ギリアムの妻 His Wife
そういう訳で、一行はカイをマイトの元へと連れて行った。ミッドランド城下町のとある宿屋へと入っていくギリアム。すると、女の子が駆けつけてきて、ギリアムの胸に飛び込んできた。綺麗という感じではないが、ぽっちゃりとした可愛らしい女の子である。
「父ちゃん、おかえりっ!」
「おお、いい子にしてたか、マリー」
「うん」
「よしよし。マイトはいるか?」
「呼んでくる。お母ちゃん! 父ちゃんが帰ってきたよ~!」
マリーと呼ばれた少女は奥へ駆けていった。
ライルが声を落としてボヤいている。
「(う~ん。なんかやっぱり、納得いかねえなあ)」
ティナがギリアムをはばかって、ヒソヒソと話しかける。
「(でも、ホントみたいね。この目で見るまで、ちょっと信じられないくらいだったけど)」
アリアもヒソヒソ話に加わってきた。
「(かわいらしい子供さんでしたね)」
ホークスが、なにやらホッと溜息をついている。
「(ギリアムに似てなくて、よかったぜ。眉間にシワの寄った、髭を生やした子供がぞろぞろ出てきたらどうしようかと、冷や冷やしてたんだ)」
ホークスのその言葉に、気難しい顔をして、なぜか立派な髭をなびかせた子供達が肩寄せ合う様子が一同の頭に浮かんでしまった。ティナが笑いを必死でこらえている。
「(プッ……やめてよ、ホークス。想像しちゃったじゃない)」
「(奥さんがどんな方か、ちょっと楽しみですねえ)」
ギリアムの背後で、ノエルまでも加わってヒソヒソと盛り上がっている。
「あ~、うむ。……何か言いたい事があるのか?」
ギリアムが振り返ってギロリと睨む。ティナが硬い笑顔をつくる。
「な、何でもない、何でもない。あ、あはははは」
みんな揃って、ギリアムに首を振っている。
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やがて、マリーがその女性を連れてきた。
大柄で、体格のよい豊満な女性が姿を現した。ギリアムよりも一回り大きいくらい、がっしりとしている。肝っ玉母さんといった感じがする。顔立ちもはっきりしていて、確かにマリーはギリアムよりこの女性に似ているようだ。
「おや、また珍しい人が来たもんだ。もうどっかでとっくにくたばっちまってると思ってたよ」
彼女は開口一番、威勢よくそう言い放つ。
「くたばろうと思ったが、なかなかそうはいかんようだな。お前達の顔がちらつくぞ」
「へえ。そんなもんかね。忘れてくれたっていいんだけど。おや、お客さんだね? うちの馬鹿亭主がお世話になっております。御迷惑をおかけしてすみませんねえ。ギリアムの家内で、マイトと申します。こちらは娘のマリーです」
「マリーです。お父ちゃんをありがとう」
マイトの威勢と体格に少々圧倒されながらも、娘のマリーと共に心のこもった温かな挨拶を受け、一同にこやかに挨拶を交わしてゆく。マイトはこの宿屋を切り盛りする女将なのだそうだ。
「この頑固な馬鹿オヤジをよろしくお願い致します、皆さん。おや、かわいらしい子がいるじゃないか」
ギリアムの後ろに、少年カイの姿を見つけたマイトだ。
「うむ。この子をお前に預かって欲しいのだ」
大きく、マイトはうなずく。
細かい事なぞギリアムに一切尋ねない。
そういう女性である。
「承知したよ。名前はなんていうんだい、坊や?」
「カイです。お世話になりますっ!」
「よし、よくできた。元気な子だ。気に入ったよ。じゃ、今日からカイは家の子だ。何も心配しなくていいんだからね。でも、働かざるもの、喰うべからず。これは家の方針だ。やれる事はなんでもやってもらうよ。わかったかい?」
「はいっ」
ギリアムを尊敬するカイは、その妻のマイトにも敬意を払っているようだ。
後にカイは正式にギリアムの養子となり、ミッドランド王国屈指の騎士へと成長してゆく。次世代の後継者として、ライル達の活躍を引き継ぐ一人に育ってゆく事となる。
「よし、いい子だ。マリー、そういう事だから、これから仲良くするんだよ。二階の奥に空き部屋があったろ? あそこをカイの部屋にしよう。案内してやんな。皆さん、今日はこっちで泊まっていってくださいな。腕を振るって、ご馳走を作るからさ。馬鹿な亭主がお世話になってるお礼をさせておくれよ」
