

男が一気に竿をぐっと引き上げる。


 しかし、その瞬間、糸がぷっつり切れてしまった。反動でよろよろと腰をついてしまう男。大きな溜息をつく。


「くそっ! くそったれっ!!!! あとちょっとだったのによう~。くうぅ~!」


男は拳で地を叩き、とても悔しがっている。


 まじまじと一同が見守る中、男は腰をついたまま、今度は腹の底から笑い声を上げた。とても気持ちのよい笑い声だ。聞いている者にも心地よく響く。それが一段落つくと、よっと腰をあげて、にこにこと一行に近づいてくる。先程とは打って変わって、とても機嫌が良い。



「おう! さっきは悪かった。ちょいとピリピリしてたもんでな。道なら俺が教えてやる。なんでも聞いてくれや」



大物を逃がしたというのに、男は悔しさ以上に、なぜかうれしいらしい。

一行には、この釣り人の心理はよくわからなかった。



 変な男の話では、東に向かう街道をずっと真っ直ぐ歩いていけば、二時間くらいでその町へ行き着けるという。まあ、今から行けば夜には到着できるだろう。男はタバコの吸い殻などを袋にまとめ、周りに転がる自分が出したのではない他のゴミまでもちょいちょいと拾ってから(釣りのマナーはなかなかよろしい)、釣り道具を携えて、途中まで一行に同行した。


男はクロダイを狙っているという。


 あれはこれくらいは越えていたに違いないと、身振り手振りで先程逃がした魚の大きさを誇らしげにその男は話し込んでいる。まあ釣り上げた訳ではないので、大きさは何とでも言う事ができるが。釣りの魅力を熱く存分に語って、男は途中で別れた。この先の一軒家で一人暮らしをしているという。


 そんな男の後ろ姿を見送る中、腕から少しばかり血を流している男の子が一人、元気よくその男に駆け寄ってきた。離れた所で、彼らの会話が届いてくる。



『なんだ、またお前か。図々しい奴だな』

いかにもうんざりしたような男の声があがる。


『いいじゃんか。また怪我したんだ。手当して、フォレス!』

どうやら変な釣り人の名は、フォレスというらしい。


『お前なあ、元気なのはいいが、お前は余分な怪我が多過ぎだ。ギャリック、どうせまたお前、一人で変な修行でもしてたんだろ?』


元気な男の子は、ギャリックという名前のようだ。

男の子が抗議の声をあげる。


『変な修行って言うなっ! 俺は格闘家になるんだ。剣なんか無くたって、素手で悪い奴等を倒してやるんだ!』

『またこれだよ。相変わらず、変なガキだぜ。全く……』


フォレスがボヤき、ボリボリと頭を掻く(かなりのフケが落ちているようだ)。


『あんたにだけは言われたくないね。どうせまた、今日も釣れなかったんだろ?』

『馬鹿者。今日はな、でっかい魚と格闘するとこまでいったんだ』

『へえ、すごいじゃんか』


ギャリックのその言葉に、フォレスは急に機嫌が良くなったようだ。


『よし、話を聞け。手当してやるから。晩飯も喰っていけ』

『うん!』


変な男と、変な子供が連れだって歩み去っていった。


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 道中、他に特に変わった事もなく、一行は目指す町へと無事到着した。夜になってしまったので、今夜は宿をとり、明日アリアの修道院へ行くことに決めた。


 宿屋に落ち着き、疲れて眠そうにしている小さなシャリーの為に、すぐ食べられる軽食を宿のオヤジに注文する。シャリーは水を飲みサンドイッチを一つ食べると、目をこすって、もうすっかり眠そうだ。そんなシャリーをティナが抱き上げ、部屋へ寝かしつけにゆく。ぎゅっと抱きついてくるシャリーに、ティナはたまらなく幸せそうな顔を見せている。いつか自分にも、こんな可愛い子供ができたらいいなと思ってしまうのだ。



 シャリーを寝かしつけ、一同は遅めの夕食を注文する。料理を待つ間、今日出会った変わった釣り人の事を話題にしていると、酒と前菜を持ってきた宿屋のオヤジが思わず笑い声をあげた。


「あんたら、あの変わり者に会ったのかい? 面白い男だったろ」

どうやら、この町までもその男は変わり者で通っているらしい。


「あの人は、いつもああやって釣りをしているのですか?」

ノエルが尋ねる。またもオヤジがニヤリと笑う。


「ああ。へっぽこ釣り師だ。名前はフォレス。三年くらい前からあの辺りに住み着いたそうで、なんとか暇を見つけりゃ釣り糸を垂れてるが、まだでっかいのは全然釣れてねえって噂だ。なのに懲りずにずっとやってるんだ。まあ、本業は別なんだがな」


 ティナが興味を惹かれたらしい。どう考えてみても、一日中ああしているとしか思えない男の職業が知りたくなった。


「何してる人なの? 漁師?」



 宿屋のオヤジの笑みが広がる。初対面の人間には、まして釣りをしている時のフォレスしか見ていない人間には、彼の本業はとてもとても想像できないだろう。


「ああみえても、『医者』なのさ。フォレスはな」

「え!? ……い、医者あ~!?」


ティナは思わず声をあげてしまうが、他の者達も目を丸くしてしまった。

本当なのか? あんな変な釣り男が!? とても信じられない。


その様子を見て、してやったりといった感じで、オヤジの笑みがさらに広がる。


「はははっ、やっぱり驚いたみたいだな? 医者としては若い方に入るが、腕前はたいしたもんだ。金の無い貧しい人達にはタダで診てやっている。夜中に扉を叩いても、ボヤきはするが、結局は診てくれる人だ。最近、俺の子供達もずいぶん世話になった。その腕を聞き込んで、金を持った奴等が優先で診てくれと言ってきても、そんな事で病人を区別しない。病気の重さの大小でしか動かない男なのさ」



 宿屋のオヤジが話し込んでいるうちに、女将が主菜の肉料理を運んできてくれた。肉汁がしたたり落ちる、うまそうな鶏のあぶり焼きの大皿だ。食欲をそそる、なんとも香ばしい焼けた香りが一面に広がってゆく。それをオヤジはテーブルの中央にドンと置き、小皿を皆の前へ並べながら、なおも言葉を重ねてゆく。



「全く、今時変わった、珍しい医者だ。あれだけの腕があれば、大きな街に腰を据えて金持ちばかり相手にしてれば、すぐ金が貯まるだろうに。薬や何やらに金が消えて、相変わらずいつまでも貧乏暮らしをしてるんだ。ここらの土地の者達には、生き神様みたいに慕われてる。言葉遣いは乱暴なんだが、不思議と子供達がよく懐く。フフッ……やっぱり、あの人の本質がわかるんだろうさ。あの釣りさえなければ、もっとましな医者だと思うんだが。まあ、あれがあるから、あの人らしいと言えなくもないんだがよ」



 意外な事実に、胸の内で驚きを感じている一同であった。あの変な男が医者だったとは。しかも人々から信頼されている、たいした男らしいのだ。人は見かけではわからないものだと(これは彼等自身にも言える事なのだが)、感慨深く床につくのであった。



 二日後、ライルはこの変な釣り男の小屋の扉を必死で叩く事になる。しかしこの時点では、彼はそのような事など夢にも思っていない。

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