お祭り男と修道女 Festival man and Nun
アリアは、大きな溜息をついた。
今日は、この街で宿をとる事になりそうだ。素通りすれば、彼の住んでいた町のほど近くの宿場町に日が落ちる前には到着するはずなのだが。10分もあれば通り過ぎれる長さの大通りに踏み込んでから、もう一時間近くなる。それでもまだ1/4も進んでいない。この男のせいで。
「お!? アリア、犬が玉乗りやってるぞ!」
「そうですね」
「コレ、初めて見たぞ。おい、オヤジ、二個くれよ。ほれ、アリア」
「あ、ありがとう、ライル。(……なんか、毒々しい色)」
こんな調子で、ライルは相変わらず出店のあちこちに首を突っ込んでいる。お祭り男は目をキラキラさせながら、にぎやかで騒々しい活気を満喫している。人だかりができている場所には必ず首を突っ込む。どうにも血が騒いで仕方ないらしい。
はじめのうちはアリアも楽しく付き合っていたのだが、そろそろ、「いい加減にしなさい!」という言葉が喉まで出かかってきている。彼の姿を見失わないようについて歩くだけでエネルギーを使う。また彼の姿を見失ってしまう。イライラしてきた。そんなアリアの空気に全く気づかないライルは、人波をふらふらと徘徊し続けては、同じ出店を覗きに来た若い女性二人組みに声をかけていたりするのだ。
「すまねえ。教えてくれねえか? コレって、うまいのか? 俺、初めて見るんだ」
大柄で筋骨たくましい体とは裏腹に、好奇心一杯の無邪気な子供のように問いかけてくるライルだ。声をかけられた着飾った若い女性陣は顔を見合わせる。一瞬の目配せによる女同士の無言の会話が。
「(ねえ、どうする? 私は、まあまあの男だと思うけど)」
「(ナンパにしちゃ、ちょっと物足りない誘い方ね。でも、もう少し様子を見てみよっか?)」
「(了解! せっかくのお祭りなんだしね)これはね、『水アメ』っていうの。ほら、あの子供がやってるみたいに、棒の先についた水アメを練っていくと色が白くなって、もっとおいしくなるの」
お祭り好きの男の瞳が、キラキラと輝いている。
「へええ、なんだか面白そうだなあ。おばちゃん、二つくれ。あと、こっちの親切な美人さん達にもひとつずつ。ほれ、好きな色選んでくれや」
陽気に屈託無く笑いかけながら、ライルは女性達にそう薦める。子供のように心底楽しんでいる様子の男に、苦笑しながら女性陣は申し出を受け入れた。瑠璃色の瞳をした女性がライルに問いかける。
「二つ食べるの?」
「いや、連れの分だ。うまいモンだったら、その連れの修道女の女の子に喰わせてやりてえんだ。あいつは、あんまりこういうの口にした事ねえハズだから、色々見せてやりてえんだよ」
若い女の子達の真似をしながら、ライルは一心に『水アメ』なるものをこねくり回している。女性達が顔をつき合わせて小声で会話する。
「(なんだ、彼女つきかよ! だったら声かけるなっての!)」
「(でも、修道女だって。『女の子』って言ってるしさあ。ちょっと微妙じゃない? 彼女だったらそんな風に言わないんじゃないかしら。それに修道女様と一緒にいるなら、そんなに変な男じゃないよ、きっと)」
「(言ってる事がホントならね。わかったモンじゃないわよ。あんな剣背負ってるし。身体中傷だらけだし)」
その時、アリアがようやくライルの姿を見つけて側にやってきた。
「ライル。もうそろそろ行かないと。日が暮れてしまいます!」
「おお、アリア。丁度良かった。うまいんだってよ、コレ」
「……いいですから、行きましょう!」
「まあ、ちょっと食べてみろって。甘くてホントにうまいんだ。こうやって練るともっと甘くなるんだってよ。きれいなお嬢さん達のオススメだ。間違いねえって。せっかくのお祭りなんだ。もうちょっとだけいようぜ。な?」
「あなたは、もう……」
そんな男女の様子を目撃して、例の女性達のヒソヒソ話が加速し始めた。
「(修道女様よ。ホントみたいね。あの男、修道女様の旅の護衛でもしてんのかな? いや、やっぱちょっと微妙な関係って感じもするけど……)」
「(まあ、なんかあの二人面白そうじゃない? たまにはこういうのも楽しいかも♪)」
そんな女性達に、再びライルが陽気に笑いかける。
「なあ、俺この町に来るの初めてでよ。もし良かったら、ちょっとだけ案内してくれねえか? 祭りって、大好きなんだ」
とうとう、アリアはこらえきれなくなった。
「……もう~っ! ライル、行きますよ!」
「うお!?」
彼の後ろで無造作に束ねた黒髪をムンズと掴み、修道女はズカズカと歩いてゆく。
ライルは後ろ歩きの状態でしばし歩かざるを得なかった。
先ほどの若い女性二人組みはクスクス笑いながら、そんな二人を見送っていた。
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「お、おい、アリア。アリアってばよ」
