祝福の時 Time of Blessing
その数年後。
ライルとアリアは、人里離れた小さな教会で、ささやかな結婚式を挙げた。
かつての一同が顔を揃えて、二人の祝福に駆けつけてきてくれた。ギリアム、ホークス、ノエルの姿がある。しかし、ティナの姿はそこには無かった。ホークスは、ティナにはこの事を確かに伝わるようにしておいたという。二人は残念がった。特に、ティナを姉のように慕っているアリアは、一番ティナに会いたいと思っていたのだった。
イングリッドとシャリーの姿もある。アリアの親がわりのイングリッドは、娘のこの時を迎えるにあたり、感無量だ。先程、花嫁の控え室に行って来たばかりで、何やら目が赤い。きっと、心から泣き濡れてしまったのだろう。そんなイングリッドの手を握り、しっかりと導いてやっていたのは、幼いシャリーのほうだった。
バルディア家使用人頭、セバスの姿もある。やはり先程、アリアの控え室へ入ったのだが、花嫁の輝かんばかりの美しさに胸を打たれ、そして数奇な運命を辿ったアリアを想って、ひざまづいて涙した。このアリアの姿を、亡き主人アルロッゾ様に見せてあげたかったと、つくづく思うのだ。
(アリアの義理の兄、アランは急病になって出席できないらしい。まあ、仮病だろう。セバスに大金を持たせて、アリアへと届けるようには頼んだようだが)
ギリアムの妻、マイトは自慢の料理に腕を振るっている。二人のめでたい知らせを夫から聞いて、式のパーティー用の料理は任せときなと、申し出たのだった。娘のマリーもいそいそと手伝っている。しばらく見ないうちに、ずいぶんと乙女らしくなってきている。今もギリアム夫妻のもとに身を置いているカイも、皿を運んだりして手伝っている。昼は剣術の稽古、夜はマイトの宿でウェイターと洗い物、掃除をして働く少年だ。剣術の筋は良いとの評判である。
ジュエルとキャロルの姿もあった(キャロルは直接は呼ばれてないのだが、無理矢理師匠のノエルにくっついてきていた)。明るく笑っておしゃべりに夢中になっている様子だ。そんなジュエルが、盗賊ホークスの姿を見かける。会話の途中で、思わず言葉を失うジュエルだ。思わず彼の方へと足が進んでしまう。ホークスも彼女に気づいて近づいてくる。
男女は無言で見つめ合う。
二言、三言、そっと会話を交わすと、二人は別れた。
キャロルのもとに戻ってきたジュエルの顔は、輝く喜びに満ちていた。けれども、なぜか痛々しい程に悲哀をも感じてしまうのは、なぜだろう? そんな様子に、彼女の『大好きな人』とは誰なのか、ようやくわかったキャロルだった。
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いよいよ婚礼の儀式が始まる。
厳粛な誓いの儀式の中、ライルの目は傍らにいるアリアに釘付けになっている。神父の言葉など、頭の遙か上を流れ去ってゆく。初めての経験であったが、花婿というのは、誰でもこのような気持ちになるものだろうか? 目の前に立つ花嫁の瞳、顔の輪郭、唇、衣装、髪、その小さな手、息づかい、柔らかな良い香り……。その全てが心に焼き付く。神父が夫婦のあるべき道などを何やら言っているようだが、何も頭の中に入らない。
アリアは花婿のその視線に顔を赤らめ、恥ずかしそうにうつむいたが、やがて微笑みを浮かべながら、またライルを一心に見詰め返す。やはり神父の言葉を頭に入れる余裕など無い。自分に訪れたこの瞬間に、目の前に紛れもなくライルが立っていてくれる事が、どこか信じられないような気さえしてしまう。しかし、今ライルは一心にひたむきな情熱を宿した瞳を自分に向けていてくれる。その事がただただ、アリアにはうれしかった。
しかし、そんな中でも花嫁は、ある女性の事が頭から離れられない。
その大切な人の事を想うたび、胸が苦しくなる。痛みが走る。
誓いの言葉。
二人はお互いに、変わらぬ愛を誓い合い、これからの生を共に支え合っていくことを神の前、そして二人を見守る人々の前で誓う。
誓いのキス。
アリアの閉じた瞳から、熱い涙があとからあとから零れ出す。喜びと、ティナの事を想う気持ちがないまぜになって、涙が止まらない。ライルがそっと身を離すと、優しくその涙を太い指で拭ってやる。
式を終えた二人が教会の扉から出てきた。友人達の温かい拍手に包まれる二人であったが、少し離れた上空に、紅蓮の炎を身に纏った二体のサラマンダー達が見事に飛び交っていた。サラマンダーというよりも、その激しい炎の身体は炎龍というべきか。
まるで二人の新たな門出を祝ってくれているようだ。
見慣れたその二体のサラマンダーを操る人間は、疑いなくたった一人しかいないはずだ。
「ティナさんっ !?」
「ティナっ !!」
思わずそちらに向かって駆け去ってしまう新郎新婦。
しかし、その林に駆けつけてきた時には、ティナの姿もサラマンダー達も消えていた。すると、風に乗って二人の耳に声が聞こえた。木々の間からこだまするその声は、どこから来るものなのか全くわからない。
『おめでとう、アリア。やったじゃない ! 鈍すぎるライルを、よくぞここまで引っ張ってきた。偉いぞ。……とっても綺麗よ、アリア』
久しぶりに耳にしたが、間違いなくそれはティナの声であった。アリアが必死で声を張り上げる。
「ティナさんっ! どこなの、どこにいるの? 会って、話したい事がたくさんあるのっ !!」
『そうしたいのは、山々だけどね。今はダメ。……ちょっと悔しいから。もう少しだけ、頭が冷えてからにするわ。……じゃあね、アリアっ ! 元気な子供を産むのよっ! ……ライルっ !! アリアを泣かせたら、私が承知しないからねっ !!!!』
ティナの声が遠ざかってゆく。
「おいっ、待てよっ、ティナっ !!」
ライルのその叫びは、虚しく林にこだました。
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その後、『紅蓮のティナ』の噂があちこちに広まってゆく。どこからともなく、ふらりと現れて、暴利を貪る高利貸しを吊し上げ、不正を行う役人達を叩き伏せ、人々の心に希望の光を灯して風のように去っていった炎の精霊使いの女性を、人々はそう呼んだ。
一方、ライルは『聖剣士ライル』、アリアは『聖女アリア』、ギリアムは『剛爆斧のギリアム』、ホークスは『蒼雷のホークス』、ノエルは『賢人ノエル』として、『紅蓮のティナ』と共に、彼らの足跡をもとに各地に語り草の芽が育ち始めている。
やがては、吟遊詩人達が一行の旅路の端々をつなぎ合わせ、どのような権力にも属さず、本当に困っている人々のために力を尽くして闘った英雄達として、この六人の物語を語り継いでゆくことになる。
それは、ちょっと格好良すぎる物語になってしまってるみたいだが……
(真実は、皆さんの胸の中にしまっておいて下さいませ。彼らの物語を、憧れの眼差しで一心に耳を傾ける子供達の夢を壊してはいけません)
ライル達の物語はひとまずここで幕を閉じる。しかし、新たな語り草を紡ぎ出す後継者達が、ライル達の背中ですくすくと成長している。少し後の、彼らの様子をちょっと覗いてみようか?




