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死闘の果てに After the Desperate Struggle


「そんなはずはないっ、馬鹿なっ!! あの状況から、どうやって……!?」



 上方から響き渡る男の声に、一同バッと振り向く。見ると、階段途中の踊り場の大窓から差し込む光によって、黒々とした人影が浮かび上がっている。階段を上がっていったはずのサカムビットだが、妙な胸騒ぎがして、階下の様子を確認するため、戻ってきたのだった。彼は信じられないといった感じで、目を見開いて立ちつくしている。



 ライルはギリリと歯をくいしばると、愛用のバスタードソードを右手に引っさげて、立ちつくすサカムビットの元へと間髪入れずまっしぐらに駆け抜ける。怒りに燃えて黒い疾風のごとく一気に間合いを詰めて階段を駆け上りながら、サカムビットの下方から、その胸目がけて矢のごとく鋭く長剣を突きだした。


しかし、サカムビットも呪文を唱え終わっている。


《大気に満ちる火花達よ、我が願いに応え、その力束ねよ……アスト・ゲラ・サラモニーク、ス・ラニリス・パララーン!》


ライルの切っ先が胸に届く寸前、サカムビットの指先から凄まじい電光が放たれた!


 その稲妻は、最も近い金属であるライルの長剣に吸い込まれるように炸裂し、あまりの衝撃と痛みにライルの手からバスタードソードが弾け飛ぶ。電光によるダメージを全身に受け、サカムビットの足元でライルはぐったりと倒れ伏した。気絶したのか、ピクリともしない。



「ライルっ !!」


 ティナはサラマンダー達を召還する。ノエルも呪文の用意を整え、ギリアムとホークスはサカムビットに飛びかかろうと階段へ突進し、アリアもライルを回復しようと駆け寄ってくる。


「止まれっ !! 動くなっ !! この男の命が惜しかったらな」


 サカムビットの大声が響き渡る。膝を折り、倒れるライルの頭の付け根に銀の短剣を突きつけている。ゆっくりと切っ先を埋め込む。


アリアが叫ぶ。


「やってごらんなさい! 私は癒し手です。傷はすぐに治せるのですよ!」


 先程、ティナに『癒しの大河』を行って、ほとんど精神の余力を残してはいないのだが、気絶する覚悟で行えばやれない事もない。


サカムビットは不敵な笑みを浮かべながら、そんなアリアを見下ろしている。


「死んだ者を生き返らせる事は、お前にはできない。先程はどうやったのかはわからないがな。しかしそれも、二度もできるような事ではないはずだ。……そこの盗賊。お前が説明してやれ」


サカムビットを睨みつけながら、ホークスは苦々しく告げる。


「嬢ちゃん……あいつが刃を埋め込もうとしてる場所は、急所の一つだ。神経を断ち切って、一発で絶命させる事ができる箇所なんだ」


 アリアから、さっと血の気が引く。ティナは唇を噛みしめ、ギリアムは鬼のようにサカムビットを睨みつけ、ノエルは慎重に隙をうかがっている。


「盗賊。お前の短剣を床に置け。ゆっくりとだ」


忌々しくも、ホークスは言われた通りに短剣を床に置く。

一瞬の隙でもあれば、短剣を投げつけるつもりでいたのだ。


「さて……と。念のため、屍人どもを別の部屋に分けておいて良かったようだな。どうやってあの状態から生き延びたのか、今度は最後まで見届けさせてもらうぞ」


 サカムビットはそう告げると、石壁のとある一角に手を当てる。先程押し込んだ箇所とは別の所だ。おそらくは、再び屍人どもを解き放つつもりなのであろう。短剣の切っ先を足元に倒れ伏すライルの首に突き付け、油断無く階下の一同を見渡しながら、その手に力をかけて押し込もうとする。



その瞬間。


「うおおおおおおおおおっ !!!!」



 意識を失い、瀕死の重傷を負ったはずのライルが、バッと身を起こしてサカムビットの胴へ組み付いた! 一時的に気絶していたのだが、少し前から意識が戻り、ここぞという瞬間を狙っていたのだ。


「なんだとっ!?」

不意を打たれて驚くサカムビット。



 ライルはサカムビットに組み付いたまま、最後の力を振り絞ってそのまま大窓に向かって一直線に突進してゆく。その大窓の先には……国境を分ける川に面した、険しい断崖が広がっている。


「離せ、このっ !!」


 焦ったサカムビットが銀の短剣をライルの背に突き立てる。背中に鋭い痛み。しかし、ライルの走りは止まらない。組み付いたまま、さらに一気に加速をつけて身体ごと押し込んでゆく。



足は動く。

だが、腕の痺れはまだ取れていない。

組み付くのがやっとだ。投げ飛ばす事はできない。

一瞬でも隙を与えれば、また呪文を唱えられてしまうだろう。


命懸けで、こんな自分を支えてくれた、あいつらを守りたい。

だから……



彼の狙いはただ一つ。



彼の意図を察したティナとアリアが思わず叫ぶ。


「ライルっ !! ダメっ !!!! 生きて帰るって、あの時誓ったじゃないっ !!」


「ライルっ !! いやあああっ !!!!」


ライルとサカムビットが揉み合ったまま、大窓を突き破った!


