5-3
背中から何かが抜け出る感覚の正体が分からないまま、僕は彼女と向き合って良いのだろうか。
ポケットの中を無理やり弄るような距離感の咲山さんを、僕は少し警戒しながら部屋に招いた
「うわーお! 知ってる場所だぁ〜、あっここ動画の画角だよね」
興奮しながら部屋を眺めてる。
そんなかな? と思いながらラックに並べてあった機材類を彼女は見ていた。
「あぁこのギターも使ってたね。昔からやってるだけあって、いろいろあるなぁ……!」
「あのさ、緋空ちゃんをからかうのやめてくれないかな」
興奮しているところ、あえて水を差すようにそう伝える。
ただ、そんな風に言っても彼女は全く気にしなかった。
「えー、なんで?」
「あの子、少し複雑なんだよ……家族が亡くなって、寂しい時に僕が預かることになって頼れる人がいないから」
話すべきか迷ったけど、緋空ちゃんの身の上を話した。
そうして、高いテンションに少し水をかけたようにおとなしくなる。
凹んだ……というより、真剣になったというような雰囲気だった。
「そうなんだ……へー」
「僕も家族が事故で死んじゃってずっと1人。だから……」
そして、僕のことも明かしてハッキリと線を引いた。
だから……やっと出来たつながりをかき回さないでほしい。
そう言いかけたその瞬間
「じゃあ同じだね。私も家族死んじゃってる」
「えっ?」
聞き間違えたのかと思って、つい声が裏返った。
何気なく遮られた言葉は軽いトーンで発せられたものだった。
舌の動きは軽やかで重みを感じさせず、顔を見れば冗談を言っているような表情じゃない。
「私も家族いないよ? 私の誕生日に火事で死んじゃった。まぁでもお祖父ちゃんの家で暮らしてるから彩陽ちゃん達よりマシなのかもだけどね」
ヘラっとこちらに笑いかけて、ギタースタンドを見つめていた。
近所のお店が閉店したみたいなテンションで言う咲山さんに、僕の心臓が大きく動くのを感じる。
「あっほら! テレキャスあるじゃん! これ使って動画のやつ色々弾いてよ!」
僕は言葉を返すことができなかった。
心臓の音で聞こえなかったわけじゃない。
触れさせるつもりがないのか、元々なんとも思っていないのか。
仕草や表情からは全く想像ができない。
ただキラキラとして表情だけが、今の彼女のテンションを説明している。
私のことはいいからと言っている気がした。
ならもう、それを彼女の感情と思うほかない。
「分かったよ……」
「じゃあねー、まずは前に動画にしてたやつ!」
僕の中の困惑の感情に踊らされてどうしたらいいか分からないまま、彼女のリクエストに答えた。
動画で演奏してた曲、カバーした曲のアレンジ、自作の曲、色々と。
咲山さんの特別コンサートみたいにギターを演奏していると、お姉ちゃん相手にも同じようなことをしていたのを思い出す。
ただ咲山さんが家庭事情を話したからか、お姉ちゃんを思い出しても辛くはならなかった。
同じような痛みを抱えているってだけで、なぜかこちらの痛みまで和らいだ。
「曲ってどうやって作ってるの? コード進行とかさ」
一通り聞いた咲山さんは前のめりで、僕の抱えてるギターの指板を覗いている。
「えっ、あぁコードとかは考えてなくてね、頭の中で流れる音をこうやってひとつひとつ繋げて……」
「参考にならないー!」
それに、彼女にギターを教えてみたりもした。
去年聞いた文化祭でのバンド演奏はどれもお粗末だったけど、咲山さん単体だと意外と上手だった。
お姉ちゃんと違って音への飲み込みが速い
比べちゃうのも可哀想だけど。なんて心の奥で笑いながら僕のギターを抱えた彼女の指を触って
「ここ、多分人差し指使わない形の方が次の運指やりやすいかも」
なんて教えてみたりする。
すると彼女はすぐそれを飲み込んで、シャラランとフレーズを弾いて笑みを浮かべる。
「本当だー! さすがネットアーティストの陽沙さん!」
「それ恥ずかしいからやめてね……!?」
