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かなり遅めの朝食を終え、お茶を飲んで一息つく頃には、ティナの二日酔いの気分も良くなってきた。
「ふうっ、おいしかったあ~♪ ごちそう様、リデル。あんた、料理の才能あるって」
「お粗末様でした。ティナさんの口に合って、僕もうれしいです」
先に食べ終えたティナが、片肘をテーブルについて顎を乗せ、足組をしながらリデルを見詰める。リデルは彼女に見詰められて、何やら食べにくそうにしているが、なんとかモグモグと口を動かしている。彼は食べる時によく噛む方らしく、もどかしいくらいに一口ごとが長いのだ。
ふと、部屋の片隅に布の袋で覆われた、細長いものが壁に立てかけてあるのが目に入ったティナだ。それは少しだけ緩やかな波打つ曲線を描いて、天井に届く位の長さがある。
「ねえ、リデル。あれって、なあに? 釣り竿?」
尋ねるティナに、大根サラダをシャクシャクと噛んでいたリデルが、飲み下してから答えた。
「弓なんです。弦が張ってないから、そんな感じに見えますかね」
驚いて、思わず目を丸くするティナだった。
リデルと武器とは、どう考えてみても結びつかない。
(調理道具や裁縫道具なら似合い過ぎるが)
「リデルって弓が使えんの!? 意外ねえ。あれって、かなり長いんじゃない? ロング・ボウなんて、引くのに結構、力が要ると思うけど……あんたが引けるの? そんな細い腕で」
ちょうど食べ終えたリデルは、お茶を一口飲んでから、にっこりと笑いかける。
「ティナさん。弓って、腕力で引くものじゃないんですよ。胸で割るんです」
「はあ?」
わかりにくい事を告げるリデルだ。
でも、表情は真面目そのものだ。
ティナが怪訝そうな顔をするので、リデルは言葉を重ねた。
「胸で開くっていうか……背中を締めるっていうか、とにかく、腕の力ってそんなに要らないんです。あの長弓の場合は。東の方の国の弓なんですよ。弓に対する考え方が違うんです。こちらだと、『どれだけ速く強く、正確に的を射抜く性能があるか』って事ばかり求めますけど、東の方の国では、矢を射る事自体に、もっと精神的な奥深さを求めるんです。的に当たる、当たらないよりも、心の在り方を重視します。それに、かえって小さい弓の方が余計な腕力が必要だと、僕は思いますよ。本当に腕の力だけで強引に引くしかないですからね」
静かに穏やかに告げるリデルだ。どうやらリデルは、その『東の方の国』に縁があるらしい。見かけは、そうは思えないのだが。
(その国は、多分皆さんが想像してらっしゃる通りの国だと思います)
「ふうん、なんかよくわかんないけど、結構自信ありそうじゃない。あれを使って、リデルもジューダス軍と闘ったって訳だ。あんたがねえ」
「い、いいえ……僕、補給班でしたから」
「はあ? なんで弓で闘わなかったの?」
不思議そうな顔をして問いかけるティナに、リデルは顔を赤らめて目を伏せ、もじもじと口を開く。
「あのう……僕やっぱり、そういうの全然ダメなんです。殺し合ったりするようなのは、怖くて……自分が相手を殺しちゃうのも、もっと怖いし……それに、あの弓は人の命を奪うためのものじゃないですから」
素直に正直に『怖いから』と打ち明けるリデルに、納得といった顔をするティナだ。
それが、一般的な人々の本音だろう。決して、リデルが臆病過ぎるからとも、一概に言い切れないかもしれない。むしろ、強がりを言って虚勢を張り、弱い立場の相手に圧力をかけているような人間よりも、リデルの方が潔いように感じる。本当の意味での『強さ』は、自分の弱さを認められないような人間には、決して訪れる事はない。相手の心の痛みを感じられない人間には、決して『人間としての本当の強さ』を手に入れる事はできない。そうした意味では、リデルはまだ見込みがある。
