亡者の群れ Crowd of Dead
ライルの異様な構えと雰囲気をいち早く察したサカムビットは、既にバッと身を翻して大広間を駆け抜け、奥の階段を素早く上ると、途中の踊り場の壁の一角にある石を押し込む。
ライルとアリアの目の前の床にぽっかりと穴が空く。そこには、地下から続いていると思われる階段がこちらに向かって伸びている。さらに残る者達を取り囲むようにして四方の床の一部が口を開け、そこから妙な腐臭が漂ってくる。
ギリアムはレイドの亡骸を静かに床に横たえ、剛爆斧を拾い上げて身構える。闇の精霊使いを打ち破ったティナも怪しげな雰囲気に気づき、使い魔達へ気を注ぎ込む事を中断して、素早く辺りを警戒する。ノエルはアロセールを部屋の外へ出して、再び大広間に戻ってきた所だ。その時ちょうど、『忍び』との戦闘を終えたホークスも大広間に駆けつけてきた。
「なんなんだ、この匂いは? 肉が腐ったような……」
ホークスが顔をしかめる。
サカムビットは冷笑を浮かべつつ、階段の踊り場から腕組みをして一同を見下ろす。
「そいつらと遊んでいろ! まあ、そのうちお前達も、そいつらの仲間入りになるだろうがな。さて、どこまでやれるものか」
ライルがサカムビットを追い詰めるため、その階段へ向かおうとした時、ノエルの鋭い声が飛んだ。
「ライル、いけませんっ! その距離ではもう間に合いません! 皆さん、こちらの壁際へ集まるのです。戦力を分散させてはいけませんっ! 円陣を組むのですっ !! アリアさんを中央に囲んでっ! 早くっ !!」
サカムビットの謀略を早くも悟ったノエルが、声を振り絞って必死で叫んだ。冷静な彼が今までこのような声を上げた事はない。皆、直ぐさま言われた通りに壁際に集合し、アリアを中心にぐるりと半円を描くように陣を組み、急速に強まってくる異様な気配に対峙した。
「ノエル。これって、もしかして……アンデッド(屍人)なの……?」
問いかけるティナの顔が青ざめている。
「間違いないでしょうね。サカムビットはどうやら、『ネクロマンサー(屍人使い)』のようです。禁術として封印されたはずの魔術なのですが。おそらくは、亡者の群れ……」
ノエルが言い終えないうちに、四方の穴から無数のゾンビ達がのそりと姿を現し始めた。ボロボロになった服をひきずり、腐りかけた青黒い肉体にはウジ虫が取りつき、カビが生えている。一行の温かい生気を敏感に感じ取ったのか、だんだんと速度を上げて次から次へと、群れを成して向かってきた! 腐った身体から肉汁がポタポタ落ち、吐き気のする腐臭が鼻を突く。
「アリアさん。ライルとギリアム、ホークスの武器に『聖なる刃』の祝福をお願いします。アンデッドには効果的です。そして、『闘いの祝福』を全員に。ティナさん、サラマンダー達をお願いします。炎が有効なはずです。私もそうします」
冷静なノエルの声。腐った肉の壁のようにひしめき合って近づいてくる屍人達を目の前にしても、いささかも動揺は見られない。できうる最大の準備をアリアに促している。アリアは答えるかわりに直ぐさま行動に移し、ライルの長剣、ギリアムの剛爆斧、ホークスの二本の短剣に『聖なる刃』を次々に祈ってゆく。
「いっちょ、派手に暴れてやるとするか!」
景気よくそう告げるライルだが、先程の『ソウル・ブレード』の消耗で、いつものような身体のキレはない。本当は、立っているのもきつい程だ。けれどもここで根をあげる訳にはいかない。自分にとって大切なこの仲間達を、この剣で守り抜かねばならない。
「うむ。皆、死ぬでないぞ!」
ギリアムは鬼のような形相になっている。剛爆斧を油断無く構える。闘いを前にして、この髭オヤジの血が熱く燃え上がっている。レイドとの闘いの際に受けた傷も、彼をひるませることはない。
「お宝ちゃん達が待ってるんだ。こんな所でもたついてる訳にはいかねえな!」
サカムビットは、麻薬で荒稼ぎした財産をどこかに隠しているはずだ。そんな眠っている財宝は、自分が使って世に送り出してやらねば、かわいそうというものだ。盗賊はそう考えている。
サラマンダー達を解放したティナは、傷ついている使い魔達を励ます。
「フレキ、キリー! しんどいかもしれないけど、頑張って!」
『我が主よ。この命尽きるまで闘いましょう』
フレキは奮い立つ。
『マスター。あなたに全てを捧げます』
キリーの心は揺らぐ事はない。
アリアは背を向けて円陣を組む一同の輪の中で膝をつき、両手を組んで一心に『闘いの祝福』を祈る。味方の守備力、毒に対する抵抗力を上げる効果を持つ。
『主よ。全ての王たる創造主よ。その忠実なる下僕、アリアがお願い致します。正しき闘いに臨まんとする勇気ある者達に、どうか主の御加護をお与え下さい。……輝ける主の愛よ、どうかこの者達を支え、お守り下さい……』
六人の身体が、淡白い祝福の光に包まれた。
それが合図とでもいうように、ゾンビ達が折り重なるようにして襲いかかり、乱戦が始まった!
