↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼らの魂の輝きが、あなたの心に届く事を願って ~ライル戦記~  作者: Forest Eiju
外伝3【ナイフをいじる少年】Boy with a Knife
139/162

心の扉 Door of Heart

しかし、先程耳にしてしまったティナの寝言に、彼は悟ってしまった。

彼女の心には、まだあの男の面影があるのだ。


その男は、ホークスの無二の親友でもある。

その男のためなら、彼はいつでも命を張れる。

そしてその男も、自分のためなら命を賭けて闘ってくれるだろう。


「やっぱり……俺じゃダメなんだな」


幸せそうに眠っているティナを、そっと見守るホークス。

彼女を起こさないように気を付けながら、再び横になる。

ホークスは両手を頭の後ろで組み、薄暗い小さな部屋の闇をじっと見詰める。



彼は今、ライルの姿を思い起こしている。

横に眠る彼女の心の奥に焼き付いている、その男を。


 大雑把で単純な性格。彼の屈託のない陽気な笑い声は、重苦しい雰囲気をたちまち和らげる。かと思うと、いざという時の闘い振りは本当に頼もしい。人並み外れた戦闘能力を秘めているが、それを振りかざして鼻にかける訳でもないし、他人に圧力をかける事もない。全く『傭兵』らしくなかった。


傭兵


それは、金で闘いを引き受ける人間達。

日々の糧のために、金で自分の命を戦場にさらし、殺戮を行う者達。

殺し合いを職業とする人間。


ホークスは、各地でこうした『傭兵』という種類の人間達を何人も見てきていた。


 ギスギスした性格の荒くれ男達が大半だ。大規模な侵略戦争ともなれば、ここぞとばかりに略奪を行う。手軽な働き口がなければ、徒党を組んで野盗や山賊をして稼ぐ者達もいる。ならず者に近い印象を受ける事が多かった。


 あの御前試合の後で初めて出会った時、ライルとティナも傭兵だという事だったが、彼らには、そのような空気が全く無かった。ライルのような男は、傭兵にしては珍しい。側にいると、なんともいえない味がある。彼と行動を共にしてみて、そしてその生い立ちを後にティナから聞き出して、なぜライルが傭兵らしくなかったのか、彼は少しわかったような気がした。


 ライルは金のために傭兵をしていた事は事実で、その通りの理由もあったのだろう。しかし、それ以上に彼は戦場に身を置く必要があったのだろう。生死の狭間で、自分自身の存在を確かめる必要があったのだ。絶えず自分の心を責め立てる、心の闇に必死で立ち向かっていたに違いない。


『父親殺し』、そして母も妹も守れなかった自分が、死んでもいい人間なのか、生まれてこなければよかったのか、その答えを修羅場に身をおく事で確かめたかったのかもしれない。『それは違う』という事を、戦い抜いて生き残る事で、なんとか自分自身に納得させようと、悲しくもがいていたのだろう。


そんなライルは、他の傭兵達とは一線を画していたに違いない。


 戦乱を利用して一旗揚げてやろうという野心など、ライルにはかけらもない。生活していけるだけの金がなんとかあれば、それ以上を渇望する訳でもない。殺戮そのものを楽しんでいるような人間でもない。


闘う理由の根本が違うのだ。


 おそらく、女性の身でありながら傭兵として身を置いていたティナにとって、初めて心を許せる時間を与えてくれたのは、ライルだったのだろう。彼女がのびのびと自然に楽に振る舞える、楽しい時間を初めて与えた人間だったのだろう。



ライルと行動を共にしてみて、今ホークスはそう感じるのだった。

思わず、一緒に報われないナンパに繰り出したり、スケベな馬鹿騒動を起こした事を懐かしく思い出してしまった。


アリアの尼僧院で夜這いをかけようとして見つかり、罰として二人で広大な畑を耕した。


 風呂場を覗いて首尾良く逃げ出したものの、一緒にいた医者のフォレスが捕まってしまった。その機嫌を収めるために、翌日の朝から二人で古物商を何軒か回って、良さげな釣り竿を買い求めた。


