ミッドランドの夜 Night in Midland
ノエルがマイトの宿屋に辿り着いたのは、皆が食堂で賑やかに酒盛りをしていた真っ最中の頃合いであった。あの後、通りがかった親切な農民に荷車の馬車に乗せてもらい、なんとかミッドランド城下街に辿り着いたのであった。
バタンと乱暴にドアが開いたので、皆が入り口を向くと、なにやらフラフラしながらノエルが入ってきた。ホークスが笑いながら声をかける。
「よう、ノエル! 遅かったじゃねえかよ。待ってたんだぜ。こっち来いよ! 飲もうぜ」
「もう、飲んでますよ。ふふふふっ……しらふで戻って来られますかって!」
少々おぼつかない足取りで、魔術師が空席についた。既に目が据わっている。このようなノエルを、一同初めて見たのであった。マイトの差し出した酒を、丁寧に会釈しながら礼を言い両手で受け取ると、彼は一気に飲み干した。
「(ノ、ノエルが壊れてる……あのノエルが)」
ティナが目を丸くして驚いている。
「わははははっ。これはいい。まさか、おぬしとこのように飲める日が来ようとはな。よし、今日は存分に飲むといい、ノエル。ワシもつき合うぞ」
酒呑みオヤジが髭を震わせて楽しそうだ。隣に座る若き魔術師は、この年長者に敬意を込めて深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。あなただけが私の味方です。みんな私をいじめて喜ぶんですよ、全くもうっ……アリアさん、お酒を注いでください。たっぷりと」
「は、はい(ノエル様……ちょっと怖い)」
言われるまま、アリアがノエルのグラスに酒を注いでやる。
慣れない手つきでなんとか酒を注ぐアリアを、彼がにっこりと見詰めている。
「ありがとうございます。アリアさんは、本当にかわいらしい。私はあなたに、心の奥にある人間としての魂の強さを感じていますよ。世の困っている人々を助けるようにと院長様に命じられたとて、女性一人で危険な旅に出る勇気を、その歳で持てるものでしょうか。それに、まだこんなに若いのに、癒しの腕前には目を見張るものがあります。悲しい事ですが、同じように神に仕える方々で、これほど見事に癒しの技を行える人は、なかなか見かけない世の中なのです。きっと、あなたの魂の清らかさを、神様も心から愛していらっしゃるのでしょう。アリアさんはこれから、もっともっと綺麗に魅力的な女性になりますよ。修道女とは、もったいない事です。男達が何人も残念がる事でしょう」
「あ、ありがとう……ございます」
アリアが怯んだ。あのノエルから、このような言葉が漏れてくるとは。
ティナがそんな様子の彼に眉をひそめる。
「ちょっと、ノエル。もうかなり飲んでるんじゃないの?」
ノエルが、彼女のほうを見やる。そして、またもにこやかに微笑んだ。
「ティナさん。あなたも綺麗だ。本当に。闘っているあなたの姿は、素晴らしい一枚の絵画のように芸術的です。紅蓮の炎を身に纏った、美しい女神が舞い降りて来たようです。男として惚れ惚れしますよ。気が強いとよく言われるみたいですが、それはあなたの意志の力が強いという事です。あなたの魂の力強さなのです。明るくて、困ってる人をみると放っておけないような優しい性格のあなたに、皆どれだけ心が救われていることでしょう? そんなあなたに、ライルもホークスも心惹かれるのが、理解できますねえ。心の底から、素晴らしい女性だと思う時がしばしばあります。あなたはとても魅力的な女性ですよ。本当に罪な人です」
とてもとても、ノエルの言葉とは思えないが、表情自体はいつものような全くの生真面目な顔をしている。ティナは戸惑った。
「い、いきなり何よ、ノエルってば。あなたがそんなにお世辞がうまいとは思わなかったわね」
