猛獣使いの少女 Beast Tamer Girl
その翌日。
貴金属店や古物商での財宝の換金も済み、食料や日用品・装備の買い出しへと繰り出したライル達は、街の様子がバタバタと騒がしいのに気がついた。手に武器を持った男達の姿があちこちに見える。
「ありゃ? 何だろうな」
ホークスが、そうした街の男達の一人に声をかけた。
男の話によると、サーカスのあのトラが、団長を襲って殺し、街へ逃げ出したという事だった。凶暴なトラは、団長の腕を喰いちぎっているという。今も街のどこかに身を潜めているため、男達が危険な人喰いトラの居所を突き止めようと、あちこち捜し回っているそうだ。
「へえ、あのトラがねえ。やっぱり野性の血が騒いだのか。人喰いとはな」
ライルがそう話していると、一人の女の子がつかつかと歩み寄ってきた。
「違うもん! カイエンは人喰いなんかじゃない! そんな事しないっ!!」
その小さな少女は、必死で声を張り上げている。
「あなたは、確か昨日のサーカスの……トラ使いの女の子ね?」
ティナが気づいた。
「そうよ。カイエンを捜しにきたの。カイエンは人を絶対に襲わない。街の人に捕まったら、殺されちゃう! ねえ、もしカイエンを見つけたら、私に教えて。おとなしく連れ戻すから。お願い!」
どうやらあのトラの名前はカイエンというらしい。猛獣使いの少女は必死でライル達に頼み込む。どうしたものかと顔を見合わせる一同。
「でも、人喰いトラなんだろ? 役人に処分を任せたほうがいいんじゃねえのか?」
ライルはその少女に、そう勧める。
「そんなはずないっ! カイエンがそんな事するはずが無い。きっと何か訳があったのよ。あの子は、人喰いなんかじゃないもん!!」
サーカスのトラ使いと名乗るその少女は、悔しさに顔を紅潮させ、拳を握りしめてライルに力説する。
「まあ、飼い主にとっちゃ、可愛いのかもしれねえがなあ。実際、団長の腕を喰いちぎってる訳なんだろう?」
「だから、きっと訳があったのよ!」
「まあ、腹が空いていたとか……」
そんな言葉に、相棒のトラを信じている女の子は、もう瞳に一杯涙が溜まってきている。
「違う! たとえ死にそうにお腹が空いてても、カイエンは絶対そんな事しないっ!! 違うもん、絶対に違うもん……グスっ……うわあああああん、おじさんの馬鹿あ!!」
「お、おじさんだとう!? お、俺が、おじさん……」
その少女に『おじさん』と呼ばれたライルが、愕然とする。
髭オヤジのギリアムが、仲間が増えて何やらうれしそうだ。
「ライル、往生際が悪いぞ。男はな、皆、いつかはそう呼ばれるものなのだ。まあ、ワシがそう呼ばれるようになった頃合いよりも、おぬしの方が早そうだが。ここはワシの負けだな」
そんな事を言って、動揺するライルの肩に手を置く、どこらから見ても筋金入りのおじさん先輩ギリアムだ。
「こら、『おじさん』。子供をいじめないの!」
「ライル、ひどいこと言う人は、『おじさん』で充分です!」
ティナとアリアも、ライルを『おじさん』と決めつける。
「う……くそう」
「このまま捕まったら、カイエン、殺されちゃうよ。嫌だよ、そんなの嫌……」
その少女は、もうポロポロと涙を流している。
子供好きのホークスは、こういうのを放っておけない。
「大丈夫だ、トラ使いの嬢ちゃん。俺達が役人より先にそのトラを見つけてやる。そしたら、そっと街の外に逃がしてやるからよ」
「そうよ。私達があなたの力になるわ」
ティナも協力を申し出る。温かい二人の申し出に、ゴシゴシと目じりの涙をこすって、少女が二人を見上げる。
「うん……ありがとう、おじさん、おばさん」
衝撃の言葉に、男女二人が固まった。
「お、俺までおじさんかいっ! ううっ、ライルならわかるが、なんで俺まで……」
ホークスも愕然とする。
「『おじさん』の世界へようこそ。歓迎するぜ」
ライルがニヤニヤとホークスの肩に手をかける。
「おばっ……うふふふふふ、お姉さんって、これからは呼ぶのよお~? いい、お姉さんなんだからねえ~、わかったわねえ~? ふふふふふふふ……」
ひくひくと、ひきつった笑顔を浮かべながら、ティナがその少女の頭をクシャクシャと撫でる。
「(目が笑ってないぞ、ティナ……)」
ごくりと生唾を飲み込むライル。この中でティナとは一番つき合いの長いライルであるが、これまでに無いほどの、殺気に満ちた凄まじい怒りのオーラが彼女の全身からビシビシと伝わってくる。
「(ティナさん、怖いです……)」
怯えるアリア。無意識に胸の十字架を握りしめている。
「(う~ん、こういう事は気をつけるようにしましょう。命が惜しいですからねえ)」
真面目に堅く心に誓うノエル。