 エドの街で監獄に潜入しようとした時、踊り子ノーラに目が釘付けになり、業を煮やしたティナが男どもの顔を次々と彼女の胸に押しつけていった。最後に彼女の胸に飛び込もうとした二人に気づいたティナが脳天に肘鉄を喰らわせて、怒り狂った彼女に思い切り耳をひねり上げられた。


そんな時間が、ホークスにとって、一番楽しい時間だった。

あのみんなと旅をしていた時、彼はにぎやかにおどけていた。

ティナへの気持ちと、ライルとの友情との板挟みの中で。


皆と一緒にいた時間。

それがホークスにとっても、ティナにとっても、最も楽しい時間だった。


それも今は、過ぎ去ってしまった。

昔と同じようには、もう……いかないのだ。



ホークスは天井の暗がりから視線を落とした。

再びティナの穏やかな寝顔を静かに見守りながら、彼は自分自身に言い聞かせる。


「(俺じゃあ、ダメなんだ。今の俺じゃ、こいつを幸せにしてやれねえ)」


そっと、寝ている彼女の髪に触れる。

ティナの髪は、なぜか良い香りがする。身体からも、ほのかに良い匂いがする。

そんな彼女を、優しげな愛情と悲哀に満ちた眼差しで一心に見詰める盗賊だ。



「(俺はまだまだ、盗賊稼業をやめられねえ。……師匠を超えるまでは。こいつに、それまで俺についてきてくれとは言えねえ。こいつには、日がいっぱい当たる明るい道が似合ってる。俺には、そんな道はまぶしすぎる。俺の道は、闇に満ちた道だ。こいつを、そんな道に無理矢理引き込む訳にはいかねえ。そんな事したら、こいつの顔が曇る。俺の大好きなこいつが、消えちまう。そんなのは、絶対に許されねえ事なんだ。こいつは、いつも明るくて、よく怒って、よく泣いて……そんでもって、心から笑っていなくちゃいけねえんだ。俺は……俺の道は……こいつに、そんな事をしてやれねえ)」


軽く溜息をつくと、彼もまた浅いまどろみの淵へと落ちていった。


---------------------------------------------


盗賊は、遠い遠い昔の頃の夢を見ている。


 なぜか彼は、あの大きな闘いを終えた後から、子供の頃の自分の心の姿をふいに思い出すようになってきていた。ティナに自分の昔の頃の話や、師匠の人となりを話してしまうのも、その影響かもしれない。皆と共に旅をしていた頃は、一行の誰にもそのような話を自分からする事は無かった。彼の師匠の最期と因縁のあった、あの『忍び』との死闘が、彼が心の奥底に堅く閉ざしていた扉を開いたのであろうか? ……わからないが。


心の仕組みは、不可思議だ。

凍りつかせていた心は、自分でも気がつかないうちに融けだしてくる。


その瞬間は、何気ない日常の中で、ふいに訪れる。


全く関係のない事をしている時に、記憶の彼方に眠っていたかつての自分の心の姿が浮かんでくる。


 時が満ちる前に、それを無理にこじあけようとすれば、必ず手痛い失敗が待っている。しかし時が満ちれば、自然に心の扉は開かれる。



彼にも、その時が訪れようとしていた。

再び、かつての自分の心の姿を正面から見詰める時が。


それに目を向けようとせずに駆け抜けてきた盗賊は今、ようやく振り返る事を許された。



ホークスは、夢を見ている。


泣けなかった、あの頃の自分を。

悲しくもがいていた、かつての自分の心の姿を。

そんな自分に、熱い魂を正面からぶつけてきてくれた偉大な師匠の面影を。


物憂げなセピア色に染まる、その少年時代の思い出を……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。