尋ね人 Missing Person
一行がアンジェラから事情を聞き出す。頭に語りかけられてくるアンジェラの言葉を、ティナが皆に説明した。
昔からあった幽霊騒ぎに目をつけた悪党達が、あの屋敷を拠点に人売りや麻薬の売り買いを行っていたのだそうだ。幽霊が出るという噂で、誰も近寄ろうとはしない大きな屋敷が、闇の商売にはうってつけだったという訳だ。悪党達が自ら白布などを被って夜の街道に出没したりして、その噂に拍車をかけていたらしい。
人里から離れた街道の側にあり、その街道を少しゆくと船が着けられる海岸もあって、地理的にも好都合だった。その上近くの岬には灯台があって、夜でも怪しい荷船を操るための目印として利用できた。
アンジェラは家が貧しく、病弱な父母に高利を貸し付けた悪どい商人に借金の肩代わりとして売られてきたそうだ。他にも各地で同じように売られてきた女性や子供、さらわれてきた女性などもいたそうだ。悪党達はそうした女子供を、各地の売春宿や奴隷同然の扱いを受けるような所へ、次々と売りさばいて巨額の利益を上げていた。
しかし、そうした悪党どもの中に一人だけ、アンジェラにはよくしてくれた男がいたという。名前はパイソン。ひどい扱いを受け、時には悪党どもの夜の慰めとされてしまう女性達であったが、パイソンはアンジェラを何かと庇ってくれたそうだ。『売られるまでは俺の女にするから手を出すな』と他の男達に釘を刺す一方で、実際には彼女の手を握る事すらしなかったという。
無口な男で、ほとんど何もアンジェラに告げる事などなかったのだが、ある時ぽつりと一言だけ、死んだ妹にアンジェラが似ているのだと打ち明けてくれた。そうしたパイソンの優しさに、絶望的な状況の中、彼女は日々救われていた。そしてアンジェラが売られる日が決まると、彼女を逃がしてやると言って手配を整えてくれた。
脱出を計画した夜、約束の部屋でパイソンを待っていたアンジェラだったが、何やら騒々しい叫び声が次々聞こえたかと思うと、焦げ臭い匂いがしてきた。なおもしばらくじっとパイソンを待っていたのだが、焦げ臭い匂いはますます強くなってくる。それに、熱い。扉を開けたアンジェラが目にしたものは、燃えさかる炎の壁であった。とても逃げ出せるものではない程の勢いで炎は猛り狂っていた。
どうする事もできず、再びドアを閉めて部屋の隅にうずくまるアンジェラだったが、煙がひどく、やがて意識がもうろうとなってきた。もう助からない……そうアンジェラが思った瞬間、パイソンが自分を必死で呼ぶ声が聞こえた。
顔を上げてみると、ほとんど炎の壁となったドアの隙間から、パイソンが焼け焦げた右腕を伸ばして必死で手を差し出していた。アンジェラが手を伸ばしてパイソンに駆け寄ろうとしたその時、一段と燃えさかる炎が彼女とパイソンを断ち切り、アンジェラは炎に焼かれてしまったのだという。
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アンジェラの悲惨な体験に、一同シンと押し黙っている。やがて、ホークスが口を開いた。
「で、お前さんが会いたいってのは、そのパイソンとかいう男なんだな?」
アンジェラは、こっくりとうなずいた。
「でもよ、パイソンも焼け死んでしまったんじゃねえのか? その時によ」
ライルの問いに、彼女は静かに首を振る。
「『焼け跡には、自分の遺体しか見あたらなかったから』って……」
通訳したティナは悲しげにうつむく。
「アンジェラとやら、何か、そのパイソンの特徴などはないのか? 歳月を経ても変わらぬ、すぐにそれとわかるような」
自らも二十年以上、かつての幼馴染を探し続けているギリアムである。幽霊とはいえ、同じ思いを抱えるこの魂に、力を貸してやりたいと思っている。奇妙なこの状況も、この頑固オヤジがこだわる『筋を通す事』の範囲内になったようだ。
ギリアムの問いかけに、彼女はティナに顔を向けて告げる。
「『ひどい火傷の痕が全身にあるはずだ』って。それに……」
「それに、なんなのですか?」
アリアが促すと、ティナは下唇を噛んでから重々しく答えた。
「『右腕がない』って……」
アンジェラは悲しそうにうつむいている。一同眉をひそめた。ノエルが問いかける。
「どうして、そんな事がわかるのですか?」
ティナが答えようとすると、アンジェラが進み出た。そして手招きをして一同を導く。ついてきてくれというらしい。
彼女に導かれるまま、瓦礫の間をぬってゆく。やがて彼女が立ち止まり、地面を指さす。そこには白骨化し、こけむした、人間の片腕と指の骨が散乱して横たわっていた。
かなり闇が濃くなってきたが、夜目のきくホークスが膝を折ってその骨を確認する。
