動かざる山 Unmoving Mountain
街角で威勢を張っていた少年が、変な男に拉致されてから一週間後……
その遺跡を後にして、意気揚々と街道を歩くギャラハッドと、納得のいかないような表情で横を歩く少年の姿がある。
「おい、どうした? 何をシケたツラしてやがる。ちっと少なめだったけど、質はなかなかのお宝だったじゃねえか」
「俺は、何にもしてねえんだ。受け取る理由がねえ」
少年ホークスはそう言って、渡された分け前の詰まった小袋を、またもギャラハッドに突き返そうとする。ギャラハッドは自分の分け前は、装備の補充や酒場の客全員へ振る舞い酒の大宴会などなどで、半分ほどは使ってしまっているが、少年はビタ一文、使っていなかった。
「はあっ、変な所で強情なガキだ。素直になれって。お宝目にした時、瞬きもしねえで固まってたくせによ。二人で行ったんだから、半分はおまえのモンだっつーの! 物わかりの悪いボウズだなあ。何度言ってやっても、俺様の名前も覚えられねえし」
「あんなの言ってたまるかっ、ジジイ!」
瞬間、ギャラハッドの拳がホークスの脳天にゴツっと落ちる。
片腕でガシッとホークスの首に腕を回して抱え上げ、もう一方の拳を少年のアゴにグリグリと押しつける。
「どおこに、ジジイなんているんでしょーかあ? 俺様は誰だっけか?」
「……クソジジイ……うぐっ……女たらしの変質者……いてっ」
「ああ? おめえがヘマして死にそうになったのを何度も助けた、強くてかっこいい男の名前だぞ?」
「うぐうっ……ギャラハッド……」
しかし、そのような答えでは、この変な男は満足しないらしい。
「違う。ホントに物覚えの悪い野郎だなあ。『容姿端麗、品行方正、惚れる女は数知れず、男の中の男、闇夜の銀狼、盗賊ギャラハッド様』だろ?」
「ンなコト、死んでも言うかっ! アホかあ!」
変な盗賊は、暴れる少年をパッと放した。
ホークスは首に手を当ててゴホゴホと咳き込んで苦しそうにしている。
「ま、とにかく、そのお宝はおめえの物なんだ。おい、ボウズ。ちょいとあそこで休憩だ」
言い残すと、街道脇に開けていた、一面に青々と野草が生い茂る丘の上へと盗賊は歩いていく。そんなつかみ所のない男の背中を見詰めて、少年はボヤく。
「ったく、どっからあんな訳のわかねえ自信が湧いてくるんだよ……」
ボヤきながらも、渋々と後についてくる少年だ。最初のうちは何度も逃げだそうとしていた少年だが、いつの間にかギャラハッドの後からついてくるようになっている。逃げ出す度に必ず捕まるので諦めたのか、あの遺跡で盗賊としてのギャラハッドの超人的な能力を見せつけられたせいなのか、あの破天荒な男に何か惹きつけられるものを感じているのかは、わからないが。
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草の上にごろりと横になって、両手を頭の後ろで組んで足を投げ出し、寝タバコをふかしているギャラハッドだ。
そのまま、流れゆく雲を遠く遠く眺めている。
青く広大な空を、奔放に形を自在に変えながら旅する、一つの場所に留まる事の許されない定めの雲達を。
彼は、そんな雲が好きだった。
まるで自分の生き方のようだ。
彼は空も大好きだ。海も好きだ。山の空気と眺めも大好きだ。
時には厳しい顔も見せる、危険な大自然が大好きだ。
その大自然の全てが、彼に無条件で生きる力を与えてくれる。
こうして身に宿した元気を、次の狙いのお宝へ挑む力に変えるのだ。彼のこよなく愛する世の女性達に持っていってやるのだ。自分が見聞きし、味わった心躍る体験を聞かせてやるのだ。
暗い顔した女性ほど、彼の心を痛めるものはない。もったいない! その女性達が自分自身では気づいていない美質を、彼が教えてやるのだ。
その全てが、面白くて仕方ない。飽きない。
こんなに面白い居場所はない。
自分が見つけた……師匠が見せてくれた、この道は。
いつ死んでも、満足だ。
悔いなど全くない。
いつでも笑って死ねる。
心底本気で、そう思っている男だ。
表に現れる素行は破天荒振りが目立つ荒削りな男なのだが、一本、どこか筋が通っている。根は意外と、ロマンチストなのかもしれない。本当に変な男だ。
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そんな盗賊から少し離れた所に座って、胡散臭そうな眼差しで見詰める少年だ。しばし間を置いて、寝転がって空を見詰めたままギャラハッドが口を開いた。