「うむ、そうするといい。マイトの料理はうまいぞ」
「じゃ、遠慮無く、そうさせてもらうかな?」
にっこりと、一同うなずいた。
何はともあれ、宿の食堂兼酒場のテーブルに席を勧められ、ほっと一息をつく一行。
日が暮れる前には着きたいと、結構、長い距離を早めに歩き続けたので、皆喉がカラカラだ。座れる椅子が疲れた足にありがたい。マイトは何十年も繰り返した慣れた手つきで、冷たい水を客達のグラスに注いで満たしてくれる。夫のギリアムには酒だ。良くわかっている。
体に染み渡る美味しい水に落ち着いた一同に、少し真剣な顔してギリアムが口を開いた。
「時に、おぬし達。レイドという名の男を知らぬか? 白い髪で、歳はワシと同じくらいだ。背格好は丁度ライルと似ておるはず。大剣使いであるやも知れぬ」
「なんだか、ちょっとあやふやしてんな、おっさん。『はず』とか『あるやも知れぬ』って」
そんな様子のギリアムに、少し違和感を抱いたホークスだ。
盗賊の指摘に、もっともな事だとでも告げるかのように髭のオヤジはうなずく。
「うむ。幼馴染の男なのだが、もう二十年以上も前から行方知れずなのだ。ワシもこうして各地を廻っては折に触れ探しておるのだがな。消息が知れぬ。当時、あいつは大剣を使って闘っておった。その腕前は、ワシよりも数段強かった。生きておるなら、もう剣は捨てておるだろうし風貌も変わっておろうが、背丈とあの白髪は変わらぬはずだからの」
その説明にノエルも納得した。この魔術師も、先程のあの少しの言葉からやはりホークスと同じ違和感を感じていたのだ。この二人は、そうした事柄に対して似たような感覚を持っているようだ。盗賊と魔術師、という見た目にも各々が目指す道にも、全く共通点が無さそうなのだが。様々な事柄の判断と推測に関して、深い所で意外と気が合う二人かもしれない。
「なるほど、そういう訳でしたか。しかし、私には思い当たる人はいないですねえ」
「知らねえな俺も。盗賊にもそんな奴いねえな」
アリアが済まなそうに頭を下げる。
「申し訳ありません、ギリアム様。私も心当たりはありません。私のいた尼僧院の礼拝堂には、そのような方がいらした記憶はありません」
ライルが隣のティナに問いかける。
「ティナ、どうだ? そんなおっさん、どっかの傭兵部隊に居たか?」
「ん~、やっぱ知らないわ。ってか、私よりあんたの方が傭兵やってたの長いでしょうが! 心当たり無いの?」
彼女のもっともな指摘に、元傭兵剣士は頭を掻く。
「すまねえな、ギリアム。白髪で大剣使いの強い男なら戦場でも目立つだろうし、見かけたらまず間違いなく覚えてるはずなんだけどな」
一同、心当たりは無いようだ。この歳になっても各地を遊歴し続ける放蕩オヤジは、軽く目を閉じ、大きくうなずく。
「うむ、いや、いいのだ。アリアもライルも謝る事など無いぞ。筋が通っておらん。むしろワシの方が頭を下げるべき所だ。心当たりを己が心に問うてくれただけで、ワシはうれしい。皆、感謝する。今宵は思う存分、飲んで食べてくれい。ワシが厳選した各地の上等な地酒も揃っておる。マイトの料理はどれもうまいぞ」
そんな大人達の会話に待ちきれなくなった子供が一人。
いつの間にかギリアムの椅子の後ろに控えていた。
「お父ちゃん! 今度帰ってきたら、一緒にお買い物行くって約束よ。忘れたの?」
娘のマリーが、ちょっと膨れっ面で親父の顔を見つめている。
難しい顔をしたギリアムが、一気に優しいお父さんの顔に変わる。
「おお、そうだった、そうだったわい。忘れてなどおるものか。もちろん、行くとも!」
「(完全に忘れてたな、おっさん)」
盗賊は見抜いているが、マリーの為に沈黙を守る。
「皆すまぬな。ワシは街へ出かけてくる」
「いいの。親子水入らず。マリーちゃん、お父さんに一杯、おねだりするのよ~。約束、半分くらい忘れてたに決まってるんだから。さ、行ってらっしゃい!」
ティナが意地悪く笑っている。
「な、何を言うか、ティナ! いいか、マリー。ワシは絶対、忘れてなどおらんぞ」
「はいはい、行くよ、お父ちゃん! 早く、早くっ!」
動揺する髭オヤジと、可愛らしい町娘が連れ立って出掛けていった。
愛娘には頭が上がらない豪勇の騎士を見送って、一同の明るい笑い声が昼下がりの静かな食堂に響いていた。




