隠された真実 Hidden Truth
約束通り、ホークスは二日後の朝、指定の場所に姿を現した。
戻ってきた盗賊は、疲労困憊している様子であった。アリアとティナが、そんな彼に何かと気を遣ってくれた。二人とも、あのホークスの態度を見れば、彼が朝帰りをしたあの日、女遊びをしていた訳では無い事に、薄々気づいていたからだった。
そんな女性陣から、すぐに食べられる温かいスープやパンのもてなしを受け、一息ついたホークスは、すまないが二時間ほど寝かせてくれと言い残し、森の側の野営地で適当な下草の上に毛布を敷いてゴロリと横になると、たちまち深い眠りについてしまう。おそらく、あの別行動をとった日から、彼は一睡もしていなかったのだろう。
やつれた顔で深い眠りについている彼の寝顔を、ティナが側で腰を下ろして、まじまじと見詰めている。
「(どうしてホークスって、こういう風なんだろ? ホントは心配して影で色々してくれてるくせに、いつもふざけた事ばっかり言って、はぐらかすし。まあ、本当にふざけてる場合もあるけど。だから、余計にわからないのよねえ。……もうっ、こんな疲れた顔しちゃってさ。何してきたのよ、こら)」
ティナは、寝ているホークスの頬を指で軽く突っつく。すると、ホークスが眉をしかめてぴくりと反応するが、目は覚まさない。もう一度突っつくと、またもやぴくりと反応する。
「(……! おもしろ~い♪)」
にっこりと微笑みながら、ティナは寝ているホークスの顔を何度かプニプニと突っついた。アリアも心配して、そっとホークスの様子をうかがいに来たが、ティナのいたずらを見て、アリアもしゃがんでそれに加わってきた。女性二人の指にこつきまわされて、ホークスはいちいち迷惑そうな顔をしながらも、深い眠りについている。かわいそうな盗賊であった。
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目を覚ましたホークスが一同を呼んで、例の筒について説明を始めた。
「さて、どこから話したもんかねえ。まあ、殺された団長の事から話そうか。あのサーカスの団長なんだがな、それは表向きの商売で、他にも仕事を抱えていたのさ」
ティナが身を乗り出してくる。
「どういう事?」
「実はな、あの団長、北の隣国ジューダス王国の家来だったのさ」
その国の名を耳にした髭オヤジの渋面が深くなる。
「ジューダス王国か。忌々しいのう。五、六年ほど前から切れる天才軍師が現れて、武力を高めてきておる。奴が現れてから、近隣諸国に次々と小賢しい侵攻を仕掛けておるという話だ。この国は我がミッドランド王の軍、それに北の国境沿いの商人達の街の協力でなんとかしのいでおるがな」
ギリアムはこう見えても、この国の騎士という立場だ。それに各地を武者修行の為に遊歴しており、こうした情報も自然と耳に入ってくる。
「ええ。それに、その軍師が次々考案する奇抜な新兵器も、近隣諸国を脅かしているそうですね」
魔術に限らず、その知的好奇心の赴くまま様々な知識や歴史、社会情勢に詳しいノエルの言葉に、盗賊の目の端が鋭く光る。
「当たりだぜ、ノエル。問題は、その新兵器だ。あの筒の中身は、ジューダス王国の最新兵器の設計図だったんだ。あの団長は、その新兵器を携えて、最近同盟を結んだばかりの南のアイアンメイデン国に向かう途中だったんだ」
「携えてということは……でも、私達がサーカスに訪れた時、そんなものはどこにも見あたりませんでしたよ」
ノエルが腕組みをして、首を傾げる。
「俺があちこち調べた。やっぱり、バラバラに分解して、普通の団員達にはよくわからないように分散されて隠してあった。あれだけ大きなものを、敵国の中を渡って運ぶには、サーカスって隠れ蓑が便利だった訳さ。サーカスなら、大きな荷物を抱えて街を渡り歩いても、誰も不思議に思わねえ。でも、それが感づかれた。東のブロミア国にな。団長を殺した犯人は、ブロミア国から派遣された暗殺者だ。団長が持っているはずの、最新兵器の設計図が狙いだ。ジューダス王国に敵対するブロミア国には、喉から手が出るほど欲しい代物だからな」
「それで、その設計図、どうしたんだよ?」
ライルが眉をひそめてホークスに問いかける。
「なんとか、この国のお偉いさんの手に回るようにしておいた。俺達の事がわからねえように、それにジューダス王家の封蝋も切らずにな。だから、設計図って俺は言ったが、あの筒の中身をこの目で確かめた訳じゃねえ。盗賊ギルドから買った裏情報でわかったんだ。全く、骨が折れたぜ」
はあっと溜息をつくと、口元を手で隠して一つ大きなあくびをしてしまう盗賊だ。失敗したら自分だけでなく、この仲間達の命まで危うくなるような、そんな仕事をこなしてきたのだ。ようやくその緊張から解放されて安堵しているのだろう。
あくびと同時に出てしまう目尻の涙を指でこすりながら、さらにホークスは一同にこんな言葉を続ける。
「ま、俺の勘じゃ、あれはただの白紙だぜ。もしくは、こんな言葉が書かれてるかもしれねえな。『この言葉を読んだ時、君達は既に負けている』とか、なんとかな」
まだ出てきてしまいそうになるあくびを噛み殺しているホークス。
