↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/162

かつての過ち Past Wrongs

それは、エヴァが食料を袋に詰めて帰る途中の事だった。


木立を抜ける小道を歩いていた彼女は、顔見知りの三人の男によって、木立の奥にある空き地へと引っ張り込まれてしまった。


「イヤだって言ってんだろ! 金も食い物も持ってない野郎にゃ、あたいは用はないっ! はなせっ!!」


両手をそれぞれ男に掴まれ、エヴァはもがく。


「だから、今日は持ち合わせがねえだけだ。我慢できねえんだ。お前も嫌いじゃねえんだろうが? ケチケチすんな。明日、持ってくるからよ」


彼女の正面に立つ男が、彼女の肩に手をかけて撫で回す。

エヴァは身をひねって男の手から逃れ、怒りに燃えて睨みつける。


「お断りだね! 『いつもニコニコ現金払い』それが、あたいの商売のモットーだ。この場ですぐに払う気がない野郎どもに用はないんだよっ!」


「こっちは、お前みてえな醜い女でもいいって言ってるんだ。ありがたく思え! まあ、顔は腐ってても、身体は上玉だって事は認めてるんだぜ」



男の言葉に、エヴァの目が殺気を帯びてギラリと光る。


「……ざけんなっ!!」


言うや否や、正面の男の股間を蹴り上げ、右の男のみぞおちに肘鉄をめり込ませ、返す反動で左の男の鼻柱めがけて頭突きを喰らわせた!


「うげえっ!」

「はぐうっ……」

「こ、この売女(ばいた)……」


エヴァは怯んだ男達から身を離し、威勢良く啖呵を切る。


「はっ! 確かに、あたいの顔は腐ってるさ。でもね、あんた達みたいに心まで腐っちゃいないよっ!! 失せろ! でないと……」


エヴァは顔を覆う布をバッと取り去った。

腐れ病に侵され、青黒くただれた顔面。肉汁が光り、腐臭が鼻をつく。

その肉汁が染みこんだ布を男達の方へ向かって突きつける。


「この布切れを、その顔に押しつけてやる! あたいの顔を身体にすりつけてやるっ! 病気がうつるのが怖かったら、尻尾巻いてとっとと逃げなっ!」



その時、一人の男が素早くエヴァの背後に回って、彼女の顔を上着でくるみ込んで引き倒した! もう一人の男が彼女の腕を踏みつけて、彼女の顔を覆っていた布きれを蹴り飛ばす。



「ちっ、全く手間かけさせやがって。初めからおとなしくしてりゃいいんだ。おい、最初は俺だぞ。いいな?」


叫び声をあげながら、めちゃくちゃに手足を暴れされるエヴァ。


 しかし、三人の男の手にかかってはどうしようもない。押さえつけられてしまう。怪我をさせられるのを恐れてか、やがて彼女はあきらめたように抵抗をやめた。服を脱がされるままに、じっと耐えている。


下着に男の手が伸びた時、彼女はビクッと身体を震わせた。

顔をくるまれているエヴァは叫ぶ。


「いやああああっ!!!!」



その時だ。

汚いボロを身にまとった一人の若い男が、一同の前に姿を現した。


「お前達、エヴァに何をしている!? その女から離れろっ!!」


腹の底までズシリと響く凛々しい声。ロメオスだ。


 ロメオスは、彼女の帰りが少し遅いようなので、なんとなく嫌な予感がして彼女を迎えに出向いたのだった。言い争うようなエヴァの声をかすかにきき、その声の方角に駆け抜けてきた。途中で何度もひどく転んだが、すぐに立ち上がって再び走った。そして、ついにここを探し当てたのだった。



彼の声が聞こえたエヴァは再び叫ぶ。


「ダメだ、逃げるんだよっ! 目の見えないあんたが手を出したら、袋叩きになるのがオチだ! 逃げなっ! あたいなら、用事はすぐ済むからさ……」


言われて逃げるロメオスではない。

気配のする方に向かって迷う事なく近づいてゆく。


そんな彼を牽制するかのように、男が声をあげる。


「俺達ゃ、この女の客だ。今日は持ち合わせはねえが、後で払う。邪魔するな」


ロメオスの顔色がピクリと変わった。


「客……? どういう事だ」


男達は顔を見合わせると、やれやれといった感じで口々に告げた。


「なんだ、お前知らねえのか? この女はな、ここらじゃ有名な売女だ。安いんで客も多い。顔が腐ってるから、キスとかは無理だけどよ。まあ、他は普通だから俺達ゃ別に気にしねえさ。みんな何度も寝てるぜ、この女と」


