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魂の剣 Soul Blade

 硬直して立ち尽くし、目を閉じて眠っているライルの両目から、後から後からとめどなく涙が溢れ出している。その様子を見て取ったサカムビットは、満足気な微笑みを冷たく浮かべている。


 ただの剣士が、ナイトメア・デーモンの悪夢から逃れる事など不可能だ。この男もまた、終わりの無い悪夢によって魂を切り刻まれている事だろう。もう意のままに操る事さえ容易な状態だ。まあ、悪魔が完全に魂を喰らい尽くす前に、この男に一仕事してもらうとしよう。


さらに凄まじい呪詛の念を、目の前の男の精神に注ぎ込んでゆく。


「さあ、お前の後ろにいるその娘を殺せ。お前の手で」



 虚ろな目を開くライル。そして身動きできないアリアの方へ、くるりと向き直った。アリアが見たライルの顔は、死人のように無表情だ。ゆっくりと、右手に持った長剣の切っ先を、アリアの胸へ向けて突きつけてゆく。



「(ライル、負けないで! 主よ、どうかお力を !!)」


アリアの想いが弾け飛ぶ。

彼女は自力でサカムビットの呪縛を打ち破った!


しかしアリアは、剣を突きつけて見下ろすライルから逃げようとはしなかった。

その目の前に膝を折り、両手を組んで一心に語りかける。



「ライル、自分を信じて……あなたはずっと、一人きりで生き抜いてきた。心を襲う嵐に耐えて、答えを探して必死で生きてきた。時には間違った道を歩いてきたかもしれない。でも、私はあなたが人々を励ます姿を見てきました。私も、あなたに自分の力で闘う勇気を教えてもらいました。あなたは決して、このサカムビットのような人ではありません。あなたが今闘う理由は、復讐のためなのかもしれません。でも、あなたが感じた怒りを忘れないで。自分の欲望を満たすためだけに、人々を苦しめる薬を作っている悪の心への怒りを忘れないで。――『こんな思いをする人間は、もう自分一人でいい』―― その気持ちは、偽りなどではないはずです。あなたの怒りは正しい。そのように感じている自分が、あなたの心の中にいる事を忘れないで……」



 虚ろな仮面のようなライルの表情が、ピクッと動く。喉の奥から、苦しげなライルの声が微かにもれてくる。


「う……ぐ……」


彼の心の奥底から、けたたましいナイトメア・デーモンの叫び声が響き渡る。


『コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ!』


それに同調して、サカムビットがさらに暗示の力を強めてゆく。


「さあ、殺すのだ。憎しみを認めろ。お前が生きてこられたのは、私に対する憎しみの心あってこそだろうが? お前を助けてくれなかった世を憎め。人を信じるな。今日愛想よくしている人間が、明日には裏切ってお前を殺そうとするのだぞ。その女もそうだ。殺される前に、殺せ!」


対するアリアは一心に告げる。


「ライル。あなたになら、私は殺されてもいい。心の闇に負けないで……自分を信じて……」



 狂気をはらんだ凄まじい闇の嵐が、ライルの心に怒濤のごとく荒れ狂う。彼の顔から大量の汗が噴き出してきて、顔面を流れ落ちて顎の先から床に落ちる。


「ぐ、く……」


『コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ!』


「生きるために殺すのだ。お前が何度もしてきた事だ。忘れたとは言わせないぞ」


「あなたは人を助けてきた。何度も助けてきた。忘れないで!」



「(俺は……俺は、確かに殺した。守れなかった。それに戦場で何人も殺してきた。自分が生き延びるために。それは間違った事だったのかもしれねえ。でもな、でも、それでも……)」



アリアの前で、ライルは長剣を両手で握って振りかぶった。


「う、う……うおおおおおおおおおっ !!」


そして膝をついて祈っているアリアの頭上へ振り下ろす!

