二日酔いの朝 Hangover Morning
その時ティナは、エドの街の酒場で酔っぱらっていた。
何人もの男達が言い寄ってきたが、全員手厳しく追っ払った。とにかく、一人で飲みたい気分だったのだ。
そのはずだったが……
目が覚めると、一つベッドの自分の隣に、若い男が寝息を立てているのだ!
「んなっ!?」
慌てて自分の身体を見やる。
そして、ほっと溜息をついた。
脱がされている(自分で脱いだ?)衣服は、上着だけだった。靴も靴下も脱ぎ去ってあり、それらは綺麗に整頓されてベッドの側の床に置かれている。おそらくは、横に寝ている若い男が丁寧にそれらを片づけてくれたのだろう。
(酔っぱらって一人で寝てしまう時のティナは、靴を脱がずにいる事が多い。かろうじて靴を脱いでも、そこらに乱雑に転がっているはずなのだ。皆と一緒にいた時は、アリアがそれらを片づけていてくれたものだった)
どうやら、意識を失ってはいても、身を許してはいないようだ。安心はする。
が、たちまち二日酔いの頭痛が襲ってきた。
痛む頭に手を当てながら、横で口を開けてだらしなくよだれを垂らしながら寝ている若い男の様子を確認する。
茶色がかった短めの金髪をしている。前髪はさらりとして額と閉じたまぶたの上にかかっている。口を力無くぽっかりと開けている寝顔は子供のように無邪気な感じで、ちょっと童顔かもしれない。肌は女性のように滑らかで白い。体つきも割とほっそりと見えてしまう感じで、この男が女装したら、かなりイケているだろう。唯一、男らしいとも言えるのは、きりっとした眉くらいか(太くはないが)。
明らかにティナより年下の男だろう。二十歳を超えているのかもしれないが、童顔なので十代でも誰も不思議に思わないだろう。『かっこいい』というよりは、ティナにすれば『かわいい』という雰囲気の男だ。
どうして、こんな見ず知らずの男と一緒にベッドで寝ているのか、痛む頭をフル回転させて、ティナは昨夜の記憶を辿ってみる……
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一人別れた後、彼女は行く当てもなく、なんとなく再びこのエドの街に訪れていた。
結構、街の人々は自分の事を憶えているはずなので、面倒な事にならないように、夜にこっそり訪れた。そして今は廃墟となっているサカムビットの屋敷の前に立ち、しばし思いを馳せたり、人気のない商店街をブラついて、ノエルに買ってもらったカメオのブローチにそっと手を当て、その閉まっている宝石店の前で立ち止まったりしていた。
その後、入った事のない酒場へ入り、一人酒をやっていたのだ。言い寄る男達は追い払う。そんな気分ではないのだった。
忘れたい事……でも決して忘れられない事。
自分にとって、かけがえのない大切な思い出。
忘れようとしても、ますます鮮やかに胸に浮かぶ彼らの顔。その声……
今思えば夢のように楽しかった、あの時間。
それは、両親と死に別れ孤独に生きてきた彼女の心が、ずっとずっと求めていた時間だった。そんな時間が、いつまでも続いて欲しかった。
そんな事、ありえない事なのだとは、頭のどこかでは理解していたはずだった。彼の闘いの終わりが、その時間の終わりなのだとは覚悟していた……はずだったのに。
自分で、そう決めた事だったのに……
もう一度、彼らに会いたい。
また一緒に旅をしたい。
でも、今は……
今は会えない。とても会えない。
苦しくて……本当に胸が苦しくて……
こんなに苦しい思いをするのだったら、彼らと出会わなければよかった。
……ライルと……
そんな事まで、一瞬胸をよぎるほど、苦しかった。
頭からそんな思いを振り払うように、彼女はあびるように酒を飲んでいた。
「(馬鹿ね。私は、もう彼にはたくさんのものをもらってる。彼について行ったから、私は私でいられた。彼に会う前、一人で傭兵してた頃の私なんて……)」
ティナはカクテルのグラスをくゆらせる。
昔の頃の自分の心の姿を、つらつらと思い起こしている。
「(いつも『男に負けたくない』って、無理してた。闘って、周りに自分を認めさせる事ばかりに気をとられてた。なんか、変な感じで焦ってた。そうしないと、自分の居場所がなくなるような気がして……でも、)」
彼女は一気にそのカクテルをあおる。
いつもはワインを飲むティナであるが、今日はワインと半々くらいで、きつめのカクテルをどんどん飲み干している。
