盗賊ギャラハッド Galahad the Thief
背の高い怪しげな中年男が、ある洗濯屋の店先から出てきた……いてっ!
(謎の男:「誰が怪しげな中年男だ! 見目麗しい美男子と言え」)
ううっ。
……背の高い、見目麗しい美男子が、ある洗濯屋の店先から出てきた。
(謎の男:「そうそう。かっこよくな。第一印象は大事だ。よろしく頼むぜ」)
肩まで伸びる流れるような癖のある茶色の髪に、日に灼けた顔。顔立ちは確かに美男子と言えなくもないが……『精悍』という感じの方が似合っているか。普通の人間よりも頭一つ分くらいの長身で、引き締まった体躯をしている。
すらっとした長身なので全体には細身に見えるが、両腕と肩、胸は筋肉が盛り上がっている。黒光りする薄手のなめし皮のぴったりした服から、その鍛え上げられた無駄のない筋肉の輪郭が浮き彫りになる程だ。その歩き振りには、しなやかな柔らかさと力強さが感じられる。
その『見目麗しい美男子』は、なにやら晴れ晴れとすっきりした表情をしている。
その店先の戸口から、乱れた前髪を整えながら、その男を見送る女性。先日、働き盛りの夫を失った未亡人だ。熱い視線で、男の背中を見送っている。
男は少しだけ振り返り、あまり人目につかない程度に、さりげなく未亡人に軽く手を挙げる。それを見た女性の瞳が輝く。思わず手を振り返したいのをこらえて、女性はゆっくりと戸口を閉じた。夢の続きを見るかのように、女性はしばし戸口で目をふせて立ちつくし、ほうっと息をついていた。
う~ん。
なんなんだ?
男は通りを歩き始めた。
と、彼の瞳が喜びに輝き、前方の若い女性に近づいてゆく。
野菜を詰めたカゴを頭にのせ、路地売りをしている女性だ。あまり顔立ちは美しいとは言えないが、張りのある美しい声で一心に野菜を売り込んでいる。
男は、その女性に陽気に声をかけた。野菜を買う雰囲気ではない男を敏感に察知した女性は少し身構えるが、男が二声・三声言葉を重ねると、たちまち明るく笑ってしまった。瞬間、男は女性の顔に流れる汗を指でさっと拭ってやり、その手を自分の胸に当てて深々と紳士的にお辞儀をする。
「お前の声と、働く美しい汗。これは世の男、全員にとっての宝だ。身体を大事にしろよ」
そんな事を真顔でぬけぬけと告げると、驚いている女性の手にそっと金貨を数枚握らせてやる。さらには器用な手先でパッと一振りすると、黄色い造花が一本、男の手に現れる。目を丸くする女の胸ポケットにすっと造花を差してやり、表裏を感じさせない笑顔で男は立ち去ってゆく。
男が軽く手を振ると、野菜の路地売り女も元気よく手を振り返して見送る。そして先程よりも一層元気に、よく通る美しい声を張り上げて商売に精を出す。
今度は男は、女郎らしき女に声をかけられた。
どうやら、昔からのなじみらしい。男女は、その近くの裏手にある建物へと入っていった。
一時間ほど後。
その男がタバコをくわえながら一人で出てきた。
両切りのきつめの紙巻きタバコをふかしながら、またしなやかに男は歩み始める。首筋にある、先程の女性に少し強めに噛まれた跡を多少気にしながら、手の平でさすっている。
う~ん。
なんだかな~。
いわゆる、『女の敵』とゆーやつだろうか……いてっ。
(謎の男:「コラッ! 俺様は、この世の全ての女の味方だっ!!」)
この男の名を、ギャラハッドという。
古代遺跡の財宝を狙う、一匹狼の盗賊だ。
時には、悪人と呼べる金持ちの屋敷の財宝も、彼の狙いとなっている。
歳は確か、三十代のはずだ。
前半なのか、後半なのか、ちょっとわかりにくい。
彼の心づもり次第で、相手に与える印象が違ってくるからだ。
ちなみに、一番最初の未亡人は彼の事を三十代の半ば……自分よりも少し離れた年上だと思っている。野菜売りの若い女は、彼は二十代後半という印象を受けている。最後の女郎っぽい女性は、彼の事を自分よりも一つ二つ年下の三十代前半だと思っている様子だ。器用な事ではある。
たまたま狙いの仕事の都合で近くまで立ち寄ったものだから、ギャラハッドは数年振りにこの街に立ち寄ったのだった。先程の洗濯屋の未亡人とは、彼女が亡き夫と結婚する前からの『知り合い』だ。