彼女は思わず目を閉じた。



しかし……その刃がアリアに触れる事はなかった。


ライルのバスタードソードの刃は、最後の最後で、アリアの頭上でピタリと止まっている。



 静かにアリアが目を開けると、肩で息をしているライルの背中が、自分をサカムビットから守るようにして立ちはだかっていた。彼をとり殺す事ができずに追い払われたナイトメア・デーモンの影が、ゆらゆらとサカムビットとライルの間に漂っている。



サカムビットとナイトメア・デーモンを睨みつけ、息を弾ませながらライルが口を開いた。



「……確かに、人は生きていくうちに、どろどろした業や罪を背負っちまうもんだ。自分が望む、望まないに関わらずな。昔も、今も……きっと、これからだってそうに違いねえ。でもな……それでも人は、生きていくしかねえんだっ!! たとえ目を背けたくなるような事が目の前に差し出されたとしても、それを全部抱えて受け入れて、飲み込んで生きていくしかねえんだっ!! 間違う事だってある。そっちのほうが多いくらいだ。でもな、ちょっとは自分で胸を張って生きていけるように、あがいて、もがいて、もがき抜いて、生きていくしかねえんだっ!! 逃げ場なんてどこにもねえ。同じようにして、もがいて生き抜いている、他の人間とぶつかり合いながら、それでも手を取り合って生きていくしかねえんだっ ! ……それが人間だ !! それが俺達が持ってる、限られた命の道なんだっ !!!!」



それは、傷つき、疲れ果ててもなお、

それを乗り越えて更に強くまぶしく光り輝くライルの魂の叫びであった。



その力強いライルの姿を目にしたアリアの瞳から、思わず大粒の涙が溢れ出してしまった。


「(ライル、信じていました……あなたなら、あなたならきっと大丈夫だと)」



サカムビットは目を見張って驚く。


「馬鹿な!? 普通の人間の精神力で追い払えるものではないはずだ!!」


「悪りいが、俺は女と子供を殺す趣味はねえ。前、ティナに言った時にゃ子供でも殺すって息巻いてたが……やっぱり、俺には無理だな、そんなの」


ライルの背後で、涙を拭い、苦笑しながらアリアは突っ込む。


「……だから、私は女と子供、どっちなんですか!? もうっ!」


「そうだな……『女神様』ってとこかな、アリアは。ありがとよ。お前の声が聞こえた。暗闇の中で、真っ直ぐに差し込んでくるきれいな光みてえだった。その光に照らされて、立ち上がってるもう一人の俺が見えた。俺一人だったら、暗い所に座りこんでる俺しか見えなかった。間違いなく負けてた。でも、俺は一人じゃねえ。お前が側にいてくれる。みんなが俺を支えてくれてる。だから、俺は生きていけてるんだ。それが今、やっとわかった。……馬鹿だな、俺は。なんでそんな当たり前の事、今まで気づかなかったんだろう? ……いくぜっ !!」


「はいっ!」



 ライルは愛用のバスタードソードを束を上にして斜に構え、呼吸を静かに整える。瞬時に精神を集中させ、身体中の気を練り上げて構えた大刀に注ぎ込む。かつてない程の爆発的な気の塊が、一瞬で身体の奥底から溢れんばかりに練り上げられてゆくのを感じる。


 アリアはライルの傍らに寄り添い、淡く輝き始めたその長剣の刃にそっと触れ、『聖なる刃』の祝福を与える。


『我が父なる主よ。生きとし生ける、全ての命の父たる主よ。父に仕えるアリアが願う。この刃に穢れを断ち切る正義の力を授け給え。闇を打ち払う力を注ぎ、満たし給え……』


するとライルの青白く光る長剣が更に煌めきを増して、力強く白銀に光り輝いて辺りを煌々と照らし出す。



ついにライルが、その構えを解いた!



「うおおおおおおっ、全てを断ち斬れっ !!  ソウル・ブレード !!!! 」



大きく踏み込み、ナイトメア・デーモン目がけて必殺の一刀を叩き込む !!


強烈に光り輝く長剣が、ナイトメア・デーモンの身体を袈裟懸けに両断した!



 通常の物理攻撃は全く通用しない相手だが、ライルのこの技は魔力や祝福を込められた武器と同様の効果がある。更にはアリアの『聖なる刃』によって、邪悪な存在に対して攻撃力が増している。



耳を突く恐ろしい絶叫とともに、心の闇に巣くう悪魔は消滅した。

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