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通り魔から小学生の女の子を助けたら同居と心中を申し込まれた女子高生の話  作者: 鳩見紫音
10.幸せな日々

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10-2

「ねえねえー今日もいいー?」

「ライブ明日でしょ?」


「アサちゃんが今日来れないんだもん。当日に調整するから」


 アサちゃんミーちゃんとよく言ってるけど、結局どのパートの人なのか分からない。


 けどバンドメンバーが今日は不在だからってことみたい。 


「今日はどのバンドの曲教えてもらおうかなー」

「本当にお金取るよ?」


「貢いだらそれこそ……ただならぬ関係になっちゃうよ? いいのかな?」


 ニヤリと目尻を少し垂らして揶揄うような視線でこちらを見ている。


「あー! 大丈夫。一緒にいてくれるだけ嬉しいし……」


 それは本音だった。


 一人きりで自己解決できない不満は迷路のように見えるけど、最終的に死にたいっていう感情への一本道。


 なまじ一度その手段をとってるから尚更その出口が明るく見える。


 花蓮ちゃんと話したり、一緒にギター弾いたり、そんな時間が増えると考え方の出口が増えるみたいにふっと胸の中の風通しが良くなる。


「ねっ。私も嬉しいよ〜こんな風に気軽な友達」

「バンドメンバーとか、仲良い人いるじゃん」

「近しい境遇でお腹を割って話せるのは君と緋空ちゃんくらいじゃないかな」


 そんなことを話している。

 唐突に間に割り込むように別の女の子が話しかけてきた。


「ねぇねぇ、しろうずくれあちゃんって前に学校来てた子だよね……?」

「そうだよー」


 僕じゃなくて花蓮ちゃんが答える。


「くれあって、この字であってる?」

「えっ……」


 一枚渡されたのは何か名簿のリストだった

 全日本学生美術コンクール。


「これ、なに?」

「いや、美術のコンクールで入賞した小学生、白水って聞いたことある名前だって思って。ほらここ」


 指で示された場所を覗くと、見覚えのある名前が目に入った。



『審査員特別賞 特撰賞 白水緋空』


 漢字だけですぐ分かった。


「あってる……うん、緋空ちゃんだよ」


「えっ、ほんと?」


 花蓮ちゃんも覗き込んで「難しい字だねぇ」なんて口にしていた。

 それを聞いて、紙を持った女の子はこちらをまっすぐ見つめている。


 よく見れば、美術部の部長さんだった。


「私も絵画コンクール出したから見に行ったんだけど———」


「緋空ちゃんの絵、どこかに飾ってあるんですか!?」


 つい遮るように僕は言葉を挟んでしまう。

 部長さんは戸惑って目を細めたけれど、感情を抑えきれなかった。


「えっ? 常盤百貨店のギャラリーに展示してるけど……行ってないの?」


「行ってないです……! ごめん花蓮ちゃん、今日は家無理! じゃあね!」


 とにかく走り出した。


 常盤百貨店、少し離れた駅にある大きな百貨店だ。


 あそこに緋空ちゃんの絵がある。


 頭の中で何度も常盤百貨店、ギャラリーと反復しながら走った。


 緋空ちゃんは、絵を描けたんだ。


 描きたい絵があると言っていたのを覚えてる。


 鏑山に2人で行った時は、紅葉を紫にしてしまって理想の絵を描けなかったと言ってた。


 それでも、コンクールで入賞するくらいには納得の行く絵を描けたんだ。


 お別れして僕が止まっている間も、彼女は生きることに向き合ってその感性で絵を描いたんだ。


 見たい。どんな絵なのか。


 会えなくても、それを見ればきっと僕はまた頑張れる。


 緋空ちゃんがいたから、生きたいと思えたように。


 僕の中の感性や感情が息を吹き返す。


 そしたら届けよう。


 彼女の絵を見て、緋空ちゃんとの幸せな日々を夢想しながら曲を作ろう。


 春を迎える透明な風が、桜の花びらを迎えに吹き抜けるような光景を音に乗せよう。


 また始まりの音の花を咲かそう。


   ☆


 電車内で息を整え、百貨店に着いて早々エレベーター待てずに階段で登った。


 何階かも見ずにとにかく上がってフロアを眺めた。


「すいません! 白水緋空ちゃんの絵ってまだ飾ってますか……!」


 ただ……まさか8階とは思わなかった……。

 息も絶え絶えになりながら、『全日本学生美術コンクール』とポスターのある場所へ歩いた。


 受付の人も、こんな赤髪の人間がぜえぜえと膝に手をついてる姿を見て、若干引いてるみたいだった。 


「しろうず……? あぁその髪、あなたが絵の……! はぁーなるほど、すっご……」


 すると不思議そうにこちらを見て覗き込むように顔を見た。


 何がすごいんだ……?


