実験と検証 Experiment and Verification
それから三日後。
馬車も通り抜けるのが難しい山間の小道を、三人の魔術師達が連れ立って歩いている。目的地の集落は、ここから先、徒歩で向かうしかないのだ。馬車の御者の話では、歩いて数時間ほどかかるとの事。さすがに三人とも乗馬経験は無いので仕方ない。普段は魔術アカデミーの中で過ごす事が多い三人だ。
ここまでの道中、旅行気分で揺れる馬車旅を楽しんでいたアロセールも、歩き通しでボヤいている。
「かったるいよね~。瞬間移動の呪文って。知らない場所には行けないし」
三人とも『瞬間移動』の呪文を使えるほどに習熟しているのだが、どこでも瞬時に移動できる訳ではない事に苦情を言う妹だ。姉のオリビアも同意する。
「それに一人用だしね。まあ、行きは仕方ないわね。でも帰りは楽できるわ」
そんな姉妹のボヤきに、それまで周囲の景色を確認しながら黙々と歩き、二人の会話を隣で静かに聞いていたサカムビットが、急に二人に顔を向けた。
「君達は知らないようだな。ある条件を満たせば、『瞬間移動』で知らない場所に行く事も可能だ」
「え、そうなの!?」
「初耳ね、それ。詳しく知りたいわティルハ導師」
双子の魔術師達にとって、結構衝撃的な事を彼は告げた。
そういう呪文だからと、何の疑問も持たないのが普通なのだ。
彼女達の好奇心に満ちた眼差しに、彼は研究者らしい真面目な顔つきになった。普段は皮肉屋な彼だが、そういった知に対する純粋な好奇心に対しては、どうやら弱いようだ。
「昔色々、検証実験をした事がある。瞬間移動が成立する為に必要な、目的地の脳内イメージが及ぼす影響についてな。基本的にはやはり、過去に訪れた場所の具体的なイメージが必要だった。そこは揺るがない。しかし、二人の術者が何らかの身体的接触……お互いの手を握るなどで良いが、接触しながら同時に瞬間移動の呪文を唱え、一人だけは目的地の脳内イメージを捨て空っぽにし、もう一人に全てを委ねる。そうすると何が起きるか?」
「ふんふん、それで、どうなるの?」
論理的な彼の説明に、思わず引き込まれるアロセール。オリビアもそんな彼の様子に熱心に耳を傾けている。
「もう一人がイメージした場所に、二人で瞬間移動ができるのだ。この場合、目的地を委ねた方の術者は、自身が過去に訪れた事の無い場所であっても、瞬間移動は成立した」
「すごいわ。知らなかったそんな裏技。どうして公表してないの?」
彼をライバル視するオリビアも、素直に認めている様子だ。こういう時の彼の言葉は、嘘偽りが無く信用できる事を知っているからだ。
「私の研究の主目的ではなく、副産物のようなもので、実用性はあまり無いからな。メインの術者に対して、二人のサブ術者では瞬間移動は失敗した。数珠繋ぎにしても同様だった。一対一しか成立しなかった。私が考えるに、一人の人間の脳内イメージの在り方の強度・密度には限界があり、また瞬間移動の成立に必要な閾値が存在すると仮定すると、それ故に一人のイメージを二人で共有する場合……」
彼の学術的な講義が本格的になりそうな前に、アロセールが手を挙げて遮った。
「はい、先生!」
「先生?……ああ、私の事なのか? 何かなアロセール嬢」
「先生、やってみたいです、それ!」
「ふむ、論より証拠、か。君らしいな。では軽く検証しよう。再現性は確認済だ」
という訳で、小道を歩き進んだ先に現れた道の分岐を利用して試してみる。
知らない場所に行けるのか試したいアロセールは、この場に残る。
オリビアとサカムビットは分岐の先へ行き、アロセールの視界から消えた場所で、オリビアは証人として残り、サカムビットは分岐の前で待つアロセールの所まで引き返す。
オリビアが待つ場所を、アロセールは知らない状況を作り出した。
これで準備完了である。
「では、失礼」
サカムビットはその繊細な手でアロセールの手を握る。