「……なんですか」
答えながらも、アリアは彼の顔を見ようとしない。相変わらず、ライルの髪をつかんだまま歩いている。彼が出店に顔を向けようとすると、横のアリアが髪をぐいと引っ張る。ライルは横のアリアの方に首を傾けながら歩かされている。
「首が、ちょいと痛いんだがよ」
「そうですか。良かったですね」
「あのよう~」
アリアはそっけない。口調が冷たい。答えぶりに見事なトゲがある。
「なに怒ってんだ?」
「怒ってなどいません。あきれているだけです」
ようやく彼女はライルの髪から手を放した。
と思ったら、腰に手を当てて彼の正面に回りこんだ。怒りの炎が目に燃え上がっている。
「全く、子供じゃあるまいし、どうしてそんなにフラフラするのですか!? この前だってそうです。あなたがいきなり姿を消して、私がどれだけ心配したと思っているのですか! まだあります。喧嘩の仲裁に割って入るのなら、まだわかります。でも、一緒になって訳のわからない騒動を余計にたきつけてどうするのですか!?」
「う……」
「それだけではありません。大体ですね、あなたという人は、女の人と見ればいつもいつも……」
なおも言葉を重ねようとしたアリアの言葉は、ライルがいきなり彼女の額にかかる前髪を片手かきあげた事で遮られた。そのままライルは片方の手の平をアリアのおでこに当て、もう片方の手の平を自分の額に当てて神妙な顔をしている。
「う~ん、コレじゃあ微妙なトコだなあ。ちょっとすまねえ、アリア」
「え!?」
今度は、自分の額の前髪をかきあげて、アリアのおでこと自分のおでこをぴったりつけてしまった。アリアの目の前に、何やら真剣そうな顔をしたライルの顔がドアップになる。彼女は突然のライルの行動に、言葉を失い目を丸くして驚いている。
「ん、やっぱそうだ。熱あるぞ、アリア。よし、今日はもう宿をとろう。医者に行くぞ。ちゃんと診てもらって、薬をもらってこよう」
などど言う。
思わず、はぐらかされたのかと感じるアリアだが、ライルの表情は真剣そのものだ。
そういえば、昨日から少し体調が悪かったかもしれない……
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結局、ライルの言う通りだった。
あれから間もなく、アリアは自分でわかるほどに発熱した。まあ、医者の話によれば、旅の疲れから病気に対する抵抗力が落ち、軽い風邪にかかったのだろうという事だった。このタイプの風邪なら、安静にすればそれほどの高熱も出ないで済むらしい。喉の痛みを取り鼻水などを抑えるだけの、当り障りのない粉薬をもらった。
という訳で、アリアは現在、宿のベッドで横たわっている。ライルがその側で、水でぬらした布を絞っては彼女の額に乗せてやったりしている。
アリアは、どうにも不思議だった。尋ねずにはいられない。
「どうして、私が熱があるとわかったのですか?」
「ん? ああ、ちょいとお前が怒りっぽくて不機嫌過ぎたからなあ。なんかおかしいって思ったんだ」
「そうだったのですか……自分では、全然わかりませんでした」
「まあ、そういうモンだろ。ほれ、ちゃんと寝てろってばよ」
そう言っては、アリアの肩が出ないように布団を掛けなおす。アリアも素直におとなしくしている様子である。
ライルは傭兵時代、ティナと行動を共にするようになってから、そうした事につくづくと気づかされたのだった。感情の起伏のわかりやすい彼女が、特に理由もなく妙に不機嫌で言葉にトゲがある時は、大抵、何かしら体調に異変がある場合が多かったのだ。(そうではない場合も、もちろんあるが)『女はそういうものなのだ』と、どうやらライルは感じているらしい。
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夕暮れも近づき、静かな静かな時が二人の間に流れている。
ライルは愛用のバスタードソードの手入れを念入りに行っている。時折立ち上がっては明るい窓際に近づき、刀身に目を近づけてわずかな傷やへこみを確認している。その眼差しは真剣そのものだ。集中している。軽くうなずくと無言でイスに戻り、片手に持った砥石を刃に軽くあてがう。仕上がり具合を刃に指を軽く当てて確認しながら、なおも研いでゆく。
アリアは横たわったまま顔だけ横に向け、ぼんやりしながら、そんなライルの静かな作業を見守っていた。シュッ、シュッと刃を研ぐ単調な音の繰り返しは、彼女に不思議な安らぎを与えてくれている。
そういえば、彼女は小さい頃にも同じ音を聞いた記憶がある。
ぼんやりと、その人の事をアリアは思い出してしまう。
その人も、黒い髪に漆黒の瞳をしていた。
あの人は今、どうしているんだろう……?
