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最上級位の炎の精霊 Ultimate Summon of Fire

 集中しているティナには、ノエルが倒れた事も、『耐火』の呪文をかけてくれた事もわからない。アリアの叫びも聞こえない。紅蓮の炎に包まれながら、召還の言葉を告げる。



『万物の礎たる炎よ。穢れ無き高貴なる炎よ。宿りし炎の導きに応え、我が身体を依り代として、ここに姿を現せ……出でよ、元始なる炎よ !!』



 炎に身を焼かれながら、その炎を呼び水にしてティナは更なる元始の炎を召還した。美しく力強く燃えさかる紅蓮の炎が、ティナの全身を包み込んで膨れあがる。猛り狂う元始の炎の塊となったティナは最期の力を振り絞って、さらなる炎の精霊の召還を試みる。


 これは精霊使いに禁じられている『還元召還』。契約した精霊達を還元して根源となる気質を召喚し、さらに術者の命と魂を捧げて、高度な精霊を召還する手段だ。


 ティナが召還を試みようとしているのは、最上級位の炎の精霊の一つ。過去にその精霊の召還に成功した人間は、古代の炎の精霊使いの男、ただ一人。ティナの現在の力量は、その男には遙かに及ばない。そしてその男より後世の者達は全て失敗に終わり、命を落としている。


 たとえ成功したとしても失敗したとしても、術者は元始の炎に身体を焼き尽くされ、魂は散り散りになって失われてしまう定めだ。しかし、その炎の精霊しか皆を救うことができないのだ。



自分の肉が焼けただれていくのをティナは感じる。

髪が焦げる匂いが鼻をつく。


熱い……熱い……



「(どうして、私は、こんなことをしているんだろう……?)」



ぼんやりと、彼女は他人事のように自分の行動を見詰めている。



「(ライルを助けたいから? ……ううん、違う。このみんなを助けたいから……)」



彼女は気づいてしまった。

自分の本当の心に。



「(あ、そっか……。私が本当に欲しかったのは……ライルじゃないんだ。みんなと一緒にいること…… 一人じゃないってこと……自分の居場所が欲しかった。それが、私の心がずっと求めていたもの……」


彼女の顔に、哀しい微笑みが浮かぶ。


「そっか、私、寂しかったんだ。笑い合える友達が欲しかった……そんな楽しい時間が欲しかった。そっか、そうだったんだ……)」




激しく燃えさかる元始の炎に身を焦がされ、急激に薄らいでゆく意識の中、彼女は召還の言葉を一心に祈っていた。



『穢れ無き純粋なる元始の炎。その深淵に憩う大いなる存在よ。万物の創世より生まれ出づる、破壊と再生を司る力よ。人の身にして命ずる事叶わず、されど伏してお願い申し奉る……畏れかしこみお頼み申す……穢れ無きその力、どうかお貸し願いたい。元始の炎の導きにて、今ここに参られ給え……不……、……ニッ…ス !!!!』



「(来て……お願い。みんなを助けたいの……大切な人達なの……私の全てを捧げます……あなたの力を貸して……お願い……お願いよ……)」



ティナの想いが爆発した。



 その瞬間、神々しく煌めく新たな紅蓮の炎がティナの周りに渦巻いた。美しく燃えさかる炎は、さらに勢いを増して大きく膨れあがる。


そして炎の中心から、ひときわ美しい紅蓮の炎が宙に舞い上がった。



それは最上級位の炎の精霊……

不死鳥、フェニックス !!!!



 ティナの今の力量では、とても召還がかなわぬはずであった。しかしフェニックスは、自分に助けを求めるティナの声を、心地よい元始の炎の深淵でまどろんでいた時に微かに聞いた。普段ならば、そうした声など全く無視して、再び元始の炎に身をゆだねていただろう。しかし、とぎれとぎれに微かに届いてくるその声に、フェニックスは限りない切ない想いを感じ取った。過去何百年間も、このような想いを自分に向けてきた者はいなかった。少しだけ興味を惹かれ、その声の主の心の全てを覗いた。



そして、命も魂をも捧げて自分を求めるこの人間に、力を貸す気になったのであった。



 不死鳥フェニックスは、紅蓮の炎をその身に纏い、一瞬でアンデッドの群れを焼き払う。更に柔らかな心地よい炎が、傷つき倒れた仲間達の身体を包み込む。究極の回復効果をもたらし蘇生すら可能とする『再生の炎』だ。倒れた彼らの体中にある酷い傷口が、みるみると塞がってゆく。倒れているホークスやノエル、ライル、ギリアムの身体の、屍人によってかじり取られた部分の肉がたちまち盛り上がって再生する。麻痺も毒も消え、体中に溢れる力が漲ってくる!



