サーカス Circus
修道女アリアを新たな仲間に迎え、六人は目的の街へと街道をゆったりと歩き続けている。もう街が近いのか、街道沿いに長々と植えられたツツジの赤い花々が鮮やかで、道行く旅人達の目を楽しませる。歩きながら、何となくライルはその花の一つをひょいと摘み取り、隣に歩くアリアに差し出す。
「ありがとうございます。可愛い花ですね」
「いや、そういう事じゃねえんだ。この花の蜜がうめえんだ」
そう言って、彼はまた一つ花を摘み取り、ラッパのようなツツジの花の根本を、口に含んでチュッと吸いこむ。ライルはアリアにウィンクして、やってみなと促す。不思議そうな顔をしながらも、アリアも真似をしてツツジの蜜を吸ってみる。ほんのりとした少しの甘さと香りが口に広がる。少女の目が驚きに丸くなる。アリアにとって、初めての経験と味だった。
「美味しいです。こんなの、知りませんでした」
「そうか。なら良かった」
ライルはまた一つ花を摘み、懐かしそうに口に含んでいる。自分より頭二つ分ほど大きな男が、そんな子供の遊びをしているような様子に、アリアはにっこりと微笑んでいる。
「よく知ってるのですね、そういうの」
「まあな。小さい頃、腹が減った時にこれでよくごまかしてたなあ」
アリアの胸に、この男を看病していた時に耳にした、彼の痛々しい言葉が思い出された。詳しい事情はわからないが、幼かった彼はきっと、このような事までして、たった一人で生き抜いてきたのだろう。
「そうですか。大変だったのですね、ライル」
「ま、なんとかなるもんだぜ。食える野草は大体知ってる」
前を行くそんな大柄な男と小柄な少女の様子を、ティナとホークスが微笑みながら見守っていた。
「もう、大丈夫みたいね。いつものライルだわ、あれは」
「雨降って地固まる、ってやつか? あの嵐も、何かの役には立ったんだろうな。何があったかは知らねえが。ま、良しとしとこうぜ、ティナ」
そう言って、盗賊は両手を頭の後ろに組みながらティナの方を向いてウィンクする。なんとなく、自分を優しく気遣ってくれているような気がしたティナだった。
「そうね。たまには、あんたもいい事言うじゃないの」
「俺はいつも、いい事しか言ってねえはずなんだがなぁ。なんでか知らねえが、赤いピアスしたいい女によく殴られるんだ。なんでだろうな?」
抜け抜けと、そう返してくる盗賊だ。彼をちょっと見直していたティナは、胸の内ですぐさまそれを取り消した。
「さあ、なんでかしらね? その人を怒らせるような事ばっかり言ってるんじゃないの? レディが二人もいるんだからね、今後、下品な冗談は一切禁止!」
「へいへい、わかりやしたよう」
盗賊もツツジの花を摘み上げ、根本を口に咥えて上下に揺らしながら遊ぶ。そんな三人に幾つか花を取られ、迷惑そうなツツジ達だった。
---------------------------------------------
やがて、目的の街が見えてきた。その街に入ると、賑やかに盛り上がっていた。通りに家族連れや男女の組が数多く見かけられ、その人の波はある一方向へと向かってゆく。
「何かあるんでしょうか?」アリアが首をかしげる。
「そうね。お祭りでもあるのかしら?」
ティナのその言葉に、ライルがぴくりと反応する。彼は、お祭り好きなのだ。血が騒いで仕方ない。
「祭りか! いいな。ちょっと覗いてみてえもんだ」
「それにしても、何なんでしょうねえ。ちょっと聞いてみましょうか」
ノエルが側をゆく少年に声をかけて尋ねる。
「サーカスだよっ! 今日から街外れの空き地で、サーカスが始まるんだ。もうすぐ始まるよ。僕も今から行くとこなんだ。絶対、トラを見てやるんだ!」
そう言うと、楽しみで待ちきれないといった様子の少年は駆け足で通りを立ち去っていった。
「サーカスか! なあ、行ってみようぜ」
ライルがうずうずして、落ち着きがない。やはり血が騒いで仕方無いらしい。
「そうね。私もちょっと見てみたいわね」
「私も行きたいです。サーカスって、見た事無いですから」
ティナとアリアは、行ってみたい様子だ。
「あ、俺はパス。軽業なら俺でもできるしな。今更見るまでもねえ」
盗賊ホークスは、興味なさげに肩をすくめる。
「ワシもいい。酒が飲みたい。何度か見た事もあるしな」
ギリアムは、街についた時から、お目当ての地酒が飲みたくてしょうがないのだ。
「私も遠慮します。人混みは苦手ですから」
魔術師ノエルは、騒がしいサーカスより、静かに魔術の勉強をしたい様子である。
という事で、一行は宿屋を決めておいてから、二手に分かれた。ホークス、ギリアム、ノエルはその宿屋へ。ライル、ティナ、アリアは町外れにあるというサーカスへと向かった。
---------------------------------------------
