子供好きな盗賊 Thief Playing with Child
やがてホークスは先に湯船から上がった。シャリーを呼んでくるつもりである。
『浴衣』なるものを着て、空になった酒瓶と酒杯を盆に載せ手荷物を持って温泉宿の建物に戻ると、宿の主人が落ち着き無くうろうろしていた。
そんな主人に、ホークスは上機嫌で呼びかける。
「おう、オヤジ! なかなかイケてるぜ、この露天風呂はよ。酒もうめえ!」
「?。……あんた、誰だ!? なんでゲイツ様が入ってる露天風呂の方から……」
怪訝そうな顔をしている宿の主に、ニヤリと笑いかける盗賊だ。
「おお、すまねえ。チェックインが後先になっちまったな。俺はホークス。ゲイツの野郎なら、心配いらねえよ。きっと今頃、どっかの海賊船の船底で、でっかいオールを必死で漕いでるんじゃねえかと思うぜ。それに、ここらの隣の地域一帯で縄張り張ってる『西風のグレイル』って元締めが、俺の師匠のダチでな。その男にゲイツの残党どもの始末も頼んどいた」
もう心配要らないとでも言うように、ホークスは宿の主人の肩をポンと叩く。
「これから先は、この温泉郷はその男の縄張りに変わる。情に厚い男だ。用心棒代も真っ当な値段だ。酔っぱらいなんかが暴れ出したりしたら、すぐに駆けつけて解決してくれるぜ。男手がいる力仕事なんかも、頼めば引き受けてくれる。タチの悪いごろつきは、この辺りにゃ絶対に入って来られなくなる。そのうち若い衆が挨拶回りに来るから、月にこれくらい渡してやればいい。温泉の組合の方にも、そう話を通しといてくれや。これは手間賃だ」
そう言って、手で『用心棒代』の月額を示して、手荷物から金の詰まった小袋を唖然としている宿の主人に握らせてやる。
一般の人々は、あまり知らないかもしれないが、こうした裏稼業が現実に存在しており、また安心して商売を行うためにその需要も高いのだ。酒に酔って集団で無茶な乱痴気騒ぎを行う一般の若い男達もいる。集まる客を狙って非合法な怪しいクスリを売りつけたり、女郎を当てつけて法外な金額をせびる小悪党もいる。
役人などでは頼りにならないのがほとんどだ。また実際、商売人達は役人を当てにしていない。不正を行う役人が、裏で悪党とつながっている事もよくある。心ある『その道』の元締めこそ、彼ら商売人達が最も望ましい秩序を与えてくれる存在なのだ。
(都会の繁華街などでは、実際にそーゆーものなのだそうです。知人の親友がヤ○ザ屋さんに就職されており、それにヤ○ザ屋さんの親分の息子さんもいたりして(面白い人だそうです)、又聞きで色々と興味深い裏話を……あわわ、ゲフッゲフンッ!)
ホークスは、ゲイツを排除して『商売人達にとって理想的な元締め』をこの温泉郷にもたらしてやったのだった。ゲイツを単独で縛り上げ変装してすり替わり、「今回は、もう引き上げだ」との命令を下してゲイツの子分達の大半をアジトへ帰らせる。アジトは既に彼の師匠の旧友である『西風のグレイル』の手に墜ちており、一網打尽にしているハズだ。残る腕利きの少数の子分達はホークスが一人一人当たって先程縛り上げ、ゲイツと共にグレイルの配下の者に身柄を引き渡した。闇を知る彼ならではの手腕であろう。
実はティナの動向は、彼が聖カタリナ尼僧院に彼女の事を尋ねに行った時に院長のイングリッドから聞き出していた。子供連れのティナよりも先回りして温泉郷に辿り着き、ゲイツの悪行を知って、なんとかしてやろうと思った訳なのである。全て処理した後、いたずら心を起こしてゲイツになりすましたまま、ティナ達の到着を待っていたのだ。
これ程の事を為し遂げておいて、
それを「つまらない事」と言ってのけるホークスだ。
まあ、ホークスにとって実際その通りなのだろう。
彼は、昇龍のごとく活躍するジューダス王国の天才軍師相手に、悪ガキのようないたずらを仕掛けに命懸けで潜入する。ティナの驚く顔やシャリーの喜ぶ顔が見たいがために危険な事をする。彼にとって、その危険な過程自体はあまり価値がない。その結果として得られる、軍師の情けない姿を想像する事や、ティナが呆然と驚く顔こそ、彼にとって価値がある。
その最大の理由は、『楽しいから』。
確かに彼の行動は、例の天才軍師には予測不能だろう。
「んじゃ、俺の部屋も適当に手配してくれや。勝手に入り込んで悪かった。その手間賃で、そういう迷惑料も勘定に入れといてくれねえかい? 宿代は別で払うからよ。それでいいか?」
「は、はあ……」
「組合の方へ話を通しといてくれな。その元締めの使いが来たとき、ホークスって名前を出しとけば万事OKだからよ。さてっと……修道服着た、シャリーって名前の女の子はどこにいる? 知り合いなんだ。露天風呂でティナが待ってるからよ。呼びに来たんだ」
