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NEU BOXER  作者: 乙籠一
20/26

第二十話 拳の熱


事情聴取は二時間にも及んだ。


ようやく解放された僕は、重い足取りで帰路につく。


……散々な一日だった。


ラウズとのスパー。


フェイル・デバイス。


病院。


朝から晩まで、頭も身体も休まる暇がない。


「……チッ。」


思わず舌打ちする。


せっかく掴みかけていた感覚まで、全部吹き飛んでしまった。


それでも——


やることだけは決まっている。


(キーパンチ……。)


(まだ足りねぇ。)


人気のないアルグジムを見上げる。


鍵は閉まっていた。


「しゃあねぇか。」


踵を返す。


身体は重い。


それなのに、


胸の奥だけが妙に熱かった。


まるで、


「早く続きをやれ。」


そう急かされているようだった。



翌朝。


「いるか、リガ。」


聞き慣れた低い声。


眠い目を擦りながら玄関を開ける。


「……ハチローか。」


腕を組んだハチローが立っていた。


「準備しろ。」


「ジムへ行くぞ。」


「……今から?」


「練習だ。」


それだけ言うと、


ハチローはさっさと歩き始める。


「おい!」


「ちょっと待てって!」


慌てて支度を済ませ、


僕はその背中を追い掛けた。



「はぁ……。」


「はぁ……。」


ようやく追いつく。


「急すぎんだよ……。」


ハチローは前を向いたまま言う。


「俺が呼ばなかったら。」


少しだけ間を置く。


「一人で無茶してただろ。」


僕は肩をすくめた。


「するか。」


短く返す。


ハチローは鼻で笑った。


「どうだかな。」


それ以上は何も言わない。


互いに、それで十分だった。



装着マシンの前へ立つ。


黒いバンテージが機械音とともに腕へ巻き付いていく。


「まずはサンドバッグだ。」


「身体を起こせ。」


「はいはい。」


サンドバッグの前へ立つ。


拳を握る。


ドンッ。


(喧嘩は知ってる。)


ドンッ。


(だけど。)


ドンッ。


(ニューボクシングは違う。)


息を整える。


拳を見る。


(喧嘩は。)


(生きるか死ぬか。)


(ニューボクシングは——。)


拳を振り抜く。


ドゴォンッ!!


(研ぎ澄まされた者同士の。)


一歩踏み込む。


(駆け引きだ。)


重い音がジムへ響いた。


ハチローは黙って見ている。


教えない。


今はまだ、


考えさせる時間だからだ。


僕も分かっていた。


だから殴る。


もう一発。


さらに一発。


狙うのは一つ。


キーパンチ。


その答えだけだった。


「随分熱心だな。」


ハチローが静かに口を開く。


「何か気になることでもあるのか。」


「……。」


返事はしない。


拳だけが答える。


ドンッ。


(答えを見つけたい。)


ドンッ。


(勝つための答えを。)


ハチローは何も言わなかった。


ただ、


僕の拳だけを見つめていた。



無心——


いや。


違う。


今の僕は、


拳の先にある何かを追い掛け続けていた。


ラウズとのスパー。


フェイル・デバイス。


キーパンチ。


何度も組み立て、


何度も壊す。


拳を振るたび、


少しずつ輪郭だけが見え始めていた。


「……おい。」


低い声だった。


「その拳。」


少し間が空く。


「見た目より重たそうやな。」


拳が止まる。


静かに振り返る。


そこには、


大柄な男が立っていた。


肩。


腕。


拳。


どれも規格外。


そして——


燃えている。


「誰だ。」


男は口元だけで笑う。


「なんや。」


「知らん顔やな。」


一歩近付く。


「“ボンバー”ロッズ。」


「名前ぁ覚えんでええ。」


ニヤリと笑う。


「どうせ拳で覚えることになる。」


……


思わず笑ってしまった。


「何がおかしい。」


「いや。」


「お前。」


「面白いな。」


ロッズの眉が少しだけ動く。


「まだ何もしてへんで?」


「分かる。」


僕は拳を見る。


「強い奴には。」


「強い力が宿る。」


「僕には、それが見える。」


数秒。


沈黙。


そして——


「ぶはははははッ!!」


ロッズは腹を抱えて笑い出した。


「なんやそれ!」


「力が見えるて!」


「おもろいやっちゃなぁ、お前!」


涙を拭きながら笑う。


「気に入ったわ!」


「そんな変な奴、初めてや!」


「そこまでだ。」


ハチローの一言で空気が変わる。


笑いが止まる。


「仮にも。」


「これから拳を交える相手だ。」


二人を見回す。


「最低限の敬意くらい払え。」


短い。


だが十分だった。


僕とロッズは自然に距離を取る。


視線が交わる。


数秒。


やがてロッズが笑った。


「ほな、決着つけよか。」


「どっちの拳が上か。」


「白黒はっきりさせようや。」


僕も笑う。


「望むところだ。」


「ちょうど試したいこともあった。」


ロッズの笑みが少し消える。


「……ええ目や。」


そして、


闘志を宿した目で僕を見据えた。


「その目——ぶっ壊してやる。」


僕は拳を構える。


「壊れるのは。」


一歩踏み込む。


「どっちだろうな。」


「始めろ。」


ハチローの声が響く。


次の瞬間、


二人は同時に床を蹴った。


拳と拳。


互いの闘志が、


真正面から激突した。


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