男らしくない男 Not Real Man?
取り巻いていた自警団は、いきなりの事態にティナ達より出遅れた。あと少しで彼女達が辿り着くという所で、ジラルドが残る左手でエルザの喉を鷲掴みにする。
「来るなあっ! それ以上近づけば、この子を殺すっ!!」
首を絞められているエルザは、それでも小さな声をあげる。
「お願い、ジラルド叔父さん、もう止めて。いつものジラルド叔父さんに戻って……」
「うるさい、黙れっ!」
ティナ達は動けない。じっと、男の隙をうかがう。
その時、一陣の突風がジラルドを取り巻いて吹き抜けた。
激しい風に、思わずジラルドが目を閉じる。
「今だよ! お姉ちゃん、リデル、エルザをお願いっ!!」
ウィードの叫び。
この『風使い』の少年が、シルフに頼んで風を起こしてもらったのだ。
すかさずティナが飛びこんで、男を突き飛ばしてエルザを抱きかかえて離脱した。反動で腰をついたジラルド。それを見て、自警団が一斉に取り押さえようと近づいてくる。追いつめられて腰をつき後ずさるジラルドの左手に、先程取り落とした短剣が触れる。
自暴自棄になった彼は、それを左手で拾い上げると、迷う事なく自らの喉に突き立てようとした!
その時だ。
「やめてくださあいっ!!!! こんなの、もうやめてくださあいっ!!!!」
リデルが飛び出し地に滑り込むように転がり込んで、ジラルドのナイフの刃を両手で握りしめて取り上げると、思いっきり遠くへ投げ捨てた。彼の左の手の平から、刃で斬れた血が流れ落ちる。
うなだれてジラルドはうめいた。
「もう、俺は終わりだ。死なせてくれ……」
先程の威勢を失い、力無く肩を落として地に腰をついている、そんな夫の前に妻のミランダが進み出て、打ち明ける。
「あなたの子供が、私のお腹の中にいるの。でも、変わってしまったあなたと一緒に、この子を育てていく勇気がなかった……それで……」
今度はウィードに支えられているエルザが声を張り上げる。
「ジラルド叔父さんは悪くないの! 私が『誘拐ごっこして』ってお願いしたの。私がいけないの。だから、叔父さんは何も悪くないの!」
優しいジラルド叔父さんを信じて、エルザはそんな悲しい嘘をつく。
唖然として言葉を失うジラルドだった。
「エルザ……ミランダ……お、俺の子供……!?」
そんなジラルドの前にリデルがしゃがみこんで顔を覗き込み、瞳に涙を一杯溜めながら、必死で懇願する。
「もう、こんなのやめて下さあいっ! こんなのって、こんなのって、ダメですよう……。お父さんがいなくなったら、これから産まれてくる赤ちゃんがかわいそうですよう。奥さんと赤ちゃんを、あなたが守ってあげなくちゃあ……。まだあなたを信じてくれてるエルザちゃんもかわいそうですよう。あなたが死んだら、エルザちゃん、泣いちゃいますよう……」
一心にそう告げるリデルの瞳から、一杯に溜まった涙がとめどなく溢れてきている。
「あなたは、生きなくちゃあ! あなたにしか、この世界中であなたにしか守れないものがあるんですよう……。だから、こんな事しちゃ、こんな事しちゃ絶対にダメですよう……うぐっ、ううっ……ひっく、ふぐぅっ、うううううっ……」
リデルはしゃがみこんで、顔をくしゃくしゃにして、肩を震わせながら子供のように泣きじゃくっている。告げる言葉はこみあげる涙につっかえ、声も時々裏返ってしまっている。彼は何度も何度も腕や手で目をこするのだが、その涙は止まらない。すすりあげる鼻水も止まらない。大の男が、本当にみっともなく泣きじゃくっている。
そのリデルの泣く様子は、確かに、とてもとても無様で格好悪く男らしくなかった。
あまりに情けなくも見える姿であった。
しかし、その場に居合わせた全ての人々の胸を打った。
彼は、人間に与えられた美徳の一つを持っていた。
人を思いやる美しい涙だった。