(ギャラハッド:「なんだ、そのトゲのあるカッコはよ」)
亭主が若くして亡くなったという噂を酒場で聞いて、心配して様子をうかがいに訪れたのだった。驚くかもしれないが、彼は純粋に心配してはいる。それが第一にある所は、なんというか、この男のポリシーでもある。少しでも心の通い合った女性に対しては、彼はその女性の幸福を心から願っているのだ。
まあ、それが成り行きで色んな形の支えとなるのは、彼は決して不道徳な事だとは思っていない。たとえそれが、この世で一夜限りの夢であったとしても。それが相手にとってのささやかな幸福となり、一時の心の支えにでもなるのなら、むしろ「正しい」と彼は思っている。(そうなのかあ?)
そのような心の触れ合いの後での、相手の女性の美しい声の張り、瞳の輝き、女性らしさを感じる何気ない仕草を、彼はこよなく愛している。
「女は、神様が創った最高の芸術品」だと、彼は常々感じている。
「女性への自分の愛情は、この世を全て包み込んで余りある」と信じている。
「本当なら、自分は全ての女を愛さなければいけない」と本気で思っている。
そんな変な男だ。
他の男からすれば、なんとも鼻持ちならないような気もするが。
先程の女性達は、この男をどう思っているのだろうか?
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<作者・突撃インタビュー>:
「え~、ギャラハッドの事をどう思われますか? あいつ、他にも女が何人もいますけど。許せますか、そんなの」
洗濯屋の未亡人:
「承知しております。ギャラハッド様は、私が引き留めておけるような方ではありませんから。……私は、あの方のおかげで夫と結ばれたようなものなのです。それまでは、男性が恐ろしかった。私が夫と結ばれ、満足のゆく生活を過ごし始めてからは、ギャラハッド様は決して私に声をかけようとはしませんでした。遠くから私を見守り、静かに笑ってうなずくと、立ち去ってゆかれました。私の幸せを壊すのではないかと思っておられたのでしょう。それに今日は、夫を亡くした私の事を心配してわざわざ足を運んで下さいました。情に厚い方です。きっと他にも、ギャラハッド様を必要としている方達がいるはずです。私一人が、あの方を縛ってよいものではありません。あの方は、みんなのものです」
は、はあ……そうですか。
(ダメだ。目がイッてる)
野菜売りの若い女:
「へえ。そうだったんだ。でも、納得って感じ。あははははっ! それでも、あたしはうれしかったよ。あたしにあんな事言ってくれた男なんて、初めてだから。つきあってくれって頼まれたら……そうだなあ。ついていっちゃうかも。面白そうだし。それになかなか、いい男だし、腕っぷしも強そうだ。頼れる感じがするね。男らしい男って感じ」
う~ん……
女郎っぽいお姉様:
「わからないかねえ? あいつは、楽しい夢を見させてくれるのさ。あたしが一番辛い時にばっかり、なぜかふらりとやってくる。あたしに元気をくれるだけくれて、またふらりと消えやがる。きっと、あたしの身が落ち着くまで、あいつは何度でも来てくれると思う。それに、あいつの馬鹿話は、いつ聞いても飽きないのさ。楽しいんだよ」
ウソが一杯入ってると思いますけどねー。
「もちろん、そんなの信じちゃいないさ。信じてる女なんて、一人もいやしないよ、きっと。でもね、何かもっと大事なものを、あいつは惜しげもなく女に差し出してくれるのさ。見返りなんて期待しないで、相手の女の生き方を縛ろうとはせずにね。だから、あいつに何人女がいようが、あたしは構わないのさ。そりゃ、昔は悔しく思ったりもしたさ。あいつにとって特別の一人になりたいって、思った時もあった。でもね、あの男は、あたしなんかじゃ引き留めておけないんだよ。まあでも、あんなヤツがもしも四六時中側にいたら、女はたまったモンじゃないよ。危ないコトばっかりしてるから、気の休まる時なんてないって! あははははっ」
う~ん、どうやらギャラハッドに心惹かれている女性達は、野郎に他に女がいようが、構わないらしい。
そんな単純に割り切れないものじゃあ……? わからんぞ!
