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通り魔から小学生の女の子を助けたら同居と心中を申し込まれた女子高生の話  作者: 鳩見紫音
6.天使と夜食

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6-1

 どんなにお姉ちゃんを真似してみても、変わらないものがある。

 それは頭の作り。


「ごめんね……緋空ちゃん……」

「大丈夫だよ!」


 洗い物をしてくれている緋空ちゃんはこちらに笑顔を向ける。


 夕食は出来る限り一緒に作って片付けようねと、2人で話したのに守れてない。


 半ば彼女を生活に紐づけて希死念慮を薄めようと思ったけど、僕からその生活サイクルから離れるてしまうとは……。


 誠に遺憾であります。


 それもこれも……


「テストが悪い」

「高校生は沢山テストするんだね」

「そうなんだよね……」


 11月も下旬に向かい、気付けば期末テストが目の前にあることに気付いた。


 1人より2人で暮らしてる時の方が時間の流れはよっぽど速い。


 あれだけ何もなくて長かった季節が、今では紙芝居のように移り変わる。


「いまそかり……なにを言ってるのかなこの人……」


「なにそれ?」


 古文という呪文に四苦八苦してると、片付けを終えた横から緋空ちゃんが覗き込んできた。


「んー……何書いてるか分からんない」

「そうだよね。でもこれ国語なんだよ?」


「そうなの? 難しそう……」


 潤んだチャコールグレーの瞳がこちらを捉える。

 眉をハの字にしてこちらに疑問の顔を向けている。


「高校生は難しい問題も解くんだよ」

「へー! すごいね!」

「でしょー」

「彩陽ちゃんこれ読めるの?」

「全くわかんない」


 リビングが沈黙に包まれた。

 自分が起こした沈黙とはいえ居た堪れない。


「ま、まぁ分からないものを分かるようにするのが勉強だから! ごめんね、だから今日は一緒に寝てあげられないんだ」


「大丈夫だよ。あっ! じゃあお夜食つくる!」

「えっ?」

「ママがパパに作ったことあるの」

「あっいや……」


 別に大丈夫だよ。


 そう言う前に忙しない様子で緋空ちゃんは、また僕の隣から立ち上がってキッチンへ向かう。


「ご飯まだあったー!」


 キッチンの向こうから緋空ちゃんの声が聞こえてくる。


「緋空ちゃーん? 別にいいよー?」


「大丈夫! 私もね? 力になりたいのー!」


 ウキウキを声色に乗せながら緋空ちゃんはこちらに言葉を投げかける。


 彼女は背中に献身の二文字が見えるくらい軽やかな足取りで、キッチンに向かっていった姿がまだ室内に残っている気がする。


「分かったけど……あんまり危ないことしちゃダメだよ」

「大丈夫。おにぎり作るから!」


「それなら……」


 キッチンから目の前の古文の問題文に目を落とす。

 目を落としたとて分からない。


 意味も分からないし、残念ながら興味も湧かない。


「んーっと、ご飯と……」


 それよりキッチンの方が気になってしまう。

 ただ大丈夫かなって心配じゃなくて、四苦八苦する葛藤を見つめていたい。


 これは母性が刺激されてる。


 年齢不相応に落ち着いてしっかりしてるところを見てから、年相応な幼い一面を見ると妙にたまらなくなっちゃう。


 見た目も可愛くて、お絵描きとか大好きなものがしっかりあって、人のために頑張ろうと思える女の子。


 本当に天使のようで、緋空ちゃんの両親にとって彼女はきっと宝物のような存在だったんだなって毎日のように思う。


 頭を撫でてあげたい。よく出来たねと褒めてあげたい。

 それでとびきりの笑顔を、こちらに向けて欲しい。


 今ならあの子と両親と同じテンションで緋空ちゃんについて話せる気がした。


「あれ……? んっと、これは……」


 何かと格闘している声が聞こえる。


 助けは……いいかな。


 こういうのは自分でやりたいもんね。


「早く終わらせよ。古文……いとわろし……えっ、これ悪いって意味なの?」


 どう見てもウケるとか面白いって意味だと思うんだけど。


 どんなに考えてもそんな意味には辿り着けないよ。


 というか、古文って意味あるのかな?


 学校の勉強が将来の役に立つのか問題はいまだに色々あるかもしれないけどさ、どう考えても古文はいらないよね?


「あれ? えっと……」


 歴史とかは好きな人も多いし共通認識として色々話すことはあるだろうから、そのコミュニケーションツールとして勉強していくのは良いと思う。


 けど古文は無い気がする。


 新作コスメがいとおかし〜とか絶対ないよね。

 その状況がおかしいよ……。


 いや、もしかしてそれが普通だったりする?

 僕が馴染めてないだけでそんなことあったり……?


 メタリカやアイアンメイデンのTシャツが世代じゃない中高生に人気だって聞いたけど、それの延長ってことはある?


 意味は分からないけど、なにかそんなことが起きていても不思議じゃ……。

 冷静に考えたら僕の中の社会や環境って思いの外狭いのでは……?


