ノエル害獣駆除商会 Noel's Vermin Extermination Company
盗賊ホークスは自分の担当の地区に網を張ってから、サーカスの団員の何人かと接触し、団長について話を聞き出していた。そしてその後、この街の盗賊ギルドに顔を出し、心当たりのある情報を買った。
また他の一行が宿屋で眠りにつく頃、一人ホークスはサーカスのとあるテントに忍び込んだ。亡き団長の使っていたテントである。何やらそっとあちこち調べていたが、やがてそのテントを出ると、側の物陰に潜んでじっと何かを待っている。
しばらくして、辺りをはばかるような人影が、その団長のテントに近づき、中へと入っていく。ホークスはピタリとテントに身を寄せて、その様子を伺った。中に忍び込んだ人物は、ゴソゴソと室内を物色している。しかし、苛立つような溜息と、舌打ちが聞こえたかと思うと、その人物はテントを後にした。十分な距離を保ち、足音を殺してホークスがその人影を尾行してゆく……
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ホークスが戻ったのは、翌日の朝、皆が階下で朝食をとっている時だった。トラ使いの少女サミィも彼と一緒にやってきた。
「やれやれ、くたびれたぜ。おう、いい匂いがしてやがる。親父、俺にも朝飯を頼む。あと、この嬢ちゃんの分も。もう腹が空いて倒れそうだぜ」
「ホークス、どこ行ってたのよ?」
ティナが不思議そうに、ホークスに問いかけた。
「まあ、色々とな……。かわいい姉ちゃん達と飲んでたのさ。結構、いい所見つけたんだぜ。サービスの質がいい。この街はレベルが高いみてえだぜ」
ホークスはそう言ってニヤリと笑う。
「もうっ、真面目にやりなさいよ。ちゃんと網は張ったんでしょうね?」
「ああ、それは大丈夫だ。心配するなって。やる事はちゃんとやってるぜ。その上で、楽しむ余裕を忘れない。これが男のたしなみってやつだ」
飄々と、そう言ってのける。実際は、夜通し神経をすり減らして、この事件のかなりの裏事情を掴み、とある手を打って帰ってきたホークスである。でも、こういう男なのだ。
「まあ、別にいいんだけどね。もうっ」
「ホークス様、こんな時にそんな事をしておられたんですか」
ティナとアリアの視線が冷たい。肩をすくめると、ホークスは食事をがっついた。サミィも少し食事に手をつけたが、あまり食が進まない様子である。
「サミィ、しっかり食べましょう? あなたがしっかりしてないと、いざという時、カイエンを助けられませんよ。ね?」
アリアが、そんなサミィを気遣う。
「うん……でも、カイエンもきっとお腹空かしてると思うと……」
サミィは、かわいそうなカイエンを思いやり、うつむいてしまう。
「なに、見つけだしたら、たらふく喰わせてやればいいさ。カイエンがもう要らないってくらい、俺が口に押し込んでやるぜ」
ライルが、にっこりと笑いかけ、サミィの背中をポンと叩く。そんなライルを見て、ティナとアリアが顔を見合わせて、にっこりする。
「わかった」
ようやく、サミィも食べ出した。
その時、一人の少年が宿屋に駆けつけてきた。
「ライルって人、ここにいる?」
「おう、ライルなら俺だぜ」
「人喰いトラが、見つかったよ!さっき、みんなで空き地に追い込んだところ。今、役人を呼んでる。もうすぐ役人達が兵士を連れてやってくると思うよ」
バッと席を立つ一行。
「よし、よく知らせてくれた。報酬は、一番に知らせてくれたお前さんのものだ。ほれっ。ついでに、俺達を今すぐそこへ案内してくれ。すぐだ!」
「うん、わかった! こっちだよ! ついてきて」
「おしっ、みんな突っ走るぞ!」
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一行が息を切らして駆けつけた時には、幸いまだ兵士達は到着していなかった。