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ライルのバスタードソードがうなる。通常の武器であれば、この亡者の首を吹き飛ばしても身体は向かってくる所だが、アリアの『聖なる刃』によって、屍人に深手を与えれば動かなくする事ができる。
すでに疲れが激しい身体にむち打って、乱戦の中を疾風のごとく立ち回って、ティナ、ノエル、アリアに至近距離まで近づいてきた屍人達をくい止めて盾となっている。その動きは野性の獣さながらで、戦闘本能の赴くままに身体を任せて闘っている。しかし、その頭の中はヒヤリと研ぎ澄まされており、次にどう動くべきかを瞬時に弾き出して攻撃している。
ギリアムは一人、少し飛び出して屍人達を引きつけて、気合いと共に剛爆斧を嵐のように振り回している。一見乱雑に見えるものの、その動きは円を描くようにして途切れる事なく続いている。自らの腕力と力量を知り尽くした上で、最も効果的な闘い方を選んでいるのだ。避けきれない細かい攻撃はあえて大きく避けるのを止めて、防具で覆われている部分で受け止め、その替わりにタメをつくった一撃で、数体ずつまとめて豪快に吹っ飛ばしている。
盗賊ホークスは二人のような闘い方はできない。至近距離で一体ずつ二本の短剣で相手をしては、手足を動かす腱を狙って断ち切り、屍人の動きを封じてからとどめを刺すという闘い方をしている。短剣だけでなく、狙い澄ました鋭い蹴りで屍人の頭を吹き飛ばしてもいる。
しかし至近戦であるために、どうしても傷を受ける事が多くなってしまう。屍人達に傷つけられた傷口が青黒く腫れ上がってきている。亡者達の身体には、麻痺性の毒素が含まれているのだ。サカムビットの忌々しい周到さだ。今の所、アリアの『闘いの祝福』の効果でかろうじて毒素に耐えている状態だ。それでも彼はひるむ事なく闘い続けている。
アリアは皆の背中に守られていたのだが、乱戦で、もうそのような状態ではない。自ら、『退魔の法』を繰り返して、サカムビットの呪力によって、腐った肉体に囚われて苦しむ魂達を、次々と在るべき所へと解き放っている。浄化された亡者達が数体ずつ抜け殻となって倒れてゆく。その腕前は見事だ。しかし『退魔の法』も精神力を消耗する技なのだ。肩で息をしながらやっている。
ティナは、サラマンダー達をアンデッドの群れの中へ縦横に飛び回らせている。近くのアンデッドに火をつけると、火のついたまま屍人が向かってくる恐れがあるため、次々と穴から湧いてくる遠くの屍人達を狙って炎をつけて回らせている。
かなり効果的なのだが、あの闇の精霊使いとの闘いで、サラマンダー達の消耗が激しかったのが痛い所だ。いつものようには、強力な炎ではない。ライルの攻撃をかいくぐって近づいてきたゾンビの攻撃を、短剣としなやかな身のこなしでさばきながら、サラマンダー達を操っている。
ノエルは『火球』の呪文を連続で唱えている。屍人達が密集した箇所を冷静に見極めて、確実にしとめている。近づいてきた亡者には、こうしたアンデッドに有効な銀の短剣で急所を狙ってしとめる。ゾンビ達が自分やティナ、アリアに近づけないよう、素早く唱えられて消耗も軽い『光の矢』も一時しのぎに多用する。しかし、彼の精神力も無限ではない。徐々に精神力が削られてゆく。
次々と現れる屍人達は、皆が何十体倒しても、全く途切れる気配がない。
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《凶兆 Evil Omens》
一同が亡者達を相手に必死で闘い抜いている時。
各地では……
≪ミッドランド城下町 ≫--------------------
騒々しい音に、マイトが食堂に駆けつける。
「あら、やだねえ。いきなりあの人の斧が落ちるなんて。」
ギリアムの古い剛爆斧が食堂の壁に掲げてあるのだが、その留め金が外れていきなり落ちたのだ。留め金を取付け直して、よいしょと掛け声と共に重い剛爆斧をかけ直す。思わず、旅に出ている夫の顔が浮かんでしまう。
「あの人、今頃どこで何をしてんだか。あんまり無茶してなきゃいいけど。若い時のようにはいかなくなってくるんだし」
溜息をつくマイトだ。
本音は、もうそろそろ危険な旅を止めて夫に腰を落ち着けて欲しいのだった。
≪ 波止場 ≫--------------------
「なあ、フォレス。こんな事、よく飽きないなあ。いつまでたっても釣れないのに」
無理矢理、釣りにつき合わされているギャリックがボヤいている。フォレスに借りた竿で、並んで糸を垂れている。この元気な少年は、動き回るのが性に合っている。じっとウキを見詰めているだけというのは、どうにも退屈なのだ。
「馬鹿者。今、こうしている時間も真剣勝負なんだ。いきなりやってくるんだ。その一瞬のために、心の準備を整える大切な時間なんだ。それが釣りというものなのだ」
相変わらず、釣りとなると顔つきが変わるフォレスだ。
いきなり、フォレスの竿がしなる!
