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NEU BOXER  作者: 乙籠一
19/26

第19話 フェイル・デバイス


聞き覚えのある声だった。


僕はゆっくりと目を細める。


『……お前は』


男は口元を歪める。


『ようやく思い出したか』


『人の居場所を奪っておいて、忘れるとはひでえ話だな』


『……ギャングの残党か』


僕は静かに身構えた。


『何の用だ』


男は肩を揺らして笑う。


『復讐だ』


その一言だけで十分だった。


僕の表情が険しくなる。


『調べはついてる』


男がゆっくりと僕を指差す。


『うちをぶっ壊したのは』


笑みが深くなる。


『お前だ』


『――リガ』


胸の奥で、


あの日の光景が蘇る。


地下牢。


銃声。


血だまり。


そして――


『リガ……自由に、生きろ……』


『お前らに恨みがないとでも思ってんのか』


『このクズ外道が』


男は鼻で笑った。


『恨みなんざ知るか』


『落とし前だけはつけてもらう』


男が一歩踏み出す。


その瞬間だった。


僕の視線が、


男の後ろで止まる。


『……?』


誰かいる。


黒いマントを羽織った男。


いや――


本当に人間なのか。


動かない。


呼吸もしない。


瞬きすらしない。


ただ、


そこに立っている。


それだけなのに、


空気だけが重い。


(なんだ……)


(この気配)


寒気が背筋を這う。


ラウズとも違う。


ミルゼードとも違う。


今まで出会った誰とも違う。


そこには、


人間らしさが何一つなかった。


『おい』


僕は目を逸らさない。


『あいつは何者だ』


男が笑う。


『土産だ』


『……土産?』


『お前専用のな』


僕は鼻で笑った。


『刺客の間違いだろ』


拳を握る。


自然と重心が落ちる。


男は懐から拳銃を抜いた。


銃口が真っ直ぐ僕を捉える。


『潰してぇ相手ほど』


男はゆっくりと引き金へ指を添える。


『簡単に殺すのは、つまらねぇ』


口元が吊り上がる。


『せいぜい足掻けよ』


顎をしゃくる。


『行け』


黒いマントの男が、


ゆっくりと顔を上げた。


『フェイル・デバイス』


その名が呼ばれる。


『――――ッ!!!』


咆哮。


鼓膜を震わせる、


人間とは思えない叫び。


(……来る)


ドンッ!!


地面が砕ける。


フェイル・デバイスは、


砲弾のような速度で、


一直線に僕へ襲い掛かった。


『ったくよ』


『ギャングってのは』


『血の気が多すぎて参るぜ』


僕は半歩だけ身体をずらす。


拳が頬を掠めた。


『遅ぇ』


顔面へ拳を叩き込む。


鈍い音が響き、


フェイル・デバイスの身体が大きく揺れた。


『やっぱ素手の喧嘩は気楽でいい』


僕は間髪入れず踏み込む。


獣のように低く。


右。


左。


膝。


容赦なく畳み掛ける。


風を裂く音。


僕は反射的に首を逸らした。


『おっと』


黒い拳が髪を掠め、


数本の髪が宙を舞う。


距離を取る。


フェイル・デバイスはゆっくりと顔を上げた。


黒く塗り潰された瞳。


耳元まで裂けた口。


ツギハギだらけの唇。


『……ははっ』


笑みが零れる。


『ほんとにバケモンかよ』


怖くはない。


こんな連中とは、


喧嘩屋時代に何度も会ってきた。


『今回は』


『当たりだ』


フェイル・デバイスも笑った。


――ズドンッ!!


耳元を熱いものが掠める。


振り返る。


残党の男が拳銃を構えていた。


『楽しんでんじゃねぇよ、リガ』


『……忘れてた』


『テメェッ!!』


怒号。


銃声。


僕は横へ駆ける。


『チッ……!』


『ちょこざいな!』


男は叫ぶ。


『追いかけろ!!』


フェイル・デバイスは動かない。


『……?』


残党が振り返る。


『お、おい……』


漆黒の瞳は、


僕ではなく、


残党を見つめていた。


『な、何見てや――』


ゴォォォォッ!!


灼熱の炎が男を呑み込む。


絶叫。


黒煙。


肉が焼ける臭い。


一瞬だった。


『火炎放射……!?』


『そんなもんまで積んでんのかよ……』


残党は崩れ落ち、


二度と動かなかった。


フェイル・デバイスは、


その死体を一瞥しただけだった。


僕は拳を握り直す。


(こいつ……)


(命令を聞いてねぇ)


フェイル・デバイスが僕を見る。


ツギハギだらけの唇が動く。


『……オッテキタ』


壊れた機械のような声。


『ツギ』


『オマエ』


『イノチ、ナイ』


一歩、


僕へ近付く。


『ワスレルナ』


そう言い残し、


フェイル・デバイスは踵を返した。


夕暮れの街へ、


黒いマントが静かに溶けていく。


『……なんだったんだ』


考える暇もなく、


遠くからサイレンが近付いてきた。


ウーッ。


ウーッ。


赤色灯が街を照らす。


武装警備員たちが現場へ駆け込み、


その後ろから、


病院を飛び出してきたハチブンジが姿を現した。


『リガ!!』


息を切らしながら、


彼女は真っ直ぐ僕のもとへ駆け寄る。


『怪我はない!?』


『大袈裟だな』


僕は耳から流れる血を親指で拭った。


『かすり傷だ』


『バカ言わないで!』


ハチブンジは僕の肩を強く掴む。


『アンタ、死ぬところだったのよ!?』


今まで見たことのない顔だった。


肩が震えている。


怒っている。


……違う。


怖かったのだ。


『こういうのには慣れてる』


『慣れるな!!』


ハチブンジの叫びが夕暮れに響く。


『この怖いもの知らず!』


『こっちの気も知らないで!』


僕は思わず目を丸くした。


そんな僕を見て、


ハチブンジは気まずそうに視線を逸らす。


『アンタが死んだら……』


小さく漏れた声。


『アルグジムはどうなるのよ』


唇を噛む。


『チャンピオンがいなくなるなんて……』


『そんなの……』


涙が頬を伝う。


『絶対、嫌なんだから』


僕は何も言えなかった。


夕焼けの中、


サイレンだけが静かに鳴り続けていた。

 

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