幽霊の噂 Rumors of Ghost
ミッドランド城下町を後にして、盗賊ホークスに誘われるまま、新たな手強い遺跡へと稼ぎに行くことにした一行。ホークスの話によると、今まで軽く調べてみたものの、一人では手に負えないと判断した有望な古代遺跡が数々あるのだという。
今まで一人働きにこだわってきた盗賊ホークスであったが、心強い仲間達を得てその方針が変わってきたようだ。こういうスタイルも悪くないと実感し始めている様子である。何より、からかえる相手がいると楽しいのだ。ちょっと厳格で頑固なギリアムなど、以前ホークスがからかい過ぎて、危うく本気で絞め殺されそうになった事もあった。しかし、面白くてやめられない。本当に変わった仲間達で、退屈する事がない。まあ他の者達から一番変わっていると思われているのは、ホークス自身であったが。
季節は秋の始まる頃合いで、夏の終わりを告げる涼やかな風が肌に心地よい。のんびりした昼下がりの小道を歩いていると、時折トンボが、真っ青に染まり上がった空を小気味よく横切ってゆく。道行く人々も、見ず知らずの一行に気持ちよく挨拶してくれる。田舎はいいものだ。全ての時間がゆったりと自然に流れている感じがする。
やがて道が二手に分かれているところに辿り着いた。ホークスが手持ちの地図を広げて確認している。
「地図だと、こっちのほうが近道だな。じゃ、行こうぜ」
一同うなずいて、林へと入ってゆくその道へと足を向けた時、先程挨拶を交わしたおばさんが、それに気づいて息を切らせて一行に駆け寄ってきた。取れたての野菜が入った籠をゆさゆさと揺らして走りながら、一行に声をかけてくる。
「ダメだよっ! あんた達。そっちの道は行かないほうがいい。遠回りでも、別の道を使ったほうがいいよっ!」
一同、不思議そうにそのおばさんを迎える。側に寄ってきた血色の良いおばさんは、呼吸を整え直して、なおも言葉を重ねる。
「あの道を行くとね、そのうち林の開けた丘の側を通ることになるんだ。その辺りには近づかないほうがいいんだよ。悪い事は言わないからさ」
ライルが首をひねっている。
「どうして、その近くに行っちゃあいけねえんだ?」
「旅人のあんた達が知らないのも無理ないねえ。……出るんだよ、アレが」
声を落として、気の良さそうなおばさんはそう告げた。
「それって、もしかして……!?」
ティナがごくりと唾を飲み下した。何かとても嫌な予感がする。
「そう。あの近くに行くとね、夜にだけじゃなく、昼間から女の幽……もがっ」
ティナはいきなりおばさんの口を、両手で無理矢理塞いだ。
「ダメっ! それ以上言わないでっ!!」
ティナは必死である。そんな彼女の顔は蒼冷めている。
ホークスがしげしげとティナを見詰める。
「ティナ、どうしたんだよ? って……(ふんふん、そういう事か)」
ライルがそんな必死な様子の彼女に、ニヤリと笑った。
「もしかしてティナ。まさかお前、幽霊とかダメとか言う……」
彼が言い終える前に、ティナがキッとライルを睨みつける。
「言うなって言ったでしょうがっ! 馬鹿あっ!!」
泣きそうな顔をして、ティナが平手でライルの頬を張り飛ばした。いつもは拳で殴るところだが、そんな元気もないらしい(十分元気か?)。『幽霊』という言葉を耳にするのも嫌、目にしてしまうなんて事は、もってのほかといった感じである。
修道女アリアが進み出る。何やら決然とした様子である。
「その女性の幽……女の人の事をもっと詳しく話して頂けませんか? 私は少し浄化の心得があります。さまよえる魂を主のもとに導くのも、修道女としての私の務めなのです」
ティナは目を丸くして、そんなアリアを見詰めている。アリアの眼差しは真剣そのもので、誰が何を言っても彼女は意志を変えない事がわかる。アリアには、結構芯の強いところがある。今の彼女がまさにそうだ。
ティナは瞳に涙を溜ながら、じりじり後ずさってその場から遠ざかってゆく。何も聞きたくないらしく、両手を耳に当てて塞いでいる。それを見て、ホークスが気配を絶ってそっとティナの背後に回った。何か企んでいるらしい。
「ここら辺りじゃ、有名だよ。あそこにね、薄気味悪い屋敷があったのさ。昔の領主が狩りに出かける時に使っていたとか何とかいう屋敷だったんだ。でも、その領主はそこで暗殺されたのさ。次の領主と奥さんがそこを使ったんだけど、二人とも変な死に方をしちまった。いきなり暴れ出した奥さんが、領主を刺し殺して自分も身投げして死んだっていうんだよ。それから後の領主達は誰もその屋敷を使わなくなった。それで、恨みをもった領主の亡霊が出るっていう噂が広まって、土地の者達も誰も近寄らなくなったのさ」
ふうっと一息つくと、そのおばさんはさらに声を落として言葉を続ける。一同は固唾を飲んで、じっとその言葉に聞き入っている(ティナを除く。聞きたくも無いのだが、いくら耳を塞いだとて、少しは聞こえてしまうものである。もう、泣き出しそうなくらい怯えているようだ)。
「あれは二十二年前……私が結婚した年だったから、はっきり覚えてるんだけどね、その屋敷が火事になったんだ。誰もいないはずの屋敷が、いきなり燃え上がったんだよ? 結局、怖がって誰も火を消そうとしなかったから、屋敷は跡形もなく焼け落ちた。誰かが火をつけたんだっていう話に落ち着いたんだけど……でも、それからあの屋敷があった場所の近くに、女の幽霊がさまよってるのを見たって人が次々現れてね。きっと、昔の領主を殺した奥さんの幽霊だって、もっぱらの噂なんだよ。私の知ってる人にも何人か見たって人がいるよ。私は見たことないけどね。絶対近寄らないようにしてるから」
おばさんの話が終わるまで、おそるおそる耳を塞いでいたティナ。
しかし、いきなり背後から手で首を絞められた!