「おらっ、言った通りだろうがよっ! でかいぞ!」
しかし、フォレスが魚と格闘を始めようとする前に、黒い釣り糸がぷっつりと切れてしまった。不思議そうなフォレスだ。その糸は、盗賊御用達の糸なのだ。強さは折り紙つきで、今日も釣りをする前に念をいれて、糸に傷などはないと確認したはずなのだ。
「あ~あ。フォレス、『この糸なら、絶対切れない』んじゃなかったっけ?」
ニヤニヤしながら、ギャリックが意地悪く告げる。
「ああ、そのはずなんだが。おかしいな? こんな事で切れるハズのねえ糸が切れるなんて……」
しきりに首をひねって、切れた糸を何度も何度も確認しているフォレス。
大物を逃がした悔しさよりも、その事のほうがずっと気になるのだった。
≪ 聖カタリナ尼僧院 ≫--------------------
何やら急に胸騒ぎがして、イングリッドは礼拝堂で祈りを捧げている。
「主よ。アリアをどうかお守りください。あの人達もどうかお守りください。彼らは、この世になくてはならない人達なのです。どうか……」
そんなイングリッドの側に、かわいらしい修道服を着たシャリーがパタパタとやってきて、真似をして両手を組んで祈っている。
「主よ、どうかライルおじさんとティナさんとアリアさんと、ええっと、ホークスおじさんとギリアムおじさんとノエルおじさんを、お守りください」
ずいぶんとしゃべるようになってきているシャリーだ。幼い彼女にとっては、男達はみんな一緒くたに『おじさん』だ。これを聞いたら、ギリアム以外はかなりショックだろう。あんまりにもかわいらしくて、イングリッドは思わず苦笑してしまう。気を取り直して、再び一心に祈る。
しかし、祈っても祈っても、その胸騒ぎはかえって大きくなってくるイングリッドだった。
≪ 魔術アカデミー ≫--------------------
宿舎の自室で物憂げに開けた窓から外を眺めている、自称『ノエルの一番弟子』キャロル。
両肘を窓枠について両手で顎を支えながら、何やら大きな溜息をついているようだ。
「はあっ。お師匠様、早く帰ってこないかなあ~。『火球』でしょ、『嵐の風』に『氷の刃』、『瞬間移動』までできるようになったって、驚かせてやるのに。全く、どこで道草くってるんだか。うら若い乙女が、こ~んなに胸を痛めて待ってるってのにぃ~!」
窓際においてある、彼女が自分で作ったノエルに似せた人形をピンと指で弾く。なぜかクリーンヒットしてしまって、二階にあるその窓から人形が飛んで落ちてゆく。
「あわわっ !? お、お師匠様~っ !!」
慌てて部屋を飛び出して拾いにゆくキャロルだ。
ノエル人形についた土を払う。
「縁起でもない。まさか……。ううん。どんな相手でも、お師匠様が負けるはずない……よね?」
なぜが不安な気持ちになってしまうキャロルだった。
≪ ハーディー家 ≫--------------------
部屋に閉じこもっているジュエルの耳に、ドアをノックする音が聞こえる。
「お嬢様、お食事の用意ができましたよ」
昔からハーディー家に仕えているメイドの声。
「いらない」
ベッドで布団にくるまっているジュエルだ。ドア越しにメイドの心配そうな声がする。
「でも、少しでも召し上がらないと」
「いらないの」
メイドの大きな溜息と、遠ざかってゆく足音が聞こえる。
前よりはずっと良くなったのだが、時折こうした状態になってしまうジュエルだ。
今日はなぜか突然、胸が締め付けられるような感じがして、部屋に閉じこもってしまった。
「(ホークス。……私は、まだこんな感じなの。馬鹿でしょ? でもね、でも、もう少しだけ時間をちょうだい。これでも、あなたに言われた事、少しずつだけどやってるの。今ね、街に建物を借りて病院を開いたところ。今度はね、学校を開くの。小さい頃のあなたのような子供達でも、好きな事を勉強できるようにするの。すごいでしょ? あなた、誉めてくれるかな?」
また急に、胸が締め付けられるような感じがする。
なぜか不安な気持ちが消えない。
「あなたは今、どうしてるの? きっと、危ないことしてるんでしょうね。でも、あなたならきっと大丈夫だよね?」
枕をぎゅっと抱きしめて、顔をうずめるジュエル。
「(会いたい。会いたいよ、あなたに……)」
その枕は涙で染み渡っていた。