 ホークスがむくりと身体を起こした。素早くバッと立ち上がり、状況を把握しようと辺りをさっと見回す。そして神々しいフェニックスの舞い飛ぶ姿に、我を忘れて呆然と立ちつくした。ノエルもライルもギリアムも立ち上がり、同じようにこの荘厳な炎の精霊の姿に目を奪われた。



ぐるりと優雅に辺りを飛び交ったのち、フェニックスは真っ直ぐに天へと昇って消え去った。




「ありがとう……フェニックス」


にっこりと微笑んで、ティナは倒れた。


 魔術師ノエルが残る精神力全てを費して高レベルに施してくれた堅固な『耐火』の壁で護られていたおかげで、荒々しい元始の炎によって跡形もなく燃え尽くされる事はかろうじて免れたが、皮膚が露出した部分は隅々までひどい火傷が覆っている。末端部の指先や耳などは火傷どころか、焼け焦げて炭化し黒々としている。その上、体中のありったけの精神力、そしてその魂までも全て使い果たしてしまったのだ。



 回復して瞬時に状況を悟ったノエルが駆け寄り、ティナを抱き起こす。すかさず彼は用意していた呪文を詠唱し始めた。アリアもティナの側に駆け寄ってくる。


《我が力をこの者に……アスト・ビ・ラルク、ケセ・モイパラルス、ス・ガク・メルトーズ!》


『万物の創造主なる我が主よ。父たる主の御名の下に、その忠実なる下僕、アリアが願う……この者に、湧き出でる清浄なる力を注ぎ満たし給え。輝ける清浄なる大河よ、その清き流れをもって、この傷つきたる者を包み癒し給え……』



アリアは必死で祈る。


「(主よ、お願いです。どうか、どうかこの人をお救い下さい。私にとって、かけがえのない大切な人なのです。大好きな人なのです。どうかお願いです……)」



ノエルとアリアの手から、ティナに生気が送り込まれる。

彼女の身体からひどい火傷が治ってゆく。

そしてティナが、再び呼吸を始める。


「よかった。なんとか、間に合ったみたいですね」


 ノエルは、もうティナを支え切れずに両手を床につく。『メンタル・トランスファー』の呪文によって、自らの精神力ギリギリまでティナに自分の精神力を分け与えたのだ。同時にアリアも自らに使える最大の癒しの技、『癒しの大河』をティナに施しており、かろうじてティナの心臓が鼓動を打ち始める。



しかし……

しかし、ティナは目を覚まさない。



「ティナさん。そんな、そんな……」


魂のない抜け殻となったティナの穏やかな顔を見詰めて、アリアの瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。



「これは……やはり、ダメなのですか……。ティナさんは、その魂までも全て削っていたのですね。も、もう、私達の力では及ばない……どうする事もできない……」


がっくりとノエルが倒れ伏した。



横たわるティナのもとに、ライル、ギリアム、ホークスも駆けつけて取り囲む。

彼女の穏やかな死に顔に、皆呆然と言葉を失ってうなだれた。



 思わずライルは膝をつく。両手を地につく彼の瞳から、涙が後から後から溢れて地に落ちる。拳で何度も何度も地を叩く。


「ティナ……俺は、俺は、いつもお前に助けられてばっかりで……あの時、この剣で守るって誓ったのに。すまねえ……すまねえ、ティナ、ティナっ !!!!」


ホークスはくるりと背を向けて天をあおぐ。

血が滲み出すほどに唇を噛みしめる。


「(くそう……俺がもっと強かったら……好きな女を守るのが男ってもんだろうがよっ !! 好きな女に守られてどうすんだっ !! ちくしょう、ちくしょう……)」


悔し涙が止まらない。



ギリアムは片膝を折って右手を胸に当て、亡き者への敬意を表す騎士の追悼の儀礼を厳粛に行う。


「見事な闘い振りだったぞ、ティナ。女の身でありながら、おぬしのような勇気ある戦士にワシは初めて出会った。安らかに眠れ……」


肩を並べて戦った、この戦友を熱い涙で見守る。



その時、上空から淡く光りながら、ひらひらと何かが舞い降りてきた。



 それは、抜け殻となったティナの胸の上に落ちる。一同が見やると、それは黄金色に輝く鳥の羽根……フェニックスの羽毛であった。それがそのまま、ティナの身体に吸い込まれて消え去った。



その瞬間、ティナの目がパチリと開いた!