~サーカス~
サーカスに到着したライル達。町外れの空き地は、人波で賑わっていた。出店がいくつも出ており、ピエロがまた雰囲気を盛り上げている。開演初日とあって、派手な花火も上がった。
「わあ、きれい!」
「はい! 何か、ウキウキしますね」
「おお、これだ、この空気だぜ。やっぱ祭りはこうでなくちゃな!」
お祭り騒ぎの雰囲気を満喫する三人。
『さあさあ、間もなく始まるよ! 急いだ急いだ。大人一人1000ギル。子供は200ギルだ。家族の思い出に、恋人との楽しい一時に、どうぞ一度は覗いてごらん! 華麗な空中ブランコに、息を飲む綱渡り、トラ使いのかわいい女の子もいるよ! でっかい恐ろしいトラを自由自在に操って、燃え上がる炎の輪をくぐらせるのは一見の価値ありだ。楽しいピエロ達や、芸達者な小さな可愛い動物達も待ってるよ! こんな言葉じゃわからない、見てみな見てみな! さあさあ、もうじき始まるよ!』
「ねえ、ライル。早く行きましょう。始まっちゃいます!」
ピエロの言葉を聞いて、アリアが出店のあちこちに首を突っ込んでいたライルの手をとってせきたてる。修道院で暮らしていた彼女にとって、何もかもが初めての事である。サーカスなど、噂話でしか耳にした事が無い。絶対に見逃したくないのだ。この活気のある祭りの雰囲気に、普通の女の子のように少しワクワクしている。
「う、もうちょっと……」
ライルは金魚すくいの出店をしげしげと見詰め、名残惜しそうである。
「ダ~メ! ティナさん、手伝ってください」
「はいはい。じゃ、行くわよ、アリア!」「はい!」
「おわっ!?」
ティナとアリアが、出店をのぞき込んでいるライルの背後から左右の腕をとり、出店から引き剥がしてサーカスの大テントへと引きずっていく。
入り口で入場料を払うと、人でごったがえすテントの中へと男女三人は歩を進める。既に大勢の人々が肩触れ合う程に席を占めている。ライル、ティナ、アリアも席を寄せてもらって腰を落ち着けた。ライルの左右に、ティナとアリアが肩を寄せ合って座っている。
どさくさに紛れて、ティナがライルの腕を取る。ライルはあまり気にしていないようだ。そんなティナとアリアは、ニコニコとご機嫌である。
いよいよサーカスが始まった。まずはピエロと犬達が、玉乗りなど可愛らしく芸を披露し、舞台の端から端までくまなく立ち回って、おどけながら楽しく場を盛り上げる。
一通りお祭り騒ぎの興奮が高まってきたところで、華麗な空中ブランコのショーが始まる。ひらりひらりと力強く美しく宙を舞う男女の姿に、溜息と歓声が沸く。
続いて火を噴く怪力男の豪快な力技。片手で男を持ち上げたかと思うと、もう一人の男がトランポリンで高く跳躍し、持ち上げられた男の肩の上に乗る。続いて小柄な女性が同じように身を翻して更に上に乗ったかと思うと、きれいに足を伸ばして倒立する。そのまま男女三人を持ち上げた状態で、怪力男はぐるりと周囲を回って歩く。拍手の渦が沸き起こる。
そして猛獣使いによるショー。なんと、十二、三歳くらいの年頃の可愛らしい少女が、大きなトラを相手に次々と芸を披露してゆく。命令になかなか従わない様子を見せたそのトラに、少女が歩み寄る。するといきなり牙を剥きだしてトラが少女の頭を口にくわえ込む。観衆から悲鳴が起こる。しかし、しばらくして少女が合図すると、トラは口を離して少女の前にひれ伏す。にっこりと観衆に応える少女。その少女の顔には、傷一つ無い。全て演技という訳だ。ものすごい歓声と拍手の渦に包まれて、次は炎の輪をトラにくぐらせてゆく。
「賢いトラね」
「はい。あの女の子とトラさんは、お互いに心から信じ合っているようです。きっと大切にかわいがられてるんでしょうね」
ティナとアリアが、ライルを挟んで顔を見合わせ、にっこりとする。ライルは賢いトラよりも、別の事に注目している様子だが。
「あの歳で、すげえよなあ。でもかわいい子だ。きっと美人になるぜ」
そんな事をしみじみ告げる男に、たちまち左右の女性陣の目が吊り上がる。
「もうっ、そんなとこばっかり見てるんだから。近くにこんな美女達がいるってのに!」
「そうですよ、ライル!」
「い、いててててっ」
ティナとアリアが、左右からライルの耳をつねって引っ張っている。
拍手に包まれて、少女がトラに跨って退場していく。その後も、命綱も下に受け止める網も無しでの、息詰まる綱渡りや、胴体切断などのマジックショー、人間大砲に、小動物達とピエロ達の楽しいショーなどが続き、大盛況の内にその日の催し物は終了する。最後に、団員達が総出で観衆に挨拶し、団長の感謝の言葉でサーカスは幕を閉じた。
ライル達は宿屋へと帰り、他の仲間と合流する。サーカスの模様を食事の話題にして、一行はゆっくりと旅の疲れを癒した。




