ノエルいじめ? Teasing Noel
久しぶりに帰ったギリアムが、娘のマリーを連れて街中へ買い物に出かけた。マイトの切り盛りする宿屋の食堂で、食事を待ちながら皆の話が盛り上がっている。
「マイトさんって、いい感じね。なんかギリアムにぴったり」
ティナの意見に、ホークスも大きくうなずく。
「肝っ玉が据わってるよな。まあ、あれくらいじゃなきゃ、ギリアムの相手は務まらねえか。それにしても、あのオヤジ、ああいう女が好みだった訳か。まあ、そういう奴も何人か知ってるが。俺にはわからねえなあ」
しきりに首をひねっている盗賊に、ティナが問いかける。
「あら、じゃあホークスはどういう女の人が好きなの?」
「そうだなあ、気が強くて、綺麗で色気があって、出るとこは出て、締まるとこは締まってて、髪はあんまし長くなくて、赤いピアスしてて、炎の精霊が使えるような女かな?」
抜け抜けとそう答える。げんなりするティナ。
「はあっ……これなんだから。疲れるわ。あんたに話を振った私が馬鹿だった。ライルはどうなのよ?」
「やっぱ、いい女だな」
迷わずそう答える彼に、ティナはかなり興味を惹かれている。二人で傭兵をして各地の戦場を回っていた頃は、ライルとこんな話をした事は無かった。戦闘での連携技を二人で考えたり改良案を検討したりと、組んで間もない二人は傭兵として戦場で生き抜く事が第一で、それで精一杯だった気がする。彼女は、この仲間達と一緒に旅をするようになってから、さらに肩の力を抜いて自然に楽に振舞えるようになってきていた。
「だからあ、どんな女の人があなたにとっていい女なの?」
アリアも沈黙しながら、耳をそばだてている。
ライルの一言一句、聞き逃さない臨戦態勢だ。
「そうだなあ。自分の力で自分の道を生き抜いているような女がいい。そういう女は、輝いてるからすぐわかる。俺はそういう女じゃねえと飽きちまって、つき合っても長続きしねえだろうな、きっと」
「ふうん……そっか(そういう風なんだ、ライルって。多分大丈夫……かな?)」
「……なるほど(そんな風になれるかなあ)」
ちょっと首を傾げるティナと、小さく呟くアリアであった。
「ほんとにそうかねえ? 普段の旦那見てると、女にゃ見境いなしって気がするけどよ。ノエルはどうなんだよ、え? 興味あるぜ」
ここでホークスが、すました顔をしてコップの水を少しずつ飲みながら、皆の話を静かに聞いていた魔術師ノエルに話を振った。
「そうそう、どうなんだよ?」
「フフッ。ノエル、ちゃんと答えなさいよ」
「どうなんですか、ノエル様?」
みんな身を乗り出して、普段は面だって女性には興味を示さないノエルを見詰めている。興味を惹かれているようだ。彼はちょっと怯んだ。何か嫌な予感がする。
「あんまり、興味ありませんねえ。もっと面白い事が私にはありますから」
彼にとって本当にその通りなのだが、この場でそんな答えを許してくれるような者は、どうやら一人もいないようだ。
「ダ~メ! ちゃんと白状するの! ね、ね、ホントの所、どうなのよ?」
ティナがいたずらっぽくノエルに迫る。ホークスがニヤニヤしている。
「よし、俺に任せろ。聞き方を変えてやろうぜ。まずは、年上、年下、どっちがいい?」
「う~ん……」
「どっちなんですか、ノエル様?」
アリアも、かなり興味津々らしい。こういう話題になると、さすがに修道女のアリアも、年頃の普通の女の子っぽいところが出てしまうようだ。
「……年下、ですかねえ」
「ふうん、そっか」
「ほうほう」
「そうなのですか」
みんな、しげしげとノエルを見詰めている。やはり、嫌な予感がますます強くなってきたノエルであった。ホークスが軽くうなずきながら、さらに問いかけてゆく。