(『スクリュードライバー』というカクテルだ。オレンジジュースと、アルコール度のきっついウォッカを混ぜたカクテルで、あまり女性向けとは言えない気が……お、また注文してるぞ。今度は『ブラッディー・マリー』だ。これはトマトジュースとウォッカ。どうやらティナは、ウォッカベースのカクテルが好きらしい。やめとけってば)
「(彼に会って、みんなに出会って、私は本当の私に会えた。心から笑う事ができるようになった。こんな私を、みんな受け入れてくれた。素敵な時間をもらった。前よりずっと、自然に楽に振る舞えるようになった。……私の居場所は、私の中にある。だから、もう私には必要ないの……そう……そのはずなの……)」
自らに言い聞かせながら、酒を飲む手は止められないティナだった。その様子は、絵になるほどに妖しい美しさが漂っていた。
寂しそうな、悲しそうな、いい女。
やはり、男達が放っておく訳がない。新しく店に入ってきた、ガラの悪そうな男達が二人、カウンターに一人座るティナをぐるりと取り囲んできた。この街ではかなり有名なティナであるが、この男達は知らないらしい。旅人達のようだ。
「よお、寂しそうじゃねえか、姉ちゃん。良かったら、俺……」
「消えろ。女に言い寄る前に、その臭い息をなんとかすべきね」
一人の男が言い終える前に、恐ろしい言葉で遮るティナだ。そう告げられたむさくるしい男の顔が、みるみる朱に染まってくる。
「こ、このアマ……」
もう一人の男が、ニヤニヤと相棒の肩に手を置いて押さえる。
「まあまあ。気が強い女性みたいだ。とっても素敵ですよ、お嬢さん」
優男がさらりと言う。
「今日は一人で飲みたいの。うざったいから視界から消えろ」
荒れているティナだった。
すると、優男がすらりと引き抜いたナイフが、ティナの喉元にいつの間にか突きつけられていた。
「場所を変えて話をしないか?」
大きく溜息をつくティナだった。……ホントに、うざい。
ここで相手をしてもいいのだが、かろうじて残っていた理性が、その考えを制した。
「はあっ、なんで私の周りには、こんな男ばっかり寄ってくるんだか。つくづく私って、男運がないのねえ。ここじゃ火事になるから、外へ出ましょうか。あんた達、ここの代金、もちろん払ってくれるんでしょうね?」
むさ苦しい方の男が、バーテンの前に金を置く。
「(やりい! タダ酒)」
ティナは小悪魔のように微笑む。そんな彼女の様子を見て、男達はニヤリと笑いあう。(とんでもない勘違いだぞ……)
男に左右に陣取られ、ティナはその酒場を後にする。
と、その一部始終を酒場の厨房で伺っていた若い男が一人、前掛けを慌てて外して片手にフライパンを持ち、店の裏口からその後を追いかけるように出ていった。
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曲がりくねった裏路地を進み、行き止まりになっている人気のない袋小路で、息の臭い男の方がティナの前に立つ。後ろは優男が控えている。
「んで、話ってなあに?」
髪をかきあげながら、トロンとした感じで問いかけるティナだ。色っぽい。むさい男は答えるかわりに、ティナを押し倒そうとする。
が……
すらりと体をかわしたティナに足をかけられ、生ゴミの溢れかえるゴミ箱に頭から突っ込んでしまった。腐った魚の匂いが、むわっと立ち上る。
その匂いに顔をしかめるティナだ。
吐き気がしてきた。気持ちが悪い。
「(しまった。飲み過ぎたかも……)」
ちょっと足元が覚束なくなってきている。地面が勝手に揺れている。
そんな彼女の一瞬の隙を突き、優男の方が音もなくティナの背後に回って腕を取り、片手で布キレを押しつけて口を塞いでしまった。男の拘束は手慣れていた。彼女がもがいても、ぴくりともしない。声も出せない。サラマンダー達を召還する事ができない!
先程ゴミに頭を突っ込んでしまった男が、怒りに燃えて身動きできないティナの方にゆっくりと近づいてくる。
「(ウソ……やだ、こんなの!)」
男達と自分の酔いを甘くみていた彼女のミスだった。初めから容赦なくサラマンダー達を召還しておくべきだったのだ。でも、もう遅い。顔を背けるティナの閉じた瞳から、悔し涙が滲んでくる。男の手が、ティナの胸元に置かれた。
「(ライル、助けて……)」
彼女が思わずそう思った時だった。