「おいおい、見た感じじゃ知り合い同士ってトコみてえだが、そんな事も知らなかったのか? なんだかショックみてえじゃねえかよ。惚れてんのか、こんな汚い女に。ぞっとしねえな。ははははっ」


あざけり笑う男達。



この時、ロメオスは初めて知った。

彼女は、そこまでして人々を支えていたのだ。

おそらくは、自分が口にした食べ物も、彼女が身も心も削るようにして稼いできたものだったに違いない。


この女は……この人間は……

そうまでして、弱き人間達を救ってきていた。


俺は『平和な世界』を目指して闘い続け何人もの命を奪い去り、挙げ句の果てに敗北という結果に終わった。結局、一人の人間すら救えなかった。


その一方で世の片隅で、このようにしてまで人々を確実に救ってきた一人の女がいる……


この女は、エヴァという女は……



エヴァは悔しさに唇を噛みしめている。

「ぐ……ちくしょう、ちくしょう……」



その男達の笑い声は、ロメオスの怒りに満ちた静かな低い声に遮られた。


「……その女を、放せ! 下衆なお前達に、その高貴な女に触れる資格はないっ!! その女を笑う事、俺が許さぬ!!!!」


ぞくりとするような殺気が、ロメオスの全身から溢れ出している。



「『高貴な女』だとお!? この激安の売女が? はっ、馬鹿じゃねえのか?」


エヴァの下着に手をかけようとしていた男がそう口を開いた時、彼女の狙い澄ましたケリが、またも男の股間に炸裂した。


「うごおっ!」

たまらず男は前のめりに悶絶する。


それを皮切りに、ロメオスは残る男達に飛びかかり、乱闘が始まった!



 拘束を解かれたエヴァは、顔を覆う服をはぎとり、素早く起きあがってその場から離れる。少し離れた所で、目の見えないロメオスの闘いを心配そうに見守る。


 しかし、盲目のロメオスが三人の男を相手にするのは、無謀とも言えた。またこの男達は、普段は追い剥ぎなどをして稼いでいる。闘いに不慣れという訳ではなかった。


 男達は、見当違いに振り回されるロメオスの拳をやすやすと回避し、的確に殴りつけてくる。ロメオスの拳が意外に鋭く早いのを察し、さっと離れて間合いを取り、連携攻撃で畳みかけてくる。一人がロメオスをひきつけ、残る者が彼の拳の死角に回っては殴る、蹴る。翻弄されたロメオスの拳は、空を切るばかりだ。



やがて、足をかけられて転ばされたロメオス。

容赦ないケリが彼の顔面、腹、背中を次々に襲う。


みかねたエヴァが飛び出してきた。


「やめろっ! 目の見えない人間を……お前ら、それでも男かいっ!」


「うるせえっ、黙れっ! 強いモンが好きなようにする。それが世の仕組みってやつだ!」


男が彼女の腹を殴る。

たまらず、エヴァはくずおれる。



何度も何度も身を襲ってくる痛みに耐えながら、ロメオスは己のふがいなさを呪った。


「(俺は多くの人々を救おうと思っていた。それが、この様は何だ? 俺には一人の女を守る力すら無いのか? そんな人間が、多くの人間達を救おうなどと思い上がっていた……愚かだ。俺は愚かだった)」


なんとか立ち上がろうとした矢先、彼の顎先が蹴り上げられる。


「(『強い者が好きなようにする』……同じだ。俺がしてきた事は、この男達のしている事と同じだった。昔の俺と、この醜悪な男達とは何も変わらない。同じだ。これが、俺が人々にしてきた事だったのか……なんと醜く愚かな……)」


衝撃にロメオスが仰け反った所を、背中から蹴られて彼は両手を地について這いつくばってしまう。切れた口から血を吐き出す。


「(やはり、こんな俺には無理なのか? 守るべき人間も救えないのか? この一人の女を守る事さえできないのか?)」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。