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NEU BOXER  作者: 乙籠一
21/26

第二十一話 伝える拳


スパーリング。


それは勝つための戦いじゃない。


自分を試し、自分を磨くための殴り合いだ。


僕とロッズはリングの中央で向かい合う。


互いの視線がぶつかる。


静まり返ったジムに、ブザーが鳴り響いた。


「おらぁッ!!」


その瞬間だった。


右。


左。


また右。


拳が止まらない。


「ぐっ……!」


咄嗟に両腕を上げる。


だが、衝撃はガードの上から容赦なく突き抜けてきた。


一発受けるたび、次の拳がもう目の前にある。


息をつく暇もない。


(なんだ、この連打……!)


腕が軋む。


身体が揺れる。


踏ん張る足が、少しずつ押し込まれていく。


(重い……!)


(ラウズと同等……いや、それ以上か……!)


まともに打ち合えば押し切られる。


その時だった。


ロッズの右肩が大きく動く。


(今だ!)


身体を沈める。


大振りの拳が頭上を掠めた。


そのまま横へ抜け、一気に距離を取る。


「はぁ……はぁ……。」


(このままじゃ勝てない。)


僕はゆっくり両腕を下ろした。


「……あ?」


ロッズが眉をひそめる。


「ノーガード?」


ニヤリと笑う。


「おいおい。」


「俺の拳、舐めてんのか?」


トン。


トン。


軽く弾むようなステップ。


次の瞬間、その身体が一気に沈んだ。


「行くぞォッ!!」


速い。


そう思った時には、もう懐だった。


「しまっ……!」


ドッ!!


腹。


バシッ!!


顔。


ドゴッ!!


脇腹。


止まらない。


拳が、止まらない。


一発防いでも、もう次が飛んでくる。


避ける隙も、防ぐ余裕もない。


「ぐっ……あぁっ!!」


最後の一撃が顎を跳ね上げた。


視界が揺れる。


身体が宙を舞い、そのまま床へ叩きつけられた。


「そこまでだ!!」


ハチローの怒声がジムに響く。


「ロッズ!!


少し加減しろ!!」


ロッズは鼻をこすり、肩をすくめる。


「分かってるって。」


「初心者相手に本気なんか出してへん。」


……


本気じゃない。


その一言だけが、何度も頭の中で反響する。


「……また、負けたのか。」


自然と両手が床についた。


また届かなかった。


また勝てなかった。


その時だった。


バンッ!!


勢いよく背中を叩かれる。


振り返ると、ロッズが笑っていた。


「そんな顔すんな!」


「負けたんなら、次やり返しゃええ!」


「次は俺に一発ぶち込んでこい!」


「待っとるで。」


……


僕はゆっくり立ち上がる。


胸の奥が熱かった。


悔しい。


ただ、それだけだった。



「クソッ……クソッ……!」


奥歯が軋む。


拳を握る手に、自然と力が入る。


ゆっくり顔を上げる。


気づけば、ロッズを睨みつけていた。


「おぉ。」


「ええ目ぇしとるやん。」


ロッズは楽しそうに笑う。


「その目ぇや。」


「そうこなくっちゃ、おもろない。」


少しだけ間を置く。


「……せやけど。」


笑みは消えない。


「その程度で俺を食える思うたら、まだ早いで。」


「……皮肉のつもりか?」


「さあな。」


肩をすくめる。


「ま、次はダシに使われんよう気ぃつけや。」


そう言って軽々とリングを降りていく。


……腹が立つ。


(あの野郎……。)


(ほんとに余裕綽々と……!)


握った拳に、さらに力が入る。


その背中へ、ハチローが声を掛けた。


「悔しいか、リガ?」


「……鼻で笑ってんじゃねぇよ。」


「笑ってねぇさ。」


真っ直ぐ僕を見つめる。


「だったら練習しろ。」


「誰よりもな。」


「お前は経験者に比べりゃ技術じゃ劣る。」


「このままじゃ試合はもちろん、スパーでも勝負にならん。」


「……わかった。」


深く息を吐く。


そしてハチローを見た。


「何をすればいい。」


「何をすれば、俺はアイツらに勝てる?」


ハチローの口元がわずかに緩む。


僕を試すような目だった。


「……練習したいか?」


迷いはなかった。


「……お願いします。」


一度息を飲む。


「俺に、教えてください。」


「……勝ちたい。」


その一言に、ハチローは静かに頷いた。


「よし。」


「その顔なら十分だ。」


ミットを手にはめ、構える。


「キーパンチを知りたいんだろ?」


「……え?」


「娘から聞いた。」


「今回のスパーで、お前なりに何か掴んだらしいな。」


「……ああ。」


「なら、その感覚を形にしてやる。」


ハチローはミットを突き出した。


「構えろ。」


僕はファイティングポーズを取る。


「打ってみろ。」


右ストレートを放つ。


パァンッ!!


乾いた音が響く。


ハチローは首を横に振る。


「違う。」


「今のは腕だけだ。」


「もう一発。」


もう一度打つ。


パァンッ!!


「まだ違う。」


ハチローは自分の足を軽く叩く。


「力はここから始まる。」


腰へ触れる。


「ここを通る。」


肘を指す。


「そして拳まで伝わる。」


「そのどこか一つでも途切れりゃ、その拳は死ぬ。」


「パンチは腕で打つもんじゃねぇ。」


「身体全部で伝えるもんだ。」


「シャドーで脱力は覚えられる。」


「だが、人を倒す拳は覚えられん。」


「だから今日からは、その”伝える”感覚を身体に叩き込む。」


「……はい。」


さっきまで負けて、打ちのめされて。


悔しくて仕方がなかった。


なのに不思議だった。


今は、早くもう一度拳を振りたかった。


自然と口元が緩む。


その様子を見て、ハチローも小さく笑った。


「その顔なら、大丈夫だ。」

 

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