アジト Hideout
日も落ち切って、もう辺りはすっかり夜だ。パイソン捜索の事もあり、一行はとりあえず、来る時に通り過ぎた、この場所に最も近い町を目指して来た道を引き返す事に決めた。
町の灯りが間近になってきた時、ライルがアンジェラを見詰めて困ったような顔をする。彼女はティナの肩あたりにふわふわと浮きながら、ぴったりとくっついていた。
「あのよ、アンジェラ。ティナにくっついてくるのは別に構わねえんだが……」
ティナがぴくりと眉をつり上げる。
「構う、構わないは私が決めることでしょ。あんたが勝手に決めるな!」
「う……そういうつもりじゃあ……言いたかったのは別の事だったんだが。まあ、すまん。その……」
ティナはなおも言いかけるライルをよそに、他のことに気を取られている。
「(全く、人の気も知らないで神経逆撫でするし……もうちょっと私をいたわってくれたっていいのにさ。ライルのアホ)」
そんなティナに、肩にいるアンジェラがすまなそうに謝る。
『ごめんなさい、ティナ』
「ああ、いや、私は別に構わないんだからね。心配しないで、アンジェラ。そういう意味で言ったんじゃないの」
『はい、それはわかってます。私が謝りたいのはね……あなたが少し感情を込めて考え事すると、その気持ちが私にはわかっちゃうの。ライルさんに、もう少し優しくしてもらいたいんですよね? こういう時くらい。だから……ごめんなさい、ティナ。ふふっ』
「あ、あのね、アンジェラ!」
慌てるティナであった。しかし、周りから見れば独り言を言っているようにしか見えない。
「どうしたんだよ、ティナ? さっきから。ま、いいか。とにかくだな、アンジェラ。そのままお前さんが町に入るのは、ちょっとまずいんじゃねえのか? 町中大騒ぎになっちまうぞ」
他の者も、今更ながらそれに気づいた。ギリアムもうなずく。
「うむ。それも確かにそうだな。ワシには少ししか見えんが、それでも皆驚くと思うぞ。どうするのだ、アンジェラ?」
彼女はにっこりと微笑んだ。その瞬間、彼女の姿は一行の目から消え失せた。皆驚く。
「お、おい!? アンジェラ、どこ行っちまったんだよ?」
さすがにホークスも辺りをキョロキョロ見回している。
「いいえ、アンジェラさんはまだティナさんの側にいますよ。感じます」
霊感の高いアリアが指摘する。
しばし後、再びアンジェラは元通りに姿を現した。
魔術師ノエルがかなり目を輝かせている。このような、どこの書物にも記されてはいない事実を目の当たりにして、彼の知的好奇心がかなり刺激されたらしい。
「なるほど。そういう事も可能なのですか。実に興味深いですねえ。ほとんどの霊魂は普通の人々には見えないものだと思っていましたが。あなたの場合、いつでも自由にそうして姿を現したり、消したりできるという訳なのですか?」
ノエルの言葉に、軽くうなずくアンジェラであったが、何やらティナに告げた。
「これだけに集中すればいつでも完全に姿を消せるんだけど、気持ちが揺らいだり、感情が高ぶってしまった時にはそれができなくなるんだってさ。ふ~ん。だから、さっきあの屋敷跡でパイソンが来てるかどうか必死で捜してた時は、私達に姿が見えていたって訳なんだ。でも町の中で、もしパイソンに出会ったらどうするの?」
アンジェラはにっこりと囁く。
その言葉に、ティナもクスリと笑う。
「何とおっしゃってるんですか、ティナさん?」
アリアが尋ねる。
「『その時は、しょうがない』だって。ふふっ。結構面白いわ、アンジェラって」
という訳で、一行はその小さな町の宿屋に無事落ち着くことができた。その日は退魔の法の技の中でも中級クラスの『浄化の導き』を途中で中断されてしまったアリアや、常にアンジェラが側にいるティナの精神的消耗もあって、そのまま一行は疲れを癒すことにした。
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翌朝、今後の方針を固めるために一同顔をつきあわせる。ホークスの地図、そして宿屋のおばさんから実際のこの辺りの地理を聞いて、まずは二手に分かれる事となった。ホークス、ギリアム、アリアはこの町で聞き込みをし、ライル、ティナ、ノエルは例の街道の先にある隣町まで足を運んでパイソンの情報を集めてみるという感じだ。
ノエルの推測が正しければ、この範囲内のどこかにパイソン本人、もしくは彼を知っている人がいる可能性が高い。それ以上遠くでは、あの屋敷跡辺りの林が全く見えなくなるからだ。予想では隣町組は、すぐに出立すれば昼過ぎにはあちらに到着できるだろう。早ければ早いほうがいい。
どちらかで有力な情報を掴んだ場合、ライル達はこの宿屋へ、ホークス達は隣町にある、宿屋のおばさんが教えてくれた知り合いの宿屋へとすぐに知らせ合うように打ち合わせた。ライル達は食料と水を仕入れて隣町へと向かう。ホークス達も手分けして聞き込みを開始する。