 ただそんな姿に少し心も落ち着いた。息をなんとか整える。


「あ、あるんですね」

「まだ展示していますよ。よかったですね、展示は今日まで……って、大丈夫ですか?」


 受付の人の少し心配そうな声に、急いで体勢を整える


 息を整え、背骨に鉄の棒を通すように背筋を伸ばして瞼にも力を込めて受付の清潔感のある整った顔を見つめた。


「だ……大丈夫です」


「そうですか。特撰賞の作品は奥に個別で飾っていますので、作品はその中のさらに奥に展示されています。入場料は500円になります」


 そして入場料を払って、僕は早足で画廊を抜けていく。


 奨励賞、佳作、壁一面に絵が展示されて並べられている。


 緋空ちゃんの作品は特撰賞……賞の凄さは分からないけど、個別で飾られるってことは良い賞をもらった作品なはずだ。


 平日だからか人は少なく、暇つぶしの大学生や老夫婦なんかがボーっと絵を眺めて談笑していた。


 そして、【ここから特撰賞受賞作品】という張り紙を見つけた。


「ここ……」


 グッと力を込めて、足を踏み込んだ。


 すると雑多に並べられていた展示から雰囲気は変わり、絵同士の比較を許さないような配置で柱や壁の一面に対して一枚、鎮座するように並んでいる。


 高校生、大学生、中学生、同じく小学生のものまで、いろんな作品に目を奪われそうになる。


「さらに奥かな……あっ!」


 そして、見つけた。



 審査員特別賞 特撰賞 W受賞

 『幸せな毎日』 白水緋空しろうずくれあ 蒔川小学校3年



 作品下にある紙には、そうタイトルが書かれていた


 ただそんなものを読まなくても、この作品は一目でわかる。


 描かれているものは僕と緋空ちゃんだった。


 僕のリンゴみたいに赤い髪と、緋空ちゃんの黒い髪は少し青みを帯びて艶やかさがそのまま表現されている。


 色彩はとても豊かだけれど、前までの違和感を覚える禍々しい色使いは一切なかった。


 鉛筆やクレヨンとはまた違う、淡い水彩画はその日々を回想を切り取ったような雰囲気を持っている。


 繊細な色使いを見ると、透明で澄んだ空気が溢れてくるようだった。


「これは……オムライスを作った時……?」


 食卓に並んでいる2人、キャンパスの下には天使が描かれた黄色いオムライス。


 あの時だと、はっきりと思い出せる。


「バレてたのか、苦笑い」


 そう言うと心臓の方から涙が込み上がるのが分かった。

 一緒に天国に連れていく天使様なんて言われて、どんな顔をしてたかと思えば……僕はこんな苦笑いをしてたんだね。


 笑顔でこちらを見る緋空ちゃんが、苦笑いする僕を見つめている。


「そうか、あの時から幸せだったんだ」


 そばにいて、誰かと笑顔で過ごせることに幸せはきっと感じていた。


 そして、それを今になって知ることが出来た。


「私も幸せだったよ……ありがとう」


 どうにもならない寂しさで、なにも見えなくなりそうなことはあったけど、たしかにそこにあったんだ。


 どんなに目の前が真っ暗でも振り返れば輝かしい足跡はそこにある


 振り返るまで分からない。


 もう手に入らないと泣くんじゃなくて、こんな景色をこれからも作っていくことで、人は生きていくんじゃないか。


 その絵を見るとそう教えられている気がする。


「緋空ちゃん……やっぱり凄いや」


 瞼が熱くなって視界が歪み始めた。

 緋空ちゃんの絵を見て、彼女の感じていた幸せを僕も追想したいのに……。


「上手く、見れない……」


 つい顔を伏せて、その場に立ち止まってしまう。

 手のひらで涙を止めようにも止まらなかった。


「会いたいな……」


 止まらない。

 涙も……楽しかった思い出も……頭に流れる幸せなメロディも。


 五感から流れ出る感情が涙腺に集まる。


 その場にしゃがみ込んでしまいたい。


 ずっと座って待っていれば、この絵を引き取りに来た緋空ちゃんに会えるかもしれない。


 あの笑顔と素敵な日々を手の中に感じられるかもしれない。


「あぁ……良い絵だなぁ……」


 それでも僕は顔を上げて、絵の中の緋空ちゃんを見つめた。


 彼女の弾けるような笑顔から、軽やかな音が聞こえてくる。

 あの時も、幸せを感じられていたんだ。


 そうか。


 振り返ればいつだって、幸せな日々は……。


「幸せだったなら嬉しいな」


 1人呟いた。

 足の裏をハンダで止められたように動けなかった。


 しかし、その場で呆然と眺めていると背中から腰にかけてに何かに追突される衝撃が走った。


「んぇっ!?」


 振り返る前に、声がする。


「見つけた! 赤い髪のお姉ちゃん!」


 その声を、僕は覚えている。


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