「どうだ、ボウズ。ああやって命張って、お宝つかみ取るのも、面白かったろ?」
「知るかよ。俺の手足縛って、あんな所に無理矢理連れ込みやがって」
気絶したホークスが目を覚ます前に、そうやって縛り上げて肩に抱え上げて遺跡に連れ込み、少年一人ではもう絶対後戻りできない所まで問答無用で進んだ後、やっとの事でホークスは拘束を解かれたのだった。
「まあまあ。俺もおめえも、こうして生きてんだし、お宝も手に入ったし、いいじゃねえか」
「よくねえ!」
ギャラハッドはゴロリと少年の方を向いて頭を片手で支え、少年を見詰めてくる。
「んで、どうだ? 面白かっただろ? な?」
人なつっこい無邪気な笑顔を少年に向けてくるギャラハッド。まるで子供だ。つられて思わず、素直にうなずきたくなった気持ちを抑え込み、少年は不機嫌に言い放つ。
「……知るかよ」
なぜかホークスは落ち着かない。無意識に胸の内ポケットから例のナイフを取り出して、いじり始める。こうする事で、一時的にでも、わずかだけ心が安らぐのだった。
そんな少年に、タバコを揉み消したギャラハッドが、またも興味津々といった感じで話しかけてきた。
「よお。ボウズ。そのナイフいじってんのが、そんなに面白えのか?」
「うるせえ、黙れ」
ギラリと斬りつけるような言葉を投げ返してくる少年だ。そうやって心に壁をつくってナイフをいじる少年をしばし見守った後、またギャラハッドは口を開く。
「とにかく、だ。このでっかい世界にどうにかして生まれちまったからにゃ、自分が『おもしれえ!』って感じるトコ見つけて、そこへ行ってみるってモンだぜ。いくら頭で考えたって、わからねえモンは、わからねえんだ。おめえがそうやって止まってたんじゃあ、見える景色はいつまで経っても、変わらねえんだぞお」
「何人もの女を渡り歩いているような男が言っても、説得力ねえぞ」
この短い間でも、少年はこの男の生態(?)を垣間見ていた。しかしこの変な男は、また頭の後ろで両手を組んでゴロリと空を見上げながら、悪びれもせずに言い放つ。
「俺様の愛は、広大無辺。この、でっかい空みてえに大地を包んでる。ホントなら、この世の全ての女を愛さねえといけねえんだ。それをだなあ、他のモテない野郎どものために、涙をのんで我慢してるんだ。なにせ俺様は、一人の女の側にずっと居てやる事なんて、できねえ身だ。それは他の男どもに任せてやるのさ。一人の女をなんとか幸せにしてやれる男だったら、そこそこいるからな」
「……お前、『世界は自分のものだ』って思ってるだろ?」
ナイフをいじりつつ、呆れた感じで突っ込む少年の言葉に、ギャラハッドは答える。
「そこまで俺はうぬぼれてねえ。まあ、世界中の女は、全部俺様のものだけどよ。それは真理ってやつだな」
しみじみと告げる盗賊だ。
冗談などではなく、ギャラハッドは心底本気で、そう思っている。
「(ダメだ、こいつ……どうしようもねえアホだ)」
眉をしかめて、少年はそう思った。
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やがて少年はナイフをいじるのを中断し、無言で立ち上がる。草の上に寝転がる盗賊をチラリと見やると、背を向けた。
こんな訳のわからない変な男に、これ以上関わりたくないと思った。自分が張り巡らした心の境界線に、この男は踏み込んでくる。わかってて、踏み込んでくる。近寄ってくる。落ち着かない。
この少年が元の街道に向けて一歩踏み出した途端。
瞬時に跳ね起きたギャラハッドが、少年の行く手を遮っていた。
「どこへ行くつもりだ、ボウズ」
「うるせえ。どこへ行こうと俺の勝手だ」
「あの街に戻るってんだな、おめえは」
「それがどうした」
少年が憎まれ口を叩いた瞬間、ギャラハッドの手が稲妻のように少年の胸の内ポケットに伸びて、例のナイフを抜き取っていた。鮮やかな腕前だ。少年は目を丸くさせて、盗賊の右手の中にある、その大事なナイフに釘付けになっている。みるみる少年の顔が怒りに歪んでくる。ギラギラした狂犬のような眼光が鋭さを増す。
「返せっ!」
「黙れいっ!!!! 」
ギャラハッドの大喝がとどろく。腹の底にドカリと大きな物が落ちてきたような声だ。盗賊に飛びかかろうとしていた少年の動きがピタリと止まる。いや、止められた。
