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最大の危機 Crisis

そしてついに……


ホークスが引きずり倒されてしまった !

たちまち屍人達が床に転がる彼の身体へと群がってくるっ!!



「ホークスっ !!」


 ライルが駆けつけ、激怒に任せて長剣で屍人を吹き飛ばし、血にまみれたホークスの腕を掴んでアリアの側へと引きずり込む。皆、傷ついたホークスと癒しを行おうとするアリアを守って、その周囲を固めて奮戦する。



 膝を折るアリアが目にしたホークスは、両腕両足を何カ所も肉を喰いちぎられていて、出血が激しい。爪でやられた左目が痛々しく閉じられ、そこから血の筋が頬に流れている。思わず溢れようとする涙をグッとこらえ、アリアは癒しのために精神を集中し始める。


「ホークス様……今すぐ治しますから…」


言いかけるアリアに、ホークスは力なく微かに首を振る。



「嬢ちゃん……俺はいいから、旦那達のために力を残しとけ。やっぱ、俺はこういう闘いにゃ、向いてねえんだよな。旦那や、おっさんの闘い振り見てると、男として惚れ惚れするねえ……俺にゃ、とても真似できねえ。俺は、あいつらみてえには闘えねえ。だからよ……だから、俺はもういいから……壁際の隅にでも置いてくれ」



 弱々しい声で告げるホークスに、アリアの涙が堰を切ったように溢れ出す。彼女は涙の溢れる瞳に怒りの炎を燃やしてきっぱりと言い放つ。


「いいえ、ダメですっ! そんな事、私は絶対に許しません!」


やれやれといった風に、ホークスがボヤく。


「……ったく、嬢ちゃんも、結構、強情なんだよな……」



アリアは一心に祈りの言葉を捧げてゆく。


『主よ。我が創造主よ。その忠実なる下僕、アリアが願います……この者に、再び立ち上がる力を注ぎ満たし給え……優しき川よ、清らかなる流れよ、この傷つきたる者を……』



その時、『癒しの川』の祈りに集中していたアリアの背後から、攻撃をかいくぐって亡者の手が伸びてきた!



「嬢ちゃん、危ねえっ !!」



 ホークスはその身に残るあらん限りの力を使って跳ね起きて、アリアを下にかばって倒れ込む。彼の背中に鋭い痛みが走った。


「ホークス様っ !?」


集中を解かれたアリアが、驚きに目を丸くする。

すぐ側に並ぶ彼の横顔を見詰めるアリアに、彼の呟きが耳に届いた。



「お前らと一緒にいた時間、なかなか面白かったぜ……生きろよ、みんな……」



ホークスはぐったりと目を閉じた。



「いやああああっ !!!! ホークス様っ、ホークス様っ !! そんなの嫌です!」



泣き叫ぶアリア。

そして、ホークスの背中にまだ喰らいついているゾンビに気づいた。

アリアの瞳が激怒に燃える。


「離れなさいっ! 許しませんっ !! この高貴な人に触れる事は、私が許しませんっ !!」


逆上したアリアが、怒りに任せて『退魔の法』で屍人の魂を浄化する。

ホークスを抱き起こすが、その瞳は二度と開かれる事はなかった。



「ホ、ホークス様ぁ……いやです、こんなの……いやあああっ……う、ううううううっ……」



 アリアの痛々しい叫びに、闘っている者達は理解した。ティナの瞳が激しい怒りに燃え上がる。闘い続けるまま、彼女の両目からとめどなく涙が溢れ出している。



「(ウソよっ ! そんなこと、私は信じない。あいつは、あいつは殺されたって、死ぬようなヤツじゃない! 振り返れば、冗談ばっかり言ってニヤニヤしながら立ってるはず。そんなの、私は絶対信じないっ !!!! ……お願い。誰か私に、ウソだって言って……お願いだから……)」



 自らに必死で言い聞かせているティナだったが、振り返ってホークスの姿を確認することなど怖くてできない。皆と一緒に過ごした楽しい世界が、彼女の胸で音を立てて壊れてゆく。



 ライルも熱い涙を流し、歯をギリリと食いしばりながら闘っている。ギリアムの怒りは頂点に達して、腹の底から雄叫びを上げて屍人を次々と剛爆斧で吹っ飛ばしている。ノエルの表情は全く変わっていないが、頬を伝う涙が光っている。



