カフェテラス The Cafe' Terrace
秋の深まる気持ちの良い午後の昼下がり。
男女二人の魔術師達が、連れ立って魔術アカデミーの中庭を歩いている。
いや、若い女性魔術師に男性が引き摺られている、というのが適切か。
「早く行きますよ、お師匠様! オープン記念の無料マカロン、今日までなんですから! 無くなっちゃいますよ、もう」
「あの、私は読みたい本があって……」
「こ~んな気持ちのいい日に、部屋に閉じこもってるなんてもったいないです。気分転換も兼ねて、あの喫茶店に行きますよ! まだ行った事ないでしょ、お師匠様」
「でも私は別に……」
「いいから、行くっ! とってもオシャレな喫茶店なんですよ~」
「は、はいはい」
弟子のキャロルは、部屋に籠りがちな師匠ノエルを強引に引っ張り出して、アカデミーの一角に最近オープンした喫茶店へと向かう。狙いは師匠のオゴりと開店記念の無料サービス名物マカロンだ。彼女にとっては、ノエルとのちょっとしたデート気分を味わえる貴重な場所として、今後期待値急上昇中の人気スポットだ。師匠のノエルは、あまり乗り気ではない様子だが。
この店は、アカデミー改革の一環として、主席オリビアが保守的な反対派を説得し、自ら街へ出向いて商工会議所に頭を下げ、足を擦り減らして協力してくれる経営者達を探し回って、苦労して誘致に成功したものだ。彼女のアカデミー改革の第一歩となる具体的な成果だ。その熱意と行動力には、頭が下がる思いがするノエルだ。自分にはとても真似できない。
魔術アカデミーの学生達や職員達の手頃な憩いの場としてだけでなく、一般客も利用でき、アカデミーと外の世界とをつなぐ交流の場ともなっている。店からの賃料は、アカデミーの運営資金の一部を支える貴重な収入源ともなっている仕組みだ。
店は客で少し混んでいたものの、カフェテラスの席がちょうど空いたのを幸いと、キャロルはノエルを引っ張って席に着く。秋の青空と木陰、それにそよ風を感じられる、オシャレで人気の一等席だ。落ち着いた雰囲気の男性ホールスタッフが二人のもとにやってきて、メニューを差し出す。キャロルは紅茶、ノエルはコーヒーを注文する。幸運な事に、無料マカロンにもありつけそうだ。
飲み物とマカロンの到着を待つ師弟。
「名物マカロン、楽しみ~! 間に合って良かったですね、お師匠様」
「良かったですね、キャロル。まあ、たまにはこういう空間で休憩するのも良いものですねえ」
「そうそう! これからも付き合ってくださいね」
ちょっとしたデート気分でうれしい弟子だ。
無料マカロンをゲットだぜ!できたのも彼女のゴキゲンに貢献している様子である。
「あら、こんな所に居たの、ノエル。ちょうど良かった」
穏やかで落ち着いた、しかし意志の強さを感じる大人の女性の声が上がった。
聞き覚えがあり過ぎるこの声。
師弟がそちらへ顔を向けると、二人のテーブルにオリビアが近づいてきた。
上質な深い藍色の生地で仕立てられ、動き易さを重視した意匠を感じる装いを優雅に着こなしている彼女は、その深緑の瞳を面白そうに煌めかせて師弟を見詰めている。
この魔術アカデミーの主席であり、その実力と熱意を誰もが認める最高位の魔術師である。そしてノエルの師匠でもあり、キャロルは彼女の孫弟子である。(年齢は確か、よんじゅ……あれ?急に眠くなって……zzz。『レディを詮索しないの』)
真っ先に元気よく挨拶をするキャロル。怖いもの知らずの彼女の性格もあるが、彼女はこの大師匠様が大好きなのだ。同じ女性の魔術師として、主席まで昇り詰めているオリビアは、師匠と同じくらい尊敬する憧れの理想の女性なのだ。
「オリビアさん、こんにちは!」
「相変わらず元気ね、キャロル。あなたらしくて安心するわ。私の可愛い孫弟子さん。デートをお邪魔しちゃって、ごめんなさいね」