「お世辞なんかではありませんよ。私がそういう事を苦手な性格なのはご存じでしょう? 心の奥底から、本気で、本当にそう思うから、こういう言葉が出るんです」
相変わらず、生真面目な顔を崩す事なくノエルが言う。言動がおかしくなければ、酔っているとは思えないくらいだ。
「ちょ、ちょっと……」
さすがにティナも怯んだ。
また一気に飲み干すノエル。グラスをティナに差し出す。
「ティナさん、お酒を注いでもらえませんか? 絶世の美女に注いでもらったら、男冥利に尽きるというものです。私などが図々しいお願いである事は百も承知なのですが、哀れな男にわずかばかりの幸せな時間を与えてくださいませんか?」
ティナは基本的に誉め言葉に弱い。
このような絶賛を受けて、まあ、悪い気はしない。
「もうっ……あんまり飲み過ぎないでよね」
案外にこにこしながら、ティナは結局、酔っぱらったノエルに酒を注いでやっている。
「本気出せばできるじゃねえか、ノエル」
「こりゃあ、俺の出る幕はねえなあ。ノエル、お前いつもこういう風だったら、すぐ女ができるぜ」
ライルとホークスが、そんなノエルに舌を巻いている。
「またまたそう言う。何おっしゃるんですか。女性から見たら、軟弱な私なんて二人に比べたら物足りない男ですよ。凄腕の戦士で、ちょっとぶっきらぼうだけど、隠れた優しさを持っていて頼もしいライルに、飄々とおどけながらも普段からは想像もつかない凄い事を成し遂げて、しかしそれを少しも鼻にかけない一流の盗賊、ホークス。魔法がちょっと使えるだけで、全然面白みのない私なんて、とてもとても二人のようにはいきません。うらやましい事ですよ。ホントに」
どうやら、これがノエルの酔っぱらい方のようだ。
誉め殺しという訳でもないのだろうが、自虐的というか、なんというか……
再びノエルが口を開く。しかし目だけはしっかりと据わっている。
「でも、二人とも不器用ですよねえ。ライルも、いつかははっきりさせてあげないと。見たところ、私でもどちらが本命なのか、わからないですけどねえ。それにしても、あなたはちょっと鈍すぎですよ。二人の様子を見れば、誰だってわかりそうなもんですけど。……ティナさんと、アリアさん、一体どっちをとるんですか?」
酔ったノエルの口から、爆弾が飛び出した。
「お、おいっ、ノエル」
「な、な、何言い出すのよっ! ノエルってばっ!」
「え…!?」
三人とも、かなり動揺している。ホークスが、笑いで吹き出しそうになるのを必死でこらえている。しかし、今度はそのホークスのほうにノエルの矛先が飛んできた。
「ホークスも、ふざけてないで、きちんと本気でティナさんに自分の気持ちを伝えるべきです。時折、笑いに隠して本音が漏れてるんですけど、そんなんじゃあダメです。伝わりませんよ。どうして、そんなに臆病になるのですか? 男らしくない。ティナさんが他の男を好きでも、それでもいいってくらい、あなたはティナさんの事が純粋に好きなのに。端から見ていると、もどかしくなりますよ。仕事ではあんなに器用なのに、こういう事ではどうしてそんなに不器用になるんですか?」
ノエルが、そう言ってホークスをばっさりと斬り捨てる。慌てふためく盗賊だ。
「こ、こ、こらっ、ノエルっ! いきなり何て事言い出しやがるっ!」
「え、え、ええっ……!?」
ホークスが顔を真っ赤にしてノエルに詰め寄り、ティナは寝耳に水といった表情だ。ノエルとホークスを、キョロキョロと交互にうかがっている。
「わはははははっ、愉快、愉快。これで復讐は果たせたというところだな」
ギリアムは、ますます楽しそうだ。他の者はもう、気が気ではない。
「はい。すっきりしました。……では」
いきなりノエルはがっくりとテーブルに俯せになる。たちまち幸せそうに寝てしまった。
「おやおや、せっかく料理を温めてきたってのに。残念だねえ」
