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彼らの魂の輝きが、あなたの心に届く事を願って ~ライル戦記~  作者: Forest Eiju
第七話【一握りの想い】A Handful Feelings
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浄化の導き Purification

 ライルの背中にティナがまだおぶってもらっている。背中から伝わってきてしまう柔らかな彼女の身体の感触を、彼は無理矢理に意識しないようにしているようだ。ティナの表情は穏やかだ。ライルの背中で、すっかり安心しているらしい。しみじみとライルが背中のティナに話しかける。


「それにしても、お前がこういうのが苦手だったとは知らなかったなあ。意外だった」


ティナは口を尖らせている。


「いいじゃない、別に。怖いものは怖いの!」

「でもよ、お前精霊使いだろ? 精霊もアレも、似たようなもんじゃねえのか?」

「全っ然っ、違うっ!」


彼女は大きく首を振る。精霊使いのティナにとっては、そういうものらしい。


「出所は一緒だろ?」


なおも一緒くたにしようとしているライルに、彼女は少し苛立っている様子だ。


「あのね! 精霊達は、それぞれの気質の源があって、精霊使いと厳粛な誓約を結んで力を貸してくれるの! 主人になった精霊使いの命令を忠実に守って働いてくれる、意志を持った制御できる存在なの。この世界の根本になってる気質の源自体は、あんまりにも荒々しくて純粋だから人間では制御できないけど、そこから意志を持って生まれた精霊達なら、素質があって訓練を積んだ精霊使いが契約を交わすことで制御できるようになるの。私の場合は根本の『元始の炎』なんて、とてもとても制御できないけど、炎の精霊のサラマンダー達なら制御できる訳」


ティナはしばし言葉を切って、なぜか少し寂しそうにうつむいた。


「その代わりに契約を結んだ精霊使いはね、根本の気質の一部が精霊として意志を持つために必要となる魂を、自分が亡くなる最期の時に捧げて、自らがまた精霊として後世の者達に力を貸す義務があるの。だから……もう二度と人として生まれ変わる事はできなくなってしまうんだけど……つまり精霊達は、自然の力が人の魂の力を宿して具現化した存在。アレは、恨みだとか憎しみだとか、何か心残りな強い感情を持って死んでしまって、本当の在るべき所へ戻ろうとしない魂なの。だから、精霊達はアレなんかと全然違うっ!」


ライルがしきりに感心している。剣ばかりに囲まれて生き抜いてきたライルには、初めて聞く話であった。


「へえ、そういうもんだったのか。ふうん……っていうか、お前、そろそろ自分で歩けるんじゃねえのか?」

「……、ぐ~、ぐ~」

「こら、寝るな」

「いいじゃない、もうちょっとくらい。ライルの背中って、すごく大きい」

「甘えるな。結構お前、重いんだぞ」

「なにい~! ふんっ、今降ろしたら、またわんわん泣いてやる」

「はあっ、普通の子供よりタチが悪いぞ。しょうがねえなあ。あそこの角までだぞ」

「ふふっ、ありがと♪」


背中にいるティナの表情はライルにはわからなかったが、彼女はとてもゴキゲンであった。


---------------------------------------------


 噂の屋敷跡の近くに一行が到着した時には、辺りはちょうど薄暗くなり始める頃合いであった。夕間詰めは、この世とあの世の境目が混じり合う時間とされ、アレが出没しやすい時刻の一つと言う。林の間にぽっかりと空いた緩やかな丘に、かろうじて残っているボロボロに崩れ落ちた石塀が、かつてここに屋敷が建っていた事を物語っている。


 アリアは先頭を切って、迷うことなくその丘に踏み込んでゆく。他の者も後に続く。ティナはライルの後ろにぴったりとくっついて歩いている。彼女の後ろはノエルに歩いてもらい、右にはホークス、左にはギリアムといった案配である。そんな厳重な警護でも、彼女の顔は蒼冷めているようだ。


 やがて、アリアが立ち止まった。何かの気配を感じたらしい。ゆっくりと辺りを見回し始めた。他の者達も落ち着かず、キョロキョロと辺りを伺っている。ティナはなるべく周りを見ないように視線を固めていたが……


 しかしゴキ○リが嫌いな人が、見たくもないのに真っ先にそれを見つけてしまうように、誰よりも早く『アレ』を目撃してしまったのは彼女だった。


「ねえ、ライル。……い、いるの?」

「俺にはよくわからねえな。霊感とか全然無いほうだからなあ。アリアは何か感じてるみてえだけどよ。さっきから捜してるんだが……」


 その時、ティナが視線を固定していた瓦礫の影に、うっすらとおぼろげに白い透き通るようなモノが横切っていった。全身カチコチに固まってしまったティナ。


「(見てない、見てない! 私は何も見なかった。そう、何も見てないんだからね……)」


 しかし、物陰に消えたと思ったその影は、またもやふわりと姿を現してきた。焼け焦げたようなボロボロのワンピースを身につけた女性の姿に間違いない!


