別れの朝 Morning of Farewell
翌朝。
アリアが目を覚ますと、横のベッドには既にティナの姿は無かった。
食事か、温泉だろうとボーッと思っていたが、ふと見るとティナの荷物も全て消えていて、ベッド周りはきれいに片づけられていた。ぼんやりとしていたアリアだったが、その矛盾に目が覚めてきた。
……何かがおかしい。
アリアが起きあがると、部屋の小卓の上に、小さな紙が置いてあった。何かが書いてあるようだ。まだ眠気が残るアリアが、もそもそと近寄って見てみると、それはティナの字で書かれていた。
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こんな形でごめんなさい。
私は行きます。ライルを頼んだからね。
もしライルとアリアの子供ができたら、真っ先に見に行くから。
また、会えるといいね。
― ティナ ―
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一瞬にしてアリアの眠気が吹き飛んだ。
「ティナさんっ !!!! 」
寝間着姿のまま、裸足でアリアは部屋を飛び出した。急いで外へ向かって走ってゆく。ライルとホークスが、そんな様子のアリアに驚いた。
「アリア、どうしたんだよ?」
「嬢ちゃん、なんかあったのか?」
「ティナさんが、ティナさんが……」
ティナの置き手紙に動揺しているアリアは、まともに答える事ができない。ライルが、そんなアリアの両肩に手をかけて顔を覗き込む。
「落ち着けよ。ティナがどうしたっていうんだ?」
大きくひとつ息をつくと、アリアは夢中で叫ぶ。
「ティナさん、出て行っちゃったのっ !! 一人きりで。さよならも言わずに、そんなのってないよっ !! もっともっと話したい事があったのに。色んなこと、まだちゃんとお礼も言ってないのに……嫌です……そんなの嫌です……ティナさぁん……」
うつむいてポロポロと涙を零すアリア。ライルは黙然と黙りこんでいる。ホークスが遠い目をしてつぶやく。
「なるほどな。そういうことだったか。不器用な女だぜ、全く」
「ホークス……いや、なんでもない」
ホークスに話しかけたライルだが、その様子を見てうつむいて言葉を飲み下した。遙か遠くを見詰めるホークスの瞳は、深い悲哀に満ちていた。
ホークスは独り言のようにそっと告げる。
「わかってる、わかってるさ……あいつは旦那の事を忘れられねえ。そういう女だ。わかってるさ……わかってるが……」
視線を遠くさまよわせていたホークスだったが、今は視線を落として唇を噛みしめている。
「ティナさんを捜しましょう! まだそんなに遠くには行ってないはずです」
アリアが声をあげるが、男二人は、静かに首を振った。アリアは驚いて、信じられないといった表情だ。
「どうしてっ!?」
ホークスが静かに告げる。
「ティナが自分で決めた事だ。その気持ちを今、土足で踏みにじる事はできねえ」
アリアはライルに救いを求めるような眼差しを送る。しかし、ライルもアリアの瞳をじっと見詰めながら、ホークスの言葉にうなずいた。アリアは愕然とする。
「そんな……そんな……。う、うううっ……ティナさん……ひどいよ、こんなの……うううううっ……」
泣き崩れるアリアを、ライルがそっと支えてやっている。
「(ティナ…… 一人であんまり無茶するんじゃねえぞ。まあ、俺が言ってきくようなあいつじゃないが。……気が強くて、よく怒って、よく泣いて、よく笑って……。宝石が大好きで、幽霊とかが大の苦手で、困ってる人を見てると放っておけなくて、年下の女の子達に人気があって……いつか、いつかまた、そんなお前に会えるよな……きっと)」
アリアを優しく抱えながら、ライルは遠く遠く視線をさまよわせていた。
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[つないだ手] Joined Hands
それからしばし温泉地で過ごし、湯治を終えたライルはホークスとも別れた。口に出しては言わなかったが、ライルには彼がティナを捜し出そうとしている事がわかっていた。
男達は、無言で握手を交わし合う。
言葉など何もいらない。
お互いの目を見れば、このように心が通じ合う人間に、人は一生のうちで何人出会えることだろう?
アリアは、深々とこの盗賊に頭を下げる。
「ホークス様……ありがとうございました。私が至らない所を心配して下さって……」
「何、気にすんなって。それよりもよ、これからが勝負だぜ、嬢ちゃん。しっかり旦那の手綱を握るんだぜ。いい女見ると、必ず鼻息荒げて言い寄る男だからな。油断しねえこった」
「そりゃ、お前の事だろうが、ホークス。余計なお世話だ」
そんな男達を見て、アリアは小さく吹き出してしまう。
「ふふっ。どっちもどっちだと思いますけど。あの、ホークス様。もしも、ティナさんに出会ったら……」
一心にすがるような眼差しを送ってくるアリアの言葉を、盗賊は大きくうなずいて遮った。
「ああ、わかってるって。皆まで言わなくても、アリアの嬢ちゃんの気持ちは、よくわかってるつもりだぜ。もし、俺があいつに出会ったら、ちょっとは顔を見せるように伝えとく。……ま、きっと神出鬼没な女だから、うまく捕まるかどうかはわからねえが」
ホークスは肩をすくめる。
「じゃあな、ライル、アリア! ……うまくやれよ、アリアっ !!」
ホークスが遠くで二人に大きく手を振る。そして二人に背を向けて立ち去ってゆく。
「もう、ホークス様ったら……」
アリアは顔を赤らめている。
「あんまし気にするなよ、アリア。さて、行くか」
「どこへ行くんですか?」
「一度、故郷へ戻ってみたい。アリアも来るか? 小さい町で、何もないけどな」
「はい。ぜひ」
うれしそうに、アリアはうなずいた。
彼女はライルの育った町がどんな所なのか、とても興味があった。
アリアは、もっともっとライルの事が知りたいと思っている。
「よし、じゃあ、行こうぜ」
並んで歩くライルとアリア。アリアがおずおずとライルの手を握ると、ライルは優しく握り返してくれた。剣を握るタコができた、ごつごつとしたライルの手は、大きくて温かい。アリアの小さな柔らかい手が、すっぽりと隠れてしまう。
手に伝わるその感触に、お互いに温かなぬくもりを感じながら、荒野を抜ける街道を二人はゆっくりと歩き続けていった。




