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通り魔から小学生の女の子を助けたら同居と心中を申し込まれた女子高生の話  作者: 鳩見紫音
4.走る音楽家

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4-2

 昼食を食べて、元気になった緋空ちゃんはこちらに笑顔を向けた。


「彩陽ちゃんありがとう! エネルギー満タンだよ!」

「うん、喜んでくれたならよかったよ」


 両腕をあげて力こぶを見せるようなポーズをして緋空ちゃんは笑った。


 チキンライスを卵で包んだオムライスおにぎりを、幸せそうな笑顔で食べた緋空ちゃんは午後の競技ではしっかり活躍を見せていた。


 元気いっぱいに紅白対抗の応援合戦で踊る姿は、みんなの可愛らしさもあってスマホで撮影して佐藤さんに送った。


『緋空ちゃん、元気ですよ』


 暗い姿がちょっと……なんて理由で緋空ちゃんを僕に渡してしまうような大人への当てつけだ。


 まぁとはいえ、そのおかげで今は心の奥から前を向けそうになってるわけだけど。


「彩陽ちゃーん!」


 度々こちらに手を振る様子を見ても元気。


 隠すのが上手い……というより、隠す姿が少し歪に見えるから、すこし身構えるところはあるけど……。


 とはいえ! 周りの子達も必要以上に緋空ちゃんをいじめるってわけでもないし、ざわつく胸の内もおとなしい。


『次の競技は保護者リレーです。参加する親御様はゲートにお集まりください』


「……保護者参加の競技なんかあるんだ」


 紅白の応援合戦の休憩みたいな感じかなと、ボーッとプログラムを見つめて思った。

 運動会って生徒側でしか見たことなかったけど、意外と外側から眺めるのが面白いことに気づいた


 保護者スペースから少し離れたところにパイプ椅子を置いて、ゲートに向かう保護者の姿を眺める。


 こういうのに参加するだけあって真面目そうというか、お祭りとか登山が好きそうな人たちが集まっている。


 なんというか、こういう付き合いに抵抗がなさそうな人達。


 すると、校庭トラックのど真ん中にマイクを持った教師がスタスタと歩いて片手を上げた。


『えー保護者リレーですが、1人欠員が発生しました。白組保護者、そして女性の方で飛び込みで参加していただける方はいらっしゃいますでしょうか?』


 あらら。

 気合を入れていたはずだろうに残念だな。


『年齢は問わないので、児童のお姉さんなど、出てくださるいませんか?』


 お姉ちゃんだったらきっと手を挙げるだろうけど、さすがに僕はなぁ。


 早く進行したいのに進まず、先生の声に焦りが滲む様子をボケーっと眺めていると、突き刺すような視線を感じた。


 背筋がゾクりとするような感覚の出元を探すと……3年3組の席からまっすぐこちらを見る女の子がいた。


「彩陽ちゃん、参加して」


 そんな声が聞こえる。

 緋空ちゃんの視線はハキハキとそう言っている。


 彼女の被る帽子の色は……白。


 目を逸らしても、その圧は消えない。


「ダメだよ。僕は髪の毛が赤組だし」


 そんなことを1人で呟きながら視線から気持ちを逃す。


『あーでは、赤組の保護者でも構いません。どなかいらっしゃいませんかー?』


 ただ少しずつ焦りの色が強くなる先生のアナウンスが、さらにこちらを早してるように感じてくる。


 事前に決まってた人たちは動きやすい格好をしてるけど、パッと見それ以外の人は運動に適した格好とは言えない。


 ちなみに僕は……ジャージ。

 まずい……。背中にひんやりとした水が流れた。


「(彩陽ちゃん出ようよ)」


「っ! 緋空ちゃん……?」


 そんな声が聞こえた気がして恐る恐るもう一度……彼女の方を見てみたら……。


「っ!」


 その眼光に思わず目を逸らしてしまった。


 もう一度顔を向けてみてもその視線はブレてない。ずっとこっちを見続けてる。

 心中を申し出た時の虚みたいな視線とは違う圧がある。


「出なきゃダメなの……?」


 そんな独り言も聞こえているかのように、緋空ちゃんは首を縦に振った。


「(出て出て出て出て出て出て出て出て出て出て出て出て出て)」


 あー……視線から声が聞こえてくる。


『いらっしゃいませんか? ならもう先生に……』


「あっ! すいません! 僕、出てもいいですか!」


 アナウンスが終わる前に大きな声で手を上げだ。

 多分今日の誰よりも声は出てたと思う。


 そのおかげか全員がこちらを向く、視線に奇異のものが混じっていて全身が総毛立つ。


「白組の保護者です! か、髪の毛は……赤色だけど……な、なんちゃって……」


 笑って冗談めかしてみても、明らかにイロモノな見た目に集まる視線の温度は変わらない。