「右腕だな。それに、この断面からすると、大きな刃物で一気に叩き切られた感じだぜ」
「じゃあ、これがパイソンの右腕だっていうことなのか、アンジェラ?」
ライルの問いかけに、彼女は静かにうなずいた。なおもライルは不思議そうに尋ねる。
「でもよ、なんでパイソンの腕だってわかるんだ?」
「『あんなに焼け焦げるまで、必死で差し出してくれた彼の右腕を、見間違えるはずがない』って、言ってる」
そう告げるティナも悲しそうだ。
「にしても、なんでこんな所にそいつの腕が転がってるんだ? いつからなんだ?」
ホークスが鋭い眼差しをしている。パイソンの身に、何か尋常でない事が起きたのは疑いがないのだ。悲しそうに答えるアンジェラを、ティナがまた通訳してやる。
「『どうしてなのかは、わからない』って。彼女が死んでから数日くらい経って、悪党の一人がここに腕を捨てに来たそうよ」
「なるほどな……そういう事だったか。だとしたら、もしパイソンが生きてるとすれば、今は汚ねえ仕事はしてねえはずだな。きっと」
「そうですね。もしかしたら、それほど遠くには行ってないかもしれません。結構近くにいる可能性がありますね」
ホークスとノエルがうなずき合っている。
他の者は、そんな二人をまじまじと見守っている。
「どうして、そんなことがわかるのですか?」
アリアが不思議そうに問いかける。
世の闇を知る盗賊ホークスが寂しげな微笑みをかすかに浮かべて、純粋そうなアリアを見詰める。
「嬢ちゃん。この右腕はな、ケジメってやつなのさ。俺みたいな、裏の世界で生きてる男達にとって、組織に属してヤバい仕事をする以上、途中で抜けるなんて事は本来は許されねえ。それでも足を洗いたいってんなら、そいつが必ず秘密を守る男だと、皆を納得させるようなケジメが必要なんだ。多分、パイソンは自ら進んで、悪党どもの目の前でこの右腕を差し出したんだろう。だから、今はもう汚ねえ仕事には手を染めてねえはずなんだ、パイソンはよ」
ノエルもホークスの言葉にうなずく。
「ええ。それに、それほどの決意を成し遂げるだけの男です。きっと、アンジェラさんを助けられなかった事をひどく後悔していたのでしょうね。私は、だから右腕を切り捨てたんだと思います。あの時、アンジェラさんをつかんでやれなかった、呪わしい自分の右腕を……。そんな男ですから、心残りなこの場所を全く忘れられるとは思えないんです。遠くへ行ってしまおうとしても、結局この近くに戻ってきてしまう可能性が高いんです。どこか、この辺りを遠くから眺めることができるような場所に、パイソンは今もひっそりと暮らしているかもしれないです」
さすがに盗賊ホークスと、洞察力鋭い魔術師ノエルである。二人の言葉に、一同納得した。悲しそうにアンジェラは俯いてしまっている。そんな重苦しい空気が支配していた中、ライルが口を開いた。
「おしっ、それなら俺達が手分けして捜せば、なんとかなりそうだな。アンジェラ、きっとパイソン、見つかるぜ。……いや、必ず見つけだして、お前さんに会わせてやる。二十何年ぶりのデートってやつも、なかなか粋なもんじゃねえか? もしよかったら、そいつと一緒に俺達と飲もうぜ! なんかちょっと変わった、楽しい酒になりそうだ。お前さんは綺麗なまんまだけど、パイソンの奴、今は頭がはげ上がってるかもしれねえぞ。幻滅したりしてな。はははっ」
そう言って、屈託なくライルはアンジェラに笑いかける。ライルの言葉と笑い声で、場の空気が一気に変わってしまった。本人は全く意識してやっているのではなく、自然とこうした言葉が飛び出してきてしまうのだが、このような所が人々に好かれるようだ。
ライルの提案に、ホークスが生き生きと目を輝かせている。
「そりゃいいな! 俺もアンジェラと飲んでみてえぞ。いい女は、生きてても、幽霊でも、やっぱいい女には違いねえしよ。どうだ、アンジェラ? 宴会隊長は俺様に任せてくれや。絶対、退屈はさせねえぜ。これだけはかなり自信あるんだ」
ホークスが鼻息を荒げている。ライルも何やら期待してアンジェラの答えを待っている。
アンジェラは目を丸くして、そんな二人をまじまじと見詰めていたが、やがてにっこりとした。ティナにヒソヒソと耳打ちしている。
「『またの機会にいたします、ごめんなさい』だって。残念だったわね」
幽霊を口説こうとした男など、この二人しかいないだろう……そして、たちまち見事に振られてしまった。
「ちぇ、またか。これで七連敗だな、ライル」
「いや、八連敗のはずだ、ホークス」
「あんた達って、ほんっとに見境いないのね。ある意味尊敬するわ。全く……」
ティナがあきれている。アリアはクスクス笑っている。アンジェラも口元を手で覆って笑いを隠している。ギリアムとノエルも苦笑していた。




