事件の真相は Truth of the Incident
こうして、二手に分かれた一行。サミィに連れられて、サーカスがテントを張っている街外れの空き地へと、盗賊ホークスと魔術師ノエルが向かう。
空き地は、既に野次馬もあらかた去っているようだ。役人が数名、事件の処理にあたっている。団長の古い友人という事にして、ホークス、ノエルはサミィに取り次いでもらい、役人の立ち会いのもと、団長の遺体を調べる事に成功した。
ホークスが、遺体に掛けられている白布を開ける。サミィは、目を逸らした。無理もない。身よりのない彼女にとって、父親同然の男だったのだ。団長も、サミィをかわいがり、よくしてくれたと言う。
「サミィ……外へ出るんだ」
ホークスは、そんな彼女を察して、サミィを現場から追いやった。サミィが外に出ていくのを見届けて、再びホークスとノエルはその遺体を観察する。
髭をたくわえた、細身の中年男性だ。無念そうに、目を閉じている。やはり、噂通りに左腕を肘の所から食いちぎられている。その歯形の痕は、間違いなく大型の獣の牙によるものであると思われた。それに、胸と首にかぎ裂きの傷跡が残っている。その傷跡の周りに、血だまりができている。遺体の側に、そのトラらしき大きな足跡が残り、それは外へと向かっている。そして例のトラの入っていたと思われる檻の扉が開け放たれていた。
しかし、ホークスもノエルも、気になる点がいくつかあった。
「ご心中、お察しします。しかし、獰猛な猛獣は、我々が必ず見つけ出し処分致します。ご友人の無念は、我々が晴らしますので、どうかご安心を」
役人達は、人喰いトラによる凶行と決めつけているようで、そうした点には全く注意を払っていない様子であった。
「いや……むごい事です。どうかよろしくお願いします」
そんな事をしおらしく言ってみせて、二人はそのテントを出た。
表では、サミィが寂しげに俯いてポツリと待っていた。
ホークスが、そんな様子のサミィの頭をそっと撫でてやる。空き地を後にする三人。
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宿屋への帰り道、並んで歩くホークスとノエルは、腕組みして黙然と考えこんでいる。
「ノエル……あれはトラが殺したんじゃねえな」
「ええ、そうですね。私もそう思います」
ホークスの問いかけに、ノエルも大きくうなずいた。サミィの表情がパッと明るくなる。
「やっぱり、そうでしょ! カイエンがそんな事しないもの……でも、どうしてわかるの?」
「まあ、後で話す。確認してえんだが、サミィ。あの檻の錠、あれはいつも必ずかかっているもんなんだな?」
サミィは、こっくりとうなずく。
「うん。カイエンにエサをやる時は開けるけど、すぐ後で必ず閉めるもの。昨日の夜だって、私ちゃんと鍵をかけたもの。でも、役人達は私が鍵をかけるのを忘れたんだって言って、全然話を聞いてくれないの。もし、鍵が開いてたって、カイエンは私とか団長が出てきていいって言わないと、出てこないのよ。カイエンは、それくらい頭が良くて、おとなしい、いい子なんだから」
「その檻の鍵を持っている人間は、誰なんですか?」
「私が持ってる。あと、団長よ。その二つきりよ」
「で、今でもあるのか?」
「うん、私はここに持ってる。でも、団長が持っていた鍵が、どこにも見あたらないの。団長、いつもその鍵は身につけているはずなのに、役人が調べても何も持って無かったって」
「なるほどな……」
「そうですねえ……」
ホークスとノエルは、考えにふけりながら、ライル達の待つ宿屋へと向かった。
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宿屋では、調べを終えたライル達が待っていた。