 その下には険しい断崖が広がり、川沿いのごつごつした岩場が口を開けて待っている。サカムビットが恐怖に絶叫する。その叫びも、広々とした空間に吸い込まれて消えてゆく。



ライルは墜ちてゆく。


背に短剣が突き立ったまま。

サカムビットに組み付く腕を全く緩める事無く。



「(すまねえ、みんな……。あの約束、守れなかったみてえだ。これで終わる。何もかも……)」



その表情は、静かで穏やかだった。


---------------------------------------------


窓際に突進して駆けつけたホークスが、腰から鈎付きの縄を取り出して構える。



「ライルっ! そうは問屋がおろさねえぜっ !! いいとこばっかし、お前に持っていかせるかよっ !!」



 瞬時に精神を研ぎ澄まし、ホークスはそれを勢いよく振りかざす。その時、割れたガラスの破片が窓枠から落ちてきて、縄を持ったホークスの腕に突き刺さった。しかし彼は全く動じない。痛みすら感じていないほど、凄まじく集中している。それは歴戦の戦士が強者を相手に一瞬の隙を見いだす時のように、そして卓越した魔術師が高度な呪文を詠唱している時に匹敵するほどの集中力だった。



 ここぞという瞬間、ホークスは振りかざした縄を墜ちてゆくライル目がけて投げつけた。狙いは違わず、ライルの両足の側までカギ縄が届く。その瞬間、すかさずホークスは手首をくるりとひねり返す。その動きに反応したカギ縄の先が、まるで生きたヘビのごとくライルの片足に絡みついた。幾重にもくるくると縄が巻き付き、先端のカギ爪の先ががっちりと伸びている縄の方に引っかかる。さすがだ。



 衝撃に備えて、ホークスは腰を落として足場を固める。縄がピンと張って、ホークスはその重さに耐えきれず、前にのめり込んで墜ちそうになってしまった。なんとか片足をあげて窓枠にかけて踏ん張る。思い切り縄を両手で握りしめているのだが、それでも縄は彼の手の平の皮膚を削りながら下へとずるずる吸い込まれてゆく。ホークスの上体は半分外に出てしまっている。


「くそっ、ここで俺まで落ちたら、間抜け過ぎて笑うに笑えねえぞっ!」



 その時、駆けつけて来たギリアムが縄に飛びつき、かろうじてホークスは墜落を免れた。一方、ライルは縄が張った時の衝撃で、手がサカムビットの身体から放れた。サカムビットは絶叫しながら墜ちてゆき、ライルは足を上にして宙づりになる。



なんとか虚空で自制を取り戻したサカムビットは、『瞬間移動』の呪文を唱え始めた。


《大気に満ちるマナよ。その力束ね、時空の壁引き寄せ、我を運ばん……マルトス・ノドス・デュ・ケセラ、オリポス・メドス・シュラ……》


しかし、最後の一言は尖った岩に叩きつけられて口にする事はできなかった。



反動で弾き飛ばされたサカムビットの身体は、国境を流れる川面に飲み込まれる。


彼の身体中から溢れ出す鮮血が周りの川水を赤々と染め上げ、力無い身体がゆっくりと川下へと押し流されていった。


---------------------------------------------


ようやくギリアムとホークスが、ライルをなんとか引き上げた。二人はライルの足の縄を解いてやる。


ギリアムはライルの背の短剣を抜き取って血止めを施す。ホークスがニヤリと笑う。


「へっ、命懸けの逆さ吊りってやつだな。どうだ、ライル? スリル満点だったろ? 一人で格好つけようったって、抜け駆けはさせねえぜ」


 ティナとアリアがやってくる。二人とも険しい表情をして、つかつかと無言でライルに近づく。それぞれの瞳に、燃え上がる怒りの炎がちらついている。そして……


ティナは右手で堅く拳を握りしめると、腰の入った一撃をライルの左頬に叩きつけた!


