一握りの想い A Handful Feelings
次の日も続いてパイソンの消息を聞き込むライル達であった。
やはり何も手がかりが無いまま、宿屋に帰って夕食を取ろうとしていた頃合い、ホークスが一人で訪れてきた。鋭い眼差しで目配せするホークスに、一同はライルとノエルの部屋へと場を移す。盗賊が話を切り出す。パイソンと思われる人物を見つけたという。
「今朝だ。手分けして聞き込みを続けてたんだが、アリアの嬢ちゃんが雑貨屋の婆さんから、それらしい男の事を聞いてな。あの町の外れにある岬の灯台に、ちょうどそんなような灯台守が一人でいるってよ。右腕が無くて、左腕には火傷の痕がある男で、歳は四十~五十くらい。名前はダスト。まあ、偽名だな。『ゴミ』なんて名前はよ。自分の事をそういう風にしか思えなかったんだろうさ。まあ、気持ちはわからねえでもねえがな」
ホークスの告げる言葉に、アンジェラはとても悲しそうな様子だ。今まで彼女の姿がぼんやりとした影にしか見えなかったノエルですら、かなりはっきりと彼女の姿がわかるほどであった。かなり感情が揺らいでいるようだ。
「やっぱり無口な男で、人づきあいがほとんどねえらしい。一人で昔からそこの灯台守をしているって話だった。生活に必要な物は、全てそこの雑貨屋だけで済ませてるようだ。町中に出るときはだぶだぶした地味なローブを上から着て、フードを目深に降ろしているそうで、そこの雑貨屋の婆さんしか、腕の火傷や右腕が無い事を知らなかったみてえだ。後でダストっていう灯台守を知ってるかと町の人間に尋ねたら、『ああ、あの薄気味悪い陰気な男か』って、一応知ってる奴等もそこそこいたが、その事までは知らなかった。みんな驚いてたぜ」
どうやらパイソンは、世捨て人のような生活を送っているらしい。偽名を使い、醜い姿を人前で隠し、誰とも心を開かず、一人きりで灯台守をしているというのだ。今もきっと、罪悪感に苛まれているのであろう。哀れな男であった。
ライルには、この男の心が自分自身と重なるように思えた。彼もまた、パイソンに似た罪悪感を今も抱えて生きている一人なのだ。悲惨な過去がライルの胸にまざまざとよぎってゆく。
いつになれば、この痛みは消えるのだろう?
何をすれば、殺してしまった父、守れなかった母と妹に許してもらえるのだろう?
いつになれば、自分は自分自身を本当に許せるようになるのだろう?
答えは、まだ見つからない。ただ、『霧の華』がその答えの鍵を握っている事をおぼろげに感じているライルであった。
「それで、確認はしたのですね?」
尋ねるノエルに、ホークスは軽くうなずく。
「ああ。俺が一人であたってみた。その灯台にやっぱりいた。俺がしつこく扉を叩くもんだから、しぶしぶ開けたって感じだったぜ。『パイソンって男を知らねえか?』って尋ねたら、『知らない』と言いやがる。仏頂面はピクリともしねえ。『じゃあ、アンジェラって女を知らねえか?』って言ってやったら、奴は一瞬固まった。でも、『知らない、用がそれだけなら帰れ』って俺を叩き出した。それでひとまず引き上げたんだが……まず、間違いねえな」
腕組みをしていたライルが大きくうなずく。
「よし、わかった。今すぐ戻ろう。アンジェラ、もうすぐ会えるぜ。パイソンによ」
うれしそうに、静かにうなずくアンジェラであった。
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その日の夜更け、ライル達はギリアムとアリアが待つ宿屋へ到着した。二人とも、起きて彼らの帰りを待っていた。早速、例の灯台へと向かう。道すがら、ライル達は林で目撃した人売りの悪党どものアジトの事を告げた。ギリアムの渋面は一層険しくなり、アリアは悲しげだ。ホークスも黙然と前を歩いていた。
岬は潮の香りに満ちていた。
寄せては引く静かな波の音が心に染み通る。
ほとんど満月に近い月が煌々と辺りを照らし、石造りの古びた灯台を黒々と浮き上がらせている。その灯台の先端に火が灯り、夜も航海を続ける海の男達の道しるべとなっていた。
入り口の板戸を大きく叩くホークス。
返事はない。
さらにしつこく、さらに激しくホークスはドアを叩き続ける。やがて、その扉が少しだけ開いた。月明かりに黒々とした人影がちらりと板戸の隙間から見える。
「また、お前か。帰れ」
その人影は、苛立っているような、低いしわがれた声をした男だった。
「アンジェラを連れてきたぜ、パイソン」
「知らないと言っただろう。帰れ」
その人影は、にべもなく拒絶する。
「これでも、しらをきるのか?」