今のところ、トラはまだ捕まってないと言う。目撃情報も飛び交っているが、どれも信憑性に欠けているとのことだ。まだ、カイエンはこの街のどこかに身を潜めているようだ。しかし、それも時間の問題であろう。大きな獣である。身を隠せる所も限られているのだ。
「で、おぬし達の方は、どうだったのだ?」
尋ねるギリアムに、ホークスが遺体の状態を皆に手短に説明した。
「じゃあ、やっぱりそのトラが団長の腕を食いちぎって逃げたって事にならねえか?」
ライルが、腕組みをして問いかける。
「ええ、それは間違いないのですが……」
ノエルのその言葉を聞いて、サミィが泣き出しそうになる。
「だが、気になる事がいくつもゴロゴロしてる」
「そうなんです」
ホークスの言葉に、ノエルもうなずく。
「どういう事なんですか?」
「ちょっと、もったいぶらないで、話してよ」
アリアとティナが、身を乗り出してくる。
「まず、腕の傷跡だな」
「ええ、そうですね」
泣きかけたサミィも、今は耳をそばだてて聞き入っている。
「酷い傷の割には、出血が少なすぎる。無理に喰いちぎられたってんなら、もっと出血が激しいはずだ。でも、下に落ちてる血はそれほどの量じゃねえ。辺りにその腕からの血飛沫も飛んでねえ。おかしいぜ」
ノエルもホークスに同意する。
「ええ。それに、遺体の表情。無念そうな顔でしたが、恐怖が浮かんでいる訳でもないですし、腕を引き裂かれる痛みに顔を歪めている訳でもありません。生きたまま腕を喰いちぎられたのだとしたら、あまりに穏やかすぎる表情なんです」
少し首を捻った後、ティナは軽くうなずいた。
「……ということは、そうか、そういう訳ね」
「うむ、なるほどな」
「そうだったのですか」
ホークスとノエルの言葉の意味を察して、ライル以外の者達は軽くうなずき合っている。
「え、どういう事なんだよ?」
ライルは、まだよくわかってない様子だ。
ティナが説明する。
「つまり、生きたまま腕を喰いちぎられた訳じゃないのよ。団長さんが死んだ後に、カイエンが左腕を喰いちぎったって事。だから、出血が少ないって訳」
ライルは眉をしかめている。
「でもよ、首と胸に傷があったんだろう? そのトラが、鋭い爪で団長を殺した後に、腕を喰いちぎったって事も考えられないか?」
「カイエンは、そんな事しないっ!」
ライルの言葉に、生々しい光景が頭に浮かび、涙を滲ませながらサミィが抗議する。
「その傷跡なんですけど……トラの爪によるものだとすると、ちょっとおかしいんです。直接の死因は、あの胸と首の傷だと思うんですけど、あまりに深い傷跡なんですよ。そのトラがいかに大きくても、その爪であれほど深く抉る事はできないと思うんです。それに確か、トラが得物をしとめる時は、爪で殺すのではなく、得物を逃がさないように爪を食い込ませておいて、牙で得物の首筋に噛みついて、血管を断ち切って仕留めるという習性のはずなんです」
さすがに魔術以外にも幅広い知識を蓄えているノエルである。しかし、その言葉にサミィが顔を背けてしまう。カイエンのそのような姿を想像したくないのだ。
裏の世界を知る盗賊が、重々しく口を開いた。
「俺に心当たりがある。『バグ・ナウ』っていう、手に隠し持つ事ができる武器で、暗殺で使われることがある。大抵、四、五本くらいのかぎ爪がついている。こう、手に握り込むと、指の間からその爪が出るような形になっている。東の方の国の暗殺者達が良く使う武器だ。あの傷跡に良く似てるぜ、あれは」
「え、あ、暗殺……ですか!?」
アリアがホークスの言葉に息を潜める。
「暗殺かどうかは、わかりません。でも状況からすると、団長は何者かに殺された後、鍵の開いた檻から抜け出したそのトラに、腕を喰いちぎられているという事になりそうなんですよ」
ノエルが腕組みをして考え込む。