そうしたリデルの姿に、救われた者達がいた。
人のために流せる涙を持つ人間の存在に、ジラルドは救われた。彼はうなだれて抵抗を止め、おとなしくなった。静かに、罪を受け入れた。
それにより、ジラルドだけでなく、妻のミランダ、そのお腹の赤子、刃をつきつけられたエルザの心も救われる事になる。
その後ジラルドは生まれ変わったようになり、妻に暴力を振るう事はなくなる。今まで妻に心配かけまいとして胸にしまい込んでいた、仕事や自分の性格に関する様々な悩みを少しずつ妻に打ち明けるようになる。
妻のミランダは、そんな夫を優しく励まして支えてやる。かつて、自分が好きになった男の顔が戻ったのだから。やがて、二人に待望の子供が産まれる事になる。元気な女の子だ。ジラルドは妻のミランダと相談して、娘の名前を決めた。
夫にとっては自分の過ちを止めてくれた男、そして妻にとっては、大切な夫の命と心を救ってくれた恩人の名前の一部をもらう事にしたのだ。『リデル』の名前の最初の方をもらって、愛しい我が子に『リディア』と名付ける。
人質になったエルザの家族との関係も良好だ。エルザはその後、遠方の眼科医に目の手術を施してもらい、その瞳に光りが戻る。手術するのを怖がるエルザを、何かと浮浪児の友達・ウィードが励ましてやっていたようだ。そしてエルザは、妹のようにこのリディアをかわいがった。
ジラルドは一層家族を愛するようになり、仕事にも励むようになる。そんなジラルドに対して、この事件を知る人々も徐々に再び信頼を寄せるようになっていく。劣等感に悩まされていた以前の彼は、もういない。いじけたプライドなぞ、愛する妻と子のためには邪魔になるだけで必要ない。彼にとっては、妻と子が側にいてくれれば、その笑顔を見る事ができれば、もうそれだけでいいのだから。
こうした小さくも尊い幸せが、今自分の足元で情けなく泣きじゃくっている、このリデルによってもたらされる事になろうとは、ティナは想像もしていないが。
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その翌日。
エドの街から立ち去ろうとするティナと、それを見送るリデルとウィードの姿がある。エルザにシャロンおばさんやエドの街の人々、それにウェインとティアラの姿まである。
あの立てこもり事件の後、ティナとリデル、それにウィードも、シャロンおばさんの切り盛りする飯屋に招待されて大歓迎を受ける事になった。顔の広いシャロンおばさんなので、ティナの来訪は瞬く間に噂になって、大勢の人々がごったがえして大宴会となってしまった。エドの街の復旧に忙しくしているはずのウェインにティアラも、知らせを受けて夜中に急いで駆けつけてきたものだった。
「うわあ、ティナさん! また会えてうれしいよ。光栄だ。髪を切ったんですね! とても素敵ですよ。あなたにはどんな髪型も似合うに違いないけど、特に良く似合ってる」
爽やかな笑顔を見せるウェインの白い歯が、一層まぶしくキラッと煌めく。ティナにしっかりと力のこもった握手を交わしつつ、握る彼女の手を素早く返してその甲にキスをする。
目の前でぬけぬけとそんな事をされたティアラの顔が、般若のごとき形相に変わる。
「ウェ・イ・ン~~~っ!!!! あんたのそのクセ、いい加減に直さんかっ!!」
「はうああっ!!」
容赦ないティアラの平手打ちが炸裂し、ウェインの頬に、きれいな「もみぢ」ができている。
ティナの周りには、鼻の下を伸ばした男達も、潤んだ瞳で一心に見詰める乙女達も群がってしまい、その対応にうれしくも困ってしまったティナだった。リデルは皆にどんどん酒を勧められる。「俺の酒が飲めねえのか?」という言葉に、気弱な彼が断れるはずもなく、あっという間に酔いつぶれてしまい、横になって苦しそうにうなされていた。