やがてライルが手を止めて、宿の主人に頼んでおいたアリアの粥を受け取りにゆく。アリアは「自分で食べられますから」と、ベッドで半身を起こして木の盆にのった粥を受け取ろうとする。するとライルはニヤリと笑って、無言でスプーンを取ると熱い粥を食べやすく冷ましてやってからアリアの口元へと差し出す。
「まあ、たまにはいいじゃねえか。ほれ」
そんな事を言う。アリアは微笑むと、素直に受け入れた。
他愛ない事だが、うれしかった。
それが済むとライルは食器を返しに部屋を出て行く。ついでに食堂で夕食を取って、再びアリアのベッドの側にやってくる。イスには座らず、床にあぐらをかいて座り込むと、今度はランプの明かりの下で、再び研石を手に取って剣を磨く。
不意にアリアが、そんな彼をじっと見詰めながら口を開いた。
「好きなのですね、そういうのが」
「まあな。なんか、やり始めると止まらねえ。自分が納得いくまでな」
その答えぶりに、アリアは微笑む。
かつて、自分に全く同じような答えを返した人の事が胸に浮かぶ。当時、その人は今のライルより少し若いくらいの年頃だったろうか?
「(似てる。とても良く似ています。あの人と……)」
無意識に、アリアは微笑んでいた。
そのアリアの懐かしそうな微笑みに気づいたライルだ。
「ん? どうかしたのか、アリア」
そう問いかけながらも、手を動かしているライルだ。剣の束の方を顔に近づけて片目をつぶり、刃の根元から剣先にかけて、全体の刃渡りをチェックしている。
「いえ……ちょっと、子供の頃の事を思い出しました」
「ふうん。なんでまた急に?」
ライルは、今度は手荷物から白い薄い紙を取り出して半分に折って口にくわえ、さらに綿帽子のようなものが先端についた小さな棒を取り出すと、刃にポンポンと何やら粉をつける。そして口にくわえた紙を手に取ると、粉をふった刀身を紙で念入りに拭き上げる。
彼のそうした仕草は、ますますアリアに『その人』を思い出させる。
寸分違わず、ぴったり似ている。
「私が、初めて『癒しの技』ができるようになった時の事なのですが……その時、私が怪我を癒した方も、よくそんな風に剣を手入れされてました。ちょっと、変わった剣でしたけど」
ライルがピタリと手を止めた。興味を惹かれたようである。
「へええ。アリアの初めての癒しの技、か。どんな感じだったんだ? それに変わった剣ってのは?」
「あまり、たいした話ではないですよ。私の子供の頃の事なのです」
「聞いてみてえなあ。お前のそういう話って、一度も聞いてねえしよ」
「そうですか? じゃあ、少しだけ……」
言いかけるアリアの側に、剣を床に置いたライルがやってくる。アリアの額のほてった布を水に浸して絞り、またそっと額にのせてやる。そうしてからベッド脇のイスに座ると、彼は布団の上からアリアの肩をポンポンと優しく叩く。
「んでも、今日は無理すんな。お前の好きなように話してくれたらいい。疲れたら、眠っちまえ。元気になったら、また続きを聞かせてくれればいいからよ」
「はい……」
アリアは静かに語りだした。
子供の頃に出会った、その人の事を。
今振り返ると、初恋だったのかもしれないと感じる、あの人の事を……




