30話 旧知の声たち
人手ならある。
それも管理局の人間でない人手が。
『シリウス、バレずに抜け出せたか?』
『とっくに管理局から出てる。たぶんバレてないから安心して』
『よし、それじゃあリオまで走り抜けて、アイツを開放してやってくれ』
『……確認だけど、本当に大丈夫?』
『ああ、ハレーはなぜか知らないけど最後の方は俺に感謝してたしな。話くらいは通じるだろ』
ハレーとは、この前イオたちを襲った少年だ。
それに加えてゲミンガとスピカの精霊を無力化させた無属性の魔法使いでもある。
個人的な恨みがないと言えば嘘になるが、今は人を選んでいる暇などない。
使える人間はとことん使うまで。
『アイツを起こしたら呼んでくれ』
『うん、じゃあね』
さっきも言ったように、ハレーは魔法を無力化できる類稀な才能を持っている。もし仮にヴァーゴの魔術師軍団に襲われたとしても、優秀な囮になってくれるだろう。
それから頼れる相手はもう一人いる。
『あー、あー……急にすみません。イオです。マイアさんはいますか?』
『い、い、い、イオ君!? こんな夜に一体どうしたんだい?』
『質問に答えてくださいよ』
『あ、あぁ……マイアちゃんなら横にいるよ……』
驚いた様子で通話に応じたのは、アクエリアスの現国王であるバニロー・フォーマルハウトだ。
しかし、彼に用がある訳ではない。用があるのは彼の側近を務めている水魔法使いのマイアである。
『あ、久しぶり~。何か用かな?』
『一緒にヴァーゴに来てください』
『聞き間違いかな……今ヴァーゴって言った?』
『はい、時間がないんです。行きましょう』
『えぇ……』
バニローとは対照的に、心底呆れた様子でローテンションに応じたマイア。
彼女の反応は当然と言えば当然で、ヴァーゴと聞いて思い浮かぶのは負のイメージのみ。このような対応になるのは仕方ないと言えた。
経済の目まぐるしい発展や、年に一度だけ開催される祭典の華々しさが目を引く国ではあるが、それ以上に陰謀論や過去の王座乗っ取り事件など黒い噂が後を絶たない国でもある。
特に現女王の即位式が行われてから、そのような黒い噂が顕著なのだ。
まあ、それらが本当かどうかは置いといて、ヴァーゴから移り住んで来た人間は口を揃えて悪政を嘆いていた。
そのようなことから、ヴァーゴ国内で女王は太陽と称されているが、実態は真っ黒な闇そのものではないかと皮肉られている。
『念のために聞くけど何をしに行くの?』
『シロンって女の子、覚えてますよね?』
『うん』
『アイツがヴァーゴに逃げたので、俺がこっそり捕まえに行くんです』
『……あぁ、頭が痛くなってきた』
マイアは鼻の頭を押さえて首を横に振った。
バニローはそれを彼女の横から、不思議そうな目で見ていた。
『あの、私にも立場ってものがあるからさ、残念だけどヴァーゴには――』
『バニローさん、聞こえますか? マイアさんをお借りしてもよろしいですよね?』
『良いよ』
『ちょっと!?』
『恩返し的な感じで行ってきなよ』
『バニローくんあんまりふざけないでよ~!』
『ははは! マイアちゃんの力を活かせる機会なんだから、折角だし羽を伸ばしてきなよ』
『も~!』
(なんかウザいな)
とりあえず了承してもらった、ということでいいのだろうか。
イオそっちのけで喧嘩を始めた二人を脳内の片隅に追いやって、また意識を目の前に向けた。
今はヴァーゴに向かって走っている途中。颯爽と走りながら『不死』で傷を癒しつつ、作戦を練っているところなのだ。
しかしまあ、協力者は揃いそうなので後の問題は一つだけになるが。
(……俺はやれるのか)
本来なら、シロンに勝っていればこんな面倒な問題は起きなかった。全てはイオの弱さが招いた災難と言っても過言ではない。
彼女を説得して、負かせて、連れ帰る。
果たして今のイオに、この一連のステップを順序良く踏めるだろうか。
一度目は失敗してしまっただけに、彼は二度目の挑戦に対して不安を募らせていた。
しかも、今度の対峙の場面はヴァーゴ。
完全アウェーもいいところ。
そして、失敗すれば更なる大問題に発展する。
彼の胸中に渦巻いている感情は、まさに不安以外の何物でもなかった。
(だからって後に退けないよな。頑張れ、俺)
何とか戦意を奮い立たせて、イオはひた走る。
そんな時だった、彼がとある光景を捉えたのは。
「……何だここ? 墓地か?」
イオは不思議な引力に魅せられて、いつの間にか爪先を墓地の方へと向けていた。
実は森の中に墓地があるのは、管理局のメンバーから随分前に聞いていた。事故や事件で亡くなった身寄りのない人間が眠る共同墓地があると。
そこには情報を裏付けるかのように多くの石碑が規則的に並んでおり、石棺がうっすらと露出している状態で埋められていた。
聞いた通りの雰囲気だったので特に驚きもしなかったが、イオが気になったのはそこに眠っている死体たちの方だった。
「誰かが、俺を……呼んでる……?」
土の下から聞こえる呼び声を頼りに、イオは墓地内を彷徨った。
そして、彼の歩みはだんだんと遅くなり、やがてある墓碑の前に落ち着いた。
墓碑銘には、異世界の言葉で女性の名前が綴られていた。




