月夜 Moonlight Night
静かに部屋へ移り、眠りこけているシャリーを起こさないように、そっと布団へ寝かしてやる。
その温泉宿には普通のタイプのベッドはない。『タタミ』という、ある種類の草で編んだ床に、ふかふかの布団を敷いて寝るのだ。裸足で踏むタタミの感触は、ティナのお気に入りだ。そして宿で貸してくれる『浴衣』を着て、くつろぐものなのだ。この温泉郷では。これは東の方の国の流儀なのだという事だ。
(そーゆー事にしましょう)
季節は初夏の終わり頃。
ホークスが窓を開けると、酒でほてった身体に程良いくらいの涼しい山奥の外気が入ってくる。
天井から吊るされた、ほの暗い程度に押さえたランプの光は、窓際までは届かない。半月が浮かび無数の星が煌めく、きれいな夜空だ。
そのままホークスは広めの窓枠に腰をかけて片足をかけ、手に持った酒杯で少しずつ美味しい酒をあおりながら、月夜を眺めている。
シャリーが布団で完全に眠りに就いたのを側で見届けたティナも、そんなホークスの反対側の窓枠に腰掛ける。彼女が空の酒杯を手に取ると、ホークスが無言で側のテーブルにある酒瓶を取り、ティナの酒杯に軽く注いでやる。
そうして二人は、無言で綺麗な夜空を、ただただ眺めていた。
やがて、ホークスがその沈黙を破った。
夜空を見上げたまま、静かに告げる。
「気が向いたら、アリアに顔を見せてやれや。お前にとても会いたがってる。……気が向いた時でいいからよ」
「……そうね」
夜空から視線を落とし、それきり黙り込んでしまうティナ。
彼女は手にした酒杯の酒に口をつけようともしない。
そんな様子の彼女を視界の端にとらえながらも、ホークスは夜空を眺め続ける。
今の彼女の胸の内を思いやるにつけ、正面から見詰める事ができないのだ。渇きかけた唇を軽く酒杯で湿らせ、再びそっとホークスは言う。
「何、無理にとは言わねえさ。無理を感じてまで、そうする必要はねえよ。そんなお前が会いに行ったとしても、お互いに苦しいだけさ」
「そうかもね」
ティナは軽く前髪をかきあげると、両手で持った小さな酒杯を一気にあおった。
「ホントに、おいしい。このお酒」
彼女はポツリと、そんな寂しい独り言を言う。
しばしの沈黙。
夜風が、そんな男女の間にそっと吹き抜ける。
ホークスの前髪が風に揺れる。
月明かりに照らされた彼の横顔。
その瞳は前髪の影になり、どんな表情をしているのかは、わかりにくい。
彼は、闇夜に静かに輝く半月を見詰めていた。
まぶしく陽が降り注ぐ空には決して輝く事のできない、冷たい輝きを放つ孤独な月を。
ティナは空になった小さな酒杯を両手の指で持ったまま、伏し目がちに裏手の木立の暗がりにあてもなく視線をさまよわせていた。
ホークスが、ためらいがちに口を開いた。
「あのよ、ティナ」
「何?」
ティナは、ちらりとホークスの横顔をみやる。
やはり、今の彼の表情はよくわからない。
こうして見ると、闇に浮かぶ彼の横顔は良く映える。
普段は陽気にふざけているホークスだが、やはり彼には闇が似合う。
再び盗賊は、心を込めて静かに彼女に告げる。
「俺は、こういうの、うまくは言えねえんだけどよ。……お前は、お前でいいんだぜ。ちょっとな……心配、してたんだ。でもな、お前にまた会ってみて、ちょっとホッとした。やっぱ、俺が知ってるまんまの、お前だった。お前は、お前らしかった。でもな、あんまり無茶はすんなよ。いつか、エドの街でお前、俺に言ってくれたよな? 『一人で無理するな。頼れる所は、頼れ』ってよ。お前は、無理してまで強くなくたっていいんだ。お前は、そのまんまのお前でいいんだ」
ホークスの言葉に、素直に軽くうなずくティナ。
「……うん。(心配、してくれてたんだ。そっか……)」
「すまねえ。なんか、やっぱ俺、ダメだな。うまくは言えねえや。変な事ばっかり勝手に言って、悪かった」
ティナの顔を一度も見ようとはせず、ホークスは窓から身を離して自室へ戻ろうとする。
少し歩を進めて、ピタリと彼は立ち止まった。
背を向けたまま、盗賊はティナに声をかける。
「あのよ、」
「なあに?」
「もし……もし、お前がよかったら、俺の……いや、」
「『俺の』?」
そんなホークスは、言葉を変えて切り出した。
「しばらく俺と組んで、お宝狙ってみねえか? もし、お前の気が向いたらよ。まあ、考えておいてみてくれねえか?」
ティナの返事も聞かず、ホークスは背を向けたまま軽く片手をあげると、自分の部屋へと立ち去っていった。
彼の後ろ姿を見送ったティナは、空になった酒杯をそっとテーブルに置くと、しばし一人で月夜を眺めて、言葉にできない想いに心を馳せていた。
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こうしてホークスは、誰にも直接別れを告げる事なく一人立ち去ったティナを、ついに捜し出したのだった。
彼女は、自分達が共に旅をして立ち寄った場所にいるのではないかと、彼は推測していた。可能性が高いのは、最も過酷な闘いが繰り広げられた場所……ジューダス王国の占領軍を打ち破り、ライルの宿敵サカムビット一派と死闘を繰り広げたエドの街。壊滅の危機にあった皆を救う為、彼女が『還元召喚』を決意し、その命も魂も捧げて不死鳥フェニックスの召還を試みた場所。
ティナは必ずエドの街へ立ち寄るはずだと、ホークスは確信していた。
あのような別れ方を選んだ彼女は、かつての思い出の場所を転々としているハズだ。皆と共に過ごした時間を……あの楽しかった時間を胸に思い起こしながら、そのぬくもりにすがるように、さまよい歩いているだろう。
そして、その推測は正しかった。彼女の足跡を、彼は追った。
あいつは、泣いているに違いない。
涙を流さずとも、泣いているに違いない。
気丈で明るい彼女は、人一倍、寂しがりなのだという事をホークスは見抜いていた。
彼女の心は「みんなと一緒にいる事」を求めていた。
側でずっと見守っていた彼には、それがよくわかっていた。
本当は彼女が立ち去った後、すぐにでも追いかけたかった。
でも、できなかった。
ティナの気持ちを考えると、とてもできなかった。
それに自分自身の気持ちを、もう一度再確認する時間も必要だった。それでもやはり、彼女に会いたいという気持ちは、ますます強くなっていったのだった。
再会を果たしたその夜のホークスは、なかなか寝付く事ができなかったようである。
そして、その温泉郷で数日のんびりと過ごした後、ティナとホークスはシャリーを無事に聖カタリナ尼僧院へと送り届けた。
その後……
結局ティナは、ホークスの申し出を受け入れる事にした。
彼女としては、『風使い』の浮浪児ウィードを迎えに行くまでに、まだ二ヶ月ほど期間があった。それまでは、特に何をしたいというでもなかった。断る理由が、なんとなく見当たらなかった。
ホークスは、相変わらずの調子だ。
再会してから、彼女が何度殴った事か。
皆と一緒に旅をしていた頃のままの関係だ。
彼の自分への気持ちは、薄々は感じていた。その事は、素直にうれしくは思う。しかし今までどうしても、お互いにそういう気持ちでは接する事はなかった。
それが、どうなるのか……
少し、様子を待ってみたい気もしたティナであった。