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そんな女たらしが街の大通りを歩いていると……いてっ。
(「この通りに言え」って? ……へいへい)
『そんな見目麗しい、女性に対して限りなく優しい、大人の配慮ができる高貴でダンディーな、ちょっと危険な闇の香りをそこはかとなく漂わせる魅力的な美男子』が街の大通りを歩いていると、ガラの悪そうな少年達やチンピラのような男達が大勢たむろしている一角に目が留まった。
一般の街の人々は、慌てて違う道へ方角を変えて遠回りになっても迂回してゆく。どうしてもこの大通りを通らなければならない人々は、その一角からなるべく遠ざかるようにして、視線を合わせないように気をつけながら足早に通り過ぎようとする。
しかし、灰色の髪を後ろで束ねた一人の少年が軽く顎をしゃくって合図をすると、たちまち薄汚い少年やチンピラが数人取り巻いてきて、『通行料』を取り立てるのだった。しかし、貧しい身なりの人々には何もせず、そのまま通してやっている。
ギャラハッドは、離れた所でピタリと足を止めた。
気配を絶って、狭い裏路地の影に隠れて様子をうかがう。別に街の人々と同じように、そのガラの悪そうな連中に恐れをなした訳ではないが。
数年ほど前に、彼がこの街に訪れた時には、このような一団の噂さえ耳にした事がなかった。くわえタバコを口でやや上に向け、そのまま少しだけ様子を見守ってみる。くわえタバコを上に向けてふかすのは、この男が興味を惹かれた時のクセだ。
奔放な好奇心を刺激された盗賊ギャラハッドが、一番興味を惹かれたのはリーダー格の少年だ。まだ十代の半ば辺りだろうと思われる少年が、明らかにずっと年上の二十代という感じのチンピラ達をも含めて一団を牛耳っている。
積荷を運ぶための木の箱を重ねた、一段高い腰掛けに足を組んで落ち着き、子分達に話しかけるでもなく、小さめのナイフをいじっている。その灰色の目と髪をした細身の少年の周りから少しだけ離れて子分達がたむろしている。
先程、裕福な身なりをした男から奪った『通行料』の財布を丸ごと、新入りらしい少年が誇らしげな顔をしてリーダーの少年に差しだそうと近寄るが、取り巻きの男の一人に止められた。その男は、怪訝そうな顔をして財布を握りしめている少年を連れて、少し一団から離れてヒソヒソ話をする。
ちょうど身を隠しているギャラハッドの方に近くなったので、この盗賊は常人離れした鋭い聴覚に全神経を研ぎ澄まして、なにやら言い含めている男の声に集中する。
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『あのな、ホークスがああやってナイフを出してる時は、絶対に近寄るな。問答無用で叩きのめされるぜ。これだけは、忘れるんじゃねえ。命が幾つあっても足りねえぞ』
『わかったよう。でも、なんでなの?』
『知るかよ。俺だって、あいつの子分になってから二年にもなるが、あいつが何を考えてるかなんて全然わからねえんだ。とにかくな、あのナイフは、いわくつきなんだ』
『どういう事?』
『こんな話を聞いた事がある。昔一度、ホークスを袋叩きにして、あのナイフを取り上げてコケにしたチンピラ達がいた。その後一週間のうちに、そのチンピラ達は一人一人確実に殺された。見るも無惨な死体だったそうだ。ホークスが殺ったっていう確実な証拠なんて、これぽっちもねえんだがな、間違いねえってみんな噂してる。とにかく、そういうモンなんだ。ちょっとはお前、あの空気に気づけ。ホークスがあのナイフを取り出した途端、みんな凍り付くんだ』