「わははははっ。子供は正直だな」
思わず、高笑いしてしまったギリアム。
「(あ、馬鹿だねえ、ギリアムのオヤジの奴!)」
ホークスは、次に起こるであろう光景が頭に浮かんで、痛々しそうに首を振った。
「なにい~っ!」
ティナは怒りに顔を赤らめながら、つかつかと歩み寄ると、ギリアム自慢の顎髭を力任せに引っ張り下ろした。
「痛っ! いたたたたたっ。……ティ、ティナ、髭を引っ張るな!」
「こんなヒゲ、全部むしってやるっ!!」
さらに力を込めて、ティナはギリアムの髭を両手で鷲掴みにして、これでもかとばかりに本気で引っこ抜こうとする。長年慈しんできた大切な顎髭が、ブチブチと切れてゆく恐ろしい感触がギリアムに伝わってくる。戦場で数限りない修羅場をことごとく打ち破ってきたギリアムであるが、今度の相手は分が悪すぎた。勝ち目が無い。かけらも無い。たまらず、あのギリアムが叫んだ。
「だ、誰か、助けてくれいっ!!」
後にも先にも、豪勇で名を馳せるこの騎士が、このように必死で他人に助けを求めた事は無かった。
「(触らぬ神に祟りなしっと)」
ライルはギリアムの救助に及び腰である。今まで散々、怒ったティナの怖さを身に染みて理解しているライルであった。しかも、今度の怒りのレベルは最大値であろう。
「(う~ん、『麻痺』か『緊縛』の呪文で止められるとは思うのですけど、後がかなり怖いですしねえ。『眠りの雲』だと、他の人間も巻き込んでしまいますし……。どうしたもんでしょうかねえ)」
ノエルは相変わらず、生真面目にとんでもない事を考えている。一応、なんとかしてやろうとは思っているらしいが。困った顔をして考え込んでいる。
「ま、まあ、ティナ。それくらいで勘弁してやれ。絶世の美女が台無しだぜ? な?」
見かねたホークスが、なんとか助け船を出してやる。面白かったので、ちょっと見物していたのだが、涙目のギリアムを見るにつけ、さすがにかわいそうになってきた。
「そ、そうですよ。ティナさん、女の私から見ても、とっても綺麗だし、かわいいです。わ、私と同い年でもおかしくないくらいです(主よ、どうかお赦しください……)。でも、ほらっ、私なんて歳よりずっと子供っぽく見えるから、並んで立ってると、ティナさんの大人の女性としての魅力がより目立ってしまって、子供にはそう見えてしまってるだけですよ」
ギリアムが気の毒で、アリアは必死でそのように取りなそうとする。
「そ、そうかしら?」
ティナは、ギリアムの髭を引っ張る手をピタリと止めた。
「(いいぞ、嬢ちゃん!)そうそう、この街で美人のコンテストがあったら、ティナは間違いなく優勝だぜ、きっと。俺だって、迷わずティナに一票入れるぜ。そんじょそこらの女達とは、ダントツに、桁違いに、いい女だからな」
その機を逃さず、すかさずホークスがたたみかける。さすがである。
「や、やだ、何言ってるのよ、ホークスったら……」
ティナは、誉め言葉に弱い。そう口々に言われ、ギリアムの髭から手を離して、片手を頬に当てて少し照れている。
「確かに、ティナさんはどの街に行っても、注目を集めてますね。この私から見ても、ティナさんはぐんを抜いて美しい女性だと思いますよ」
ノエルも、真面目くさった表情を変えることなく、とどめの援護射撃をしてやる。
「ちょ、ちょっと、まさかノエルまで何よ。そんな真面目な顔して、そんな事言わないでよっ! もうっ」
ティナがノエルの肩をパシンと叩く。ノエルが少し顔を歪める。
「(い、痛いですねえ)」
どうやら、ティナの怒りは収まったようだ。打って変わって、にこにこと上機嫌である。
「(女ってやつは……)」
ティナの豹変振りに、ライルは呆れている。
「(皆、恩に着る。……ライルめ、おぼえてろよ)」
ようやく解放されたギリアムが、胸の内でライル以外に感謝している。
圧倒されてしまって、トラ使いの少女はポカンと立ち尽くしている。
そんな少女に、ホークスが声をかける。
「さあ、嬢ちゃん……って、名前をまだ聞いてなかったな?」
「私、サマリア。サミィよ」
「よし、サミィ、まずはその現場に案内してくれ。団長の遺体の様子を見ておきたい。それに、何か手がかりが残されてるかもしれねえ」
「あんまり、大人数で行くと目立つわね」
ティナが腕組みをして、そう指摘する。
「そうだな……ホークス、ノエル、二人で頼む。俺達は、あそこの宿屋で待っていよう。街の人から、トラの行方や、捕まっているかどうか、俺達が聞き出しておく。後で落ち合おう」
ライルがそう結論を下した。盗賊のホークスと、様々な知識に明るいノエルなら、確かに適任であろう。
「よし、わかったぜ」
「了解しました」




