臆病な男と炎の女神 Chicken and Goddess of Fire
「お、お、お前ら、やめろよお~っ! うわあああっ!!」
どこからか飛び出してきた若い男が、フライパンを両手に振り上げて、ティナの胸に手をかけようとしていた男の脳天に叩きつけた!
なかなか思い切りのいい一撃で、フライパンの柄が折れてしまったほどだ。
ティナの目の前で、むさい男は白目を剥いてどさりと倒れる。またも顔面を生ゴミの中に突っ込んでいる。
「な、なんだ、お前は!?」
彼女を背後から拘束していた男は、いきなり何が起こったのかわからず戸惑っている。
勇ましく(?)殴り倒した童顔の若い男は、唯一の武器であったフライパンが壊れてしまい、ブルブルと身体中震えながら半泣きになって、いきなり土下座してしまった。
「ご、ごめんなさあいっ! この人はちゃんと僕が手当します! 腹が立つんなら、僕を好きなだけ殴ってください。だから、だからその女の人を放してあげてくださあいっ!」
そう叫んで、何度も何度も額をゴンゴンと地に打ち付ける。その痛みで男の目からさらに涙が流れ出してしまう。鼻水まで出てしまっている。
なんというか……
あんまり情けなくて、見ていると力が抜けてくるような光景ではある。実際、ティナを後ろ手に拘束していた男の手の力が緩んできた。
その隙をティナが逃すはずがない。
身体を反転しつつ素早く腕を引き抜き、優男の股間にヒザ蹴りを炸裂させる!
「うげえっ!」
優男は大事な箇所を両手で押さえて悶絶する。
ティナは、まだ土下座している若い男の腕を取り、急いで引っ張り起こしてやろうとする。しかし、その若い男は相手がティナだとも知らず、男に殴られるものだと思いこんで、亀のように首を引っ込めて両手を頭の上にかざしてしまうのだ。
「うわあああっ! ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ! 殴らないでぇ……」
その臆病振りに、ティナがあきれている。
「あんたねえ、さっきと言ってる事が違うじゃないの! ほらっ、逃げなさい」
「あ!? ……は、はいっ!」
ようやく我に返った男だ。慌てて立ち上がると、くるりと背を向けて一目散に走り去っていった。
「(なんだったんだか……まあ、助かったけどね)」
肩をすくめるティナだった。
股間を蹴り上げられた優男がようやく立ち直り、腰のショートソードを荒々しく引き抜いた。
「女……!」
先程フライパンの一撃で昏倒した男も意識が戻り、頭についた腐ったキャベツの葉を投げ捨てて、ギラギラと怒りの炎を宿した瞳で睨みつける。二人の男は、塀で行き止まりになっているこの場所の出口を塞ぐような形で肩を並べ、ティナにゆっくりと近づいてくる。
対するティナも、自分にこんな事をした男達へ凄まじい怒りの炎を滾らせている。
彼らの手慣れた様子からして、今までにもこうした事を女性に対してしてきているに違いない。心に傷を負った女達が何人もいるはずだ。それを思うと、さらに腹が煮えくり返る。
『女の敵』には、彼女は一番腹が立つのだ。
腕ずくで無理に言う事を聞かせようとする男達や、相手の心の痛みを何も感じる事なく女性に暴力を振るったり、ひどい事をしようとする男達。金目当てで女をだまして利用する男達。
そんな男達にだけは、絶対に負けたくない。許せない。
もちろん、そんなのはごく一部の男達だけだ。本当の意味で彼女が『強い』と感じる男達には、そんな人間は一人もいない。ライルもホークスも、ギリアムも、ノエルも。医者のフォレスに、このエドの街で共に闘ったウェインもそうだ。
彼らの奥底で共通しているのは、『人の心の痛みがわかる』という事だ。それは男に限らず、人間として、とても大切な事だと彼女は感じている。
しかし、それを持たない一部の人間が、この世に確実に存在している事も事実だ。少なくとも今、目の前に二人いる。そしてそれは、この二人だけではないだろう。こうした人間達のせいで、必死で生きている他の人間が余計に苦しむ事になるのだ。
そんな人間達の存在をも赦している神に対して「なぜなのか!?」と、彼女は言いたくなる時もある。抵抗する力も無い幼いシャリーにひどい事をした悪党達など、全員殺してやればよかったと、本気で思った事もある。そんな人間達を生かしておけば、更に多くの人々が苦しむばかりだと以前は思っていた。
しかし、アリアの言動や、命を救われたジューダス軍の敵将ロメオスの口から、麻薬『霧の華』の生産を牛耳っていた黒幕サカムビットの居所を知らされた事実を思うにつけ、人の命や存在意義を、小さな小さな存在に過ぎない自分が決めつけて、命を奪って良いものではないとも、ティナは感じるようになってきてはいる。
「(それでも、)」
ティナは目の前に立ちはだかるムカつく男達を見て思う。
「(口で言ってもわかりそうにない、こんな男どもには、痛みで思い知らせるのも時には必要な事だと私は感じるんだけどね、アリア……)」
ティナがこの『女の敵』に対して、サラマンダー達を召還しようと口を開いた時だ。
さっきの若い男が、直ぐさまバタバタと引き返してきてしまったのだ!
