寝言 Sleep Talking
ホークスの隣で、ティナが寄り添いながらスヤスヤと寝息を立てている。
穏やかな彼女の寝顔を見て、彼は微笑みながら、その頭をそっと撫でてやる。
眠っているティナの顔が、うれしそうに和らぐ。
そして、彼女は寝言を言う。
「ライル……」
ホークスの微笑みが消えた。
彼の顔に、何とも言えない悲哀が浮かぶ。
やはり、まだ彼女の心には……
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この日。
ホークスとティナは、一ヶ月半の時間を費やして、ついに狙いの遺跡を攻略した。
以前、皆と共に遺跡に挑戦していた時とは違い、難しかったのは事実だ。力押しでは倒せないモンスターもいた。隠密行動を取り、回避できるルートを調べ尽くし、時には危険な罠を幾つも解除して、ようやく財宝を手に入れたのだった。
そうした状況に慣れないティナを、何かとホークスが助けた。一度、彼女が罠を作動させてしまった事もあった。瞬時に反応したホークスがティナを庇い、飛び出してきた矢を身に受け止めた。怪我をしたホークスが回復するまでの時間もかかった。もしもアリアがいたら、その場で癒してもらえるのだが。六人で挑む時とは、全く勝手が違うのだった。
怪我をしたホークスの看護をしていたティナは、すまなそうにしていた。
『自分が、足手まといになっている』という気がしてしまったのだ。
ホークスは「こういうのもあるから、余計に燃えてくるってもんだぜ」と笑っていた。彼は、かつて同じように自分が師匠に何度も守られた時の体験を、面白おかしく打ち明けて、そんなティナを腹の底から笑わせる。
「あんまり師匠が俺を子供扱いしやがるから、『しばらく俺が先に行く。見てろよ』って、強引に俺が師匠の先を歩いたんだ。もう自分じゃ、そこそこやれるつもりだったんだ。師匠は、
『おお、そうかそうか! よ~し、お前の青いケツをじっくり見ててやるぜ、ボウズ』
って笑いやがる。いちいちムカつく男なんだ。
ちんけな罠を幾つか解除できた。でも俺が最後の部屋の扉を開けて中に入った時だ。奥から変な音がする。見ると、正面の壁が開いて弓矢構えた男達が何十本もの矢を放ってきた! 俺はとっさに横へ避けようとした」
「それで、どうなったの?」
ホークスの包帯を外してやりながら、ティナは一心に聞き入っている。今まで、彼はあまり皆にこうした昔の話をする事がなかったのだ。ティナにしてみれば、興味津々である。
「そしたらいきなり師匠が、俺のズボンに手をかけてひきずり降ろした。パンツまでもだ。俺はその場所で転んで倒れた。驚いて俺が顔をねじって見上げると、師匠は矢が飛んできても、そのまんま立ってる。矢が何本も師匠に当たった……でもな、矢は全部師匠の身体をすり抜けていくんだ!」
「それって……どういう事なの?」
ホークスの傷口を消毒してガーゼを取り替えたティナは、しばし手を止めて盗賊の話に引き込まれている様子だ。
「それでな、俺がケツ丸出しの情けない格好で床に這いつくばって目を丸くさせてると、師匠は俺のすぐ側の床のタイルを踏んだ。すると、俺の目の前の床がパッと開いて落とし穴が口を開けた。俺が矢に驚いて逃げようとした場所なんだ。そこしか、矢を避ける場所はねえような部屋なんだ。それで、ようやくわかった。
あの音と弓矢の男達は、古代魔術の幻影だったんだ。本当の罠は、この落とし穴だったのさ。幾つかのガイコツが落とし穴の底の針山に突き刺さってた。まあ、落ち着いて考えればわかる事さ。あんな遺跡の奥に、あれだけの男達が何百年も控えてる訳がねえよ。
師匠はニヤニヤしながら俺を見て、
『まだまだだな、ボウズ。しっかり見たぜ。この青いケツをよ!』
って、俺の尻を叩いて豪快に笑いやがる。ホンっトにムカつく野郎だった」
そんなエピソードを聞かされたティナは、ホークスに新しい包帯を巻いてやってやりながら微笑んでいる。自分を庇って怪我をした盗賊に対して、すまなそうに少し暗い顔をしていたはずの彼女は、もうすっかり明るさを取り戻しているようだ。
これが、ホークス独特の優しさなのだ。側にいると、面白い話で暗い気持ちが和らげられる。からかわれて怒っているうち、いつの間にか元気をもらっている。
もちろん、この男が生まれた時からこんな性格だった訳ではない……幼い頃の、悲しい理由が隠されている。
「ふ~ん、なんか面白そうな人じゃない。名前はなんていうの?」
「ギャラハッドだ。自分で自分の事を、『容姿端麗、品行方正、惚れる女は数知れず、男の中の男、闇夜の銀狼ギャラハッド』なんて、ぬけぬけと言いやがる。まあ、師匠のダチ達は『万年発情種馬男』って呼んでたなあ。女好きで、しょっちゅう口説いてた。ほとんど振られるのがオチだけどよ。『いいなと感じた女にゃ、とりあえず声をかけるのが礼儀ってモンだ』ってのが信条だ。どこの街に行っても、必ず女がいやがる。美人もいりゃ、俺にはどうにもわからねえ女もいた。『まだまだだな。ガキにゃ、あの女の良さはわからねえよ』なんて言う。……お、ありがとな、ティナ」
包帯を取り替えてもらったホークスは礼を言う。
「どう致しまして。なるほどねえ。その師匠にして、この弟子ありってとこか」