楽しくもあり不思議な時間を過ごして、僕は咲山さんと仲良くなった気がした。
なんで仲良くなれたのかは……いまだにわからない。
そもそも、なんで僕に……。
緋空ちゃんの時と似たような疑問が思い浮かぶけど、あの態度からまた希死念慮を掴まれてしまったのか。
そんな風に2人でギターを触りながら話して、時計が18時を回るころ。
「あっもうこんな時間だ。私帰るね! お祖父ちゃんたち心配するからさ。彩陽ちゃんはやっぱり優しい人だね。本当に嬉しかったよ。また遊ぼうね」
そう言って咲山さんは笑った。
彼女は、なんとも思ってないんだろうか。
僕のことだって知っていて、それで少しズレたやり方で気持ちを保とうとして、失敗して学校で浮いているのに。
「あ、あのさ! ……なんで、そんな僕に構うの」
だから恐る恐る、そのまま疑問を口にした。
「えーいきなりどうしたの?」
「いや、いきなりはそっちだよ! 僕、クラスでも学校でも浮いてたはずなのに……動画を投稿してるのが僕だって確信があったから、保健室でも話しかけたのは分かるけど」
浮いてる存在を、この1年近くは無視してたはずだ。
ネットに動画を投稿してるってなんとなく分かったとしても、しつこくする理由はないと思う。
気が向いたら「動画投稿してるでしょ?」って聞けばいいんだもん。
咲山さんはマイペースだけど、軽音部でバンドをやって居場所は他にもあるのだから僕に構う理由なんて……。
「まぁそうだけど……」
「それだけ?」
「あー……本人にこれ話すのは恥ずかしいんだけどなぁ……」
咲山さんは右手で後頭部をかきながら恥ずかしそうに口を開いた。
「陽沙の投稿した中で『Missing』って曲あるでしょ?」
それは僕の作った曲の名前だった。
お姉ちゃんたちが帰ってきたら聞かせようと思って作って温めていた曲。
明るいはずだったけれど、曲にしてみたら悲しく切ない雰囲気になった曲。
そして何を作っても寂しく、冷たい感じの曲になってしまうきっかけの曲。
髪を赤く染めて、家族を忘れないためにその曲を弾いて動画にした。
「寂しいけど、その中にある楽しい雰囲気みたいなのが妙に私に刺さってさ。なんかもうどうしたら良いかわかんない時に聴いて、初めて泣いちゃったんだ。私の無くしちゃったものに訴えかけてる感じがした」
心の中を丸裸にされた気がした。
でもそれは拒絶反応を出すよりも、気恥ずかしさが勝った。
どうしようもなく心が熱くなった。
誰にも理解できないだろうと思った僕の心を覗いた人に共感された。
そのくすぐったさから来るものだった。
「だからさー、もっと聞きたいんだよね。彩陽ちゃんの曲」
「あー……」
少しばかり、沈黙が2人の間で流れた。
僕の方が言葉に困ってしまって、咲山さんは待っていた。
帰らなきゃと言っていたのに、僕の言葉を受け止める準備をしていた。
思いつかない。
「そんな感じ! それじゃあ、帰るね。緋空ちゃんによろしく!」
「あっ、待って!」
気まずい雰囲気を強引に打ち切って部屋を出ようとした咲山さんを引き止めるように、僕はギターを再び抱えた。
急いでセッティングした。
彼女に対して感じていることはとても感覚的で、どう伝えたらいいかわからない。
感覚を伝えるためには、僕にはギターしかない。
「聞いて……新しい曲、作ってるから」
だから……言葉にならない感情を乗せるようにギターを爪弾いた。
緋空ちゃんに聞かせたのと同じ、作りかけの曲。
それをなんとなく、毛糸を編むように音を繋げた。
そして弾きながら……少し明るくなっていることに気付いた。
僕の中にある命が、焚き火の熱のように音に乗った気がした。
「凄い……明るいじゃん!」
「うん……なんか、綺麗に弾けた」
不思議と思いつくままに弾いたら、響きが綺麗になった。
これで良いという感覚から、こっちのほうが良いと自然に指が動いた。
装飾音符やハンマリングによる音色の変化が、曲全体を明るくしていた。