「よし、じゃあ次は、太った女というか、ふくよかなタイプの女と、まあ普通くらいの体格の女と、どっちがいい?」
「普通くらいの体格の人ですかねえ」
「ふんふん、そっか、そっか」
「ふふっ、そうなんですね」
「いや、やっぱりなあ」
ノエルは逃げ出したくなってきた。
しかし、どうしたらいいものか……
「いいぜ、いいぜ……じゃ、胸は大きいほうがいいのか、小振りなほうがいいのか、どっちなんだ?」
ホークスのその質問に、ティナが眉をひそめる。
「ちょっと、それはないんじゃないの? どうして男って、そんな事気にするの。顔とか胸とかじゃなくて、大事なのは中身じゃない」
「そうです。ティナさんの言う通りですよ、ホークス様」
女性陣は、納得できない様子である。
「男にとってはな、服の下の中身も大事なんだ。そういうもんなんだ」
「そうそう。いい事言うねえ、旦那。全くその通りだぜ」
男二人が、当然のごとく言い放つ。うんうんと二人ともうなずいている。
「……じゃあ、ライルはどっちがいいのですか?」
ちょっと心配そうなアリアであった。ティナの胸をちらちらと見ている。まだ成長しきってないアリアの胸と比べると、まだまだティナにはとても適わない。
「そりゃあ、全くないよりは、あったほうが……」
「どれくらいあればいいんですか?」
アリアが迫る。ライルはちょっと怯んだ。
「ま、まあ……その、どれくらいっても難しいが。大きけりゃ大きいほどいいってもんでもねえしな」
「大きけりゃ大きいほどいいって男もいるがねえ」
ティナがピクリと反応した。
並の女性よりも、ふくよかなほうの彼女である。
「どれくらい大きいのはダメって言うのよ、ライル?」
「どれくらい小さいのはダメなんですか、ライル?」
二人ともかなり真剣な眼差しで、ライルの答えを待っている。
「う……なんだよ、二人とも。どうでもいいじゃねえか、そんな事。ノエルの好みの話だったんだろうが」
そう言ってしまったライルに、女性陣の顔が、みるみる険しくなってきた。
「どうでもいいだとお~!? そんな事だとお~!? 私の胸がどうでもいいって言うのかっ! どうでもいいような胸だっていう事か、ライルっ!」
「そうです、ライル! 今ひどい事言いましたよっ!」
激しい剣幕で、女性陣がライルに迫る。
「べ、別に俺はそんなつもりで言ったんじゃあ……(『女は中身だ』って、さっきまで自分達で言ってたくせによう)」
どうやら、雲行きが怪しくなってきた。ホークスは楽しそうだ。事の成り行きをわくわくしながら待っている。ノエルは話題が自分からそれてホッとしている。ティナが怖い目をしてライルに迫る。
「さあ、吐け。よし、聞き方を変えてあげる。私くらいはOK?」
ティナがじっとライルを見詰めている。彼は落ち着かなかった。冗談でも変な事を言ったら、命が危ういような気がする。
「う……お、OK」
「ふ~ん(よしっ!)」
アリアも心配そうにライルに尋ねる。思い詰めたような眼差しだ。ライルは怯んだ。
「私くらいは、どうなんですか?」
「い、いいと思う」
「そうですか(よかったあ)」
安堵するティナとアリアであった。なにやら二人とも機嫌が良くなった。にこにこしている。二人の尋問から解放されたライルが溜息をつく。ホークスが少しがっかりしている様子だ。
「(ちえっ、つまんねえなあ)じゃ、話を戻してっと、ノエルはどうなんだよ?」
「(戻さなくてもいいのに……)」
「そうそう、そうだったわ。どうなのよ、ノエル?」
「どうなんですか、ノエル様?」
立ち直った女性二人が再びノエルに迫る。わくわくしているようだ。
「(女って生き物は……)」
ライルが内心呆れている。
「はっきり言えよ、ノエル。男らしくよ。別に照れることたあねえ。男も女も、好みは人それぞれだからな。いいも悪いもねえ」