彼女の全身が硬直する。心臓が一気に凍り付いた。
「きゃああああああああああっ!!!! 」
甲高いティナの悲鳴が辺りに響き渡った。
その声に一同が驚いて振り向くと、ティナの背後からホークスが両手で彼女の首を絞めている。彼女はもう涙を流しながら、へなへなとへたりこんだ。
「よ、ティナ。首に蚊がいたぜ。もう大丈夫だ」
ホークスがティナの顔を覗き込む。腰をついているティナは何も言えずに、ホークスの足を力無く叩くと、わんわん泣き出してしまった。
「うわあああっ、ひ、ひっく、うぐっ、えぐっ……ホークスの馬鹿あ……ううううっ……グスっ、もうやだ、こんなのやだ……うわあああああっ……」
とてもとても、普段の気丈なティナの姿からは想像できない。意地悪された小さな女の子が泣きじゃくっているようだ。どうやら、筋金入りでこうした事が苦手らしい。軽いいたずらで、これほど驚くとは思わなかったホークスも、かなり気まずそうだ。
「あ……わ、悪かった、ティナ。悪い冗談だった。すまねえ。謝るよ」
ホークスがそっとティナの肩に手をかけるが、彼女はその手を邪険に振り払って、さらに大声で泣いてしまった。ポリポリと頭を掻くホークス。
アリアがそっと並んで腰をおろすと、ティナはアリアにひしとしがみついてきた。アリアは微笑みながら、優しくティナを抱いてやっていた。いつもと立場がまるで逆になっている。やがてティナの感情が収まってくる。それでも彼女はまだグスグスと目に涙を浮かべている。そして、そんなティナがライルを見上げて両腕を差し出す。
「おぶって」
「あ? どうしたんだよ、ティナ?」
不思議そうに、彼女の差し出した腕を見詰めるライルであった。
「……立てないのっ!」
どうやら、ティナは腰が抜けてしまっているらしい。
訴えるように、潤んだ瞳でライルを見詰めている。
「お前なあ、子供じゃあるまいし」
「やだ。おぶって」
むつかるティナであった。ちょっと罪悪感を感じているらしいホークスが申し出る。
「何なら、俺が……」
しかし、ティナはホークスをジロッと睨みつけると、またライルを見上げる。
「ホークスは意地悪するからイヤ。ライルがいい。……おぶって」
駄々をこねるティナに、ホークスは溜息をついて肩をすくめた。当分、ティナからの風当たりは強そうだ。ライルも諦めた。泣く子供と酔っぱらいには勝てないのだ。背負っている荷物をホークスへ渡す。
「しょうがねえ奴だなあ……ほれっ」
ライルが腰を下ろして、その広い背中をティナに向けて差し出す。ティナが両腕をライルの肩越しに回してくる。軽く溜息をつくと、ライルはティナをおんぶして立ち上がった。
「で、アリアさん。どうしましょうか?」
魔術師ノエルが促す。きっぱりと、アリアは告げた。
「はい。これも主のお導きです。私はその場所に行ってみようと思います。もしも話が本当なら、浄化してあげたいと思います」
その言葉を耳にして、ライルは背中でティナが顔を背ける気配を感じる。アリアはおばさんに礼儀正しく深々と頭を下げた。
「おばさま、色々お話して下さってありがとうございます」
「まあ、ご丁寧に。気を付けてね、修道女様。皆さんも」
気の良さそうなおばさんは手を振って一行から別れた。
---------------------------------------------
「本気なんだな、アリアの嬢ちゃん?」
ホークスが尋ねると、アリアは静かにうなずいた。
「これが私の信仰の義務なのです。その霊魂がいつまでも留まっていると、やがて二度と救われる事なく、永遠に苦しみ続ける存在になってしまいますから。その魂を助けてあげたいのです。これも私の道なのです。すみませんが、皆さん協力して頂けますか? 浄化は私が行いますが、その場所まで一人で行くのは何かと危険だと思いますから」
アリアの決意に、ギリアムは大きくうなずいた。
「うむ。アリアにとっては、それが筋を通す事なのだな。よかろう」
ギリアムは、『筋を通す』ことにこだわる男だ。自分が納得できない事には、テコでも動かない。しかし、筋が通っていると感じた事柄に対しては、命を張っても協力する。そうなってしまうと、たとえ死地へ赴くことになろうとも、誰もギリアムを止める事はできない。無骨で不器用な生き方しかできない、頑固なオヤジである。
「ティナさんは、どうしますか? 残りますか?」
ノエルが問いかける。ティナはびくりとしたが、それでも首を振った。
「一人で残るのは嫌。みんなが行くんなら、行く。でも、アレはみんなに任せるからね。私は絶対、ノータッチだから」
そういう訳で、一行はその噂の屋敷跡へと足を運んだ。




