5-2
緋空ちゃんと住み始めて、季節が移ろう11月。
先日の体育祭で見た、あの子を取り囲む雰囲気を思い出した。
「前はね、色んな子と仲良くできたけど、パパとママがいなくなって上手くできなくて……」
そう言っていた緋空ちゃんには共感できる。
浮いてる人の気持ち、大切なものを無くして沈んだ心をなんとか平衡に保とうと張り詰めて……間違えてしまう気持ち。
両親とお姉ちゃんがいなくなって寂しくて、髪型と髪色をお姉ちゃんと同じにした。
口調も真似をした。
暗くて口数の少ない私と違って、明るい性格のお姉ちゃんみたいになれば……周りにも心配をかけない。
「僕は彩陽ちゃんのことずーっと大好きだからね」
私は大丈夫だ。僕は大丈夫ってことにして、寂しさを誤魔化して学校に行った。
緋空ちゃんの事件とは違って、僕の家族は事故だったからみんなは何も知らなかった。
事故自体は知っていても、それに家族が乗っていなんて思いもしないだろう。
最初は赤髪にした時、みんな驚いてこちらを見た。
後日、例の旅客機事故があったことが広がって「あぁだから……」という同情の視線に変わった。
最初は「無茶しなくても良いんだよ」と心配してくれた。
でも僕は変わらなかった。
忘れるわけには行かなかったから、お姉ちゃんと似た調子で振る舞い続けた。
そうした日々がずっと続いて……周囲が同情に飽きて、普通に浮くようになった。
「あの……そこ、僕の席なんだけど……ハハ」
「ん……あぁ……」
笑って親しみやすく話しかけてみると、僕の席で楽しそうにしていた子達がグループごと僕の席から離れた。
クラスメイト達は僕と話す時に目を泳がせる。
こいつをどう扱ったらいいんだろうという視線。
爆弾をどう爆発させないようにするか。
お姉ちゃんみたいに明るいはずなのに馴染めない。
明るいポジションにも暗いポジションにも置けない僕を、周囲は明らかに扱いづらそうにしていた。
ただ最近になってそれが少し変わった。
「あーやひちゃん!」
グループの子達の背中を眺めていたら後ろから寄りかかるような衝撃がくる。
「咲山さん」
咲山花蓮さんだ。保健室で会ってからよく話しかけてくれるようになった。
彼女は彼女で少し変わっていて、僕を取り囲む生徒の空気を一切気にしていない。
マイペースに僕に構うようになった。
「花蓮でいいって! ねぇ今日は部室来ない?」
「えーっと……うん。行けないかな」
あの時からずっと誘われる。
ギターを弾ける人が珍しいからだろう。
「なーんだ。彩陽ちゃんのギタープレイを生で聴きたいのにー」
「ごめんね」
そういって笑って取り繕いつつ断ると、今度は僕の指を見て「うわっ」と声をあげた。
「てか絆創膏してんじゃん。指怪我したの? 大丈夫? ギター弾ける?」
「質問が多いよ……別に弾けるかな、気にはなるけど」
「へー、やっぱ上手い人はそれでも弾いちゃうんだね」
僕を上手い人間と決めつけてる。
謙遜に困る。正直ここの部活はレベルが……。
それにそんなことを思いながら軽音部に行くのも、なんか嫌味になっちゃいそう。
一応ギターの動画でお金稼いでるし、バレるのも困る。
今ですら浮いてるのにもっと浮く。
チューニングしてないギターくらい集団で浮く。
「えーじゃあいつ来てくれんのー? ねーねー!」
後ろから僕の肩を掴んで揺する咲山さんは駄々をこねてる。
最近多い……。
こういう時……どうすればいいんだろ?