「コラ。何を悟りきった顔してやがる」
ボヤくホークスを、ニヤニヤしながらティナは見守る。
「んで、あんたの師匠は女好きと。それで遺跡の財宝も好きと」
ホークスも笑いながら告げる。
その変な男の事を胸に思い出す度、自然と笑えてきてしまうのだ。
「ああ。女の次にゃ、酒が好き。酒と同じくらい喧嘩が好き。乱闘騒ぎでもありゃ、大抵首突っ込んでたなあ。んで、その後、喧嘩した荒くれ男達と宴会になる時もしょっちゅうだ。
タバコも好きで、ガンガン吸う。でも、お宝狙って準備に入るとタバコはピタリと止める。何ヶ月もだ。バクチも好きで、苦労して手に入れたお宝を、一晩でスッカラカンにした事もあったなあ。あんだけ俺の事子供扱いしておいて、全く……どっちがガキなんだかよ。
『金は貯め込むモンじゃねえ。使ってやってこそ遺跡で眠ってた金も喜ぶ。それがみんなの幸せにもつながる』
って、悪びれもしねえ。女も酒も、喧嘩もタバコもバクチも好きだったが、それでもやっぱ、師匠が一番大好きなのは、お宝だったな。とにかく、豪快な男だった」
しばし遠い目をして、ホークスはうれしそうに微笑んでいる。本当に、彼は心から師匠を尊敬しているようだ。
今は亡きその師匠の偉大な面影は、彼の胸に焼き付いている。その幻影に追いつき、追い越すのが、盗賊としてのホークスの夢だ。
しかし、まだまだ彼は自分に満足していない。それほどギャラハッドの影は大きいのだ。追いつこうとすればするほど、ますますその師匠の幻影は大きくなるばかりだ。
山のような、海のような、広大な空のような……
ホークスにとって、師匠ギャラハッドは、そうした存在なのだった。彼の荒れ果てた少年時代を無理矢理変えてくれた、大恩人だ。ギャラハッドに拾われなければ、今のホークスはありえない。街のごろつき達との抗争の果てに命を落としていたか、そうした血生臭い道でのしあがっていったか、どちらかだろう。
そんな荒んだ道に足を突っ込んでいた少年を、火が出るような激しい喧嘩の末に叩きのめして、ギャラハッドという名の、この変な盗賊は告げた。
『お前の身体も心も、そんな風にはできちゃいねえよ』と。
『お前は死ぬ事なんて恐れてねえ。それはよくわかる。……でもな、生きる事を恐れてる』と。
『生きろ、ボウズ。ちっとも恐れる事なんてねえ。おめえがちゃんと胸張って一人で生きてけるようになるまで、俺が側に居る。それまでは、俺は何があってもくたばらねえからよ。俺は絶対、おめえを捨てねえ。盗賊の誇りにかけて、誓う』と。
その後、少年ホークスは盗賊ギャラハッドに弟子入りし、盗賊としての基礎を叩き込まれたのだった。そしてホークスが一通りの成長を遂げていた矢先の死。麻薬『霧の華』を独占しようと画策していたサカムビットの勢力に、何かと対抗していたギャラハッドは、その手下の朝月という名の異国の『忍び』と相討ちになって果てた。
ホークスが亡き師匠の面影を過大に感じてしまっているのも、無理のない事かもしれない。遺跡の罠の数々、そして闇の陰謀や策謀に対峙して冷静に見極めて常人離れした力を発揮する彼にしては、珍しいというか、ちょっと間が抜けているというか、何というか……。それが、人間というものかもしれないが。
この盗賊から、初めてその師匠の豪放な人柄の一端を聞かされたティナは、なぜか妙に納得してしまった。今のホークスを見るにつけ、そう感じてしまうのだ。
「(女好きの師匠に、女好きの弟子。面白い師匠に、面白い弟子。しっかり引き継いでるみたいね、こりゃ。フフッ)」
彼の尊敬する偉大な師匠の面白い武勇伝に、手当を終えた後も、しばらく相づちを打ちながら聞いてやるティナだった。
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二人で遺跡を狙っていた時、そんな出来事もあった。
困難はあったものの、とうとう彼らは財宝を手にしたのだ。意気揚々と引き上げ、闇商人へ売却して換金する。
その後、豪華な夕食を食べ終えて、今夜二人はささやかな祝杯を上げた。
やがて男女の話は、様々な思い出話へと移っていった。明るく楽しい出来事ばかりが、鮮やかに胸に浮かんでくる。
二人とも、腹の底から笑ってしまう場面も度々だ。
(ティナは、ホークスの物真似に大爆笑してしまった。生真面目なノエルの顔や口調、頑固なギリアムの物真似などを、おどけながら彼女に見せるのだ)
お互い、ひとしきり笑いが収まり一段落してきた頃合い。
ホークスは、急に黙り込こむ。
少し落ち着きなく、視線をさまよわせている。
そして。
心を決めて、ホークスは静かに告げる。
彼は、真面目に、正直に、自分の気持ちをティナに打ち明けたのだった。
初めて会った時から、ずっと彼女が心の中に焼き付いていた事。
そして……
別れてから、ますます彼女に会いたいという気持ちが強くなってしまった事。一人、身をひいて別れたティナを、どうしても追いかけずにはいられなかった……
とりとめもなく、自分でも自分の心に混乱しながら告げる言葉を、ティナはただ、じっと耳を傾けてくれた。
そして語り終えたホークスに、彼女は心から微笑んだ。
「あなたの気持ち、とってもうれしい。……ありがとう」
男女はその夜、結ばれたのだった。