「でも、どうして檻の鍵が開いていたのかしら? だって、鍵はサミィがしっかりかけてたんだし。その鍵もサミィが今も持ってるんでしょう?」
「そうすると、ティナ。どういう事になる? 消去法だぜ」
ホークスが、ティナの思考を促す。
「とすると、団長が持っていたもう一つの鍵……」
「その可能性が一番高いと思われます。犯人が、トラの仕業だと思わせるために団長から鍵を奪っていったか……」
「そうね。そういう事になるわね」
「いや、まだ他の説明もあるぜ。団長自身が、トラの檻を開けたっていう線だ」
ホークスが、そうした見解を口にする。
「どういう事よ、それ?」
「うむ。犯人が痕跡を隠すためという説明の方が、自然ではないか?」
「そうだぜ、ホークス。俺もそう思う」
皆、不思議そうに首を傾げる。
「でも、見ず知らずの人間が忍び込んで、危険なトラの檻を開けるなんて思えないんですよ。自分に飛びかかってくるかもしれないですしね。トラの檻の鍵を団長が身につけている事を知ってるとも思えないですし」
ノエルもホークスと同意見のようだ。
「では、サーカスの内部の人間で、カイエンとも仲が良くて、その鍵の事もよく知っている人が犯人ではないのですか?」
アリアは、なかなか鋭い所を突いてくる。
「それがサミィの話を聞くと、どうもそれに当てはまる人物がいないんです。確かに、鍵の事を知っている人はいるようなんですけど、サミィと亡くなった団長以外に、好んでトラのカイエンに近づこうとする人間はいないという話なんです。それに……サミィ?」
ノエルに促されて、サミィが口を開く。
「うん。カイエンはね、たとえ鍵が開いたって、私とか団長がいいって許すまで、檻から出ない、とっても賢くて、いい子なのよ」
「じゃ、じゃあ……団長が自分でカイエンの檻を開けて、カイエンに檻の外に出るように言ったって事か? なんでだ? なんでそんな事する必要があったんだよ?」
ライルのその問いかけに、腕組みをしたホークスが口を開いた。
「あの現場のテントの中……団長から離れた、垂れ幕の陰に隠れた地面に、血の痕があった。団長の胸や首の傷から飛び散ったって感じじゃねえ。トラが喰いちぎった腕をくわえて歩いている時に、その腕からしたたり落ちた血でもねえ。トラの足跡からも離れてる。その血の痕の側に、人の足跡があった。外へ向かっていく足跡がな」
「そうなんですか。それは気づかなかったですね。ホークス、さすがです」
ノエルが、自分の見落とした点を指摘するホークスに、しきりに感心している。
「ってことは、何者かに襲われた団長さんが、身を守るために、カイエンの檻を開けて……カイエンは、その誰かと闘って、傷を負わせた。犯人は傷を抱えて、カイエンから逃げ出した。でも、団長さんの傷は深くて、そのまま亡くなってしまった……」
ティナが、自らに確認するように、考えをまとめてゆく。
「で、なぜかカイエンは死んだ団長の左腕を喰いちぎって、そのまま街へ逃げたっていうこった」
ホークスが、ティナの説明を続けて結論する。
ライルはそれでも首を捻って考えこんでいる。
「一応、わかったつもりだけどよ。なんで、カイエンは団長の左腕を喰いちぎったんだ? カイエンは団長に懐いてたんだし、団長を守ろうと、曲者と闘った訳だろう? なんで、そんなカイエンが死んだ団長の腕を喰いちぎったんだよ?」
「わかりませんね、そればかりは。でも、サミィが言ったように、何か理由があるはずです。カイエンは、賢いトラのようですし。何なのかは、わかりませんがね」
ノエルも考え込んでいる。ホークスが再び口を開いた。
「これは俺の推測にすぎねえが……。たぶん、死ぬ間際に、団長自身が、カイエンに自分の左腕を持って逃げろと命令したんだと思う。その左手に、檻の鍵と一緒に、何か重要な物を堅く堅く握りしめてな……。カイエンはおとなしくて、賢い奴だから、団長の最期の命令を健気に守って、その秘密を抱えて、街に姿をくらましたんだろう」