ティナはライルの袖をぎゅっと握りしめた。

その手がガタガタ震えてしまっている。


「ん? どうした、ティナ」


 彼が背後のティナに振り向いてみると、彼女はある一点を凝視して恐怖に目を見開いていた。ライルがその視線の先を追ってみる。……いた! 霊感が全くないと言っていたライルにも、はっきりとわかるくらいの女性の幽霊の姿がそこにはあった。まだ辺りを見回しているアリアに、そっとライルが近づいてゆく。その背中に、震えるティナがぴったりとくっついている。


「アリア。お出ましだぜ」


 声を落として、ライルがそっと告げる。アリアも彼が顎で促すほうへ視線を向けると、彼女にもはっきりと霊の姿が確認できた。他の者も、ライルの様子を見て霊の姿を目撃した。ギリアムとノエルには、他の者ほどはっきりとは見えないようだ。うっすらとした影がぼんやりわかる程度であった。やはり個人差があるものらしい。



 修道女の少女はふうっと息をつくと、心を決めて一人でその女性の幽霊へと近づいてゆく。他の者達は、固唾を飲んでその成り行きを見守っていた。


 どこか寂しそうな表情をした、美しい女性だ。癖のない素直な髪が背中まで伸びている。生前はそのしなやかな髪に陽が煌めいてさらに美しかったに違いないだろう。しかし今は、透き通るような淡い白さが覆っているのみで、その髪がどんな色合いをしていたのかはわからない。アリアがその女性の霊に声をかける。幽霊が気づいて振り向いた。


「あの、あなたは領主の奥様なのですか?」


 その女性の霊は、きょとんとしてアリアを見詰めている。しかしやがて、不思議そうに首を振った。どうやら噂とは違って、例の女性の霊魂ではないらしい。しかし、何か心残りな事があって、二十数年間もさまよい続けている魂には違いない。アリアは最初の決意どおり、退魔の法を施す事にためらいはなかった。


 アリアはその胸の十字架を首から外し、右手に掲げてその霊へと近づいてゆく。それを見て、女性の霊の瞳に怯えの色が走る。修道女は胸の内で、さまよえる霊魂を鎮め、在るべき所へといざなう退魔の法、『浄化の導き』の手順を何度も確認する。


「怖がらないで。あなたが居るべき所へ行けるように、手伝ってあげますね。何も怖いことはないのですよ。主が、あなたを優しく包んでくださいますから。こんな所に一人ぼっちで、とてもつらかったでしょう? あなたには、何か心残りな事があるのかもしれませんが、あなたはもう現世に干渉する事はできないのですよ。ですから、そうしたものは全てここに置いてゆくのです。私が導いてあげます。心を楽にしてくださいね」


 その女性の霊は、首を左右に振る。嫌だと言いたいようだ。しかしアリアは迷わず、『浄化の導き』を開始した。このまま現世にこの霊魂が留まり続ければ、苦しむのは彼女自身なのだ。転生する事のないまま、剥き出しの魂を徐々に削られていき、ついには輪廻の輪を外れて、その苦しみだけを永遠に抱いて決して救われることのない存在になり果ててしまう。強制的にでも、この霊を昇華してやることが彼女のためなのだ。


『全ての命の父たる主よ。彷徨えるこの者の魂を救い給え。傷つき、疲れ果てたこの魂に永久の安らぎを授け給え……父たる主の御名の下に、父の忠実なる下僕、アリアが願う。この魂に道を指し示し給え。優しき父の慈愛に満ちた、輝ける場所へと導き給え。安らかな憩いの場へといざない給え……』


 祈りの言葉とともに、アリアは手順通りに聖印を結んでゆく。その女性の霊は、苦しげに顔を歪め、激しく首を振っている。どうしても嫌だという気持ちが、見ている者にも伝わってくる。彼女の瞳から涙が溢れてきた。見ていて痛々しくなる程だ。



霊に怯えて、ライルの背中にしがみついてブルブル震えていたティナだった。

……と、彼女の頭に、悲しそうな叫び声が聞こえてきた。



『嫌よ……嫌っ! どうしても、あの人に会いたいの。私は、あの人に会わなくてはいけないの。どうしても言わなくてはいけない事があるの。だからお願い、やめて……お願いよ……お願い……』



 限りない切ない想いに満ちたその声に、ティナは顔を上げてみた。そして、髪を振り乱し涙を流しながら浄化を拒む女性の霊の痛々しい姿が、彼女の胸を打った。気がつくと、ティナは思わずアリアの隣へ飛び出していた。

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