フォローしながらも、こういう時には本質的に意地悪なホークスである。
「小振りなほうが……」
観念して白状してしまったノエルであった。
「へええ……そうだったんだ。ちょっと意外ね。ふ~ん」
ティナがまじまじと見詰めて、ニヤニヤしている。ノエルの顔が赤くなる。
「年下で小振りな胸が好みって……まさか、ノエル。ロリコンじゃあ……」
ホークスがさらにノエルをいじめる。困っているノエルの様子が楽しくて仕方ないのだ。
「ち、違いますよ! 仮にという話じゃないですか、もう」
すかさずホークスが口を開く。
「そうすると、仮にだ、ホントに仮にだぜ、ノエル。ティナとアリアだとしたら、アリアみてえな女のほうが好みって訳だな。もしもだぜ、仮にという事でだ」
相手の言葉じりを使った、うまい追い込みかたではある。いや、さすがというか……
「そ、そういう結論になってしまうんでしょうか」
ノエルが口ごもる。こういう事だと、ホークスにはとても適わない。
ライルがニヤニヤしている。
「そうか、アリアも気をつけねえとな。実はノエルが狙ってるかもしれねえぞ」
「光栄です、ノエル様。ふふっ」
「あ~ら、つれないわねえ、ノエル」
意地悪な四人であった。
ノエルは、どうやってこの場から脱出するかを、胸の内で真剣に検討している。
必死で考えたが……やはり、これしかないようである。
しかし、途中で気づかれないようにするには、どうするか?
さらにホークスの尋問が続く。
「じゃあよ、気が強い感じの女と、ちょっとおとなしくて控えめな感じの女とじゃあ、どっちのほうがいいんだ?」
「そうですねえ……」
その問いに考える振りをしながら、ノエルはある呪文を胸の内で繰り返し確認している。チャンスは一度しかない。失敗は許されないのだ。彼は必死だった。
「どうなの、ノエル?」
「そうですねえ……」
魔術師は、呪文に備えて精神を集中しはじめた。
「ふふっ。ノエル様、真剣に考えてるみたいです」
……準備完了である。
「そうですねえ。恥ずかしいから、アリアさん、ちょっと耳を貸して頂けますか?」
「はい、いいですよ」
「なんだよ、今更隠さなくてもいいじゃねえか」
ライルがボヤくが、ノエルは取り合わない。彼は、アリアの耳に左手を立てる。魔法の呪文に結構明るいティナに聞こえないように、彼女に声が向かう方向をそれで遮っているのだ。そしてテーブル下の右手で、呪文に合わせてルーン文字の印を結びながらアリアに小声でささやく。
《大気に満ちるマナよ。その力束ね、時空の壁引き寄せ、我を運ばん……マルトス・ノドス・デュ・ケセラ、オリポス・メドス・シュラニーク 》
「え!? なに?」
アリアが眉をひそめる。
……と、ノエルの姿が一瞬にして消えた!
「あ、逃げやがった、あいつ。くそっ、やられた。奴にはその手があったか」
ホークスが悔しがる。
「ノエルってば、もうっ! 信じられない事するわね」
「どうしたんですか!? 何が起こったんでしょう?」
アリアは、訳がわからない。
「『瞬間移動』の呪文を使って、逃げ出したのよ。かなり身の危険を感じたらしいわね、ノエルにとって。結構かわいい所もあるんだ。フフッ」
ライルが手を頭の後ろに組んでボヤく。
「あ~あ、つまんねえなあ。困ってるあいつの顔なんて、なかなか見られなかったから、面白かったのによ。全く、どこ行っちまったんだか」
その頃ノエルは、目測を誤って、ミッドランドの城下町からかなり離れた麦畑の真ん中で、呆然と佇んでいた。必死で唱えた『瞬間移動』は、かなりの精神力を使ってしまい、一晩寝るまではもう一度唱えられそうにない。風にそよいで、サラサラと優しい音のする青々とした一面の麦畑の中で、一人途方に暮れるノエルだった。




