ティナとアンジェラ Tina and Angela
「待って、アリアっ!」
ティナは聖印を結んでいるアリアの手をつかみ、その集中を解いた。
「ティナさん……?」
突然集中を解かれたアリアは、眉をひそめて戸惑っている。
「ごめん、アリア。でも、少しだけ待ってあげてくれない?」
浄化を免れた女性の霊は、怯えて逃げ出そうとする。その彼女に気づいて、相手が幽霊であることもすっかり忘れて、ティナは呼びかけた。
「待って! もう、大丈夫だから。あなたの声が聞こえたの。あなた、会いたい人がいるんでしょう?」
背を向けて立ち去ろうとしていた女性の幽霊が、ティナの声にぴくりと立ち止まり、おずおずと振り向いた。じっとこちらを見詰めている。怖さも忘れて思わず行動してしまったティナであったが、改めて幽霊と向かい合っていることが徐々に実感されてゆく。背筋が寒くなってきた。ティナは、傍らにいるアリアの手を震える手で握りしめた。
「え、ええっと、そのう……あなた、『あの人に会って、どうしても言わなくてはいけない事がある』って、さっき言ってたけど」
その女性の幽霊は、驚いた様子でティナを見詰める。その両手を胸の前でもじもじと組み合わせながら、彼女はこっくりとうなずいた。そして、口を開いた。他の者には、幽霊がただ口を動かしているようにしか見えなかったが、ティナには彼女の小さな声が聞こえた。
『あなた、私の声が聞こえるの?』
「う、うん。そうみたい……ね……」
怖さのあまり、ティナはひくひくと、ひきつった笑いを無意識のうちに浮かべていた。
『私、あの人にどうしても会わなくてはいけないの。私の声が聞こえる人は、あなたが初めて。たぶん、あなたなら大丈夫かも。お願い。私と一緒に、あの人を捜してくれませんか?』
「わ、『私と一緒に』って!? ど、ど、どういう事?」
かなり、とても、すごく嫌な予感がしたティナであった。
『私、一人ではこの場所からあんまり遠くには出られないの。誰かについていくと、もっと遠くまで行けるんだけど、今までの人達だとあの町の側までが精一杯。でもあなたなら、きっともっと遠くまで大丈夫だって感じがするの』
「ついていくって……そ、それってもしかして!? い、嫌。それはちょっと嫌……」
ぶるぶると必死で首を横に振るティナであった。『ついてゆく』とは、この場合『憑いてゆく』という事なのだろう、きっと。彼女にとっては、考えるだに恐ろしい事だ。
『お願い。あなたの御迷惑にならないようにしますから。どうかお願いです。どうしても、どうしてもあの人に会って、言わなくてはいけない事があるんです。お願いです……どうかお願いです……』
そう告げると、彼女は膝を折り、涙を流しながらティナの前で地に頭を擦りつける。会話の内容がわからなかった他の者達は、いきなり幽霊がティナに土下座するのを目にして、戸惑った。
ティナは、自分の足元で震えながら泣いている、その彼女の姿に胸を打たれた。どういう理由なのかはわからない。しかし、彼女の胸に死んでもなお捨てきれずに残っているただ一つの願い、その切ない想いが、先程ティナの心を動かして、アリアの手を遮ったのだ。それに困っている人(?)を目にして、気づかなかった振りをして何もせずに通り過ぎることなどできない性格のティナである。痛々しく泣いている彼女に、ティナは思わず膝を折って話しかける。
「わかった。私が手伝ってあげる。だから、もう泣かないで。さあ、顔をあげて。綺麗な顔が台無しよ」
そう言って、にっこりとティナは微笑んだ。女性の霊が涙の痕が残る顔をあげる。
『い、いいのですか?』
ティナはうなずく。
『ありがとう……ありがとうございます!』
「でも、私はずうっとあなたを手伝ってる訳にはいかないのよ。それでもいい?」
『そうですよね……わかりました。では、次の満月の時までお願いできませんか? もし、それであの人が見つからなかったら、もうあきらめます』
「次の満月っていうと……大体五日間くらいか。うん、わかった。それくらいなら、まあ、なんとかなる、かなあ?」
ちょっと首をかしげるティナであった。
『ダメですか?』
悲しそうに、彼女はティナを見上げている。慌ててティナは答えた。
「わ、わかった。大丈夫だから。五日間ね、五日間っと(大丈夫、だよね?)」
『ありがとうございます。ここにいてはいけない事はわかってはいるんです。でも、どうしてもあの人に言いたい事があって……。けれど、もしもあなたに手伝ってもらっても会えなかったら、あの修道女の方に導いてもらいます。残念ですけど……仕方ありませんから』
そのような決意を胸に秘めた彼女は、目を伏せて寂しげにうつむいてしまう。こういう様子の人を、黙って見ていられるティナの性分ではない。
「何言ってるの。これから捜し出すんじゃないの。今からあきらめ気分でどうするのよっ! きっと会えるって、心の底から信じるのっ! 私がついてるんだから。わかった?」
『……うん。そうですよね。あなたの言う通りです。ありがとう』
初めて、彼女がにっこりと微笑んだ。ティナも微笑む。もう相手が幽霊だという事をすっかり忘れて、いつものようなティナであった。
二人の間のやりとりがわからず、皆は不思議そうに見詰めている。傍らにその幽霊を連れて、ティナは事の顛末を説明した。端から見ると、それはかなり奇妙な状況だ。ティナの説明が終わると、その女性の幽霊は皆にぺこりと頭を下げた。
「『ちょっとの間ですが、どうかよろしくお願い致します』ですって」
ティナが通訳してやる。ライルが尋ねた。
「あのよ、彼女、名前は何て言うんだ?」
彼女がティナに囁く。
「アンジェラか。綺麗な名前ね。……え、私? ティナよ。炎の精霊使いなの。いや、あはっ、別にそれほどでもないって。まあ、私、ちょっと変わってるから。傭兵をやってた時だってあるの」
最初はあれほど怖がっていたのだが、ティナはもうすっかり幽霊と打ち解けているようだ。友達と屈託無くおしゃべりしている感じがする。
「わかった。じゃ、アンジェラ、よろしくな。俺はライルだ。ティナとは傭兵時代からの馴染みだ。まあ、不思議な事もあるもんだが、俺も協力するぜ」
もじもじと、彼女はライルに軽く頭を下げた。
「『ありがとう、ライルさん』って。アンジェラ、ちょっと照れてるみたい。フフッ」
アンジェラは、抗議の声をあげて首を横に振っている。ちょっとかわいらしい。
『人の事言えませんよ、ティナ。あのね、こういう姿になってしまうと、人の心の中がよくわかるようになるの。別に、覗き見したわけじゃないんだけど……ティナって、本当はライルさんの事……』
「な、な、何言ってるのよっ! そんな訳ないじゃない、アンジェラ! こ~んなぶっきらぼうで、綺麗な女の人見るとすぐ鼻息荒げて向かっていくような奴、別になんとも思ってないんだからっ! 腐れ縁よ、腐れ縁っ! ホントにホントよ!! わかった?」
『ふふっ。そういう事にしておきましょっか?』
「ティナ? どうしたんだよ?」
ティナに指さされたライルが、不審そうに首をかしげている。
「あ、ああ……いや、その……何でもないのよ。あはははは」
不自然な笑顔をつくるティナだった。