それでも、矛盾した心を抱えながらも、闘うべき時・立ち上がるべき時、時には非情に徹して相手を倒さねばならない場合もあると、ティナは思うが。
「ふうん……ま、確かにリデルには無理かもしんない。でも、なら何のために弓をやる訳?」
リデルは静かに瞳を輝かせながら答える。その落ち着いた口調は、ティナに魔術師ノエルを思い出させる雰囲気がある。(戦闘時には、明らかな違いが出てしまうが)
「小さい頃、僕、身体が弱かったんです。それで、おじいちゃんが身体が丈夫になるようにって、教えてくれたんです。でもね、ティナさん。『弓の道』ってのは、相手を倒す事が目的じゃないんです。自分自身を見つめ直して、心を正しく保つためにあるんです。静かに心を整えて、正しい型を守って弓を引き絞り、一つの的に心を研ぎ澄ましている間、無限の時間を感じる事ができるんです。森羅万象に溶け込んで、自分が消え去ってしまうような……でも、確かに自分がここに在るっていうような、そんな気持ちになれるんですよ」
ティナは小首を傾げている。
彼女には、リデルの告げる『弓の道』はよくわからなかった。
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さてさて……
気持ちの良い青空が広がる初夏の昼下がり、連れだってエドの街を歩く二人の姿がある。
ティナは、例のリデルの服をきちんと着ている(当たり前か)。デニム姿で歩く様は、活発な性格の彼女に似合ってるかもしれない。
ティナの服が乾くのを待つ間、エドの街へ買い出しに繰り出したのだった。リデルは食材の買い出しに、ティナは髪を切り、服を買うために。
思い切って、かなりショートカットにしようと、ティナは思っている。実際、そうしてもらった。男とそんなに変わらないくらいに、さっぱりと刈ってもらった。首まで髪がかからないくらいだ。少しウェーブをかけてもらってはいる。
ちょっと、雰囲気を変えたい気分だったのだ。
あのような別れ方をしてしまった彼女は。
新しい服も、下着までも買おうと思っている。靴も欲しい。あまりしない化粧品も試してみたい。こんな事で、心の奥まで変えられるものではない事は百も承知だ。
でも、これだけの買い物をするのは久しぶりなので、ティナは楽しい。リデルを引っ張り回して、あちこちの店を覗いている。
(下着を買う時、リデルの反応を見るのがまた楽しいのだ。嫌がる彼を、無理矢理ランジェリーを扱う店へ引きずり込み、『これがいいかな♪』などと、きわどいショーツを広げて見せるのだ。純情なリデルは、そんな攻撃に耐えきれず鼻血を出して店の奥で寝かせられ……結局は、それも買ったティナだ)
リデルに買い物袋の山を持たせて、かなりゴキゲンなティナだった。
(結局、リデルは自分の買い物ができてない。それが男の悲しき定めじゃ)
「ずいぶん買いましたねえ、ティナさん」
「そうね~。ちょっと気分を変えたかったの。どう、この髪型?」
「とっても似合ってますよ。そのルージュも素敵です」
「よしよし♪」
素直なリデルがそう言うので、ティナはまんざらでもない。彼女はニコニコして、リデルの先を軽やかに歩いている。そのように明るくはしゃぐ彼女の様子を見て、リデルの胸に昨晩のティナの様子が、対照的に鮮やかに浮かぶ。
彼女は、とても強かった。
自分など足元にも及ばない程、勇敢だった。
でも……
彼女は、とてもつらそうだった。
とても悲しそうだった。
とても寂しそうだった。
「……あの、ティナさん」
「なあに?」
チラリと振り向くティナ。
「大好きな人と別れてつらい時は、思い切り泣いたっていいと思いますよ」
静かにそっと、不意にリデルはそんな事を言う。
とてもとても優しく。
一瞬、言葉を失ってしまったティナだった。
思わず立ち止まってしまう。
しかし、やがて彼女はつかつかとリデルの前に立つ。
「生意気言うな」