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聞き耳を立てていたギャラハッドは、くわえタバコをピンピンと上げ下げする。この盗賊が、かなーり興味をそそられた時の変なクセだ。その澄んだ深緑の両目が面白そうにキラキラと光っている。血が騒ぐらしい。
この盗賊は、どうしても噂の『ホークス』という少年を近くで見定めたくなってきている。年上のチンピラすら恐れているその少年だが、今ナイフをポツリといじっている様子は、ギャラハッドが遠目に見る限りでは、小さな男の子が寂しそうにしているとしか感じられないのだった。
単純な動作を繰り返しているその少年の姿は、何かにすがるようにして、小さな子供が悲鳴をあげて痛々しく泣いているようにしか彼には思えなかった。
(なぜか、この盗賊ギャラハッドは、人の心の状態を敏感に感じとる不思議な直感が鋭かった。それが彼を盗賊として裏の世界で生き延びさせ、また女性に接する時の才覚にもつながっているらしい)
「(面白そうなボウズだな。ちょいと放ってはおけねえな、こりゃ)」
彼は、そんな少年の目を近くで覗き込みたいと思った。
何をどうするという事など、全く考えていない。
ただただ、噂の少年の側へ近づき、その瞳の光を見てみたい、その声を聞いてみたい、そうした気持ちで頭が一杯になってしまっている。興味を感じた相手への純粋な好奇心と好意にも似た感情に、身体中がムズムズしている。
(女性に接する時なども、この男は下心よりも、意外にもそうした感情の方が勝っている。自分が「いい!」と感じた美質を持った女性には、なんとかしてそれを伝えてやりたくてしょうがないのだ。そのためには馬鹿な事もし、振る舞いも器用に使い分ける。恥だとはかけらも思ってない)
とうとう我慢できなくなったギャラハッドは裏路地から姿を現し、ナイフをいじっている少年のもとへと、後先も考えずに真っ直ぐにどんどんと近づいてゆく。
たちまち、子分どものチンピラに囲まれそうになる。(当たり前だ)
と、囲まれるより先に、いきなりギャラハッドは無言で次々と四人のチンピラを見事な拳の一撃ずつで叩きのめした。歩みを全く緩めない。くわえタバコの煙も乱れない程だ。なにやら瞳が一層うれしそうに輝いている。血が熱く熱く騒いできた。喧嘩は大好きだ。
灰色の髪をしたリーダーの少年が何事かと顔をあげ、ナイフを胸の内ポケットへと収める。一瞬、ギャラハッドと目が合った。その少年に、ぞっとするようなギラギラした灰色の瞳の光を叩きつけられた盗賊は、直感的にひらめく何かを感じた。自分の子供の頃の心の姿が浮かんできたのだ。
似ている。
とてもよく似ているのだ。
あの頃の自分に。
思わずこの変な盗賊は、タバコを片手に持って、大声で少年に呼びかけていた。
「おお~いっ、ボウズっ! 俺と一緒に、面白れえ所に行ってみねえかあ? こんな場所で、こんなつまらねえ奴等とくだらねえ事してるよりゃ退屈しねえぜ。容姿端麗・品行方正なナイスガイの、このギャラハッド様が言うんだから、絶対間違いねえ」
陽気に自信たっぷりで告げる、よく通る男らしい声。(よくもまあ、抜け抜けと……)
この長身の変な男が再びタバコを口にくわえ、両手の指をバキバキと鳴らして、しなやかで力強い足取りでホークスに近づいてくる。