その空き地の隅に追いやられたカイエンは、警戒しながら身構えている。それを恐る恐る遠巻きにして、手にそれぞれ武器を構えた男達が取り囲んでいる。
カイエンは、その口にまだしっかりと団長の左腕をくわえている。
「カイエンっ!! カイエンっ!!」
サミィが声を張り上げて、人垣を押しのけようとする。しかし、男達に引き留められる。サミィの声に、耳をピンと立てて、カイエンが反応した。おずおずと、構えたその身を起こしかける。取り囲む男達が、その動きにびくりとして少し後ずさる。
「よし、準備はいいですか? サミィ、何が起きても、信じてくださいね。いきますよ……」
魔術師ノエルは、その細身の体で精一杯の大声を張り上げた。
「皆さん、恐れることはありません! この私達が来たからには、もう安心です。私達は、こうした大型動物の駆除を専門とする業者です。人々を困らせる害獣を退治するのが仕事です。
たまたまこの街に立ち寄ってみれば、人喰いトラが逃げ出したとの事。これは神がこの街の人々を守れと、我々に告げているのだと思いました。
今までにも、何百匹もの人喰い熊や人喰い鮫、同じような人喰いトラを退治してきた実績があります。それに加えて、最近私は、これらの猛獣にてきめんに効く画期的な必殺の呪文を編み出したのです。既にその効果は実証済み。たちまちにして恐ろしいあの人喰いトラの息の根を止める事ができるのです。
その目でとくと御覧あれ! さあ、危ないですから、皆さんもっと下がってください。では……」
ノエルに率いられたライル一行は、カイエンに近づいてゆく。一応、口裏を合わせるように、それぞれ武器を抜く。カイエンが身構えるが、サミィがいる事に気づき、おとなしくなった。
「街の人々を恐怖に陥れる凶悪な人喰いトラめ! 今こそ正義の鉄槌をその身に受けるがいい!!」
大仰にそう声を張り上げると、ノエルは呪文を唱え始めた。呪文の詠唱が止むと同時に、何かをカイエンに投げつける。それがパッとカイエンの目の前で光ったかと思うと、紫の煙が立ち上った。すると、カイエンの体がグラリと傾き、どうと横倒しになる。
「カイエンっ!」
じっと我慢していたサミィが、たまらず倒れたカイエンに駆け寄ろうとする。そのサミィを、ホークスが引き留めた。
ノエルが、固唾を飲んで見守っていた人々の方に振り返り、両手を広げる。
「皆さん、もう安心です。人喰いトラは死にました。どうですか、この新呪文の威力は? 害獣で困った際には、ぜひ我々『ノエル害獣駆除商会』にお任せください。仕事は確実、お値段もお手頃です。トラの死骸の後始末も任せておいてください。そこまでやるのが我々の方針です。では、皆さんが安心して暮らせるよう、また我々は頑張ります。今日は勇気ある街の皆さん、どうもご協力ありがとうございました」
そう言うと、ノエルは深々と人々にお辞儀する。取り巻いていた人々は、その鮮やかな手並みにやんやと拍手喝采する。ノエルは、それににこにこと愛想よく応えてやっている。やがて人々が次々にその場を立ち去ってゆく。
あらかた人がいなくなった頃、我慢できなくなったサミィがホークスの手を振りきって、倒れ伏すカイエンのもとへと駆け寄った。目には涙が滲んでいる。
「カイエンっ! カイエンっ……ううっ……殺さないでって、助けてくれるって言ったのに!! カイエン……グスっ……うああああっ!」
倒れたカイエンの体にとり縋って、泣き伏しているサミィ。
「お、おい、ノエル……」
ライルやギリアム、アリアは困惑している。
「サミィ、カイエンの体をよく見て」
ティナがにっこりと促す。盗賊ホークスもうなずく。
「え!?」