両手が買い物袋で塞がっているリデルの両頬を、左右からつねる。
「は、はひ……ごめんなひゃい」
ちょっとティナが強めにひねりあげているので、リデルは童顔を歪めて半泣きだ。
情けなくて面白いので、ティナはまだつねっている。
リデルは、いぢめがいがあっていい。
こうしていると楽しい。
「もう一度!」
「ご、ごめんなひゃあぃ……」
「よしよし♪ 素直でよろしい」
やっと彼女は手を離してやる。
もう一層ニコニコしているティナだった。上機嫌だ。
リデルは、本当に面白い。からかっていると飽きない。
ティナは輝かんばかりの笑顔を見せている。
何やら、とてもうれしいらしい。
(子供扱いされているリデルは口を尖らせているようだが)
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そんな事を二人がしていた時。
何やら、大通りに面した屋敷の前に、人だかりができているのだ。ざわざわしている。エドの街の自警団の者達が、その屋敷を取り巻いていた。
どうした事かと、野次馬のおばさんに尋ねるティナだ。
「何か、あったんですか?」
話しかけられた血色の良いおばさんは、答えようと振り向いたがティナの姿を目にして驚きに目を見張る。
「いえね……あ、あんた、ティナさんだろ!? まあまあ! あの時は、本当にお世話になったよ。ティナさんが闘ってるのを見て、女衆も勇気をもらったんだよ。女でも闘えるんだって。いつ戻ってきたのさ? こりゃ、こんな事してる場合じゃないねえ。大歓迎しなくちゃ! 私はシャロン。飯屋をやってるんだ。私の所に来なさいって! そこの恋人の兄さんも一緒においで。腕によりをかけて、御馳走しちゃうからさ」
そう言って、ティナの袖をむんずとつかんで引っ張っていこうとする。人の話を聞いてないシャロンおばさんだ。
(『シャロンさん』を覚えていらっしゃる方は、とってもマニアです)
「ちょ、ちょっ、ちょっと待って! ここで何があったんです? ……っていうか、リデルとは恋人なんかじゃないんです!」
そんな風に思われて、慌てるティナだった。シャロンおばさんは、おやまあといった表情だが、気まずそうにしている訳でもない。
「あら、そう? ゴメンなさいねえ。なんだかさ、この子の隣にティナさんが並んでると、『姐さん女房』みたいで、ぴったりしてたもんだから。……おやあ? リデル君の顔が真っ赤だよ。まんざらでもないんじゃないのかねえ? ティナさんも、ホントは憎からずってトコなんじゃないの? はははははっ」
元気良く、ティナのお尻をポンと叩いて、気持ちの良い笑い声をあげてしまう。
「(ひ、人の話を聞いてって!)」
さすがのティナも、おばさんパワーには適わない。
リデルは確かに顔を赤らめて、あらぬ方を向いている。
と、あらぬ方を向いたリデルに、小汚い浮浪児らしき男の子の姿が視界に入った。
思わずリデルは、見知っている男の子に声をかけてみる。
「ウィード! こんな所で何してるんだい?」
リデルの声に振り向いたウィードは、必死の形相でリデルの側にやってきた。
「リデル、エルザが殺されちゃうよ!! どうしよう!?」
「一体、どうしたんだい?」
「それが……」
友達の女の子、エルザを心配して顔を曇らせているウィードの周囲を、断続的に柔らかな風が包んでいる。少年の動揺をなだめようとでもしているかのような風だ。ティナにはウィードと呼ばれた少年の左肩の辺りに、宙に浮いたうっすらとした小さな妖精の姿――耳の尖ったかわいらしい女の子のような姿が見える。
「(これは……シルフ。風の精霊の一つ。なんで、この子の側にくっついてるの?)」
(『風使い』ウィードとリデルは知り合いだ。リデルは、バイトをしている酒場の残り物などでちょっとした料理を作って、店の裏口から浮浪児のウィードに差し入れてやっているのだ)