元々暗い性格だしお姉ちゃんの性格の模倣をしてても、お姉ちゃんがどんなふうに友達と接していたか分からない。
「あ、あはは……」
苦笑いで誤魔化そう。
「んー……まぁいいか。彩陽ちゃんにはいつか来てもらうとして」
いつか行かなきゃいけないんだ……。
すると今度は前の席に座って僕の机に肘を置いて、こちらの顔を覗き込んだ。
「じゃあさ、どんな音楽聴くの?」
「え……」
「ギター弾くならそりゃ聴くでしょ?」
「まぁ聴くけど……」
「ポップス? ロック?」
サイドテールを犬の尻尾みたいにフリフリさせて、前のめりになった。
「まぁ……メタルとか聴くよ?」
僕はカラッとしたテンションを意識してそう言った。
メタルを聴くのは本当。
難しいソロを動画にしたら海外ウケするから。
とはいえどうだ、ここの軽音部のレベルならメタルなんて聴かないだろう。
そんなマウント込みで「聴きますけど?」的な、懐から拳銃をチラ見せするような感じで言って見せた。
すると彼女は一瞬その目をまん丸にしたと思えば
「そうなんだ! 私も聴くんだ! 何聴く? メシュガーとか?」
しかし彼女は、その拳銃にも怯まなかった。
それどころかコア寄りなバンドの名前が上がったことに驚いた。
拳銃に対してマシンガンを出されたような気分。
逆に僕が食らってしまって言葉に困る。
「本当に聴くんだ……うん、聴くよ」
そして、それがなんか嬉しくなってしまった。
音楽が得意なことは中学からなんとなくバレていたと思う。
けど音楽、とくにメタルバンドの話なんて一切したことがなかった。
お姉ちゃんも「怖いね」って言って、話は出来なかったし。
「最近だとなに聴くの? てか洋楽聴くの?」
「とりあえずなんでも聴くよ。アーキテクツとかメガデスとか、年代も気にしないかな」
「そうなんだ! 私さ、最近いろいろ聴き始めたんだよ。ギターもっと上手くなりたくていろんな曲練習してるんだ。スリップノットのあの有名なソロとか」
「あーあれね。うん、練習すればきっと出来るよ」
話しながら体温が上がった。
楽しい……! 楽器の話も音楽の話も、僕の中で空いていた穴が埋まる気がした。
「彩陽ちゃんあれ弾けるの?」
「弾けるよ。凄い練習したからね」
「凄いなー! あっそうだ。ギターは何使ってんの? メタル弾く人って凄い派手な変形ギター使うけど」
「別に普通のやつだよ。最近は遊びでテレキャス使ってるかな」
「テレキャスでメタル弾くの?」
「結構味がある音するんだよ」
「そうなんだ! へー! じゃあやっぱこれ彩陽ちゃんだよね?」
そして、突然咲山さんがスマホの画面をこちらに見せた。
その手の中の映像に、僕は戦慄した。
まるで警察手帳を見せられた犯罪者のように一瞬で首筋が冷える。
「ほら! この動画、爪の切り方とか一緒じゃない? ソロギターやる人は指で弾くし、爪を少し特殊に切るでしょ? 最近はメタルのカバーもテレキャスで弾いてるし、この前の動画は絆創膏しながら弾いてて……」
咲山さんの見せた動画は、緋空ちゃんの運動会後に撮って投稿した僕の動画だった。
『ICONIC Metal Guitar Solo / 陽沙-Hisa-』
さっき話したメタルバンドのソロ部分をカバーしたやつ。
短い動画なのに、完全に特定された。
海外の人向けならバレないと思ってたのに……。
目の前の特定犯は、ニヤリと笑ってこちらに耳打ちしてくる。
「陽沙さん……でしょ?」
活動名の陽沙、彩陽と彩沙の姉妹からとった名前。
探りを入れられてたことに気付いて、喉が塞がって言葉が出ない。
な、何を言ったらいいんだろ……。
迷いながら無理やり脳から神経に指令を出す意識で口を開いた。
「な、何が目的なの……?」
そして僕はドラマで追い詰められる悪徳政治家の気分で、咲山さんを見つめた。
☆
「おかえり! 彩陽ちゃ……」
玄関の音に反応してお出迎えしてくれた緋空ちゃんの顔が固まった。
小さいみかんなら丸ごと口に放り込めそうなくらい大きな口を開けている。小さめのみかんくらいなら入るんじゃないかと思えるほど口が空いている。
「おじゃましまーす! あ、こんにちは。クレアちゃん……だっけ」
「ごめん、緋空ちゃん」
屈んで目を合わせて謝ると、固まっていたことに気づいた緋空ちゃんが目を細めて咲山さんを睨みつけた。
「うわっ、敵意満タンだね!」
「何しにきたの……!」
緋空ちゃんは強い力でシャツの肩口を握っている。
「あのね、彩陽ちゃんのギター聴きにきたの? あっ、この子は知ってるの? 動画投稿してること」
「知ってるけど……」
その瞬間、緋空ちゃんはショックで背筋がビーンと跳ねた。
「私との秘密がバレてる……っ!」
この世の終わりみたいな顔をしてる。
天使の顔から力が抜けていく。これはこれで怖い。
「大丈夫だよ緋空ちゃん。脅されて連れてきただけだから」
「それはそれで大丈夫なの……?」
「ひっどーい。私もギター弾くから勉強しにきたのに」
緋空ちゃんの頭を撫でる後ろから不服が漏れる。
そして後ろから飛んでくる咲山さんの一言にも目の前の天使は感情を乱されていて、顔を顰めている。
「少しだけ見せたら帰ってもらうから」
「そんなこと言ってるとー、ずっと住んじゃうよ?」
「……っ!?」
また、表情が固まった。
「ははは! 緋空ちゃん分かりやすくて可愛いね!」
「く、緋空ちゃんで遊ばないで! ほら、行くから。聞かせればいいんでしょ?」
「うん! お邪魔します!」
緋空ちゃんの頭をもう一度撫でて、部屋まで咲山さんを連れていく。
早く帰ってもらわなきゃ……!
不安定な緋空ちゃんで遊ばれたら、また良い感じだったのに変なことを言い出しかねない。
天国とか、死ぬとか、また冗談で済まなくなる。
少しずつ2人で暮らして安定し始めてきてるのに。
「ごめんね。ご飯はこの人が帰った後に一緒に作ろうね」
「あははー! 手を握るなんて大胆ー!」
もう何も言わない。
急いで引き離すように手を掴んで部屋まで連れていった。
「彩陽ちゃんが……行っちゃう……」
静かに零れた一言が背中に突き刺さった。
そこから何か血のようなものが抜けていくように、感情が引きずられていく感覚があった。