アリアは、顔を曇らせている。
「それは、一体なんなのでしょう?」
「それは、俺にもわからねえが……でも犯人は、それを団長から奪う事が目的だったんじゃねえだろうか。これは俺の勘だが、こいつは、かなりヤバい気がする。裏に隠れてるモノは、かなり危険な代物だぜ」
そう告げるホークスの表情は、いつになく真剣で、針のように鋭い眼差しをしている。目の前に、危険な罠の存在をいち早く察知したホークスが見せる表情と同じだ。そんな様子のホークスに、一同シンと押し黙ってしまう。サミィが俯く。泣きそうな表情だ。
そんな重苦しい張りつめた空気が支配する中、ライルが口を開いた。
「でもよ、カイエンは何も悪くねえんだ。何の罪もねえ。なのに、よってたかって凶暴な人喰いトラだって決めつけられて、濡れ衣きせられてよ。カイエンも、帰りを待ってるサミィも、このままじゃあんまりかわいそうだ。裏が何でも構わねえ。なんとかしてやろうぜ」
そのライルの言葉に、緊張した場の空気が一気に和らいだ。
「(あなたなら、きっとそう言うと信じていました、ライル)」
「(あんたのこういうところ。悪くないんだよね。やっぱりあの時、ついて行くって決めてよかった)」
微笑みながら、そんなライルを見詰めるティナとアリア。
しかし、ライルは二人のその眼差しに全く気づいていない。
「(やれやれ……旦那にゃ、またいいとこ持ってかれちまったな。ま、そういうのは俺の役じゃねえから、仕方ねえか。俺は俺で、この事件の裏を探ってみるかな。扱い方を間違えると、俺達全員の命に関わるような匂いがしやがる。全く、損な役回りだぜ)」
ホークスは肩をすくめる。いつも飄々としているが、彼は彼なりに影に回って、何かと皆を守っているのだ。しかし、いつもはおどけて隠しているので、なかなか周りはそうした彼の心遣いに気づかない。でも、それで良しとしている。ホークスとは、そんな男である。
「うむ。筋が通っておる。だが、どうしたものか。手分けして捜すと言っても、我々だけでは難しいぞ」
ギリアムが、相変わらずの渋面を作って腕組みをする。
「そうですね。直接捜すというよりも、街の人達の動きや噂に網を張っておく方がいいでしょう。もしカイエンが見つかれば、必ず何かの動きがあるはずです。すぐにその現場に駆けつける事ができるかどうかが鍵です。それができれば、私に考えがありますから、なんとかカイエンを逃がす事ができると思います」
ノエルには、何やら策があるようだ。
ティナがうなずいて提案する。
「わかったわ。じゃあ手分けして、もし逃げたトラの噂が入ったら、すぐにここに知らせてくれるように、街のあちこちの人に頼んでおきましょう。一番に確実な情報を知らせてくれたら、報酬を渡すって約束して。ノエルはこの宿屋に待機して、知らせが入ったら、いつでも動けるようにしておいた方がいいんじゃないかしら。サミィにも、何かあったら、サーカスの方にすぐに知らせるから」
「うん、わかった。ありがとう……っと、お姉さん、みなさん」
ティナの怒りを間近に見たサミィは、以来ティナを『お姉さん』と呼ぶようにしている。
ティナの提案に、ホークスもうなずく。
「そうだな。俺もそれが今の時点で一番いいと思う。じゃ、早速始めようぜ」
一行は、宿屋のオヤジに簡単な街の地図を描いてもらい、網を張る地区を割り振った。それぞれ、担当の地区に手分けして出かけてゆく。夕方までに、ホークス以外は全員帰ってきた。しかし、一人の子供が、ホークスからの手紙を携えて宿屋を尋ねてきた。手紙によると、帰るのは明日の朝になるとの事である。
結局、その日は何も情報がこなかった。