「いやあ、そのう、デートだなんて……」
一人だけで照れているキャロル。お相手のはずのノエルはどこ吹く風だ。
「ちょっと振りですかね、主席」
「主席呼びはやめてって言ってるでしょ、ノエル。名前を呼んでよ、もう」
「公の場で立場上、そういう訳にもいかないでしょうに。今日はまたこのような所に珍しいですね」
「ちょっとこの店の様子の現状視察。それに、私の息抜きも兼ねてね。それと……ちょうどあなたに用事もあったの。部屋を訪ねたけど留守だったから、こっちに来た次第ってところ。私も一緒に座っていい?」
もちろん、とうれしそうにキャロルは大きくうなずく。おそらくはこのイベントの主催者であろう孫弟子の許可を得て、オリビアは同席し彼女も紅茶を注文する。
「それで主席。私に用事というのは?」
「実はね、とってもいいものです。はい、ノエルこれ。開けてみて」
オリビアが手にしていた書類封筒をノエルに手渡す。
彼が開封すると、それは彼への『導師』の称号授与、そして第五席への昇格を認める、昇格通知書であった。
驚きよりも、うれしさよりも、ただ困惑している様子のノエルである。出世は彼の望むところではないのだった。大嫌いな書類仕事に追われ自分の好きな研究や実践修行の時間が削られるからだ。
「おめでとうございます、お師匠様!」朗報にはしゃぐキャロル。
「これは、一体どうして……」絶句しているノエルだ。
喜ぶ様子ではない弟子を前にしたオリビアだったが、彼の反応は彼女の予想範囲内だったようだ。辞退しようかと胸の内で考え始めた瞬間、オリビアに一蹴された。
「ジューダス王国に侵略されたエドの街の解放について、あなたが我がアカデミーの魔術師として果たした功績を考慮したら、当然の評価です。私達の社会的信用と地位向上に、あなたは比類無い貢献をした。あなたにはもっと上を目指してもらわないと、私が困るの。意外と味方が少ないのよ、私。だから、あなたにも手伝って欲しいの」
届いた紅茶に砂糖をかき混ぜつつ、オリビアは弟子に念を押す。
お願いとはいうものの、逃げ場を塞がれた気がするノエルだ。
難しい顔をして考え込む弟子を見て、彼女の瞳がいたずらっぽく煌めいた。
「導師の称号は、まだ早いって反対する人達もいたけど、説得して捻じり込んでおいたわ。それとも……導師じゃなくて、他の称号が良いのかしら。『賢人』ノエル様。ふふっ」
「やめてくださいよ師匠! 周りの人達が勝手にそう呼んでいるだけの事なんですよ、もう」
「周りの人間達が、自然とそう言いたくなるような深い恩を、あなたに感じているって事なの、ノエル。認めなさい。あなたは何かと自己評価が低い! 全く、子供の頃からそういうところ、なかなか治らないのね」
ここぞとばかり、たちまちキャロルがワクワクしながら喰いついてきた。
「オリビアさん、お師匠様って、どんな子供だったんですか?」
何やら怪しげないたずらっぽい瞳でチラリとノエルを見やり、オリビアは興味津々の孫弟子にずいっと顔を近づける。
「あのね、キャロル。子供の頃のノエルってね、体が弱いから色んな事を諦めてて……」
「ほうほう、それでそれで……?」
キャロルは探偵が手がかりを推理するように顎に手を当てて、ふんふんと聞き入っている。たまらず慌ててノエルが叫んだ。
「や、やめてくださいオリビア!」
「あ、やっと私の事、呼び捨てにしてくれた。うれしいわ♪」
「……オリビア師匠、絶対ワザとですよね、これ」
「そうよ。今頃気づいたの? 鈍いのね、こういうのには」
「お師匠様、鈍すぎです。女性って親しい人には名前で呼んでもらいたいものなんですよ~」
うんうんと頷き合う女性陣。
弟子にも師匠にも、頭が上がらないノエルだった。