 僕の中の外界とのつながりって花蓮ちゃんも緋空ちゃん、あとは動画サイトのコメントくらいだ。


 狭いかも。


「んー? これおかしいの……」


 うん狭いなら狭いで、もう良いや。

 その中にあるものを大切にしよう。


 流行りでいつ廃れるか分からない古文よりも、緋空ちゃんと向き合おう。


 僕はそうして半ば正当な権利を執行するように、緋空ちゃんの声の元へ足を運んだ。


「どうしたの?」

「上手くできない……」


 立ち上がってキッチンの方に向かうと、台に乗って緋空ちゃんはお米とボウルの前で何か格闘していた。


 米粒をつけて、不器用そうに両手を動かしている。


「これは……ツナマヨ?」

「うん。シャケはないから、それにしたんだけど……上手く握れないの」


「あー……それじゃ難しいかもね」


 流石におにぎりくらいは作れるから、緋空ちゃんの苦戦の原因は分かる。


 手でそのまま握ろうとして失敗しているようだった。


「こういうのはラップに乗せてからやった方が簡単だよ」

「ママは手でやってたよ?」


「まぁ大人になると手が大きくなるからね」


 意外とおにぎりって奥が深いんだよな。

 簡単なように見えて素手だとご飯がボロボロ溢れるし……。


 おにぎりを作れるようになると人生の戦闘力が上がる。なんて格言があったりもするくらいには、一口に語れるものじゃない。


「とりあえずラップにご飯を置いて、その真ん中に具を乗せようね」

「うん! 彩陽ちゃんごめんね。お勉強の邪魔して」


 唇をすぼめて少し申し訳なさそうにする緋空ちゃんの頭を撫でて「大丈夫」と声をかけると少し顔色は明るくなった。


「作ろうとしてくれるだけで嬉しいよ。一緒に作っておやすみしようね」


「わかった! ふふーん彩陽ちゃんと一緒〜♪」


 隣に立つと緋空ちゃんは楽しそうに鼻歌まじりにキッチンは向き直した。


 結局、これに落ち着く。


 緋空ちゃんと2人並んで何かをすることが、今は一番しっくり来る。


 少しずつ変わってる。


 僕の中の日常は、希死念慮は、やんわりと薄まっている。

 黒いインクが透明な水で少しずつ、少しずつ薄く淡くなっていく。


 中学まで僕の周りにいてくれたのはお母さんやお父さん、お姉ちゃんだった。


 そこから最近まで周りにはいなくて、今は緋空ちゃんがいる。


 それで良い……というより、今はそれが良い。

 家族はもう帰ってこない。


 それは変えられないから、今あるものを大切に抱きしめて……生きる必要がある。


「ねぇ……緋空ちゃん」


 真っ白な塊に海苔を巻く彼女の目を見つめる。

 優しい顔をしている天使は、名前を呼ばれてこちらの顔を不思議そうに見つめた。


「なに?」

「僕のこと、好き? ……あっえっと!」


 何を聞いてるんだ僕は……!


 急いで誤魔化そうにも話題の行き先が分からない。


「あの、違うんだよ緋空ちゃん。これはその……」


 ついつい聞いちゃった。


 パパとママどっちが好き? って聞く親バカの気持ちがわかる。


 緋空ちゃんは口をぽへーっとまん丸に開けたと思ったら、すぐ閉じて


「……うん! 大好き!」


 と笑ってくれた。


 その一言と笑顔に安心させられる。

 もう……他人じゃないよね。


 紐や鎖が僕の心臓から伸びて、緋空ちゃんと繋がっているかのような不思議な感覚が全身に広がっていく。


「僕も大好きだよ」

「おんなじだね!」


 キャハハと嬉しそうな声で笑う。

 緋空ちゃんの黒いシルクのような髪が、楽しそうにゆらゆらと動いている。


 普段ツインテールにしてる髪は、髪の一本一本がどこか自由で柔らかい。


「ほら! 出来たよ。お夜食のおにぎり」


 そして、緋空ちゃんと僕で小さいおにぎりを3つ、お皿に並べた。


「はい、お勉強頑張ってね! ……っ」

「緋空ちゃん?」


 彼女はそう言いながら待てをする子犬のように、ジーッとそれを眺めて口を引き結んでいる。


 視線はおにぎりに固定されたまま、唇をモゾモゾと動かしている。


 食べたいのかな……?


「……半分こして食べる? 歯磨き、まだだよね?」

「まだ! 食べる!」


 もう時間も遅いとは思うけど……まぁちょっと食べるくらいはいいでしょ。


 カップラーメンとかよりも全然マシ。


「じゃあはい。食べよ」


 ツナマヨのおにぎりを2つに割って彼女に手渡すと、緋空ちゃんはその小さい口におにぎりを口に運んだ。


「んーふふふー! 美味しいね!」


 幸せの声を漏らす緋空ちゃんと、2人でおにぎりを食べる。


 ただ米を握ってツナマヨを中に入れたおにぎりなのに、温かくてお腹よりも心がいっぱい満たされた。


 過ぎていく毎日は特別で、この1ヶ月は孤独な1年よりもゆっくりと過ぎていく気がした。


 充実感が全身に満ちていく。


 残念ながら頭に知識は満ちていないことだけが、少しだけ気がかりだけど。


「まぁいっか。美味しくて、幸せだし」

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