「それでおめえは満足か? あの街でしてきたような生き方で満足なのか? だったら胸張ってろ。腹の底から笑ってみろ。こうやって!」
ギャラハッドは両腕を空に向かって広げ、天を仰いで大声でこう言い放つ。
『俺は幸せだ! 思い通りに生きた。馬鹿にする人間はみんな叩き伏せた。弱い人間達にいばりちらした。脅して金を巻き上げてやった。許せねえ奴等は殺した。素晴らしい人生だ。何もかも満足だ! はははははっ』
男らしい豪快な笑い声が辺り一帯に響き渡る。ひとしきり笑うと、ギャラハッドは両腕を広げたまま顔を少年の方に向け、気迫のこもった瞳でグッと見据える。
「ほれ、こう言ってみろ! 言えっ、ボウズっ!! それで腹の底から笑えっ! 笑ってみろっ!!!! これができなきゃ、俺は絶対、おめえを行かせねえぞっ!」
この長身の男が、一回りも二回りも大きくそびえ立つかのように感じられる。盗賊ギャラハッドは今、その魂の全てをかけて少年の行く手を遮っていた。二回りどころではない。どんどん限りなく大きく感じられてくる。
まるで動かざる山のようだ。
恐ろしくて逃げ出したくなるような気持ちを、少年は怒りと憎悪で乗り切った。
ギャラハッドの右手目がけて飛びかかろうとする。
「うるせえっ! 返せ、返しやがれっ!!」
「言わねえかっ、コラっ! 言ってみろっ!!!!」
ギャラハッドは、少年のナイフを握りしめている右拳で殴りつける。
左の頬を殴られた少年が、さらに一層憎悪を込めた視線を叩きつける。
その手負いの獣のような少年の瞳には今、明らかな殺意まで感じられる。
「―― 殺すっ!」
殺気に満ちた少年の拳がギャラハッドに顔面めがけて放たれる。しかし、この盗賊は避けようと思えばかわせる少年の拳を、まともに頬に受け止めた。
ギャラハッドの瞳が、燃え上がっている。
「おら、殺してみろっ! そんなんじゃ、この強くてかっこいいギャラハッド様を殺せるか!」
「ちくしょう、なめるなあっ!」
少年の容赦ない攻撃が続く。かみつきや、股ぐら・目つぶし狙い以外の攻撃は、ギャラハッドは全てその身にまともに受け止めている。少年の鮮やかなハイキックに、喧嘩に関しては百戦錬磨のこの男でも、少々口の端が切れて血が流れている。呼吸の乱れた少年の攻撃が一瞬止むと、ギャラハッドは右手のナイフを懐に収め、両拳をガシリと一度胸の前で打ち合わせる。
「俺は、今のおめえをあそこへ戻らせる訳にはいかねえんだ。ボウズ、もっと気合い入れてかかってこいや!」
「殺す……殺してやるっ!」
少年が再び飛びかかってくる。
と、ホークスは土を蹴り上げてギャラハッドの視界を遮り、胴の肋骨を狙ってミドルキックを放ってきた。しかしギャラハッドは瞬きすらしていない。全て見切って片手で受け止め、少年の足首を掴むと恐ろしい力で少年を背中から地面に叩きつけた。
それでも叩きつけられる寸前に、少年はもう一方の足を飛ばしてギャラハッドの側頭部に蹴りを入れ、両腕で受け身をとって衝撃を和らげた。なんとか少年が再び立ち上がろうとした時、ギャラハッドの左ショートアッパーが、少年の顎先を正確に捕らえてコンパクトに振り抜かれる。
脳を揺さぶられた衝撃に、立ち上がりかけた少年の膝が崩れ落ちる。
両手を地についてしまう。身体は思うように動かない。
それでも、激しい怒りでググッと顔を上げる。
「殺せ。俺を殺しやがれっ、クソっ! 死ぬのなんて怖くねえっ!」
ギラギラと濁った光を両の瞳から燃え上がらせて、少年は吼える。
そんな孤独で哀れな少年をじっと見下ろして、ギャラハッドは告げる。
「そうだな。それは認めるぜ、ボウズ。おめえは、自分が死ぬ事なんて、これっぽっちも恐れてねえ。……おめえはなあ、ボウズ、」
這いつくばっているホークスの側に身をかがめ、少年の髪をガシっと掴んで、無理矢理自分の方に顔を向けさせる。激しい怒りと憎しみの炎を叩きつけてくる少年の眼差しを、ギャラハッドの澄んだ深緑の瞳は、静かに静かに全て飲み込んでいく。それは心の奥底まで差し込んでくるような光に満ちていた。
「おめえは、『生きる事』を怖がってる。死ぬ事よりもずっとずっと恐れてる。おめえは、確かに強い。腕っ節なんかはな。並の大人じゃ太刀打ちできねえ。……でもな、おめえは一番弱い人間だ。心が弱い。そんな人間が、このギャラハッド様に勝てるとでも思うか? 今のおめえが千人集まってかかってきても、俺様は負ける気はしねえぜ」
そう告げて、少年の頭を乱暴に地面に叩きつけるようにして手を離す。