そのせいで右を向いたライルに、間髪入れずアリアが彼の右頬を、あらん限りの力を込めて思いっきり平手打ちした。


(どちらも、かなり痛い! 消耗しているライルが、一瞬頭がボンヤリしたほどだった)



「約束、破ろうとしたねっ、ライル !! 生きて必ず帰るって、誓ったじゃないっ !! さっきのは、一体どういうことなのっ!? 何考えてんのっ、馬鹿っ!!」


「ライル、自分の命を投げ捨てるような人を、主はお怒りですっ !!」



激しい剣幕でライルに詰め寄ると、今度は二人ともポロポロと涙を流しながらライルに抱きついてきた。



「絶対、絶対死んじゃダメなんだからあっ…よ、よかったぁぁ……うううっ……」


「ライル、ライルっ。ううっ……ひっく……主よ、ありがとうございます、ありがとうございます……」


ライルは、少し困った顔をして、おずおずとそんな二人の背中に腕を回してやった。




それを見て、ホークスが胸の内で突っ込みを入れてボヤいている。


「(おいおい、旦那を助けたのは神様かい!? 俺だってのっ! ま、よかったけどよ)」


ノエルが、そんなホークスの肩に微笑みながら手をかける。


「ホークス、見事でした」


ノエルの賛辞に、ギリアムも大きくうなずいて同意する。


「うむ。ワシにはとても真似できん。絶対に失敗が許されん場面での、見事な技と集中力。盗賊というものを、ワシは見下しておった。全て悪人と決めつけておった。しかし、おぬしのような男がいる事を知った。善人とも言い難いが……決して悪人などではない。不思議な男だ。まあ、人間を白黒、無理矢理二つに分けて考えようとしておった、ワシが馬鹿だったのだろう。とにかく、今までの無礼を詫びよう」


ギリアムは、出会ってから初めて、ホークスに頭を下げた。



 彼は元々、物事を単純に二分して考えてきたものだ。良い事と悪い事。善人と悪人。騎士として、また武人として、自らの行動を戒め、『筋が通っている』事には力を貸し、『筋が通っていない』と感じる事には、正々堂々、剛爆斧を振るって対峙してきたものだ。しかし、そのような考え方では一筋縄でいかない事もあるのだ。


 盗賊ホークスは、そのような考え方など微塵も持たない。時には策略を用いて相手をワナに落とす。闇に満ちた手段を使う事もある。それでも物事を不思議と、ギリアムが『筋が通っている』と感じる結末へと導いてしまう。白黒、善悪ではなく、灰色の曖昧さの中で飄々と生き抜いている盗賊の姿は、頭の堅いギリアムにとって新鮮な驚きであったのだ。



改めてそんな事を告げられて、何やら照れくさい盗賊だ。

落ち着きなくそわそわとしている。


「な、なんだよ、急に。らしくねえぞ、おっさん。……まあ、あんたみてえな立派な剛勇の騎士にそう言われて、悪い気はしねえな。光栄って事にしとこうかね」



やがて、感情が収まってきたティナとアリアからそっと身を離し、ライルがホークスに近づいてくる。


「ホークス。俺が馬鹿な真似すると、お前がいつも何とかしちまうよな。……ありがとよ」


 にっこりと、ライルがホークスに礼を言う。なんだか、ライルの雰囲気が以前と違っている。何か憑き物がとれたような表情だ。常にその瞳に宿っていた、暗い光が消えている。ようやくライルは、新たな一歩を手に入れることができたようだ。



ニヤリと笑って、すかさず大袈裟に礼儀正しくお辞儀する盗賊だ。


「どういたしやして。また崖っぷちで逆さ吊りがしたくなったら、いつでも言ってくれや。大人は一回1000ギル、子供は300ギルだ」


「いや、もう止めとく。ティナとアリアに殴られて、もうこりごりだ」


「そうか、じゃあこの商売はダメみてえだな。そんなら、ここのお宝ちゃん達の方に期待してみるかねえ」



 もう瞳をキラキラさせているホークスだ。この屋敷のどこかに、きっとかなりの財宝が彼を今か今かと待っているはずなのだ。サカムビットなぞに囚われて、さぞかし苦しい思いをしているに違いない。すぐに助けてやるからなと、ホークスは正義の心(?)に勇み立っている。



そんなホークスに、ティナとアリアがおずおずと近づいてきた。


「ホークス……ありがと」

「ホークス様、ありがとうございます」


二人のそんな感謝の言葉に、ホークスはわざとらしく目を丸くさせ、しきりに首を傾げる。


「おやあ? 俺はライルを助けただけだぜ。だから俺は、ライルの旦那本人に感謝されるのは別としてもだ、ティナとアリアの嬢ちゃんに礼を言われる筋合い、ないんじゃねえのかねえ? どうにも俺には、わからねえなあ」


ニヤニヤと二人を意地悪くからかうホークス。



「もう、意地悪っ! 『格好よかった』って、誉めてあげようと思ってたのに!」

頬を赤らめたティナが、ホークスの肩を思いっきり張り飛ばす。


「いてえっ!」


 はたかれた後ろ肩を押さえて身をよじらせるホークス。シャレにならないくらい痛そうだ。服の下の地肌には、もみぢが綺麗に出来ているに違いない。


アリアは耳まで真っ赤にしてうつむいている。

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