丁度良い Just Right
サカムビットは独り言のように、小さくそう呟いた。
彼の何気ない最後の一言が気になったアロセールだ。
「『丁度良い』って、どういうことなの? サーム導師」
「何の事はない。火山地帯のあの地域には、幾つもの温泉が湧いているという事だ。最近試みている研究の一つが、なかなかうまく進まなくてな。こういう時は、一度全て脇に置いて身を置く環境を変えてみると、思いがけず新たな発見を見出したり、良いアイデアが急に浮かんできたりするものだ。私にとって、息抜きついでに命令に従う態度を見せてやる事で、反抗的な私へのアカデミー重鎮達の溜飲も下げてやる事ができるというもの。温泉旅行も悪くはあるまい。しかも公費でな」
彼は淀みなく、すらすらとそう答えた。
「なあんだ、そういう訳だったの。そっか、私達三人で、温泉旅行って事になるのかあ。うわあ、楽しくなりそう!」
「それもまた一興。気晴らしにはなりそうだ」
そんな二人に、オリビアは眉をしかめる。
「アロセール、それに導師も。遊びに行く訳ではないでしょう! アカデミーを代表する名誉ある魔術師として、問題を抱えて困っている方達の力になる為に……」
真面目っ子の姉の説教が長くなる気配を瞬時に察知し、妹は素早くその芽を摘む。
「は~い。ごめんなさい、姉さん。魔術アカデミーの栄えある代表として恥ずかしくないよう、節度ある姿勢で任務に励む事をここに誓います」
片手を挙げてそう宣誓するアロセール。
そんな妹に溜息をつくオリビアだった。
もっと言ってやりたい口が、無理矢理止められた。
さすがの妹。姉の扱いに慣れている。
「……でも温泉だよ温泉。わくわくするねえ」
「あなたは、もうっ」
懲りない妹に閉口しながらも、オリビアはサカムビットに違和感を抱いていた。
普段、彼と何度も衝突し議論を戦わせている時、先程のような口調で淀みなく滑らかに論旨を進めている場合は必ず、彼は何かを隠している場合が多い事をオリビアは知っている。
嘘を言っている訳ではない。
研究活動の息抜きになる、というのも事実だろう。
しかし、それが全てでもない。
彼は、何かを隠している。
それが何なのか、わからないのがまた癪に障る。
明るくはしゃぐアロセールと、それを眉根を寄せてたしなめているオリビアを見守りながら、サカムビットはまた静かな微笑みを浮かべて湯気の立つコーヒーを一口飲む。
そして、ソファに座る姉妹の背後にある、薄暗い彼の研究室の奥へと、その視線を彷徨わせていた。