「私の詠唱にすぐ続いて唱えるのだ。多少のズレは心配ない。目的地のイメージを持たず呪文のみに集中し、このつないだ手を通じ私に委ねる感覚でいい」
二人はほぼ同時に呪文の詠唱を始める。
《大気に満ちるマナよ。その力束ね、時空の壁引き寄せ、我を運ばん……マルトス・ノドス・デュ・ケセラ、オリポス・メドス・シュラニーク!》
果たして……
先で待つオリビアの目の前に、手をつないだアロセールとサカムビットが一瞬で現れた。
「できた! 本当に知らない場所に行けた。サカムー、すご~い!」
「サカムー???」
興奮して、つないでいる手を前後にぶんぶん振っているアロセールだ。
彼女から初めて耳にする呼び方もあり突然の事にサカムビットは対応に遅れ、なされるがままだ。
「やっぱり本当みたいね。ちょっと信じられないくらいだけど」
「なら姉さんも試してみなよ。きっと導師なら一日に何回でも瞬間移動使えるから」
「三回程度が限界だ。だから検証実験には何日もかかったのだ。その割に、得たものは少ない研究だった」
そうボヤくサカムビット。時間を費やす対費用効果の悪い研究だったようだ。
しかし『瞬間移動』の呪文は並の魔術師なら一日一回、かなり熟練した魔術師でも二回が限界だ。三回唱えられるのは、達人級と言っていいだろう。
アロセールの誘いに、ちょっと興味が沸いた姉だ。
「そうね。せっかくだから、私も試してみたいかも」
「まあ構わないが。証人役はもう不要だな。私が一度あの分岐の別の先に行き、またこちらへ戻って来る。それからオリビア嬢が試みてみればいい」
肩をすくめてそう告げると、彼は道の分岐へ向かい一人で歩き去っていく。
しばし、彼の帰りを待つ姉妹。
「それにしても、本当だったのね。瞬間移動で知らない場所に行けるって」
「うん、びっくりしたよ。導師の手もびっくり」
「え、手の何が?」
妹の言葉にピクリと反応するオリビアだ。
「意外と、大きくてあったかいんだ。もっと冷たい手をしてるのかと思ってた」
「ふ~ん、そうなんだ。……ふ~ん」
「そうなの。だから、頑張ってね姉さん!」
「ん? 何を?」
「これで、彼と手を握れるよ~」
「な、な、なにを言って……あなたねえ!」
「おお、見事なツンデレだあ」
「誰がツンデレですか!」
「お待たせした、オリビア嬢……『つんでれ』とは何なのだ? 聞いた事の無い言葉だが」
「気にしないでいいから!」
「ふむ、そうか。では失礼、オリビア嬢」
オリビアの手を取るサカムビットだ。そして呪文に備えて集中し始める。
先程の妹の言葉に、変な意識が残ってしまったオリビアは、なかなか集中に苦労している様子だ。そんな二人をにやにやと妹が見守っている。
「(彼の手、確かに……意外ね……)」
「おや、珍しいな。優秀なあなたにしては随分と、集中が乱れ気味だが。歩き疲れたのか? 体調でも悪いのか?」
「うるさい。ちょっと黙ってて」
「そうか。ならば何も言うまい」
なんとか無事に二人とも呪文の詠唱に成功した。もう一方の小道の分岐先に二人とも瞬間移動する事ができた。姉妹は身を持って彼の検証実験の正しさを理解した。その理路整然とした証明に、姉妹は感心している。
「魔術であっても、科学的論理と証明手法は、検証の考え方として通用するものだ。純粋な方法論だからな」
肩をすくめてそう告げる。サカムビットは魔術師として珍しく、自分の研究に科学的な知見を取り入れて進めている様子だ。
「さて、余興に時間を費やし過ぎた。先を急ごう」
「え~。サーム導師が先に行って、瞬間移動でここまで戻って、それでまたさっきみたいに瞬間移動で私達を連れてってくれたらいいのに~」
「三回までが限度と言ったろうに。あと一回しか無理だ。ここに戻って終わりだ。歩け」
「さ、行きましょアロセール。あなたにはいい運動よ」
「ちぇっ、は~い」
まだまだ先の長そうな小道の先を見詰めて、溜息をつくアロセールだった。