そんな修羅場(?)をくぐり抜け、やっとこうして旅立つ事のできるティナだった。
ウェイン達と別れを告げたティナは、少年ウィードの前に立つ。
彼女はずっと気になっていたのだが、やはりそうだ。この少年の側に、いつもシルフがくっついているのだった。思わずティナは、ウィードに尋ねずにはいられない。
「ねえ、ウィード。このシルフって、どうしたの?」
ウィードは目を丸くして驚く。
「え! ティナお姉ちゃん、この子が見えるの!?」
「あんたやっぱり、このシルフが見えてんのね? 誰か、精霊使いに鍛えられたの?」
「ううん。そんな事してないけど」
今度はティナの方が目を丸くする番だ。
「信じられない……こんなに子供なのに。あんた、すごい素質を持ってるわ。シルフが自分からこんなに人間を慕ってるなんて、初めて見た。あんた、鍛えれば絶対に風の精霊使いになれる。私が保証する。よし、私があんたを鍛えてあげる。そのシルフと正式に契約を結ばせてあげる。そうすれば、この子、もっと風の精霊として力を発揮できるようになるの。姿だって、誰にでもはっきり見えるくらいになるし、身体も成長して大きくなるの。どう?」
急に言われて、戸惑うウィードだ。
「どうって言われても……そりゃあ、なれるんなら、なってみたいよ、精霊使いに。でも、この子の気持ちだって聞かないと。だって、いきなり自分の身体が大きくなるなんてさ、あんまり気持ちのいいもんじゃないと思うんだけど……」
ティナは、ウィードの左肩の上でまじまじと話を聞いていたシルフに向かって話しかける。
「ねえ、あなただって、ウィードと契約できたら、うれしいでしょ? ウィードから『気』がもらえるようになるの。それに、今よりもっともっとウィードの力になれるんだから。あなた、まだ突風くらいまでが精一杯でしょ? でもね、ウィードと契約を結べば、小さな竜巻も起こせるようになるし、『風の盾』なんてのもできるようになる。ウィードが危ない時、あなたの力で守る事ができるようになるのよ。それにねえ、もう一つ『いい事』があるんだけど……」
ちょいちょいと、ティナはシルフを手招きする。
何事かと、すい~っと宙を滑って近寄ってきたシルフに、小声でヒソヒソと耳打ちする。
「(あのね、身体が大きくなるってのはね、体つきも大人っぽくなるって事なの。胸だって今よりずっと大きくなるのよ~。ウィード、きっとびっくりするんだから。あなただったら、絶対かわいくてイケてる感じになると私は思うけどね~♪)……ね、どうかしら?」
『は、はいっ! もう、ぜひ! ねえねえ、ウィード。早く一人前になってよ!』
ティナから耳にした『いい事』に感動し、もう声を弾ませて一心に告げるシルフだった。
「う、うん。君がいいんなら、僕はやるよ。お願いします! ……でもティナお姉ちゃん、もう少しだけ待ってくれない? エルザが目の手術するまで、僕、側に居てあげたいんだ。あと、三ヶ月くらい」
ティナは腰に手を当てて、大きくうなずいた。
「よし、わかった。ど~んと任せなさ~い! じゃあ、三ヶ月したら迎えに来るから。私が住んでた森の家で特訓ね。まあ、きっとあんたなら三~四年あれば精霊使いになれるわ」
「そ、そんなにかかるの!?」
「あんた次第ね。素質は私よりずっとあるから、もっと短くて済むかもしれない。でも、二年は覚悟しときなさい」
心を決めたウィードだったが、世の荒波に苦労している彼には別の心配事もあった。こんな事を尋ねる。
「あのさ、僕、お金とか全然持ってないよ。生活はどうするの?」
「心配しないで。あんたと私が当分楽に食べていけるくらいは持ってるから」
(今までティナが得ている財宝は、それくらいの額に達しているのだ。サカムビットの財宝も、かなり貢献している。まあ、サカムビットに使われるよりは、世の中のためになる使われ方だろう)