ホークスが促す。アンジェラが男の前に進みでた。目を丸くして驚く男。
「ア、アンジェラ!? ……アンジェラなのかっ!?」
アンジェラはその男を一心に見詰めて、大きくうなずく。
男は思わず扉を開け放ち、幽霊となったアンジェラの前にふらふらと立ちつくした。
パイソンの胸に、まざまざと昔の事が蘇る。
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彼には一人、妹がいた。たった一人の肉親であった。戦禍に巻き込まれて両親を亡くしてから、お互いに助け合って生きてきた仲の良い兄と妹であった。しかし、妹は流行り病にかかってしまう。
医者に診せたくて、パイソンは人売りの仕事に手を染めた。だが、それも虚しく彼の妹は命を落とした。しかし、もう後戻りは許されないパイソンであった。妹の死に自暴自棄となり、そのままずるずると、悪の道に染まってしまう。
そんなある日、また一人の女性が売られてきた。彼女は亡き妹とうり二つの顔立ちをしていた……それがアンジェラだった。どうしても、彼女を放っておけないパイソンであった。彼女を仲間の悪党達の毒牙にかけさせる訳にはいかなかった。何かと、彼女を守ってやる。素直で優しい性格をしているアンジェラは、そんなパイソンを慕うようになっていったが、彼は彼女の身体に指一本触れようとはしなかった。それでもお互い、側にいるだけで心が安らぐのだった。
そしていよいよ、アンジェラが売られる事が決まった。それを耳にしたパイソンは、彼女をなんとかここから連れ出して逃がしてやろうとしたのだった。深夜、約束の奥まった部屋でアンジェラが待っているはずだ。
しかし、思いもよらない出来事がパイソンの計画を狂わせた。酒に酔った仲間の悪党達が、金の配分をめぐって血を見るほどの喧嘩を始めてしまい、何かの弾みで火が燃え上がってしまった。抜き差しならない争いに気をとられていた悪党達は、火がかなり勢いを増してくるまで気づかなかった。
パイソンはその時ちょうど、アンジェラを逃がすための船の手配を整え終わり、まさに屋敷へ戻ってくる頃合いだった。屋敷から火の手があがり、悪党どもや女子供達が次々飛び出してくるのを目撃したパイソンは、アンジェラの姿を求めて炎の中へと迷わず飛び込んでいった……
炎が渦巻き、煙が胸を焦がすアジトの中を、身が焼かれるのも構わずにパイソンはアンジェラの姿を捜す。彼女を死なせる訳にはいかなかった。助ける事ができなかった妹の死に顔が胸に浮かぶ。
約束の部屋になんとか辿りつき、アンジェラの姿を認めたパイソンは、焼け落ちたドアの間から必死で手を差し出した。床でぐったりとしていた彼女も、それに気づいて手を伸ばす。しかし、燃えさかる炎が二人を遮った。目の前でアンジェラが燃え上がる。
熱さはもう、限界にきていた。泣きながら彼女に謝るパイソン。……また、助ける事ができなかった。その狂おしい想いに我を忘れて駆け去っていく……気が付くと、仲間の男達に手当を受けていたのだった。
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今、再び巡り会った二人。
女は幽霊として。
男は孤独な灯台守として。
アンジェラの隣に、ティナが進み出た。
「いいよ、アンジェラ。入って来て」
アンジェラがティナに憑依する。ティナの雰囲気が変わった。
『やっと会えた。あなたをずっと捜していたの』
その声は、ティナのものではなかった。
だが、パイソンには聞き覚えがあった。
それは忘れようにも、忘れられない人の声であった。
「ア、アンジェラ。本当に、アンジェラなんだな!?」
静かに、彼女はうなずく。
『うん。……あのね、私、あなたにどうしても言いたい事があって……』
そう言いかける彼女に、パイソンは血が滲むほどに唇を噛みしめてうつむいた。
「俺もだ。俺はお前を助けることができなかった。あの時、どうしてあと一歩踏み込めなかったのか、どうしてあの手をもう少しだけ伸ばすことができなかったのか……ほんの目の前にお前がいたのに。なのに、俺は結局お前を見捨てた。すまない、アンジェラ。すまない……。どれだけ謝っても償いにはならないだろうが、それでも謝らせてくれ。お前が言いたい事はわかってる。きっと、俺を恨んでも恨み切れないんだろう」
パイソンは痛々しくうなだれている。このような罪悪感に苦しみながら、この男はずっと一人で孤独に生きてきたのであろう。
うなだれているパイソンに、アンジェラは静かに首を振る。