料理を手にしたマイトがにっこりと、寝ているノエルの姿を見詰めている。
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「はあっ……まいったぜ。全く人騒がせな奴だ」
ライルが頭に手を当ててボヤく。ホークスも腕組みして同意する。
「ちょっと、昼間にからかい過ぎたか。こいつ、結構恐ろしい奴だったんだなあ。甘く見てたぜ。なかなか侮れねえ。これから気をつけねえとな」
冷や汗をかいた男二人が、うんうんとうなずき合う。
そんな彼の子供のような寝顔を、しみじみとティナが眺めている。
「もうっノエルったら。でも、きっと目が覚めたら今の事きれいに忘れてそうね。こんなに幸せそうに眠っちゃって。フフッ」
アリアも苦笑している。
「ちょっと、びっくりしましたね。色んな意味で」
「そうね……ホントなのかしらあ、ホークス?」
いたずらっぽく、ホークスの顔を覗き込むティナであった。
「わ、忘れろ、忘れろっ!! 酔っぱらいの戯れ言に耳を貸すもんじゃねえぞ」
「そ、そうだぜ、全くよう」
ライルとホークスは、どうやらこの場では同盟を結んだようだ。
「うむ……まあ、そういう事にしておこう。フフフッ。マイトの料理が冷めるぞ。ささっ、これはまた旨いのだ。喰え。ほらっ、みんな酒が止まっておるぞ。アリアも少しくらい飲んでも、神様は文句は言わないぞ、きっと」
ギリアムがそういって、アリアに酒を促す。
「い、いいえ、私は……」
「あら、そう言えば、アリアが酔ったのって見たことなかったわねえ。ノエルはこんな感じだったけど……どうなるのかしらあ? 興味あるわ」
ティナがニヤニヤとアリアを見ている。
「ちょ、ちょっと、ティナさんっ!」
「まあ、ちょっとくらいいいじゃねえかよ。神様もきっともう寝てるぜ」
ホークスもニヤリと笑って、アリアに酒を勧める。
「じゃあ、もう私も寝ようかな……」
逃げようとするアリア。ティナがアリアの腕をぐいと掴んで引き戻す。
「ダ~メ! フフフっ……逃がさないから、アリア。世の中にはね、女を酔わせて酷いことしようとする男もいるのよ~。ちょっとは鍛えて、ある程度強くなっておかないと。ほらっ、飲め! 私もつきあうからさっ。アリアのためだもの」
ティナはグラスをアリアに渡して、ほんの軽く一口くらい酒を注いでやる。
「飲んだ事もないんだっけ? 味見よ、味見、アリアっ。どんな味なのか、少しくらいは興味あるんでしょ? ね?」
「それは、少しくらいは……。じゃあ、ちょっとだけ……んぐ……ふうっ」
なんとか、アリアはその酒を飲み干した。ティナが勧めたのは、甘口のワインで割と女性でも飲みやすいタイプである。ギリアムの好みで、マイトの店には、酒は全て上等のものが用意してあった。アリアが今口にしたワインもそうである。
「どうだい、嬢ちゃん? 初めての酒の味ってやつは」
ホークスがニヤリとアリアの表情をうかがう。
「おいしいです。ふうん……これがお酒なのか。みんながおいしそうに飲んでるから、どんな風なのかなって思ってましたけど、やっぱりおいしいものなんですね」
アリアが初めて口にした酒が、上等のものであったことが後の悲劇(?)を呼ぶ。
「わはははっ。いいぞ、アリア。筋がいいわい」
ギリアムが豪快に笑っている。とても楽しそうだ。
「こりゃあ、俺が負けるかもな」
ライルがうそぶく。この言葉もいけなかった。ティナが何か思いついたらしい。
「よし、ライル。女二人とあんたで勝負しない? カードで勝負。負けたら飲むの。ホークス、あんた確か、カード持ってたよね?」
「いいねえ、いいねえ。ほらっ、カードだ。俺が配ってやる。ポーカーなんてどうだ?」
「私、知らないですよ」
「大丈夫。私が教えながらやってあげるから」