騒々しい足音にむさい男の方が振り向く。優男の方は油断無くティナの方を向いたままだ。若い男は悲鳴を上げながらも、むさい男の怒りの拳をかいくぐってティナの側へ辿り着く。そして彼女の前にへっぴり腰で進み出て、なんとか男達との間に割って入った。
「お、女の人を傷つけたらダメなんです。男は、女の人を守らないといけないものなんですぅ……」
そう告げる語尾は、小さく小さく消え入るような声だ。明らかに無理をしている。
「あ、あんたねえ……早く逃げなさいってば! さっきは、ありがと。あんたの根性、もう十分に見せてもらったわ。私なら、もう大丈夫。だから、早く逃げて」
「ダメです、そんなの! あなたが逃げて下さい。ここは、ぼ、ぼ、僕がぁ……」
童顔の若い男の膝はガクガク震えている。告げる言葉は歯の根が合ってない。筋金入りで臆病な性格なのだろう。それでも、あらん限りの勇気を振り絞って、ティナを守ろうと必死の形相をしているのだ。
ティナは、そんな様子のこの若々しい男を、まじまじと見詰める。そして微苦笑した。
見ていると情けなくも感じる。
もっとしっかりしろ、と言いたくもなる。
でも……
なぜか支えてやりたくなる。力を貸してやりたくなる。そんな気持ちが湧いてくるのだ。この臆病な若い男に対しては。
しかし、向かい合う二人の男達にとっては、この若い男に対してティナのようには思えないらしい。
「情けねえ野郎だ。こんな女みてえな野郎にやられたのか、俺は。くそっ!」
「腑抜けの腰砕けだな。……おい、お前。悪い事は言わないから、こいつに殺される前にとっとと逃げて、ママの乳でも吸って寝てろ。俺達が用があるのは、その女だ」
「おい、俺はこいつを殺さねえと気が収まらねえぞっ!!」
「そんな弱っちい奴、お前が軽く殴っただけで死ぬぞ。俺なら、そんなんでくたばられちゃあ、かえって一層腹が立つからやめとくけどな。ははははっ」
身体中震えている、自分の前に盾となってくれている男をあざ笑う男達に、ティナの顔がみるみる激怒に染まってゆく。若い男の震える肩に手をかけて、その横に並んで進み出て、ティナは男達をキッと睨みつける。
「この子は、あんた達よりもずっと強い! 自分より弱い人間しか相手にできないあんた達なんかより、この男はずっとずっと強い! 確かに、あんた達の言う通り臆病なのかもしれない。でも、この男は自分よりも強い相手に立ち向かう勇気を持ってる。怖い気持ちに打ち勝って、立ち上がる強い心を持ってる。あんた達、今まで一度でも自分よりも強い相手に立ち向かった事があるの? 自分が正しいと感じる事に、身体を張った事があるのっ!? ……この子は、クズみたいなあんた達とは格が違うっ!!」
男達の笑い顔が消えた。そう言い放ったティナに向け、殺気のこもった怒りと憎しみの視線を無言で叩きつけてくる。それを間近で見た若い男は、もうダメだ。へなへなと腰をついてしまった。
しかしティナはこの男達に対して、より一層激しい怒りに身を焦がしていた。険しくも凛々しい美しさを放つ彼女の横顔は、男が見ても女が見ても惚れ惚れとするだろう。
ティナは殺気立つ男達を油断なく睨みつけ、さらに口を開く。
「それに、もう一つだけ言っておく。女をなめるなっ!!」
『我が僕達よ。封じの壁を今解かん……炎の契約に従いて、主たる我に仕え、その力貸せ……出でよっ、フレキ、キリー!』
ティナの紅玉のピアスから、紅蓮の炎に包まれた二体のサラマンダー達が躍り上がる。その激しい炎の熱気と、以前より一段と大きくなった身体をしているフレキとキリーは、炎龍とでも言うべきだろうか。
二人の男達の目が驚きに見開いて、顔を見合わせる。
「二匹のサラマンダー!? って事は……」
「まさか……『紅蓮のティナ』!? このエドの街で闘って、ジューダス軍を追い払ったって噂の……それに、凶悪な闇の精霊使いを倒したっていう……」
「伝説の炎の精霊、不死鳥フェニックスさえも召還した炎の精霊使い!?」
どうやら、ライルやティナ達の活躍は、今や人々の間でしきりに噂されているようだ。
(あのサカムビットとの死闘の様子は、一行の誰も言いふらしたりはしていないのだが……吟遊詩人達はかなり正確に事の顛末を詠いあげているのだ。不思議だ。でも、彼らの情けない場面は把握していないというのも、不思議ではある)
「なんだか知らないけど、ティナは私。……さあ、今度はあんた達が根性見せなさい! 女に暴力振るって自分の好きなようにしたいっていう、あんた達の信念がどれくらい強いのか、身体を張って試してみろっ!! あんた達が、この子を笑う資格があるって事を証明してみせなさいっ!!!!」
凄まじい怒りのオーラが彼女の全身から溢れ、その主人の怒りに共感するサラマンダー達が、一層激しい炎を身体にまとって宙で飛び交う。
その彼女の姿は強く荒々しくも美しく、そして心の奥には温かな優しさを秘めている。不動明王のような激しさをもつ、美しい弁天様とでも言おうか……いや、
――炎の女神――
紅蓮の炎に囲まれた彼女の姿には、そんな言葉がふさわしいかもしれない。