顔を上げたサミィ。まじまじと、カイエンの体を見詰める。と、その胸がゆっくり上下に動いている。カイエンの胸に耳を当てると、しっかりと鼓動を打っているのがわかる。
「い、生きてる……カイエン、生きてる! ううっ、よかったあ……」
カイエンの無事を確認したサミィは、また泣き出してしまった。
「どういう事なのですか? ノエル様」
不思議そうなアリア。ライルとギリアムもよくわかってないようだ。
「眠らせただけです。ただの『眠りの雲』ですよ。それだけだと派手さが無いし、初歩的な呪文ですから、見ている人でわかってしまう人がいるかもしれないんで、煙玉を使ってごまかしたんです」
ノエルは肩をすくめる。魔法の呪文にある程度詳しいティナと、相手の心理を見抜いて裏をかき意表を突く様々な技に精通する盗賊ホークスは、その事を既に察していたようだ。盗賊がニヤニヤと、意外な才覚を見せた魔術師に笑いかける。
「なかなかの名演技だったぜ、ノエル。観衆は、すっかりお前さんに飲み込まれちまった。いや、たいした役者だぜ」
「ほんとね。それに、あんなに愛想のいいノエルなんて、初めて見たわ」
ティナも腰に手を当てて、にっこりとノエルの方を見詰めている。普段はすました顔をして何を考えているのかわからない様子である彼の、意外な一面を垣間見た気がしている。
「うむ。ワシも一時は本当に殺したのかと思ったわい。きっと、『ノエル害獣駆除商会』に、本当に注文がくる事になるぞ」
「ノエル、お前修行止めて、こういう商売したほうがいいんじゃねえのか?」
ギリアムとライルも、ノエルの手際に感心している。
「もう、勘弁してくださいよ。あんな恥ずかしいのは、もうこりごりです」
一同からのそんな絶賛を受けた若き魔術師は苦笑いを浮かべて、ポリポリと頭を掻いている。
「まあ、こういう方法しかねえよな。カイエンを死んだことにするしか、この街から安全に連れ出す事はできねえし。……おっと、そうだ。大事な用があったんだぜ」
ホークスは、深い眠りについているカイエンの口から、団長の左腕を抜き取った。
カイエンの口の中に隠れていた、その団長の手には、細い筒のようなものが堅く握りしめられている。その手をこじ開けると、カイエンの檻の鍵が予想通りポトリと落ちた。
ホークスはその鍵には目もくれず、細い筒の外見を念入りに調べている。油紙にくるまれた筒には、厳重な封蝋がされている。どこかの国の文様がその封蝋に押されていた。
「一体、それ、何なのかしら?」
「そうですね。何でしょう?」
「おい、ホークス。何なんだよ、それ? 中身を見てみたいぜ」
「私も知りたいところなんですけど……知らないほうがいいような気もしますね。私達は、カイエンを無事に助け出す事が目的だった訳ですし」
冷静な洞察と判断を持つノエルの言葉に、盗賊ホークスの目がキラリと光る。団長の殺害現場の状況から導かれる推測についてもそうだったが、この魔術師の男とは、こうした点で妙に気が合う。先程の見事な手際といい、盗賊でもないのに、たいした男だ。この男が居るなら、自分がいない間、何か不測の事態が生じても、任せておいてまず大丈夫だろう。
「ノエル……そういうこった。これは俺が預かろう。それでいいな、みんな?」
そう言うホークスの目は、鋭く光っている。同意を求めるというよりは、確認のような感じである。そのホークスの真剣な眼差しに圧倒されて、一同はただうなずいた。
「よし。これは俺が処分する。理由は後で必ず話す。今はダメだ。俺はこれから別行動をとる。すまねえが、トラの運び出しの方は頼む。二日後、街の外、北門のすぐ外れにある森の中で落ち合おう。来る時、休憩した所だ。じゃあな」
そう言い残すと、ホークスは駆けだして、たちまちどこかへ消えていった。残された一行は、そんなホークスが気がかりだったが、カイエンを運び出す手はずを整えるために奔走した。