「一体、どういう事なの? 訳がわからないわ」
ティナは眉をひそめている。ライルも頭を掻きながらボヤいた。
「あ~、俺も全然わからねえってよ、ホークス!」
盗賊の告げた言葉の意味を、魔術師は瞬時に理解した。
「つまり、団長は囮だと。そういう事になりますね。ブロミア国を誘い出し、私達のこの国でいざこざを起こすための……」
ホークスは大きくうなずく。
さすがだな、やっぱり。ノエルに対して盗賊はそう感じる。
「ああ。この国の役人達の態度も、不可解だった。事件の処理が、あまりにもずさんすぎる。まるで上から何かの圧力か、指示が出ているようだった。今思えばな。きっと、この国のお偉いさんのどこかも、この事に気づいて、設計図を狙ってたんだろう。いや、もしくは、ジューダス王国はわざと偽の裏情報を流して、ブロミアとこの国を陥れる算段だったんだろうさ。
大体、盗賊ギルドにまで、こんな極秘情報が漏れてる事自体、ちょいとおかしな話さ。本当の設計図は別ルートで同盟国に渡っているはずだ。団長の仕事は、その本当の設計図を運び出すための囮にしかすぎねえんだ。まあ、団長自身は、自分の持ってる設計図が偽物だとは知らされていなかったんだろう。だから、必死になって機密を守り抜いたんだ。……ま、よくある話だがな。ジューダス王国にとって、別に団長が目的を果たして同盟国に新兵器を持ち込もうが、途中で失敗して兵器を奪われようが、どっちに転んでも損はねえのさ」
「兵器が奪われてもいいって……どうしてなのですか?」
不思議そうに首をかしげるアリアに、ホークスが説明する。その眼光はさらに鋭く光る。
「兵器はバラバラになっていて、設計図が無ければ組み立てる事なんてできないくらい複雑だ。奪われても、設計図が無ければ、ただのガラクタにすぎねえ。もし兵器が同盟国に届かなくても、設計図さえあれば向こうで作ることもできる。それよりも、ブロミアとこの国に争い事を起こすだけで、うまくいけばジューダス王国は自分にとっての敵国の双方を、自分の腹を痛めることなく力を削ぐ事ができるのさ。まあ、そこまではいかねえかもしれねえが、少なくとも二国間の政情を不安定にはすることができる。そうして、敵国同士の関係を揺さぶり続けて混乱させれば、やすやすと付け入る隙ができてくるし、自国の準備も悠々と安心して整える時間が稼げる……全く、ジューダスの軍師ってのは、なかなかのやり手だぜ」
盗賊ホークスのその瞳が、キラキラと輝いている。
口ではそう言っているものの、彼は好敵手を前にして楽しんでいるかのようにも見える。他の者達はやはり、この盗賊に胸の内でかなりの驚きを抱いている。国家レベルで展開される陰謀を、人喰いトラの事件を足がかりに、このような一介の盗賊がことごとく見抜いてしまっている。
直接的な戦闘力という面では、ライル、ギリアム、ティナ、ノエルには見劣りしてしまうホークスではあるが、こうした事になると信じられないくらい、凄まじい能力を発揮する男である。馬鹿をやっているおどけた普段の姿からは、とても想像できない。
「そうですねえ。よくもまあ、この国で好き放題やってくれますね。それはそうと、団長を殺したブロミアの刺客は、まだあの街に潜んでいるんでしょうか」
その事が気になったノエルが、首をかしげる。
「ああ、あいつか。俺が簀巻きにして、ブロミア行きの知り合いの闇商人のキャラバンに頼んで、ブロミアのどこか適当な所に捨ててくれるように手配しておいた。そいつがこの国の奴等に捕まるだけで、ブロミアとの間に火種ができるからな」
事も無げにそう言うホークス。再び、唖然とする一同。
「ホークス、あなたって人は一体!?」
「そ、それは凄すぎますよ、ホークス。いつの間に……」
ティナとノエルが、口をそろえて驚いている。他の者も目を丸くしている。しかし、その件に関しては、彼にとって別にどうという事もない小さな案件だったようだ。
「何、簡単な事だぜ。あいつは結局、団長から設計図を奪うことはできなかった。口を割らせようとしたが、団長の激しい抵抗にあって、致命傷を負わせて殺してしまったからには、自分で探すよりほかはねえ。この国の役人どもは、団長を殺した奴が既に設計図を奪っていったものと思いこんで、そいつを捜すほうに全力を注いでいた。そこを見抜いて必ず奴が、がら空きになった団長のテントに現れるはずだと思って、見張っていたのさ。
……案の定、のこのこやってきやがった。実は逃げたトラが、設計図の筒を持っていったって事は、奴は知る由もねえ。俺はテントを立ち去る奴の後をこっそりつけて、隙を見てやっつけたって訳さ。まあ、カイエンが奴に傷を負わせている事はわかってたし、様子を確認してみたところじゃあ、あいつ一人の単独行動で仲間はいなかったから、お前さん達の力を借りるまでも無く、俺一人でなんとかなるとは思ったがな」
ホークスは伸びてきた顎の無精髭をポリポリと掻きながら、長めの一本の髭を引き抜いて、フッと吹き飛ばしている。一同は再び舌を巻いてこの盗賊を見詰めている。その様子からは、誰も全く知らないうちに、これだけの事を為し遂げてきた男には、とてもとても見えないのであるが。