『ううん。どうして私があなたを恨むの? 炎に焼かれながらも、私に向かって必死で手を差し出してくれたあなたを、どうして私が恨まなくてはいけないの? あの時、私はうれしかったの。もう助からないとわかったけど、炎の壁の向こうから、泣きながら手を伸ばしてくれたあなたの気持ちが、とってもうれしかった……。でも、あの時燃えさかる炎の壁が遮ってしまって、あなたにそれを伝える事ができなかった。泣きながら私に謝っているあなたの姿が、胸に焼き付いて離れなかった。それが気がかりで、心残りで、ずっとあなたを捜していたの』
ティナに憑依したアンジェラは、うなだれている片腕の男の側に寄り、火傷の跡がある彼の左手をそっと両手で握る。顔を上げたパイソンの瞳を、あらん限りの想いを込めて見詰め、一心に彼女は告げる。
『あなたが私に謝る事なんて何もない。炎の中であなたが差し出してくれた、焼け焦げたボロボロの手、私はそれで充分幸せだったのよ。だから……だからもう、自分をそんなに責めないで。私がどうしてもあなたに伝えたかった言葉……伝えなくてはいけない言葉……それはね、『ありがとう』って言葉なの……』
思わず膝をつき、泣き崩れるパイソン。
「アンジェラ、アンジェラっ!! 俺は、俺は……う、うううっ……」
彼女のこの一言に、二十数年間苦しみ続けた彼の心は、今ようやく救われた。
『ティナ、皆さん……ありがとう。これで何も思い残すことはありません。あなた達に会えてよかった。パイソン、さよなら……』
アンジェラはティナの身体から離れ、淡く輝きながら天へと昇ってゆく。
アンジェラが捨てきれなかった想い、死してなお二十数年間ずっと抱き続けてきた一握りの想い、それは、たった一つの感謝の想いだった。その切ない想いに、ティナは胸が一杯になってしまった。
「よかったね、アンジェラ」
天を仰ぐティナの瞳から、後から後から涙が溢れ出してきて、止める事ができなかった。アリアも静かに涙を拭っている。男達は厳粛に、その荘厳な光景を見守っていた。
涙を拭いながら、ティナがそっと囁く。
「……これで、終わったね」
しかし、ライルは静かに首を振り、くるりと背を向ける。
皆に背を向けたまま、つぶやくようにライルは告げた。
その右手……彼が剣を握る時、頼みとする利き手が、堅く堅く握りしめられている。
「いいや、まだだ。叩き潰すぜ。悪党どもの、あのアジト。アンジェラみてえな女を、これ以上増やしちゃいけねえんだ。結局貧しさからくる不幸や、それにつけ込む、他にごまんといやがる悪党達の汚い手は、俺にはどうする事もできねえかもしれねえ。でもな……でも俺は今、黙ってあそこを通り過ぎるなんて事はできねえぞ」
足早にライルは立ち去ってゆく。
ライルの言葉に、ギリアムが大きくうなずく。
「あやつの言う通りだ。この剛爆斧に誓って、そこを叩き潰してくれる!」
髭を震わせてそう断言すると、ギリアムもズカズカとライルの後を追ってゆく。
他の者達も素早く目を見合わせた。
ティナはウィンクし、ホークスはニヤリと笑い、アリアは微笑み、ノエルはうなずく。誰もが、二人と同じ気持ちだ。ライルとギリアムの背中を他の者も追いかけていった。
それは月がとてもきれいな夜の出来事であった。
優しくざわめく波の音に、片腕の無い一人の男のすすり泣きが溶け込んでいた。
冷たい月明かりが辺りをそっと包んでいた。
~~~~第七話【一握りの想い】終幕~~~~
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このエピソードでは、人と人との間でそれぞれが抱く想いのすれ違いを描きました。
大切な人に伝えられなかった謝罪の気持ち。
大切な人に伝えられなかった感謝の気持ち。
もう会えない人に対して、それぞれが抱くこうした想いは、『後悔』という形で心を苦しめます。
ライルもそうなのです。間違った罪悪感に苦しむ一人です。
これは、【ライル戦記】の大きなテーマの一つです。
やっぱ、しんみりとしたラストになりました。
ようやく過去の罪悪感から解き放たれたパイソンのその後は、次回第八話の冒頭にて少し触れます。
第八話は【大切なもの】。この第七話の展開を受けております。
心に傷を負った女の子がいます。
大人の男に怯えてしまう少女は、誰にも口を閉ざしているのです。
その女の子を連れ、ある場所へと向かう一行。
6人の中の、ある一人の生い立ちが明らかになります。
形のない、二つの『大切なもの』をテーマにしたエピソードです。
この言葉は、物語の中で二回しか使ってません。自分はどちらも忘れてはいけないものだと思ってます。