「なんだろ……なんか楽しそうというか、友達見つけた! みたいな! アルペジオの感じとか」
「そう聞こえた?」
「うん、聞こえたよ。あっ、もしかして私と一緒にいれて楽しかった?」
自信満々に首を縦にふる咲山さん、そのまっすぐな視線に僕の胸が突然熱くなった。
「あれ? 顔赤くて照れてる? 惚れちゃった? もー仕方ないなぁ」
「ち、違うから!」
僕は……理解されたかったのかな。
独りになって、どうしようもないくらい悲しいけど……。
「困ったら私に言ってよ。孤児の先輩である私が相談に乗ってあげよう。背中を預けてもいいんだよ」
そして、そうやって両手を広げて咲山さん……花蓮ちゃんは笑った。
その姿にお姉ちゃんが重なった気がする。
なにも見返りを求めず、私に優しい笑顔と言葉をくれた。
つい、その言葉に涙をこぼしてしまった。
「あら? 泣いちゃった?」
「反射だよ、あくびと一緒だから気にしないで」
少しだけ、昔に戻った。
私の中で実感を持って、彼女の前で何かが剥がれた。
☆
「————っ!」
ご飯を2人で食べた後、ソファのクッションに顔を埋めて言葉にならない声を吐き出した。
咲山さんが帰って緋空ちゃんとご飯を作ったんだけど、冷静になるほど恥ずかしくなってきた。
なんかおかしかったよね僕……テンションとかさ……!
動画投稿もバレて、友達の前で泣くなんて……!
「恥ずかしくて……死にそう……!」
あーっと呻いて恥ずかしさを心の奥から投げ捨てようとすると、緋空ちゃんは僕の背中をさすっていた。
心ここにあらずだったのを感じたのか、彼女は僕のそばから離れなかった。
「死ぬ時は私も一緒だよ」
「そういう意味じゃなく……」
「あの人に彩陽ちゃんは渡さないからね……」
なんか妙に決意めいたものを感じた。
その言葉にぐいと体を起こして、ちょこんと浅くソファに座っていた緋空ちゃんを見つめると強い視線をこちらに向けていた。
「彩陽ちゃんは……私を置いていかないよね?」
意味を測りあぐねた。
僕は彼女を置いてどこに行こうと思っているのだろう。
心配するのはこっちの方だよ。
気づけば手を振り解いて、どこか遠くへ飛び立ってしまいそうな不安を僕はずっと抱えている。
「……どういう意味かな」
多分、昨日までだったら聞かずに誤魔化していた。
意味を聞いたら、彼女の内側の死神が顔を出すかもしれなかったから。
そして、その懸念はピッタリと的中してこちらを見つめた。
「一緒に天国へ行ってくれるよね?」
天使の内側から、闇が漏れ出る。
無邪気に週末のピクニックの予定を確認するような顔で、心中を望んでいる。
「不安になっちゃうの。彩陽ちゃんが私をおいてどこかへ行っちゃいそうで」
その言葉に僕はなにも返すことはできない。
今、彼女の穴のような瞳に「どこにも行かないよ」という言葉を注ぐのは希死念慮を刺激するのと変わらない気がする。
僕は……緋空ちゃんに生きたいと思ってほしい。
だから一緒に住むきっかけとして、死に方を一緒に探そうと言葉をかけた。
その時とは状況が違う。
間違いなく緋空ちゃんの中で生きてもいいって思ったタイミングはあったはずで、それでもやっぱり死ぬ方向に感情が振れてしまったら……。
考えたくないよ……!
「僕も、緋空ちゃんにどこに行ってほしくないよ」
「……うん! 私も!」
笑顔と共に、パチンと黒い光が弾けて見える。
彼女の頭を撫でると、緋空ちゃんは胸に体を預けてきた。
それを抱きしめて、僕の中にある関係の鎖を確認する。
少しだけ、花蓮ちゃんが僕の中に入り込んでいる。
でもこの子には僕しかいない。
「彩陽ちゃん……彩陽ちゃん……ずっと一緒がいい」
それは生きてこそ……だよ。
言葉にせずぎゅっと彼女を抱きしめて伝える。
緋空ちゃんの涙がシャツ越しに僕の胸を濡らしていた。
寂しくも不安定なバランスで、ずっと僕を見ていた緋空ちゃんの不安が、そのまま沁み出しているみたいだった。