林を貫く街道を進む三人(幽霊含め四人?)。例の屋敷跡のある丘を通り過ぎ、さらに南へと向かう。海の潮の香りが微かに漂ってきた頃合い、ティナがピタリと足を止めた。
「待って! アンジェラが、『すぐ近くに人がたくさんいる気配がする』って言ってる」
ライルが眉をひそめた。
「え? こんな林の中にか? ホークスの地図にも無かったし、宿屋のおばさんもそんな事言ってないぜ」
ノエルの表情がいつになく引き締まっている。彼の頭には、今まで得た情報から導かれる、ある推測が浮かんでいた。
「これは、何かありますね。少し、慎重にいきましょう。まずはそこの近くまで、でもそこから私達が見えないような所まで案内して頂けますか? アンジェラさん」
アンジェラに導かれるまま、木々の間を抜けてゆく三人。間もなく、人目のつかないひっそりとした場所に、大きめの木製の建物が目に入ってきた。その入り口に、男が一人じっと立ち続けている。ノエルが皆を制して身を伏せる。ライルとティナもそれに従う。
「いきなり近づかないほうがいいと私は思います。少し様子を見ましょう。それからでも遅くはありませんから」
入り口に立っている男は、遠目に見てもかなり柄が悪そうな男だった。しばらくして、建物から別の男が出てきて、その男と交替してまた入り口に立っている。この男もまた人相が明らかに悪い。
「どういう事なのかしら? まるで見張ってるみたいね」
「ああ。なんかおかしな雰囲気だぜ」
「多分、昔と同じ事を利用している輩がいるようですね、これは。まず間違いないとは思うのですけど……アンジェラさん。念のため、確認してきてもらえませんか? おそらく、あの建物の中には女性達や子供が監禁されているはずです」
アンジェラはうなずくと、姿を消して建物の内部へと入っていった。
「それって……」
「ノエル、あいつら人売りなのか?」
「ええ、まず間違いないでしょう。少し、見過ごせませんね。しかし、今はパイソンを捜す事が先です。それに、私達だけで行動しないほうがいい。ここは状況だけつかんで、ひとまず先を急ぎましょう」
確かにノエルの判断は正しいのだろう。しかし、胸に引っかかる思いのするライルとティナであった。
やがてアンジェラが戻ってきた。やはりノエルの推測通り、あの建物の中には二十人ほどの女性や子供が閉じこめられているそうだ。ならず者の男達は十五、六人。監禁されている女性達は、ひどい扱いを受けているという。かつては自らもおなじ境遇にいたアンジェラである。彼女達の心の傷が痛いようにわかるのだろう。悲しそうにうつむいている。
冷静な判断を持つ魔術師は、きっぱりと告げる。
「行きましょう。彼女達を助けたいのはやまやまですが、今は人手が足りません。私達だけで、あの男達を全て倒す事はなんとかできるかもしれませんが、囚われの人々の無事までは保証できません。彼女達を人質にする事も十分にありえます。ここは我慢する時です。あそこの状況をつかんでおく事も必要な事です。今はそこまでにしましょう。アンジェラさん。後で、あの建物の見取り図を教えてください。さあ、行きましょう」
唇を噛みしめて、一行は隣町へと足を向けた。ライルは一度振り返る。悪党達のそのアジトを胸に焼き付けるかのように。そして再び、黙然とその場を立ち去っていった。
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昼過ぎには隣町に到着した。予定通り、約束の宿屋を見つけだして聞き込みを行うライル達であったが、その日はパイソンの手がかりは全く掴めなかった。
夜が訪れる。ティナは一人、ライル、ノエルとは別室にしてもらった。宿屋の主人に頼んで、たらいに湯を張ってもらって、ティナはのびのびと湯浴みをする。可能な時は、必ず風呂に入るティナである。温泉も大好きだ。いつも隙あらば覗こうとするホークスがいないので、今回はゆったりと安心して湯浴みを楽しんだ。
さっぱりとしたティナは、寝支度を整え床につく。アンジェラは一人、窓際に佇んで寂しそうに夜空を眺めていた。
「アンジェラ。きっと見つかるって。心配しないで」
『うん……』
「あなた、『どうしても言わなくてはいけない事がある』って言ってたけど……パイソンに会って、何を言わなくてはいけないの?」
アンジェラは目を伏せ沈黙している。ただ、窓辺のその姿が一層はっきりとティナの目に映る。幽霊となった彼女の胸の内にあるその想いは、今もなお彼女の心を強く揺り動かしているのだろう。
「ごめん。忘れて。それは彼だけのための言葉よね、きっと。私が聞く事じゃなかった。見つかるといいね、その人」
『うん……』
その夜は静かに更けていった。