 普通にスベってる。


 緋空ちゃんからの視線は圧だし、他の保護者の視線は棘でもう僕の心はめちゃくちゃ。


 泣きそうです。正直。


『あー、じ、じゃあこちらへ来てくれますか』


 先生からは困惑と「お前かよ」というものをぐちゃぐちゃにした視線だった。

 もういいです。緋空ちゃんのお願いだから。


 当の本人をチラリと横目に見ると、キラキラした視線をこちらに向けていた。

 ウチの天使様は大変お喜びのようで安心です。


「(彩陽ちゃん頑張って!)」


 拳を胸の前に置いて、そんな念を送られた。


   ☆


「あぁ、あの白水さんの……」


 明らかに不穏分子が来たと言わんばかりのよそよそしさを交えてはいたものの、緋空ちゃんの保護者というのが分かった瞬間に空気は穏やかになった。


 それはそれでどうなのかな……。


 まぁお父さんお母さんの中に1人赤髪のパンクロッカーがいたら浮くのだけど、それでも多少は隠すべきじゃない?


 なんとなく緋空ちゃんへの当たりの強さの根本が分かった気がする。


「お姉さんは若いし、アンカーでいいよね。すらっとしたアスリート体型だし、若い子とおじさんの競争の方が盛り上がる」

「えっ!? あっ、いや……」


『それでは保護者リレーを開始します。入場して下さい』


「ほら、いくよ。君はアンカーだからこっちの最後尾ね」


 拒否することも許されず、白いタスキをかけられて、あれよあれよと最後尾に誘導されて、トラックの中にしゃがまされた。


 ……嘘でしょ?


 なんでこんなことに……。

 明らかにおかしいって、浮いてるって。


 運動なんて自信ないのに。

 かけっこなんて最後にやったの何年前?


 体力測定の50m走だって今まで無気力平社員状態で全力で取り組んでない。


 でもアンカーは手を抜いて良い順番じゃない。


 心臓がフルテンでアンプを爆鳴らしするように、僕の中で音を立てている

 こんなの公開処刑と変わらないって……!


「破裂する……」


『位置について……よーい!』


 パンという発砲音と共に心臓が吹き飛びそうになる。

 そして、目の前の第一走者のおじさん2人が走り出した。


 リレーは男5人女3人の混合リレー、順番は自由だけどある程度調整してたみたいで、やっぱり僕は浮いている。


 ハード◯フに陳列されている高級ギターくらい浮いてる。


「緊張しなくて良いからね、よろしく」

「は、はぁ……」


 運動が得意そうな精悍なお父様がこちらに手を差し出してくるのを受け取り、明らかに釣り合いの取れていないエール交換が2人の間で行われた。


「……うぇっ」


 緋空ちゃんの目は、まるでアイドルを見るようにキラキラとこちらを見てる。

 無理だって……!


 そんな願いも届かず非情にリレーのバトンは回されていく。

 そしてついに僕の番になった。


「お願い!」


 一歩リードした状態でバトンを受け取った。

 そして少し遅れて隣のアンカーも走り出す。


「なんで大人の男の人とリレーなんて……!」


 半ば泣き言混じりに一生懸命走る。


 抜かれたらまずい。


 せっかくリードしてたのに抜かれたらカッコ悪いし、緋空ちゃんに何を言われるか……!


「彩陽ちゃんかっこ悪い、もういいよ」


 それはなんか嫌だ……!

 自慢のお姉ちゃんくらいに思って欲しい!


 僕のお姉ちゃんほど完璧ではないけど、そう思ってくれれば彼女はきっと……。


 生きようと思えるかもしれない……!

 とにかく全力で走った。


『縮まない! あと一歩! 縮まない!』


 後ろを見ずに、どのくらいで抜かれるかとかも考えず足を回した。

 そしてバトンを持つ腕を全力で振り、ゴールテープを切った。


『ゴールしました! あと一歩、赤組が追いつかず白組保護者の勝利です!』


「はぁ……っ! はぁ!」


 呼吸に全神経を注ぐ。


 今すぐ倒れて休みたい。

 けど小学生の運動会でそんなみっともない姿は見せられない。


 じんわりとした汗が全身に滲んで、また絆創膏の中にある指の切り傷に沁みる。

 そして秋のひんやりした風が僕の内側の熱を冷やしていく。


『見事なデットヒートでした。次は紅白選抜リレーになりますので、保護者の皆様はゲートから退場し、ゆっくりお休み下さい』


 保護者や子供達の手からパチパチと祝砲が鳴る。

 それに包まれながら、僕はゲートへと退場した。


「彩陽ちゃんカッコいい!! 彩陽ちゃん!」


 ほのかに聞こえたその声の主は、季節外れの花火のような弾ける笑顔でこちらを見ていた。


 光が溢れて、キラキラだ……。


 まぁ……これを見れたなら良かったかな。

 

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