盲目の剣士 Blind Sordsman
ひとしきり笑いが収まると、とうとうエヴァはその手を止めた。
きれいになったロメオスの右手に、あれからの帰り道で拾っておいた杖替わりの真っ直ぐな枝木を握らせる。
「よし! ここに最初にあんたが来た時と比べりゃ、ずいぶんマシになったもんだ。……さ、行くんだよ」
杖を持つ彼の右手を上から握り、洞穴の外まで導いてやる。ロメオスはうつむきながらも、エヴァの柔らかな手の導きに静かに従った。
エヴァの心を汲み己の心を決めて、ロメオスは無言で杖を使いながら、ゆっくりと歩を進め始めた。
彼が二、三歩離れたくらいで、エヴァのためらいがちな声がした。
「あ、あのさ」
くるりとロメオスは振り向く。
少し間を置いて、再びエヴァがそっと口を開いた。
「あんたの名前、教えてくれないかい? そりゃ、他の人達があんたを呼んでるのは耳に入ってるから、知らない訳じゃないけどさ。……でも、あんたの事を胸に思い出す時、使いたいから。だから、あんたの口からちゃんと教えて欲しいんだ。心配しないでいいよ。あんたがここに居た事は、あたいは絶対誰にも言わない。ここのみんなもそうだ。訳アリなのは、みんな同じなんだ。ここに居たなんて、あんたの恥になるような事を言いふらすような人間はいないから」
軽くうなずいて答える男。
「俺の名は、ロメオス。かつて、ジューダス王国の将軍をしていた」
「やっぱり武将さんだったんだ? しかも、将軍様ときたもんだ。へええ。……うん、これで後であんたの事を思い出す時に、気兼ねなく呼べるよ。ありがとう、ロメオス。助けに来てくれた時、ホントにうれしかったよ。……昨日の夜もね。心配しないでいいよ。あたい、あんたの事は絶対、誰にも言わないか……」
彼女のその言葉は、いきなり進み出て抱きしめてきたロメオスの腕によって遮られた。
エヴァの身体をすっぽりと包みこんで、ロメオスは心から告げる。
「構わぬ。この『穢れの谷』に居た事は、俺の誇りだ。俺だけの真実をこの手に掴んだ場所だ。俺は決して、忘れない。この場所を……そして、お前を。俺の魂に刻みつける。エヴァ、俺はお前の心と共に歩もう。お前の心を一緒に連れてゆこう。俺の心がまた道を誤りそうになった時は、お前のハリセンで心の闇を張り飛ばしてくれ。俺は、そうして生きてゆこう」
エヴァの顔に、うれしそうな笑みが広がってゆく。
「ああ。あんたが弱気になったら、何千回でも引っぱたいてやるよ!」
瞳に美しい涙を煌めかせながら、エヴァはロメオスの大きな身体に腕を回して、その想いを込めて抱きつく。
しばし後、エヴァが腕を解く。
「さ、行くんだよ。時が満ちた。あんたを待ってる人達がどこかにいる。あたいが死んで魂が抜けだしたら、真っ先に会いに行くからさ、ロメオス」
「うむ。その前に俺が命を落としたら、俺がお前に会いに行こう。身体を大事にするのだぞ、エヴァ。世話になった。お前に会えて本当によかった。……これが、神の愛なのやもしれぬ。まだ、わからぬが。さらばだ」
エヴァに背を向けると、ロメオスは歩み出す。
右手の杖で行く手を探りながら、見えぬ目で真っ直ぐに前を見据えている。その行く手に待つ何かを、心の目で感じ取ろうとしている。
これから何があっても、生き抜こうと思っている。
己に与えられた命が尽きる、その時まで。
腰にある、この『地を駆ける片翼のペガサス』の家伝の剣と共に。
エヴァの心と共に。
遠ざかってゆくロメオスの背中を見送っていたエヴァが、何やら言いそびれた事があったようで、両手を口に立てて大声で呼びかけた。彼女の張りのある声が谷間中に響き渡る。
「あのねえ~! あたいだから大丈夫だったけどねえ、七回はちょっと元気あり過ぎだよっ! これからは相手の女の事も考えて、ちょっとは控えてあげなよ~~っ!!」
石につまずいてロメオスがコケた。
それを見て、今度はエヴァの腹の底から湧いてくるような、明るい楽しげな笑い声が響き渡っていた。
~~~外伝2【心の目】終幕~~~
---------------------------------------------
う~ん、おあとがよろしいようで……
ティナ「よくないっ! 下ネタでオチるなあっ!!」
(ハリセンでスパーン!)
エヴァ「甘い! もっと腰を入れて手首を利かせて、こう!」
(またもスパーン!)
ティナ「こうですか、師匠?」
(かなり良い一撃)
エヴァ「そうそう、こんな感じだ」
(お手本の一撃)
ううっ、い、いたい……(半泣)
下ネタに走ってしまいました。女性の皆様、すみません。
外伝第二弾は、敗将ロメオスのその後を描きました。
価値観の崩壊、無意識に頭にすりこまれている歪んだ思考。敗北という罪と屈辱。
そうした心の闇から彼が再び立ち上がるまでの、大きな転換期を描いてみたくなりました。
実は、敵役の中では、自分が一番思い入れがあるというか印象深かったのが、このロメオスなのです。ライルの宿敵、サカムビットよりも存在感がありました。彼もまた、自分が描いてみたいテーマを秘めていると感じる人物でした。
フタを開けてみたら、予感的中です。
コレを書き始めてみたら、もう、夢中になってしまいました。自分自身が早く続きが読みたくて、どんどん書かされてしまったような感じでした。
<このエピソードのネタばらし~♪>
・『盲目の剣士』、『心眼剣』という言葉の響きに憧れて
・ 自分が精神病院に入院していた時の体験を再び見つめ直して、心の整理をと
※注)『穢れの谷』での「心の病を負った人々」の描写に関しまして、誤解のないようにお願い致します。あくまで作品の荒涼とした雰囲気の演出を優先した描写です。誤解を招く表現を用いた事をお詫び致します。(自分の場合は、もっとのんびりしたモンでした)
・ ハリセンがどうしても使いたかった
これらをメインにして(ハリセンもメインかいっ!)、物語を書き始めたら、もお、色んなテーマがどんどん盛り込まれてゆきました。とっても楽しかったです。
次回の外伝は、【ナイフをいじる少年】。
盗賊ホークスが主役のエピソードです。(お待たせしました!)
おどけた道化師の、本当の顔を掘り下げてゆきます。
ティナを捜し出したホークス。
二人が別れるまでのラブ・ストーリー。そして、
ホークスがまどろみの淵で見た夢……遠い少年時代の物語がメインになります!
ホークスの胸に宿る、今は亡き偉大なる(?)女ったらしな師匠の登場……いてっ。
(謎の男『コラッ! これから読んで下さる読者様に変なコト吹き込むんじゃねえ、オラッ!』)
いてっ! はううっ……うぐぅ……
――(しばらくお待ち下さい)――
じょ、女性に対してとても優しい、高貴で精悍、美麗でダンディーな師匠の登場です……
(謎の男『よしよし、そうだそうだ。まあ、いっちょよろしくな♪』)
……ど、どうぞ、お楽しみに……