「ああ、その女の子なら、そこの奥の部屋にいるけど」
「おう、そうか! ありがとよ」
不思議そうな顔をして宿の主人が見送る中、ホークスと名乗る謎の男の背中が奥の部屋に消えてゆく。たちまちその男のうれしそうな声と、小さな女の子の声が主人の耳に聞こえてきた。
『よう、シャリー! なんだよ、俺様だぜ。ほれ、この手品!』
『……ホークスおじさんっ!?』
『おお、おお! そうだそうだ。よくぞ憶えてくれたもんだ。って、おじさんってなあ……ま、いいか。とにかく、うれしいねえ。何、ティナのやつと一緒にな、シャリーを驚かせてやろうって内緒にしてたのさ。びっくりさせてすまねえな。仲直りの握手、してくれるかい?』
『うん!』
シャリーが元気良く差し出す小さな手を、慎重にそっと握るホークス。
『うおおっ、感激だぜ! そうかそうか、あのシャリーがなあ。なんだか背も伸びたよな?』
『自分じゃ、よくわかんない』
『どれどれ。レディにゃ失礼かもしんねえが、ちょいと高い高いってやってもいいかな? シャリー』
『う、うん』
優しい目をした盗賊は、ちょっと戸惑うシャリーを両手で持ち上げる。
『ちょいとゴメンな。……おお、やっぱ絶対でっかくなってるぞ、シャリー! そのうちティナよりも大きくなるかもしんねえぞ。それにシャリーはかわいいから、きっと美人になるぜ。俺様が保証する。よっと。すまねえ。高いのは怖かったか、シャリー?』
『ううん、大丈夫。もっとやって、ホークスおじさん!』
シャリーは目をキラキラさせながら、一心にホークスを見上げる。
『ははははっ、また後でな。温泉でティナが待ってるぜ、シャリー。一緒に入ろうって。さてさて……麗しいレディを、恐れ多くもこの卑しい盗賊めが温泉まで御案内差し上げます。ささっ、お嬢様。お手を拝借いたしやす』
ホークスは、いかにも生真面目にそう言って膝を片膝を折り、慇懃に頭を下げてシャリーの小さな手を取る。
『うんっ! ねえ、ライルおじさん達も来てるの?』
『いいや。みんなちょいと忙しくてな。今回は俺様だけだ。んでも、そのうちきっとまた会えるさ。シャリー、後で俺と一緒に遊んでくれねえか? ティナのやつは遊んでくれねえんだよ。殴るばっかだしな』
『うん、いいよ! ……あのね、ホークスおじさんがくれた四つ葉のクローバーね、押し花にして聖書のしおりにしてるの』
『そうかそうか。うんうん。うれしいねえ、こりゃ。来たかいがあったってもんだ』
盗賊と修道服姿の小さな女の子が、手をつないで奥の露天風呂の方へと歩いていった。
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その日のシャリーは、初めての『温泉』に大はしゃぎしてしまう。
それに湯から上がれば、面白いホークスおじさんが遊んでくれるのだ。
最初のうちはまだちょっと硬い所もあったシャリーだったが、もうすっかり打ち解けている。ホークスに肩車までしてもらいながら、外で色んな種類の温泉を見せてもらう。子供好きなホークスは、自身もまるで子供のようにシャリーと遊びながら、それでも危険な場所では心から真面目な顔つきでシャリーの顔をのぞきこみ、絶対にしていけない事を言い聞かせてやっていた。その時はシャリーも神妙な顔つきで真剣に耳を傾けていた。それが済むとまたホークスは『面白いお兄さん』の顔に変わって、シャリーを楽しませてやるのだった。
なかなか、こういう事ができる大人の男は珍しい。
子供は、相手が自分にちゃんと向き合ってくれているかどうかを、敏感に感じ取る。一人の人間としてつき合ってくれているのか、それをたちまち見抜く。そういう大人の言葉には、子供は素直に耳を傾けてくれる。
ティナが見る所、シャリーにとってホークスはどうやら、満点合格のようだった。
夕食を食べ終えると、疲れが浮いてきたのか、シャリーはたちまち眠そうに目をこすり始めた。ティナがそんなシャリーを抱き上げてやると、少女はティナの肩に頭を預けて眠ってしまった。両腕で小さなシャリーをだっこしてやっているティナは、もう例えようもないくらい幸せな顔をしている。
普段は男勝りで気丈な彼女も、こうした場面ではやはり女性としての顔を見せる。いつか、自分にもこのような子供が授かる日が来る事を、ティナは夢見てしまっている。
そんな二人を、ホークスが何やらうれしそうに見守っていた。
それは彼が幼い頃には、誰からも与えられなかったぬくもりの形でもあった。母親に捨てられた彼は、妹のみじめな死を目の前にして、すさんだ少年時代を過ごす事になった。誰も信じず、誰にも頼らず、近づく人間全てに対して牙を剥いて生きてきた。
そんな昔の自分の姿を思うにつけ、このシャリーにはもっともっと幸せになって欲しいと思う盗賊であった。