 そしてホークスが倒れて間もなく、ついに戦士二人にも疲れが襲いかかってきた。動きが鈍くなって反応できなくなった所に、次々と攻撃を受けるようになってきてしまう。ライルが足がもつれて転ぶ。ギリアムがそれを庇って闘うが、防ぎきれない。二人の戦士をたちまち屍人の壁が覆い被さった。ノエルも今は呪文を唱える余裕がなく、アリアを背後に守って護身用の銀の短剣を振るってなんとかしのいでいる状態だ。



その状況を見て、踊り場で高見の見物をゆるりとしていたサカムビットは不敵な笑みを浮かべる。


「(どうやら、ここまでだな。まあ、よくやった方だが。それにしても、あのモルグス、アロセールに、朧、レイドまで倒されるとは……。まあいい。替わりを捜せばよいだけの事だ)」



サカムビットは勝利を確信してくるりと背を向け、踊り場からゆっくりと階段を上ってゆく。





この絶望的な戦況を突きつけられ、ティナは心を決めた。



万が一の可能性すらないかもしれない。

しかし、全てを賭けて試みる価値はある。

もう二度とこのみんなに会う事はないだろう。


失敗しても、たとえ億分の一の可能性で成功したとしても。



それでも、彼女は迷わない。


「(さよなら、みんな……)」


胸の内で、皆に静かに別れを告げる。



 傷つき、疲れ果てたサラマンダー達を側に呼び戻す。そして亡者達の攻撃をかいくぐり、一人少し離れた所へ向かった。それがチラリと視界に入ったノエルは眉をひそめたが、襲いかかる屍人の攻撃を防ぐのに必死だ。アリアも今は、ホークスの短剣を手にとってノエルと背中合わせに闘っている。



ティナは、傷ついたサラマンダー達に呼びかけた。


最期の力を貸してくれと。

自分にとって大切な人達を救うために力を貸してくれと。



フレキとキリーは、主人のその想いに共感した。


『我が主よ、どこまでもお供します』

『あなたの心のままに。マスター』


 サラマンダー達はティナの心に応えて、その姿を元始の炎へと還元してゆく。炎の精霊達が姿を変える以前の、全ての炎の源となる荒々しく純粋な元始の炎へと。



元始の炎



 それはあまりにも純粋で力強く、人の身では制御する事ができない。精霊へと姿を変えて意志を持つ事によって初めて、訓練を積んだ炎の精霊使いが制御する事が可能となるのだ。今、元始の炎へと還元されたサラマンダー達は、その意志も失い猛り狂って彼女を取り囲もうとしている。



その気配に、ノエルがいち早く気づいた。


「いけませんっ、ティナさんっ! そんな事をしたら、あなたは……くっ」


すかさず彼は元始の炎に飲み込まれようとしているティナの側に駆け寄って、呪文を唱えた。


《大気に満ちるマナよ。業火を防ぐ盾となりて、この者を包め……バスク・ノモリス、ヴァイスト・ゲヘナ、ス・ケセ・ロイエス、ウォーデュストス!》


 それは『耐火』の呪文。元始の炎が相手では、完全に防ぎ切る事は不可能だ。でも、全身を焼き尽くされる事はなんとか避けられるかもしれない。



 しかし、その呪文の代償は高くついた。呪文を唱えるノエルにアンデッドからの一撃が入る。しかし、彼は全く集中を解く事なく、詠唱を終えた。その直後、数体の亡者の手で彼は引き倒されてしまった。もう、どうする事もできない……。喉元に、ゾンビが噛みつく。そして、喰いちぎる!



「ノエル様あっ !! ……どきなさいっ、どくのですっ !! どきなさいっ !!!!」


亡者達を振りほどきながら近づいてくるアリアの叫び声も、倒れるノエルにはもう微かにしか聞こえない。



「(皆さん……私はどうやら、ここまでみたいです。修行が足りなかったようですね……。キャロル。あなたにまだまだ教えるべき事がたくさんあったんですけど……もう伝える事ができません。ひどい師匠で、すみません……)」



徐々に薄れゆく意識の中、彼は身体中に喰らいつく亡者達に身を任せてしまっていた……

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