ゆっくりと自分で身体を起こすティナ。驚きに目を見張る一同。



ティナの無事をこの目で見届けたアリアは、その両目からまた新たな涙が溢れ出してきてしまった。


「ティナさんっ !! よ、よかった……ううううっ………」



 膝をついたまま、彼女は思わずティナにすがるように抱きついた。ティナはにっこり微笑んで、アリアの背中を優しくポンポンと叩いてやっている。そんな二人に、ライルも膝を折り、無言でその上から腕を回して天を仰ぐ。


「(神さんよ……あんた、やっぱり最高だぜ!)」



ギリアムも、何度も何度も顎髭を撫でつけてうなずいている。言葉にならない。



その気配に気づいたノエルが弱々しく顔を上げ、目にした光景に目を見開いて驚きの叫びをあげる。



「これは……奇跡ですっ !! 奇跡としか言いようがありません!」



 身体を起こす事ができない彼を、ギリアムが抱き起こしてやった。半身を起こして、つくづくとティナの顔を眺めて、ノエルは夢中で言葉を重ねてゆく。



「……わからない。私には全くわからない。ありえない事です……ありえない事なのですっ! 消失してしまったはずの魂が、どうして !? このような形で失われた魂は、今は忘れ去られてしまった究極の癒しの技、『蘇生』の祈りであっても蘇らせる事などできないはずなのです。わかりません。わかりませんが……とにかくよかった、ティナさん」



 アリアの感情がようやく峠を越えて、腕が緩んできた。ティナがアリアの額にかかる髪をそっと掻き上げてキスをしてやると、やっとアリアは身を離す。ライルも身を離して、うれしそうにティナを見詰めている。じっと見詰める一同を見回して、少し気恥ずかしそうにティナは答えた。



「ありがとう、みんな。……あのね、フェニックスがね、『お前が精霊になるのは、まだまだ早い。もっと力をつけてからにするがいい。お前を待っている者達の所へ帰れ』って。私、炎の精霊になりそこねちゃった。落第生だったみたい」



そう言って、いたずらっぽくペロリと舌を出して頭を掻く。




 精霊達と契約を結んだ者は、最期にその魂を精霊達に捧げて、自らがまた精霊として後世の者達に力を貸す義務を負う。あの時、魂の力までも使い果たしたティナを、フェニックスが散り散りになったティナの魂を再構築して、ノエルとアリアが必死で繋ぎ止めたそのティナの身体に吹き込んでやったのだ。


 そのうえ、ティナは両耳のピアスの中に、元始の炎へと還元されてしまったはずのサラマンダー達の息吹をも感じ取る事ができた。フレキとキリーの喜びの感情がティナの心に伝わってくる。元始の炎を新たにその身に取り込んだようで、フレキもキリーもかなり力強く成長を遂げているようだ。もう、火トカゲであるサラマンダーとは言えないかもしれない。小さな炎龍といったほうが適切か。



ホークスが目に涙を滲ませながら、天に向かって大声で呼びかけた。


「なかなか、あの鳥も味な事しやがる。へへっ……ありがとよっ !! 今度出会ったら、お前さんの好きなもん、何でも喰わせてやるからなっ !!」



「ちょっと、ホークス。『鳥』ってなによ。ほとんど神様に近い最上級の炎の精霊様なんだからねっ! 失礼なこと言うと、私が許さないから !!」



そう告げるティナの目にも、涙が滲んでいた。



「(フェニックス……またお会いできる時を楽しみにしています。その時には、炎の精霊として恥ずかしくないよう、もっと腕を磨いておきますね)」


ティナは、そう心に誓う。


いつの日にか、フェニックスに改めてお礼が言いたいと思うティナであった。

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